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四章



 知らない人に囲まれて、大勢で食事をとり、大浴場に連れて行かれて、与えられた清潔な夜着に着替えたら、それだけでもう一日が終わってしまった。初めての土地で緊張していたのだろうか。夜になっても眠れないかもしれないと思っていたのに、部屋に戻ったら気を失うように眠ってしまった。

『おはよー、シェイン。起きたら着替えて食堂においで。食堂は廊下に出て左だよ!』

「――えっ、うわッ!?」

 フィフィの声が聞こえて、シェインは跳ね起きた。だが、周囲には誰の姿も見当たらない。魔法か何かで声だけ届けたのだろうか。翻訳機能がついたリボンを着けたまま寝てしまったお陰で言葉の意味が分かるのは助かったが、そもそも異性の寝ているところに気軽に声をかけるのは良くないと思う。もしかしたらあの二人には異性として見られていないのかもしれないが。静かになった部屋の中をキョロキョロとうかがいながら、シェインはベッドから忍びおりた。

 いま着ているものは風呂上がりに渡された簡素な貫頭衣だ。大判の布を半分に折ると、真ん中に穴が開いているので、そこから頭を通す。ちょうど腰の両脇にも小さな穴が二つ――前後合わせて合計四つ開いていて、そこに腰帯を通して結んで終わりというシンプルな作りのものだ。布地の素材は分からないが、肌触りが良くて、さらりとしていて、着心地がいい。穴の周辺は縫われた形跡もないし、どうやって作られているのか不思議だ。

 夜着を脱いで、昨日のうちに渡された着替えを身につけた。ラザたちが着ていたような、露出度の高い服だ。スカートのような腰巻は微妙に落ち着かないが、涼しいのは気に入った。革紐を編んだサンダルも一緒に渡してもらっているので、足元も替えている。確かに帝国風の革靴では蒸し暑かったのでありがたい。

 ベッドサイドに置かれたライティングテーブルの上に、汚れたものを畳んで置いた。夜着については今晩も同じものを着るとして、昨日まで着ていた服をどこで洗ったら良いのだろうか。そのほかにも暮らしていく上で必要になりそうなことを色々と聞いておいた方が良さそうだ。

(ええと、食堂は廊下に出て、左……だっけ)

 フィフィの案内を思い出しながら部屋の外に出ると、昨日見かけた人たちが何人も廊下を歩いているのに気が付いた。

「おはよう、姫ならもう食堂にいると思うよ」

「あ、お、おはようございます……」

 快活そうな男性に声をかけられて、シェインはドギマギしながら挨拶をした。きちんとした紹介もされていないから当然ではあるが、相手は自分のことを知っているのにこちらは相手がどういう人物かも分からないので、ついつい緊張してしまう。

 声をかけてくれた男性は、先を行く知人を見つけたらしく、シェインに一言断ってそちらに合流していった。一人になって少しホッとしつつ、彼らの後をついて行くことにする。

 しばらく進むと、廊下の先には沢山の食卓と椅子が並べられた食堂があった。大勢の人で賑わっているが、すでに朝食を食べ終えて、席を立とうとしている者もいる。席を確保しておいた方がいいのだろうかとまごまごしていると、奥の窓際の席で手を振っているフィフィと目が合った。

 見知った顔を見た安心感から近付こうとしたのだが、身振り手振りを混じえながら先に料理を取ってこいというようなことを二人がかりで言われてしまった。周囲からはくすくすと忍び笑いが漏れている。居心地の悪さを感じながら壁沿いの列に向かうと、列の中程に並んでいた小柄な女性が料理の取り方を教えてくれた。

「前の人に続いて進んで行けばいいのよ、丸いお皿か、四角いお皿か、どちらかを一つ選んでね」

「あ、ありがとうございます……!」

 会釈をして、シェインは列の一番後ろに並んだ。昨日も思ったが、ここの人たちは外部から来た者に対して、とても親切だ。もちろん良いことではあるし、ありがたいことなのだが、少しずつ染められていくような気がして怖くもある。

(帝国には戻れないし、ここで暮らしていくしかないのだから、早く染まってしまった方が楽ではあるのだろうけれど……)

 完全に警戒を解いてしまうのは、まだ少し怖い。シェインは背伸びをしながら、自分でも列の先に何があるのかを確認してみることにした。

 厨房と食堂とは腰の高さの台で仕切られていて、台にはおかずが盛られた皿が並んでいる。丸い皿にはスクランブルエッグとソーセージが二つ、四角い皿には目玉焼きと厚切りベーコンが盛られている。添えられた生野菜は共通だ。どちらの主菜が良いかは早い者勝ちで選べるらしい。

 シェインは前の人の真似をして、積み上げられている木製のお盆を手に取った。主菜の選択を直前まで迷って、結局はソーセージののった皿を選んで進んでいく。パンや汁物はおかわり自由であるらしい。丸く成型されたテーブルパンを二つ、小皿に乗せる。

 自分で注いだスープと水もお盆にのせて、ようやくシェインはラザたちのいる食卓へ到着した。ラザはすでに食事を終えているようで、カップに入った黒っぽい飲み物を飲みながら書類に目を通している。

「なあシェイン。確か計算が得意だとか言っていたよな。ちょっと数字の確認をしてくれないか」

 ラザは眉を下げてシェインに書類の束を差し出した。帝国でも見たことのないような白くて美しい紙だ。しかも、角がきれいに揃っている。

 フィフィは呆れたように「自分でやりなさいよ」とラザをつついていたが、ラザは肩をすくめて「他人の目を通した方が間違いに気がつくこともあるだろう?」と空笑いしている。どうやらラザはあまり数字が得意ではないらしい。シェインはどうしたらいいのか分からず困ってしまったが、ラザが書類を引く気がなさそうだったのでとりあえず受け取ってみることにした。

「それは別にいいんですけど……俺に見せても大丈夫なんですか?」

「見せたらいけないようなものなら食堂に持ってきたりしないよ」

 それもそうか。シェインは食事に手をつける前にさっと書面に目を通してみた。学者レベルを期待されていたらお手上げだが、単純な計算であればそれなりに自信はある。誰かに仕事を頼まれることなんて帝国時代には考えられないことだった。自分でも役に立てることがあるのが嬉しかったし、書いてある文字が読めるのだろうかという興味もあった。

 青ずんだ墨の文字を眺めていると、やがて二重写しのように、書いてある文字の上に見知った言葉が浮かんできた。視覚情報にもリボンの翻訳機能は適応してくれるらしい。仕組みはまったく分からないが、便利なものだ。

「ええと、生のスカイフィッシュが三十匹、スカイフィッシュの羽が樽に二つ分……何なんですかコレ?」

 首を傾げてラザを見ると、ラザはむきだしの肩をすくめて笑った。

「二日後に各集落の長が山に集まるお祭があってね。どの地域が何をどれだけ用意しなければならないのかを文書にまとめたものだよ」

「それで、俺はどの部分を確認したらいいんです?」

 書いてあることは読めても、何を求められているのかまでは分からない。質問すると、ラザはシェインの持っている書類を覗き込んで数字の部分をちょんと叩いた。

「ここに、それぞれ物品の個数と相場が添えてあるだろう? 最終的に総金額が合っていればいいんだが」

「南の情報は合っているようですね。次のページも確認しますか?」

「ふうん。早いな」

「……心配なら、計算した過程もお伝えしておきましょうか」

 早いからといって間違えていたら意味がない。そう釘を刺されたのかと思って申し出ると、ラザは「いいよ面倒くさい」と手を振った。

「面倒くさいじゃないのよ。ちゃんと自分でやんなさいよ。このままじゃシェインがご飯を食べられないでしょ!」

 フィフィからぴしゃりと言われて、ラザはしまった、という顔をした。その表情があまりにも明け透けで、シェインは思わず笑ってしまう。

「別に構いませんよ。東西南北、四つの集落だけなんですよね。大丈夫です。これくらいならすぐにやっちゃいますよ」

「いや、すまない。あとは自分でやるから君は食べてくれ」

 ラザには止められたが、シェインは無視してペラペラと書類をめくった。気になる箇所があって、目が止まる。北の集落に関する記述だ。キューブが五十個。やはりこの島でキューブが作られているという話は本当であるらしい。

「大丈夫です。どれも間違ってはいないようですね」

「ありがとう、助かるよ」

 いえ、と苦笑気味に微笑んで、シェインは食事に手をつけ始めた。ミニチュアの鋤のようなものは、どうやらフォークというものであるらしい。シェインは冷めかけた目玉焼きを口に運びながら、キューブと帝国の問題について考えた。

 帝国はキューブを求めている。皇帝はおそらく予定通りシェインを殺されたことにして島へ攻めて来るだろう。

 最初に威圧してきた黒い船や、旧時代の設備がまだ生きていること、あとは噂の龍神様が不審船を沈めてくれるという話を信じるならば、帝国に勝つことも可能かもしれない。だが、戦争になれば人が死ぬ。避けられるものなら避けた方がいい。

 そのためにどうしたらいいのか、昨夜も考えたけれど分からなかった。島の頭首であるラザに相談するのも一つの手だ。対策を立てるならば早い方がいい。それなのに、何故かまだ迷いがある。会って間もないのにラザを信用していいのかという不安だけではなく、心のどこかで何かが引っかかっている。

 考えごとをしながら食べ物を口に運んでいたせいか、まるで味が分からなかった。肉のようなものを噛んだ瞬間、じわりと脂の旨みと塩気が口の中に広がって、意識が現実に戻ってきた。どうやら目玉焼きに添えられたベーコンを食べたらしい。塩漬けの燻製豚だ。ベーコンの旨みが消えないうちに、小皿に取ってきた丸いパンをむしって、口に入れる。美味しい。外側はパリッとしていて香ばしく、内側は柔らかくて甘い。食堂で焼いたばかりなのか、ほのかに温かい。

「どうだ、美味いだろう?」

 顔を上げると、ラザがにこにこと笑っていた。姿形はまるで似ていないのに、何故か父親を思い出した。まだ父親が行商をしていると思っていた頃、たまに全員揃って食事をすると、父は母の手料理をこんな風に自慢していた。

 懐かしいような、苦しいような気持ちになって、シェインは泣き笑いのように笑った。「美味しいです」とだけ返事をして、顎を引く。その後は無言で食事を続けた。

 シェインは自分が何故、ラザに対して帝国が攻めてくることを相談したくないのか気付いてしまった。相談したくないのではなく、出来ないのだ。皇帝陛下の不出来な弟として生きてきた今までの経験が、悩みを打ち明けようとすることを躊躇させる。

 それもそのはずだ。ラザの前でスレアインの森に住むアーシャの息子・シェインであると名乗りはしたものの、実のところ、今となっては帝都で過ごした期間の方が長い。宮廷とは恐ろしい場所だ。少しでも気を抜くと利用されるか、おとしめられる。悩みを相談するなんてもってのほかだ。誰にも弱みを見せてはいけない。どんなに困ったことがあっても、基本的には一人で乗り越えなければいけなかった。

『生き残りたかったら馬鹿の振りをしていろ』

 唯一、見返りもなくアドバイスをくれたのは、現在皇帝となった腹違いの兄・クローネスだけだ。シェインが宮殿に呼ばれて間もない頃、正妃の息子である第二皇子と、第二妃の息子である第三皇子が立て続けに亡くなった。その葬儀の際に言われた言葉だ。クローネスとの関わりはそれ以降、全くない。

 何故、その時の一瞬だけ親切にしてくれたのか、今でもシェインには分からない。シェイン同様、クローネスの母親も身分が低かった。だから、もしかしたら少しだけ同情を寄せてくれたのかもしれない。

 クローネスは本来、皇帝を継げるような継承順位ではなかったはずなのだが、皇帝の死後にも他の兄たちの不審死が続き、最終的に彼がそういうことになった。誰も何も言わないが、シェインは上位継承権保持者に対してクローネスが何かをしかけたのではないかと腹の底では疑っている。

(帝国ではそんな風にしか生きられなかったけれど、ここは帝国じゃない……。そろそろ本来の自分に戻っても良いはずだ)

 シェインが秘密を抱えたままでも、もしかしたら彼女たちは帝国軍を撃退することが出来るかもしれない。

 だが恐らく、帝国は負けない。一度目は撤退をしたとしても、二度目にはさらに大きな力で攻め込んでくる。消耗戦になったときに不利なのは島の方だ。

 そして、彼女たちはこの島に脅威が迫っていることをまだ知らない。

 シェインはゆっくりと顔を上げた。ラザは食卓に肘をついて、手の甲の上に顎をのせて微笑んでいる。

 ラザの瞳は春の森を思わせる、鮮やかな新緑の色だ。

 シェインはそれを見て全てを話す覚悟を決めた。自分がいま何をするべきか、ようやく分かった。クローネスの言うことを真に受けて馬鹿の振りをしている間に、本物の馬鹿になってしまっていたようだ。

「あの……実はお話しておきたいことがあるんですが……」

 少しだけ時間をくださいと頭を下げると、ラザとフィフィは顔を見合せた。

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