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三章



 館の表へ回ると、ほのかな灯りが見えてきた。魔道具の照明のようだ。前庭を囲うように細い柱が何本も立てられており、柱には縄が渡され、その縄には山の階段で見たような小さな光が幾重にも取り付けられている。

 光の囲いの中には沢山の若者たちがいた。彼らの着ているものは男も女もラザの着ているものと同じ形状だ。服装に明確な男女差がないのが何だか不思議な気がした。帝国では、男はジャケットにズボン、女はドレスと完全に分けられているからだ。

 煙と香ばしい匂いの元はここだったようだ。距離をあけて複数の炉が作られており、それぞれの火元には十人ほどが頭を寄せ合っている。炉に金網を置いて、肉や野菜を炙っているらしい。火を使っているからだろうか、厚手の手袋をして、ガウンのような上着を重ねている者もいる。こんな風に外で煮炊きをするなんて、まるでお祭のようだ。

「これって、もしかして、俺の歓迎会……なんですか?」

 賑やかさにつられて、柄にもなく浮かれていたのかもしれない。何気なく問いかけてみたら、ラザは目に見えて動揺した表情をした。

「あ、いや。すまない、今日はたまたま宴が予定されていて……今日の名目は決起集会のようなものなんだ」

「なるほど! そりゃそうですよね。あはははは……」

 恥ずかしい。自分のために用意された宴だと勘違いしてしまった。照れ隠しに笑って頭をかくと、ラザは申し訳なさそうに首をすぼませた。

「あまり気を落とさないでくれ。また今度ちゃんと歓迎会を開いてやるから」

「いや、あの。その。お気遣いはありがたいですけど、余計に気まずいです……」

「ラザ、シェイン、こっちこっち! 早くおいでよ、一緒に食べよう」

 声に反応して顔を上げると、一番奥の炉でフィフィが手を振っていた。反対側の手には串に刺さった生肉が握られている。フィフィの肘から手首よりもまだ長い金串に、一口大に刻まれた色々な部位の牛肉がみっちりと串刺しにされている。タレか何かが塗られているのか、魔道具の灯りに照らされて、てらてらと光っているようだ。

 すごい量だな、と目を丸くしていると、フィフィはリスのように頬を膨らませて微笑んだ。

「あ、これ? ンフフ。良いでしょう! 今回の準備は私の当番だから、お肉たっぷり用意しちゃった! あっちに色々並べてあるから、シェインも自分で刺してきなよ」

 フィフィははしゃいだ様子で炉に向かった。白っぽい煉瓦を積み上げた炉の中には、熾火となった炭がくすぶっている。金串を炉のふちに橋渡しにして、じっくり焼けるのを待っているらしい。

「シェイン、こっちだ」

 ラザに手招きされて、シェインは炉から離れて小走りに追いかけた。ひときわ明るい場所に大きなテーブルが置かれており、テーブルの上には肉や魚介類、野菜やキノコが所狭しと並べられている。

「ここにある串を使って、好きなように刺して焼けば良い。手を洗いたかったらこの桶を使う。向こうに塩やタレがあるし、焼いてからつけた方が旨いタレもある。そっちは焼けた後に教えてやろう。間違えて生肉に使ってしまうと後の人が困るからな」

 わあ、と感嘆の声を上げると、知らない男女が微笑ましそうにシェインを見つめていることに気が付いた。首を少し動かしただけの会釈をすると、同じように挨拶が返ってくる。

 この島の代表だというラザに連れられているせいか、民族衣装の群れの中に一人だけ違う格好でいるせいか、周囲からはちらほらと視線を感じた。けれど、シェインがまごついていることに気が付いて、遠慮してくれているようだ。

 母が亡くなって森から都に引き取られたときにも周囲の視線を感じたが、あの時は品定めするような冷ややかな眼差しだったことを思い出す。今この場での視線に居心地の悪さは感じない。好奇心と思いやりに満ちている。社交的な性質ではないから、この距離感で見守っていてくれるのはありがたいなとシェインは思った。

「ああ、その切り身はスカイフィッシュだな。バナナの葉でキノコと一緒に包み焼きにすると美味いんだ」

 ぷりっとした白身の魚が並んでいたが、細めの切り身なので串刺しにするのは難しそうだ。そんなことを考えながら立ち止まっていると、ラザが隣に来て教えてくれた。スカイフィッシュ。そういえば山の中で飛んでいる魚を見たことを思い出した。鱗をはいで、切り身になってしまうと、普通の魚のようにしか見えない。

「バナナって?」

「手で剥ける皮につつまれた果物だよ。芋のようにほくほくして美味いんだ。料理にも使われるし、完熟させて食べることもある。葉は厚くて丈夫だから、包み焼きにしたり、お皿代わりに使ったりもする」

 そんな風にラザに教えられながら、シェインは好きなものをとって、好きなものを串に刺した。生肉の周辺には冷却の魔法でもかけられているのか、そういう仕組みのテーブルなのか、手を伸ばすとひんやりとした空気の層を感じる。殻付きの巨大なエビは、手に取るとびちびち跳ねて抵抗をはじめた。皿の上に乗っていた時は動かなかったのに、まだ生きていたらしい。シェインは驚いて、思わず手を離してしまった。

「うわあ!?」

「エビは好きなのに、扱いには慣れてないんだな」

 ラザは堪えきれない様子で笑いながら、テーブルに落ちたエビを捕まえてくれた。並べると、ラザの顔と同じくらいに大きい。

「……こんなに大きいエビを見るのは初めてなんですよ。川には親指の先くらいのエビしかいませんでしたから……」

「ああ、そういえば森育ちだとか言っていたな。笑って悪かった」

 ラザは「貸せ」と言って手を差し出してきた。しぶしぶながら串を手渡すと、生きたままのエビをぶつりと串刺しにしてくれた。それだけでもかなりの衝撃だったのだが、串刺しになったエビの足がもぞもぞと動いているのを見てシェインは青ざめてしまった。焼けた後はもちろん食べるし、美味しいと知っているが、焼く前の見た目が怖すぎる。

 用意された桶で手を洗って、串に塩を振った。フィフィがいた炉に戻って、串を火にかける。ラザはバナナの葉の包み焼きをいくつか作ってきたらしい。網の上にぽんと置かれた緑の包みは、小さなお土産のように紐で結わえられている。

 焼いているうちに串に刺したエビがきゅうきゅう悲鳴のような音を立て始めて、シェインはまたしても大声を上げてしまった。驚きっぷりが可笑しかったのか、どっと笑い声が響く。

「おや、エビは焼けているね。肉はまだみたいだから、エビだけ取って食べるといいよ」

「ありがとうございます……」

 人の良さそうな垂れ目の男性が、皿と一緒にミニチュアの鋤のようなものを手渡してくれた。串から直接食べてもいいし、エビのような食べにくいものはこの道具で串から外して手掴みで食べても良いらしい。帝国では肉を切るときに二股の肉叉を使うが、肉を切るのは下男の役目で、貴族が使うものは基本的には匙くらいだ。見よう見まねでエビを外すのに使ってみたが、突いてもいいし、匙のようにすくうことも出来るし、なかなかに便利なものだ。

 生焼けの肉を再び火にかけて、シェインはうきうきと赤く焼けたエビの殻を剥きはじめた。剥き方は小さいエビと変わらない。頭を折って足をちぎり、力任せに硬い殻をむしると、真っ白な身があらわになる。大口を開けてかぶりつくと、ぎゅっと締まった肉感がぷつりと弾けて、濃縮された旨みが口中に広がった。ただ焼いただけなのに、甘くて、塩気が効いていて、泣きたくなるほど美味しかった。なんだかんだと怯えつつも、食べたら美味いと感じてしまうのが罪深いと思った。牛や鶏や豚だって同じことなのだが、ほんの今まで動いていたせいで、生命を頂いている実感がすごい。

(……帝国はやっぱりこの島に攻めて来るんだろうか……)

 エビは焼かれてシェインの腹に入った。だがシェインはまだ生きている。生命からの連想で、ついつい自分の命運について思いを馳せてしまった。もしかしたら気が付いていないだけで、自分はいま焼かれている最中なのかもしれない。

 シェインの問題は片付いた訳ではない。帝国の目的はこの島から持ち込まれているという魔道具の動力源・キューブだ。帝国はこの島を属国とするために、戦争を仕掛けたがっている。帝国皇帝の末弟である自分を暗殺しておいて、責任を島になすりつけて攻め込むつもりなのだろう。

 シェインがこの島に攫われた今となっては暗殺される可能性は薄まったかもしれないが、帝国がこの島に攻め込むための条件は既に整ってしまっているとも言える。奪還のための武力交渉が行われる可能性は高い。

(俺の奪還を理由に攻め込んだとしても途中で弔い合戦にスライドしたって良い訳だし、本当に帝国軍がやってきたとしたら今度こそ俺も……)

 そこまで考えて、シェインはぶるりと身震いをした。

「どうした? シェイン」

 シェインの様子がおかしいことに気が付いたのか、ラザが笑って顔を覗き込ませてきた。

「い、いや……なんでもないです……」

 シェインが首を振ると、周りの人々もほっとしたように微笑んだ。

 気のいい人たちだ。

 帝国でも見たことのないような魔道具を使う彼らでも、艦隊に囲まれてしまえばさすがに無傷では済まされないだろう。

(戦争を回避させるためには……一体どうしたらいいんだ……!?)

 火蓋が落とされるまで、どれだけの時間が残されているのかも分からない。

 喉を詰まらせながら、シェインは口の中のエビを飲み込んだ。その代わりのように、腹の中の問題はいつまでもシェインの中でくすぶり続けたのだった。

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