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一章



 気が付くと、シェインはふかふかのベッドの中にいた。寝返りを打って、ハッと目を開ける。船に備え付けられたベッドはこんなにも柔らかくはない。

(ここはどこだ?)

 一瞬の混乱の後に、シェインは思い出した。黒い船に移った後、シェインは目隠しをされて眠らされた。腹の減り具合から考えて、翌朝が来るまで寝てしまった訳ではなさそうだ。

 頭上からは誰かの話す声が聴こえてくる。しかし、何を話しているのかはさっぱり分からなかった。帝国共用語ではなさそうだ。

 ただ、その声は若い女の子たちの発したもののように聞こえた。シェインが育った環境では、婚姻相手でもない年頃の異性が寝室に入ってくることは重大なタブーだ。

 布団で顔を隠しながら恐る恐る身体を起こしてみると、目の前には知らない女の子が二人、きょとんとした顔をして並んでいた。

「えっ、だっ――誰だ⁉」

 どちらもシェインの目には十代半ばに見えた。片方はオレンジがかった金褐色の巻き髪で、目が大きく、気の強そうな眉をしている。もう一人はまっすぐな黒髪で、どこか眠そうな垂れ目だ。二人とも、腰まで伸びた長い髪を結えもせず、おろしたままだ。金褐色の髪の方は少年のように薄い体型をしていて、黒髪の方は胸と腰とで魅惑的な曲線を描いた、いかにも女性らしい体型をしている。

 どこの民族衣装なのだろうか。胸元を布で巻いただけの上着に、丈の長いふわりとしたスカートを重ねている。腕はもちろん、肩や鎖骨までがむきだしだ。耳には穴を開けて、鳥の羽のような飾りをぶらさげている。手首や首元には細い輪を重ねた金属製の飾りが巻かれていて、彼女たちが身動きするとシャラシャラと鈴のような音がする。

 酒場の踊り子でもあるまいし、若い女の子がするような格好には似つかわしくない。シェインの感覚からすると、露出度が高すぎるように思えた。北の国ならばもっと厚着をしていそうなものだが、何故か彼女たちは南国の娘のように肌をさらしている。

 ベッドの端に逃げるように身体を縮めていると、気の強そうな女の子が目を細めてニッと笑った。笑いながら、ベッドに手を置いて顔を近付けてくる。瞳の色は鮮やかな新緑の色だ。

 口付けでもされるのかと思って身構えたが、女の子はベッドに膝をついて、さらに身体を寄せてきた。谷間のない、ささやかなふくらみが目の前に迫って、シェインは思わず息を飲んでしまう。

 気まずさにギュッと目をつぶると、冷たい指がシェインの喉に触れた。くすぐったくて、ぞわぞわする。緊張しながらもされるがままになっていると、不意に女の子はあっさりとシェインから離れていった。

「……さて、と。これで私たちの言葉が分かるな?」

 シェインは自分の喉に手を当てた。いつの間にか首に何かが巻かれていた。どうやら細いリボンでチョーカーのように結ばれているようだ。

「あ、こら。引っ張ったら解けてしまうじゃないか」

「……ええと、これは?」

「魔道具の一つだよ。それを身につけている間は私たちの言葉がお前にも分かるし、お前の話す言葉もこちらに伝わる。便利なものだろう?」

 可愛い顔のわりに、落ち着いた低い声だった。勘違いに気が付いて、シェインは一人で赤くなった。大きく息を吐き出して、気持ちを落ち着かせる。

 そこでようやく、シェインは彼女の声に意識が向いた。そういえば、この声をどこかで聞いたような気がする。酒に焼けたような、ひび割れたこの声。ごく最近、どこかで耳にしたことがあるような――。

「――あの黒い船から聞こえた声は、君か!」

「そうだけど、それが何か?」

 気の強そうな女の子は、きりりとした眉を寄せた。

 シェインはようやく命が助かった実感がわいて、力なく笑った。床が揺れていないところを見ると、どうやらここは地上であるようだ。おそらく、島のどこかに拉致されたのだろう。しかも、寝かされていたこの部屋は、それなりに広い客室であるようだ。ベッドと、枕元にはライティングテーブルまで備え付けられている。壁に窓はないが、何故か明るい。

 彼女たちにどれだけの権限があるのかは分からないが、少なくとも今後は命の心配をしなくても良さそうだ。シェインはほっと息を吐き出した。殺す気があるのならば、こんな立派な部屋に寝かしたりせず、とうの昔に殺されているはずだ。

 助かった安心感から、シェインはついつい軽口を叩いてしまった。

「俺をさらった人はどんな女傑なんだろうと思っていたよ。もっと恐ろしげな、鬼婆のような人なのかと」

 肩を竦めて苦笑してみせると、黒髪の女の子は肩を震わせて笑いだした。

「うふふ。鬼婆だって! 分かる人には声だけでも本質が分かるんだねえ?」

「うっさいよ、フィフィ。それ以上笑ったら殴るからね!」

「やーん、ラザのおこりんぼ! そのうち本当に角が生えてくるんだから!」

 フィフィと呼ばれた黒髪の女の子は、きゃいきゃいとはしゃいで部屋の隅に逃げていった。気の強そうな女の子はどうやらラザという名前であるらしい。

 ラザは威圧感たっぷりにシェインの顔を見下ろした。

「そういえばお前、あの船で一番価値があるとかぬかしたよな。大した自信だが、お前には何か出来ることはあるのか?」

 シェインは内心で冷汗をかいた。どうやら、シェインが皇帝の弟であることは知られてはいないようだ。自分の身の上を正直に打ち明けるべきか、黙っておくべきか。瞬時に考えて、シェインはとりあえず黙っておくことにした。

 ただ、そうすると血筋以外で秀でている何かを示さなければならない。とはいえ、取り立てて人に自慢できるような特技は自分にはない。シェインは焦った。ラザは腕組みをしてシェインの発言を待っている。

「――けっ、計算! 計算が得意です!」

「ほーん。計算ねえ……?」

 ラザはうさんくさそうに目を細めた。シェインとしては愛想笑いで誤魔化すしかない。

「ええと。それで、俺はこれからどうなるんですか?」

「お前は竜に捧げられた身だ。これからどうするかは、山に登って神託をあおぐことになる。目覚めたばかりで悪いが一緒に来てもらおう」

 シェインの返事も待たずに、ラザは踵を返した。

「待ってください。ここはどこで、あなたは誰なんです?」

 シェインは慌ててベッドから降りた。足先で探りながら靴を履く。外套やジャケットは脱がされて、シャツとズボンだけの格好だ。外はどうだか分からないが、それだけで十分なほど部屋の中は暖かい。

「ここは竜の島――魔法都市ダカーバの成れの果てだよ」

 振り返ったラザはぽってりとした唇を真横に引いて笑った。

 魔法都市ダカーバ。

 おとぎ話に出てくる伝説の都市の名前だ。ラザの伏し目がちな流し目は、こちらをからかっているようにも見える。

「そして私はダカーバの現・頭首、ラザという。私に敬語を使う必要ない。この島では身分の上下に意味などないのだからな」

「あたしはフィフィだよ~。よろしくねえ!」

 フィフィはひらひらと手を振った。てててっと小さくステップを踏むように近付いてきたかと思うと、シェインの耳元に低く囁く。

「一応、忠告しておいてあげるね。ラザは身分のことをごちゃごちゃ言わないけどね、そうじゃない人も中にはいるから。外では姫と呼んだ方がいいと思うよ」

 驚いて目を合わせると、フィフィはにっこりと微笑んだ。確認するようにラザへと目を向けると、やれやれと言わんばかりに腰に両手を当てている。

 シェインは覚悟を決めて唇を湿らせた。

「俺はスレアインの森から来た、アーシャの息子、シェインだ」

 久し振りにそう名乗って、シェインは少しだけ身体が軽くなったような気持ちがした。先帝の末子、皇帝の弟という身分は、自分には重すぎる。

「そうか。よろしくな、シェイン」

 向かい合って立つとラザの顔は少しだけ下に来る。見上げられたはずなのに、目を合わせると何故か圧倒されてしまい、シェインはしどろもどろと頭を下げた。


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