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十二章


12


 ガロの店を出てみると、まだ祭の賑わいは衰えていなかった。どうやら朝のパレードのあった場所から花火がよく見えるらしい。三人は流れに逆らうように役場へ続く階段へ向かった。

 階段が一区切りついたところで、道を渡る。そこで荷車のような乗り物で移動している寮住まいの人たちに声をかけられた。木の枠と、ベンチがついただけの四輪の荷車だ。お尻を詰めたらまだ乗れるからと、便乗させてもらえることになった。馬はおらず、荷車だけでこの坂道を登っている。おそらく魔道具か、魔法で制御しているものなのだろう。揺れもなく快適な乗り心地だ。誰が馭者なのかはいまいち分からなかったが、あの階段を自力で登らずに済んだのはありがたい。

 荷車はするすると坂を上り、あっという間に正門に着いた。寮に帰る人々にお礼を言って別れたあと、ふと風を感じてシェインは海の方を眺めた。港近くや屋台の出ている広場は灯りできらきらと輝いている。月は山の方から出るので、まだ海は暗い。太陽の残り火のように空が少し明るいから、水平線ははっきりと見える。

「姫、あれ」

「……いるな」

 目を凝らすと、水平線近くにいくつもの帆の影が見えた。まだ遠い。恐らくは帝国の艦隊だろう。結界のぎりぎりで待機しているのかもしれない。それとも、既に結界の中なのだろうか。七百年前に比べて、造船技術も、それに載せる大砲の能力も大幅に向上しているはずだ。さすがにあの位置からでは攻撃は届かないだろうが、万が一攻撃されたとして、結界は砲弾もはねのけてくれるのだろうか。

 そういえば、港で聞いた話によると大型船では島に近付くことが出来ないということだった。だが、シェインをさらった黒い船はかなりの大きさだった。おそらくは島の者しか知らないような抜け道が――つまりは軍艦でも島へ停泊できる場所がどこかにあるのだろう。それをリノが知らないはずがない。そもそも竜神の力を宿しているリノだったら、結界を破ることも可能なのではないだろうか。

 ――本当に厄介な相手だ。

 三人は黙って崖の扉につながる裏庭へと向かった。壁のような崖に、扉の彫刻がほどこされている場所だ。シェインは扉に手を当てるラザを眺めて、少し笑った。初めて島で目覚めた日のことを思い出したからだ。懐かしいような気持ちさえしているが、実はまだ五日も経っていないことに我ながら驚きを禁じ得ない。

 ラザが手を離すと、扉が青白く光った。内側に向かって、勝手に扉が開かれていく。

「……行こう」

 鼓舞するようにラザが宣言した。足下に青白い光が灯りだす。蛍のような淡い光を受けながら、三人は謁見の間までの道のりを静かに歩いて行った。

 最後の階段を上ると、急に辺りが明るくなった。高い天井の大広間だ。丸く磨かれた石の柱が道をつくるように並んでいて、絨毯が敷かれた先には玉座が見える。玉座の背後は帝国ならば国旗が飾られているものだが、ここでは真っ赤な溶岩の滝が流れている。

 前回不在だった玉座には、何故かすでに人の姿があった。姿はよく分からない。ただ、肘掛けにもたれながら、つまらなさそうに顎肘をついているのが分かる。思ったよりも小柄であるようだ。恐らくはラザよりも小さい。

 シェインは視線を合わせないように足元だけを見て進んでいった。肌を刺すような緊張感が漂っている。ラザがひざまずくのを気配で察して、シェインも同じように膝をついた。

「――リノを連れてきた訳でもなさそうだが、何をしに来たのだ、お前たちは?」

 よく通る高い声だった。肉声が聞こえて驚いた。思いの外、甲高い。まるで女性か、子供のような声だ。

(なるほど! 竜神さまは男性ではない可能性もあるのか……⁉)

 昼間に見た劇の竜神さまが男性だったから、ついつい男の人だと思っていたけれど、そうではないかもしれないことに気が付いて、少しだけホッとした。シェインは帝国から島へ渡るまでの旅の間で、フォーレンのことを頼りになる兄貴のように思っている。そんな人物が花嫁だと言われても、どうしても受け入れがたい。

「面を上げよ。今日は久し振りにリノを見たので気分が良い。話くらいならしてやっても良いぞ」

 シェインは恐る恐る顔を上げた。玉座に座っているのは、恐ろしいほどに整った顔立ちの、帝国風の服を着た子供だった。男か女か判断がつかないくらいに幼い。人間ならば十歳かそこらだろう。軍服のように襟の詰まった服を着て、膝の出る丈のズボンをはき、短いブーツをはいている。顎肘をついているだけでなく、行儀悪く足まで組んでいるのがふてぶてしい。

 わざわざ帝国風の衣装を身にまとっているところを見ると、どうやら竜神は男性であることを主張したいらしい。こいつが花婿か、と思いはしたものの、フォーレンのことを思うと少しだけ安心した。相手は子供だ。結婚したといっても、どうせオママゴトのようなものだろう。

 竜神は冷酷な美少女のような顔立ちをしていた。頭上には、ご丁寧に王冠のようなものが載せられている。髪は短い。頬にかかるほどの長さの、さらさらの直毛だ。ごくごく淡い色の金髪で、先端に行くほど赤味が強くなる。切れ長に吊り上がった目は真夏の空のような青だ。

 竜神はどこを見ているのかよく分からない眼差しで、頬杖をついたままこちらを見下ろしている。まるで美しい猫の前に突き出された野鼠にでもなったような気分だ。シェインは視線を合わせるのが恐ろしくて、思わず目を泳がせてしまう。

「兄・リノのことでご相談がありまして」

 ラザが静かに要件を切り出した。竜神は、ふむ、と身じろぎをする。

「……兄が島を出た理由は竜神さまにも関わりがあると聞いたのですが、理由を教えて頂くことは可能ですか?」

「リノか……我も知りたいくらいだ。妹であるそなたの方が詳しいのではないか?」

 竜神は組んでいた足を組み替えた。

「その、お二人の喧嘩が原因なのではないかと、風の噂を耳にしまして」

「けんか……? 我はそんなものをした覚えはないが」

「………」

 竜神はきょとんとしている。本当に心当たりがなさそうだ。いや、そんな訳がないだろうと思ったが、竜神は見た目通り子供なのかもしれない。

「あの、一つ伺っても宜しいですか?」

 シェインは我慢できずに挙手をした。今はとにかく時間が惜しい。水平線近くには帝国の艦隊が並んでいる。リノは帝国側だ。頼りの竜神がこんな調子では話にならない。

「竜神さまはリノを花嫁に迎えてらっしゃるんですよね」

「いかにも。そうだが?」

「それなら、出ていったリノをどうして迎えに行かないんです?」

 シェインは責めるように問い詰めた。シェイン、とラザのたしなめるような声が聞こえたが、今は竜神のご機嫌を伺っている場合ではない。

 竜神は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「何故、我がわざわざ? 気が済んだら戻ってくるだろう、浮気をしているようなら相手もろとも八つ裂きにしてやるがな」

「気が済んだらって……、やっぱり何か理由があることを分かってらっしゃるんじゃないんですか」

 もういいか、とシェインは立ち上がった。片膝をついていたら足が疲れてきた。不敬だと処罰されるかもしれないが、構ったことではない。むしろ形式にとらわれていたら竜神夫婦の仲裁などできるはずもない。

「――何が言いたい?」

 竜神はぴくりと眉を上げた。シェインはまっすぐ竜神を見返す。人間ではないと思うと恐ろしいが、生意気な子供だと思えば腹も立たない。

「リノが何を考えているのか、本当のところは俺には分かりません。でも、竜神さまとリノとで気持ちがすれ違っていることは分かりますよ。――花嫁に選んだからには、竜神さまは、そのう……リノのことを愛してらっしゃるんですよね?」

「愚問だな。当然だろう」

 竜神は胸を張った。生意気は生意気だが、かわいいところもあるようだ。シェインはほっと胸をなでおろした。別にリノなど愛していないと言われたら、話が終わってしまうところだった。

「それなら良かったです。ですが、リノの方はどうなんですか? まさか無理矢理、花嫁にしたんじゃないでしょうね」

「無理矢理ではないぞ。あいつが言ったんだ、来世でも必ず側にいると」

「――来世の約束までしておいて、どうしてリノが逃げ出すようなことになるんです?」

「違う違う。約束したのは前世のあいつだ」

「ん⁉」

「え⁉」

「――は?」

 フィフィやラザまでもが腰を浮かせた。竜神は不愉快そうに顔をしかめる。

「疑っているのか? 我があやつの魂の形を見誤るはずはない。間違いなくリノは我が花嫁だ。我はずっとこの島で、あれが転生するのを待っていたのだからな」

 竜神はどこか自慢げに言った。だが、どこか論点がずれている。それでは今のリノが好きなのではなく、前世のリノが好きだからこそリノを花嫁にしたのだと言っているようなものだ。

 人間である三人は、どう説明したらいいのかと互いに顔を見合わせてしまった。

視線だけで牽制し合った結果、ラザが遠慮がちに口を開いた。

「ええと……そのお話のことは、リノにおっしゃってはいませんよね?」

「どうして隠す必要があるのだ。もちろん、話したとも」

 竜神はあくまでも自信たっぷりだ。

 フィフィは顎に手を当てて、非難するように身体を引いた。

「ええー……。前世がどうとか言われても、人間側には記憶がないんだから、そういうのってどうなんですかねえ?」

「誰かの代わりに花嫁にされたんじゃあ、腹を立てるか、悲しむか、二つに一つですよ。そりゃあフォーレンも出ていく訳だ」

「お前たち、ここぞとばかりに責めてくるな……リノがそんなことで傷付くようなタマか⁉」

「まあ、それは、確かに」

 ラザが納得するから、シェインは思わずずっこけそうになってしまった。ここは竜神に罪悪感を抱いて欲しいところなのに、あちらに同調してもらっては困る。

 シェインは唇を湿らせて、再び竜神をつつくことにした。竜神とリノを和解させなければ、島の安泰はない。

「あの、それじゃあ竜神さまはフォーレンが――リノが帰って来ないのはどうしてだと思っているんですか?」

「――それが分かっていたら苦労はしない」

 竜神は鼻息荒く返事をした。もう一押しだ。

「原因が分からないなら、とりあえず謝っておいた方がよくないです? 謝ってから、どうして怒っているのか聞いた方がいいですよ。本当に分からないままじゃ、また同じことがおこらないとも限りませんからね」

「勝手に出て行ったのはリノなのに、何故、我が謝らねばならん!」

「別に良いですけどね。前世の記憶がなくても側に置いておきたいほどリノのことが好きなんでしょ。永久に失われても知りませんよ」

「そういえば、物語でも人間の花嫁が亡くなって終わるお話、多いわよね」

 フィフィは頬に手を当ててぼそりと呟いた。痛いところを突かれたのか、竜神は唇を尖らせる。シェインは笑った。

「やっぱりもう二度と失いたくないんじゃないですか。その気持ちをちゃんとリノに伝えましょうよ!」

「うるさい! 迎えに行って、断られたらどうする⁉」

 竜神はハッと顔色を変えた。シェインはまばたきを繰り返した。

 子供の声量だ。恫喝されてもどうということはない。だが、謁見の間全体をビリビリと振動が走った。

 フィフィは小さく悲鳴を上げたが、シェインは思わず微笑みを浮かべてしまった。急にこの竜神がかわいく思えてきた。自業自得ではあるのだが、哀れで、微笑ましい。竜神はリノに逃げられたと思っているのだ。本人に確認さえしなければ、それが真実か否かは確定しない。だから迎えに行かない。動かない。

 リノに伝わっているかどうかは分からないが、ちゃんとリノのことが好きなんじゃないか、と思ったら、竜神のことを応援したくなってきてしまった。

「断られたら、うんと言うまで口説いたら良いんじゃないですか?」

 笑って、シェインは目を伏せた。

「――俺も、ちゃんと話し合おうと思います。兄と」

「何のことだ?」

 戸惑うような竜神の声に、それはそうだろうなと苦笑してしまう。

「リノが帝国で仕えていた人物が俺の兄です。リノは兄と共謀して、島を帝国のものにしようと画策しているようです」

「はあ⁉ ――何だそれは!」

 竜神はトンと床を鳴らし、玉座から一息にシェインの目の前へと着地した。近くで見ても女の子と見紛うくらい綺麗な顔立ちをしている。やはり頭一つ分ほど背が低い。ずれた冠を無造作に直して、竜神は不機嫌そうに舌打ちをした。

 頭のてっぺんが見えていたはずなのに、次の瞬間には吸い込まれそうな青い瞳が目前に迫ってきた。思わず一歩あとずさると、若木のような細い肢体が重力を無視して浮かんでいるのが見てとれた。

「シェインと言ったか。つまり、お前の兄がリノをそそのかしたという話か?」

「……何をおっしゃいますやら。それこそ、普通の人間にそそのかされるようなタマじゃないでしょう、彼は。俺はむしろ、兄がリノにそそのかされたんじゃないかと疑っています」

「ふん。言うじゃないか」

 竜神はシェインの額を指先で小突いた。思いの外、力が強い。見た目は子供だが、中身は竜神だ。そのことをうっかり失念していた。シェインは痛みを堪えて、ぐっと歯を食いしばる。

 竜神はシェインの表情を見てニヤリと笑った。

「いいだろう。お前の話にのってやる。――リノを迎えに行く。それでいいのだろう?」

「あの、出来たらもう一つお願いを聞いてもらえると嬉しいんですけれど……」

 額を押さえながら、シェインはへらへらと愛想笑いを浮かべた。

「分かっている。一緒に連れて行けと言うのだろう?」

「あ、いえ。連れて行って頂きたいのはもちろんなんですが、それだけじゃなくて、帝国の実情を知っておきたくて。魔法か何かで、兄の考えていることを調べることは出来ませんか? このまま話し合ったとしても、交渉する糸口が見つからないんです。俺は兄のことを何も知らないから」

「……お前、意外と厚かましいな」

「すみません……」

「まあ、いい。大盤振る舞いだ。ありがたく思えよ」

 竜神は大輪の薔薇のように微笑んだ。

 小さな指の先の、形の良い爪が、再びシェインの眉間に近付いてくる。

 シェインはぎゅっと目をつぶった。予想に反して、痛みはおとずれなかった。 その代わりのように、意識が混濁して、闇の中に落ちていく。

 足下の地面がぐずぐずと溶け出して、真っ黒な液体の中に身体ごと沈んでいくような感覚がした。

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