素晴らしき不浄
下ネタ注意
サヨナラという言葉が僕に重くのしかかった。
今晩こそはと、僕は気付かないふりを続けていたその声の主に初めて声をかけようとした。
血液に叩かれているような脈拍、比例するように呼吸が浅くなる。
ダメだ、認めてはダメだと告げているのは現代人としての本能か、それとも聖職者としての自尊心なのか。
僕は迷いを振り切るように左手に持ったそれに対して早口で捲し立てるように言った。
「お前なのか!毎晩このタイミングでサヨナラと言っているのは!返事をしてくれ!」
沈黙が数秒、返事はない。
僕は自分がおかしくなってしまったと感じる以上に、自分がひどく汚らわしく残虐な人間に思えて仕方なかった。
きっと、もう逝ってしまったのだろう。
僕が絶頂に達するのと同時にティッシュへ放たれた子種達は、何も答えてくれない。
いつも聞こえてくるのは、絶頂の直後に囁かれるサヨナラだけ。
僕は罪悪感にも似た煮え切らない気持ちを抱えたまま、朝を迎えた。
教会の朝は早い。
僕は日課の掃除を済ませ、午前の礼拝を行う。
すべていつも通り、煩悩を捨てて修行に励む。僕は神に仕える身、清い人間でなくてはならない。
ましてや昨夜のようなことなど、あってはならない。
しかし、焦りにも似た使命感が周りにも伝わってしまったのか、神父様に心配をされてしまった。
最近様子がおかしいぞと声をかけてくれた神父様を他所に、僕は熱心に修行に打ち込んだ。
煩悩を捨て去るために運動も始めた。
健全な肉体に健全な魂は宿る。僕はその言葉を信じて空いている時間はすべて己の肉体を虐め抜くことに費やした。
しかし、僕の体は日に日におかしくなっていくばかりだった。
「止まらない、止まらない!神よ、どうか僕に煩悩に打ち勝つ力をください!」
ある日の晩、僕は泣いて神に助けを乞いながら、左手の動きを止めることに必死になっていた。
出しても出しても収まらない無限の煩悩。
礼拝にいらしたお淑やかな同年代の少女、疲れ切った様子のご婦人、果ては年端も行かない幼子まで僕は…。
何故だ、僕はそれらを忘れるためにあんなに頑張ったというのに、忘れるどころか運動を始める前より遥かに回数も量も増えている。
そしてその度に重くのしかかるサヨナラという言葉。
「お前なんだろう!僕の息子達よ!お前達が外に出ようとしなければ、無駄死にすることもないのに!」
それでも止まらない手の動きと不埒な妄想。
自分が汚れていく、快楽に溺れていく。
僕はもうこの教会にはいられない。
思わず泣き叫んでしまった僕の声を聞きつけ、神父様が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
神父様は僕の凄惨な下半身を見るや否や、憐れむようにティッシュを寄越してくださった。
そうして、ゆっくり話をしようと、お茶と何かの書物を持ってきてくださった。
「お前は今年でいくつになったかな?」
「15です」
神父様はどこか納得したようで、安心したかのような顔をした。
そして、僕を叱るわけでもなく、教会に来られた方々と話をするように語りかけた。
「私達は聖職者である以前に、一人の人間だ。それはわかるね?」
「はい…」
「そして、忘れてはならないのは、物事には建前というものがある。それは我々の教えにもね」
神父様が何を言おうとしているのか計りかねていると、徐に持ってきた書物を僕に開いて見せてくれた。
そこには信じられない光景が広がっていた。
「神父様!何と破廉恥な!」
「その割にはガン見じゃないか」
神父様の書物には男女の営みの様が写された写真がいくつも掲載されていた。
誘うように豊満な胸を見せつけた淫らなポージングや、恥じらいもなく秘部を広げたあられも無い写真がページの隅から隅まで。
けしからん、こんなことは神がお認めになるはずがない。なのに目が離せない、僕の股間がまた熱くなるのを感じてしまう。
「これは私の秘蔵コレクションだ。コンビニにたくさん売ってるけどね」
「し、神父様!こ、こここれは!?」
「ま、そういうことさ。我々男には避けて通れない道なのだよ」
神父様は優しく微笑んだ。
「大切なのは、否定することではなく、受け入れることだ」
「受け入れるって…何を」
「何って、そりゃナニだよ。安心しろ、お前は真っ当だ。世の中はそうやって、上手いこと回っているのさ」
神父様は何冊か書物を置いて部屋を後にした。
欲と若さに従い、いくらでも発散しろと。ただ、過ちだけは犯すなと。
その日から、サヨナラが聞こえることは減っていったと思う。
正直、神父様が仰った言葉の意味を理解できたわけではないけど、何となくこれからわかっていける気がする。
大切なのは、受け入れること。
今晩も僕は、神父様からいただいた新作をお供に罪を受け入れて生きていくのだ。
2024年2月12日 作




