表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

息のできる場所

作者: 斎藤海月
掲載日:2025/10/26

 ジリリリリッジリリリリッ

 スマホの目覚ましのうるさい音が鳴り響いて俺はおもむろに目を開けた。身体を起こして伸びをしながら欠伸をひとつ。

 とりあえずこの忌々しいほど煩わしいスマホの目覚ましを止めて、布団から出ようとするが、あまりにも冷たすぎる空気に肌が晒されて、無理だと一瞬で諦める。

 とりあえずスマホの通知欄を見ていると、深夜0時ぐらいに1件LINEが来ていた。その猫のアイコンには見覚えがある。一応名前を確認すると、やはり、小学校から高校時代までの親友だった拓也だった。

 既読をつけないように、内容を覗いてみる。


「あの場所で待ってる」


『あの場所』というのが何処かの検討はすぐに着いたが、何しろ、地元まで新幹線で3時間ほどかかるし、今の季節だと向こうは雪だ。雪は冷たいし好きじゃない。


 とりあえず何か返事をしようと思った。だが何しろ高校卒業してからも地元に残った彼とは疎遠になり、それから10年経った今や全く会うことも話すこともなかったため、何を返したらいいのか分からない。待ってる、とは今もだろうかだとか、どう断ろうかだとかを暫く考えた末、そろそろ準備しないと仕事に遅れることに気づいて後回しにしようと決めた。


 何とかベッドから抜け出した俺は、息を深く吸って深呼吸を繰り返す。それでも抜けない息苦しさはいつもの事だった。


 それからはいつものように、顔を洗ってスーツを着替え、朝ごはんを食べながらスマホでニュースを確認する。

 すると、ある見出しが俺の目を引いた。そこに書かれていたのは地元の名前。何となく気になって開いてみたら、昨日、実の両親殺しの殺人が発覚したらしい。物騒だなぁと思いながら眺めていると、その犯人の名前に目が止まる。思わずスマホをスワイプていた指が止まった。『白河拓也』、それは俺にLINEをしてきたかつての親友だった。

 それを正しく認識して、俺は思わず手に持っていた食べかけのトーストを落とした。


 それからの俺は行動が早かったように思う。上司に電話をかけて全力で体調悪いアピールをかまし、休みを手に入れた俺は、スマホの財布を手に持ってコートを羽織って、駅目掛けて家を飛び出した。


 新幹線に揺られながら、窓の外を眺める。平日の朝だからか、乗客は割と少なかった。思い返すと、俺は地元には高校卒業してから一度も訪れることは無かった。理由は簡単。あの町は俺にとってあまり心地のいい場所ではなかったというだけだ。

 ふと、まだ彼に返信していないことを思い出して、彼とのLINEのトーク画面を開いてようやく既読をつける。


「ついさっき新幹線に乗ったところだ。行くから待ってろ」


 そう打つとすぐに既読が着く。

 返事が来るかと思って身構えたが何も来なかった。彼がまだLINEを覗ける状態ならば、まだ捕まってはいないのだろう。

 それに安心してしまう自分がいるのは確かだった。

 本当は通報とかした方がいいのは知っているが、不思議とそうする気にはなれなかった。きっと、俺も同罪だからなのかもしれない。


 彼との出会いは小学校低学年の時。両親が事故で死んで近所の親戚に預けられたばかりの頃の話だ。俺を預かった親戚の一家は俺の両親の遺産が目当てで、俺の料理が用意されていないことはしょっちゅうあった。大学へは奨学金や高校時代のバイト代で何とかやってのけたが、高校の学費や生活費などは払ってもらったので、その分を働いてから全額返して、今はほぼ絶縁している。両親が死んでからは学校の友達だった奴らも先生とかも、可哀想な俺を変なくらい気遣いだして、俺が平気なフリしたら「なんで親が死んでそんな平気そうなんだ」って怒るし、泣いてたら「いつまで泣いてるんだ」とか怒り出した。


 それは俺が高校を卒業する時まで続いた。


 別に泣くなとか笑うなと言われていた訳では無いが、ことある事に親が死んだことを強調された。普通の生き方をしてはならないのだと俺は気付かされた。あの町では俺は親が死んでから苦労してる可哀想な人でいなければならなかった。息ができなくなりそうだった。

 そんな訳で、家にも学校にも、どこにも居場所がなかった俺を救ってくれたのが拓也だった。あいつだけが両親が死んだばかりの頃からずっと俺の傍にいてくれた。


 ――なのに、そんな優しい拓也を、あの時見捨てたのは俺だから、きっと俺も同罪だ。

 せめて、あいつが俺の知らないうちに幸せになってくれたら、どれだけ良かっただろうかと願っいたが、今朝のニュースから考えるに無理な話だったらしい。頬に手を付きながらそんなことを考えてぼーっとしていると、窓の外で一羽の白い鳥が空を飛んでいた。それがなんという鳥なのか俺には分からなかった。気がつくと目的地の駅だった。


 駅を出ると、灰色の世界が視界を覆う。東京にはこんなに雪は積もらないからこんな景色は久しぶりだ。

 ここから路面電車で1時間半時間程で地元の町に着く。

 ちょうど駅に電車が止まるのが見えて、ダッシュで乗り込む。これを逃したら次は30分も待つ羽目になる。


 中は結構空いていて、適当に端の席に座ろうとした時不意に見知らぬ話しかけられた。


「お前、雅紀か?」


 俺の名前を馴れ馴れしく呼ぶ声がした方向目を向けると、そこにいたのは妙に見覚えのある人物。


「お。やっぱり雅紀じゃん。久しぶり」


 そう言ってソイツは手を挙げて、電車が動き出す前に早足でこちらに向かってきた。そして俺の隣に座ってくる。

 誰だかはっきりと分からずに困っていると、彼は口を開いた。


「俺だよ!田原晴輝。覚えてない?」


「あ。思い出した。確か、高校で同じクラスだったよね」


 それを聞いてソイツは嬉しそうにはにかんだ。


「そうそう。てか雅紀、この時期に帰省って訳でもないだろ?やっぱり、白川拓也の件?」


 確かに田原晴輝はクラスが同じだった。しかし、彼はいわゆるスクールカーストの頂点に君臨していたような人物で、俺とは仲良くもなんともなく、下の名前で呼び合うような間柄でもなかったのに、雅紀と呼ばれて少し驚く。

 それに、敢えて拓也のことをフルネームで呼ぶ彼になんとも言えない気持ちになる。

 やはり田舎な分、嫌な噂とか広まりやすいようで、事件発覚は昨日らしいが、もう既に拓也の名前を覚えたらしき乗客達がこちらを注目しているようだ。吐き気がするほどに気持ち悪いそれらの視線に、地元が近づいているのを感じた。


「いや、まぁ。ちょっとね」


 そう誤魔化してみるが、どうやら田原はそれを許さないらしい。


「絶対そうじゃん。だってお前アイツと仲良かったよね。気持ち悪いぐらい一緒にいたじゃん。それにしてもアイツ、親殺しとかほんと終わってるよね。昔からなんかキモかったし」


 そう笑いを含んだ声で詰め寄ってくる。高校を卒業したのは10年も前だというのに、コイツはいつまであの頃のままでいるのだろうか、と冷めた頭で考える。正直、可哀想だと思った。

 いや、別に晴輝だけじゃない。あの町の人間はみんなこんなもんだ。


「お前もそう思わん?てかそーいえばお前って事故で親死んでんだろ?お前は親が死んだせいで苦労したってのに、腹立つやろ?」


 お前らが俺の苦労を語るな、と少し言いたくなったが今は言葉を発するのも億劫だった。


「てかお前、居場所知ってるんじゃないの?教えろよ。俺ら『友達』だろ?もしそれで警察引っ張り出したらなんか貰えるかもしれないじゃん」


 友達、そこを強調した彼に淡い嫌悪感を抱く。

 相手にするのも面倒くさくて無視を決め込む俺に痺れを切らしたらしく、彼はつまらなそうに話すのをやめた。

 そんな晴輝を見ながら俺は一人暮らしでテレビを買っていなくてよかったと思う。テレビでニュースを見ていて、拓也の事件についての街頭インタビューでも行われて、こんな奴らが拓也について語っていたらなんで考えるだけで吐き気がした。


 彼は俺が降りる駅の1つ前の駅で降りた。無視していた俺に対して、何か捨て台詞でも吐いてくるだろうかと気構えていたが特に何も話さなかった。


 電車を降りると、雪が降り始めていた。目の前には10年前は見慣れていた風景。懐かしい町だ。深く深呼吸をするが、どうにも上手くできなかった。

 傘を持って来るのを忘れたことに気づいたが、雨よりかはマシかと思いながらシャリシャリと音を立てて歩き出す。


 町の景観は思っていたよりも変わっていなかった。周りを見渡すと、昔よく行っていたスーパーとか、耳鼻科の病院だとか、都会ではそうそう見られないような田んぼが並んでいた。田んぼと言っても今は雪に溺れているから確証は無いが建物がないなら田んぼだろう。それから、行く気はないが、10分ぐらい歩いたところにはあの親戚の家もあるはずだ。


 そういえば、拓也は待っていると言っていたが、この雪の中でいつから待っていたのだろうか。雪が降り出したのなんて今さっきどころじゃないだろうに。


『あの場所』まではこれからまた1時間ほど歩く。

 少し山道を登った先にある、町を見渡せる『公園』だ。

 そのまましばらく歩いていると、グゥ〜とお腹の音が鳴ってしまう。右腕にある腕時計を見ると時刻は正午を回っていた。いつもなら昼ごはんを食べている時間。

 もう少し歩くと、田んぼばかりでスーパーどころかコンビニすらも無くなるため、早いうちに行った方がいいと判断し、コンビニに入って、適当に鮭おにぎりを買う。拓也の分も買ってやろうと思い、彼が好きだったツナマヨとあったかいコーヒーも買ってやる。


 山の麓まで来たところで、こりゃあ拓也が未だに見つかっていないわけだと納得した。公園まで続く細道は完全に雪で埋もれており、誰も近づいた痕跡もなかった。足跡がひとつもないのを見ると、おそらくこんなに積もったのは昨夜辺りだろうかと検討をつける。


 いつもの仕事の靴で来ているのだが、先程から雪中を歩いてきてもう既に靴下までびっしょり濡れていた。冷たい足の感覚に気持ち悪さを覚えながら必死に足を動かす。それからまた山の坂道を10分程かけて上がると少し広いところに出た。


 公園だ。遊具はブランコと、滑り台だけの小さな公園。

 ここが、あの頃の俺たちにとって唯一息ができる場所だった。

 ブランコに座っている人影が見える。やせ細った男だ。その頭や肩には雪が積もっていた。シャリシャリという雪を踏む音が鳴り響いたので、彼もこちらに気づいたらしい。後ろを振り向く彼と目が合う。昔とは違い、痩せこけて、いかにもやつれていた顔をしていた。なんとも言えないその顔に、俺も何を言ったらいいのか分からず、ぎこちない表情をしてしまう。

 長い間にも感じられる短い時間が流れた後、先に沈黙を破ったのは彼だった。


「腹減った」


 そう一言だけ告げられて、思わずギョッとする。やはり彼らしいと思って思わず笑ってしまった。


「いつから食ってないんだよ」


「一昨日から、水しか飲んでないや」


「だと思ってコンビニ寄っておいたぞ」


 そう言いながらブランコの方に近づいて座っている彼に自分の鮭おにぎりだけ取って袋ごと渡してやる。


「まじか。おっ、俺の好きなツナマヨじゃん。まだ覚えてたんや」


 彼は表情を綻ばせて嬉しそうにしてみせるが、なんとも言えない寂寥感が漂っている。


「まぁね……それにしても久しぶりだな、拓也」


「ん、久しぶり雅紀。元気だった?」


「まぁね」


 元気だったかと言う問いにどう答えたらいいのか分からず、隣のブランコに座りながら適当に返事をする。


「そっか」


 拓也は元気だったか?とか聞く勇気とかはなかった。元気だったらこうなっていないだろうし。それからまた数秒が流れた。


「なぁ、何も聞かないの?俺って今じゃスマホのネットニュースにもでっかく載ってるくらいの有名人なんやからさ。お前も知っとるやろ」


 それは、もちろん知っているが。……何から聞いたらいいのか分からずに無言で彼の方を見つめる。彼は俺の方じゃなくて目の前に広がる町を見ながらまた話し始めた。


「俺さ、頑張ったんだけど。なんか、ちょっと限界でさ」


「うん」


「あー。どうしたら良かったのかな。母ちゃんがあーなってから、父ちゃんもおかしくなっちまって。お前の言う通り、逃げる道なんていくらでもあったやろうに」


 拓也の母親は10年前の俺たちが高三の夏に、交通事故にあった。幸い命は助かったが、頭の打ちどころが悪く、植物状態になってしまった。医師からはもう目覚めることは無いだろうと言われ、それでも拓也の父親は延命することを選んだ。


 拓也の家は裕福ではなく、自宅介護を受けるにもずっと続ける程の金は無く、生活保護を受けながら介護をするという選択をとることになった。拓也は高三の秋以降休みがちになったし、俺の目からも優しそうだった父親に、暴力を振るわれ始めたようで、見る度に痣が増えていた。

 東京の大学に一緒に行こうと約束していた俺は、やはり彼に奨学金でも取って東京に逃げることを提案したが、家族思いの彼はそれを望まず、結局ここに残ったのだった。


「もう、あれから10年でさ、流石にもう母ちゃんの意識が戻るかもしれない、なんて希望を持つのにも疲れてもてさ。……母ちゃんのこと、楽にさせてあげた方がいいなって思ったんよ。そしたら、父ちゃん1人で残すのも可哀想やなって思って。父ちゃん、母ちゃんのために生きてるようなもんやし、それに、もう父ちゃん骨もと皮しかないみたいな状況で」


 そう続ける彼は俺に話しているというより、自分に言い聞かせるようで、少し早口だった。不意に彼がこちらを見た。その目の縁にはの知らない水滴が溜まっていた。


「……っ、ごめん、雅紀。本当は呼ぶつもりなかったし、迷惑かけるつもりなかったんやけどな」


「別に、迷惑なんてかけとらんよ」


「俺、ほんとは死ぬつもりやったんよ。でも、最期にお前に会いたくなって。あん時は、ごめん。一緒に大学行こうって言ってたのに。」


「そんなことで謝るなよ。俺の方がごめん。あん時、辛かったのはお前なのに、そんなん全然考えてなかった。全然お前の気持ち考えやんと無責任なことばっか言って、ほんとに悪かった。俺も、この町と一緒や」


 少し考えたらわかる事だった。というか、本当はわかっていた。優しくて家族思いな彼が、両親を放り出して都会に逃げ出すなんてことはしないことくらい。

 なのに、彼が俺の誘いを断った時、俺は少し苛立ってしまった。彼のことを思って言ったことなのにどうして断るんだ、と。


 それをよりにもよって彼に直接ぶつけてしまった。後で、悪いことを言ってしまったと気づいたが、変なプライドが邪魔をして、断った拓也が悪いと決めつけて、謝ることもしなかった。多分、俺はその時、この町に成った。

 俺はきっと拓也を可哀想だと思った。だから彼を誘った。それなのに、俺の誘いを断って俺の言う通りにならなかった彼に怒ってしまった俺と、俺を可哀想な子と決めつけて、期待通りの可哀想な子じゃないと知った途端に罵った町の住人ではなんの違いがあるだろうか。


 目の前の灰色の町を睨みつける。この町はまるで水槽だ。

 あの頃の俺たちは濁りきった水の中で、綺麗な酸素を吸いたくて必死にもがいて、溺れていた。

 この場所だけが唯一息を吸えた。

 だから、俺たちは辛いことがあったらすぐにここに来た。

 ここは普段人が来ることは滅多になく、俺たちにとっては秘密基地にも等しい場所だったから。

 彼と口論をして、疎遠になったきっかけの場所も、ここだ。


「俺、この町結構好きやったんよ。こっから眺める景色は心地よかったし、町の人も優しかったから。お前が嫌いやったんはよく知ってたから言わんかったけど。でもお前と似たような境遇なって、お前おらんくなってから、何となくお前の気持ちわかった気がするんよ。」


 少し驚いて、彼の顔を見る。俺は当時、彼もまた、この町が好きじゃないと思っていたから。


「近所にはすぐ母ちゃんの噂広がってさ、あることないこと言われて、いつの間にか俺は可哀想な子になってもた。仕事で出会った女性と付き合ったこともあったんよ。その人は外から来た人で、俺の親のことも知らんかったんやけど、多分噂でも聞いたんやろな。いつの間にか俺はまた可哀想な人やった」


 俺も同じだ、と思う。


「父ちゃんもいつからか仕事行かんと昼からずっと酒ばっか飲むようなってもて、暴力もだんだん酷くなったし。そのくせ起きん母ちゃんのことだけは気にかけとって、でも介護は基本俺ばっかだし、俺だけが辛い思いしてさ」


 そう続ける彼の頬には雫が伝っていた。それが溶けた雪なのか、それとも違う何かなのかは分からない。


「父ちゃんも母ちゃんもほんとに好きやったんよ。でも殺してもた。この手で。包丁で刺した感触とか、全部、全部、全部、……忘れられんくて」


 自分の手を見つめながら彼はそう言う。先程から震えていた彼が、寒さからではないことにようやく気づいた。


「この場所は息ができるって、お前言うてたやろ?だから俺もここに来たんやけどやっぱり1人は苦しかった」


 俺は辛い時に、拓也に救われた。なのに俺は拓也を救えなかった。その事実だけが頭に響く。


 何を言うべきかまた分からなくなって町を眺める。


 しばらくたった後で、すぅーっと音を立てながら深く息を吸い始めた俺は、これまた深く息を吐いた。

 やはり、ここは息がしやすい。

 都会に行っても変わらない息苦しさは、やはりここだと解消される。

 少しの沈黙が空いてからまた拓也が話し出す。


「都会はいいとこか?」


「ここよりは、そうかもしれん。何より、人が多い」


「それはいいことなんか?」


「誰も俺の事を知らんし、気にもかけてこん」


「それは、まぁ、いいなぁ」


「でも、やっぱり、息苦しいわ」


「そっか」


 そんな、他愛もない話を続ける彼を横目に見る。


「死ぬなよ」


 言ってしまったと、そう思った。ついに言えたとも思えた。

 その言葉をきいて拓也は驚いたようにこちらを見る。その表情が少し危うくて、つい、また言葉が口を滑る。


「お前が死んだらまた、息の仕方も忘れてまう」


「嘘つけ。俺がおらんくても10年も生きとるやんけ」


 少し笑いながらそうツッコミを入れる彼に少しもどかしくなりながら必死に言葉を紡ぐ。


「そりゃあ死ぬことはないけど、生きてる心地がせんというか。毎日が白黒なんよ」


「都会って楽しいこといっぱいあるんちゃうん?」


「あるよ。でもお前がおらん」


 それを言ってから我ながら女々しいことを言ってしまったと少し恥ずかしくなると、彼は少し神妙な顔をした。


「そっか……もしお前が女やったら今プロポーズでも何でもしてたわ。」


「アホか」


 まるであの頃に戻ったかのようだった。お互い馬鹿みたいに笑ってたあの頃みたいに。彼もそう思ったのだろうか。不意に悲しそうな目に戻っていた。


「……死ぬなよ、なんて無責任かもしれんし、10年もお前のこと放ってて何言ってるんだって感じなのはわかるけど、お前が生き方分からんくなったんなら、俺が思い出させたるから」


 その言葉が彼にどう響いたのかは分からない。だが、「おん」とだけ告げた彼に、少しでも、なにかの救いがあればいいと願ってしまう。


「まぁ、とりあえず自首するわ」


 不意に彼はそう呟いた。


「父ちゃんと母ちゃん殺してもたってのも全部、俺の中で消えることは無いんやろうけど。それでも、親友からの頼みやしな。全部抱えて生きるから、お前ももう、ひとりでどっか行くなよ」


「おう。刑務所出る時は迎えいったるわ」


 とりあえず、死なない選択をとった彼に安堵してそう告げる。


「もう出ること想像しとるんかい。先は長いかもしれんで」


「夢はあった方がいいやろ」


「それもそうか」


 そして彼はくすりと笑う。


「あ、ツナマヨとコーヒーだけ食べて行くわ」


 ブランコから立った彼は手に持っている袋に気づいたようでもう一度ブランコに座って食べ出す。

 俺も自分の鮭おにぎりを食べる。

 お互い無言で食べ終わってからしばらくして、彼は重い腰をあげた。


「じゃあ行ってくるわ。またな」


「ん、また」


 そうしてシャリシャリと音を立てながら歩いていく彼を目線だけで送り出す。

 そして1人俺だけが残った。

 もう一度深呼吸をしてみるが、先程とは違い、上手く呼吸ができなかった。


「お前の言う通りだったよ。1人じゃあ、やっぱり息苦しい」


 誰もいなくなった隣のブランコに思わずそうつぶやいたその言葉は白くなって、いつか雪とともに溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ