第九十三話:歴代最弱の”騎士隊長グラディー”
俺の名はグラディー・ファウスト。
ファウスト家は代々、優れた魔法使いを輩出してきた。俺もその血を色濃く受け継ぎ、魔法の才能に恵まれて育った。
物心ついた頃には、既に魔力の扱いは同年代の追随を許さず、魔法学校でも常にトップの成績を収めていた。炎はより熱く、水はより深く、風はより鋭く。俺の魔法は、他の追随を許さなかった。
薄い黄色の長髪をなびかせ、優雅に杖を振るう。俺の頭の中には、いつかこの才能で世界を驚かせる大魔法使いになる、という確固たる未来像があった。それが、ファウスト家の伝統を継ぐ者としての、俺の使命だと信じて疑わなかった。
しかし、俺にはたった一つ、致命的な欠点があった。それは、剣の才能が皆無だということ。
剣を握れば、なぜか手から滑り落ち、構えれば足がもつれる。その姿は、もはや武術というよりは、新しいスタイルのギャグだった。剣術の授業では、いつも床に転がり、クラスメイトの笑い者だった。
「なぜだ!?なぜ俺には剣が扱えないのだ!」
俺は毎日のようにそう嘆いた。魔法の腕前は、誰にも負けない。しかし、華麗な剣技で敵をなぎ倒す英雄譚を読むたびに、その才能の無さを痛感する。
俺の理想とする騎士の姿は、剣と魔法を華麗に操る勇者だ。しかし、俺は剣を握ることすらままならない。
「グラディー、お前は魔法使いだ。剣など握るでない」
父は、いつもそう言った。しかし、俺は納得できなかった。父は、剣が苦手な俺を庇ってそう言ってくれているのだと、そう思っていた。しかし俺は、魔法使いとしてだけでなく、騎士としても認められたかった。
そんな俺に転機が訪れたのは、騎士団への入隊試験だった。剣を握れない俺は当然不合格。剣術試験の会場を、情けないほどの速さで追い出された。
「……何故だ……魔法なら俺は誰にも負けないのに……」
失意のまま入隊試験の会場を出ると、ある男が壁を背にして立っていた。夕日に照らされた彼の姿は、まるで絵画のようだった。
「魔法ならなんだ?」
静かな声が、俺の耳に届く。
「あ、貴方は!」
その才能を見出したのは、若くして騎士団長を務めるアシュレイ・フォン・グラント、その人だった。
そう、俺の憧れの人だ。
「入隊試験最下位の成績のグラディーだな」
「え、ええ……まさか貴方程の方が俺……いや、私の事を覚えていてくれていたなんて……俺、幸せです!」
憧れの人が名前を覚えていてくれた。俺はそれが嬉しかった。もう、人生の絶頂はここなのではとさえ思った。
「あれ程までに剣を振れない者は初めて見たものだからな」
アシュレイ様の言葉に、俺は顔を赤くして項垂れた。
「申し訳ありません……」
「謝る必要は無い。ファウストと言えば、魔法を扱う者の間で知らない者はいないと聞く。自分でも先程言っていたように、貴様の専門分野は魔法だろう。何故貴様はそうまでして剣を振るう?」
アシュレイは疑問に思う。その透き通った瞳は、俺の心の奥底を見透かすかのようだった。
「俺……私は──」
「言い直さなくていい。私は気にしない。続けろ」
俺は自分の夢を語った。剣と魔法を華麗に操る勇者が目標だと──。その姿は、まさにアルスのような、完璧な存在だった。
「……」
アシュレイ様は、ただ静かに俺の夢を聞いていた。その沈黙が、俺の心に重くのしかかる。
「……団長?やはり俺の夢はバカバカしいですよね……申し訳ありません」
俺がそう言うと、アシュレイ様は少しの沈黙の後、意外な言葉を口にした。
「グラディー。貴様を特別に騎士団への入隊を許可する」
頭が混乱した。俺は、その場で何度も自分の耳を疑った。
「……へ?……俺が、ですか?」
「そうだ。貴様の力を我が騎士団で存分に振るってほしい」
アシュレイ様は、未来の希望を見つけたかのように、俺にそう語りかけたのだ。俺は胸を熱くした。これで憧れの騎士として、剣士たちと肩を並べることができる。
しかし、アシュレイ様が告げた言葉は、俺の想像を遥かに超えていた。
「貴様には、騎士隊長を務めてもらいたい」
「……は?騎士隊長、ですか?」
俺は耳を疑った。騎士隊長といえば、騎士の中でも、剣術に秀でた者が就く役職だ。そんな席に、剣を全く使えない自分が就くなど、ありえない話だ。
「嫌か?強制はしない」
「え、いえ、私はその……剣が……あまり得意では……」
例え知られていても、憧れの人を前に、全く扱えないとは口が裂けても言えなかった。
「問題ない。君は魔法使いとして、騎士隊長の座に就くのだ。私の方で陛下に通達しておく。私からは以上だ。早速明日から頼む…………頼んだぞ」
アシュレイ様は、俺の不安を一笑に付した。俺は、その言葉の裏にある深い意味を理解することができなかった。ただ、憧れの騎士団長直々の指名だ。断ることは許されない。
俺は、アシュレイ様の期待に応えるため、騎士隊長になった。しかし、それは魔法部隊の隊長ではなく、正真正銘の騎士隊長だった。
当然、周りの騎士たちからの風当たりは強かった。
「なぜ剣も使えない男が隊長なんだ」
「歴代の騎士隊長でも最弱なんじゃないか?」
そんな陰口は、日常茶飯事だった。俺は、その言葉を聞くたびに、悔しさで唇を噛んだ。しかし、俺は決して諦めなかった。俺は、魔法使いとして、騎士隊長としての職務を全うしようと決意した。
騎士隊長としての仕事は、多岐にわたる。訓練の指揮、書類仕事、そして王族の護衛。訓練では、剣を振るう騎士たちに、俺は魔法で対抗した。
俺の魔法は、彼らの剣技を凌駕した。そのたびに、騎士たちの間にどよめきが起こる。しかし、彼らは決して俺を認めようとしなかった。
「あんなの、剣術じゃねえだろ」
「卑怯者め」
陰口は日常のように耳へ届く。
慣れたつもりでいたが、胸の奥をざらつかせる感覚は決して消えなかった。
ここは王国騎士団。表向きは忠誠と誇りを掲げているが、
裏をめくれば、派閥争いと足の引っ張り合いが渦巻く場所だ。
剣よりも舌と人脈の方がものを言う世界。
俺はただ、耐えるしかなかった。
アノ人が託してくれた、この責務。必ず全うしてみせる。
いつか──そう、いつか彼らが俺を認める日が来ると信じて。
それは、ある日のことだった。
いつも通り、背中越しに愚痴と悪口が飛んでくる。
それでも俺が姿を見せれば、表向きは“隊長”としての態度を取る。
それは、俺の後ろにアシュレイ・フォン・グラントがいるからだ。
演習場へ向かう途中──
「……そうッスかね?自分は、結構いい人選だと思うッスけど」
白髪の青年が、ぽつりと口を開いた。
名はルシウス。最近配属された新人だ。
組織の空気を知らない……いや、知っていても自分の意志を曲げない性格なのかもしれない。
不思議な新人だ。
「はぁ?お前……最近入った、ルシウスだっけ?頭、大丈夫か?」
「先輩方よりは、大丈夫ッス」
挑発めいた返しに、場の空気がピリつく。
押し殺した笑い声と、剣呑な視線が交錯する。
「……てめぇ……口の利き方ってもんがあんだろうが!」
甲高い金属音が響く。
一人の騎士が真剣を抜き、陽光が刃を走った。
「よっ、レゴ!その生意気な新人を躾けてやれ!」
「……剣を抜いたッスね」
「剣もまともに振れねぇ、肩書きだけの隊長のどこがいいんだ?言ってみろ!あぁ?」
ああ、そうだ。俺の肩書きは、剣術の腕で得たものじゃない。
だからこそ、こうして嘲る理由を、彼らは際限なく探し続ける。
「……自分、あまり人を貶すような奴、嫌いなんスよ。だから思うんスよ──じゃあお前は何が出来るんだって」
「おいおい新人、それ以上口を開けば……本当に斬るぞ?」
「どうぞ、ご勝手に。もし自分が怪我をしたら……そうッスね……隊長には“自分で斬った”って報告しておくッス。──まぁ、そんな事、万に一つも起きねぇッスけど」
まったく……入って間もないくせに、空気を読まずに火種へ飛び込む。
だが、その真っ直ぐさが──どこか、俺の救いに見えた。
そして後に彼は、副隊長の座に就くことになる。
そんな俺の唯一の心の支えは、聖女様だった。囚われの姫であったという彼女と王城ですれ違ったとき、その清らかな笑顔を見た俺は心が洗われるような気がした。
彼女を護るためなら、どんな苦労も厭わない。俺は、聖女様を護ることを、自分の騎士としての使命だと心に決めた──。
しかし、今日もまた、俺の理想は打ち砕かれた。王女殿下はいつものように城を飛び出し、聖女様は犯罪者と行動を共にしている。
俺の初恋はどこへ行ったのだ……。
俺は、心の中でそう叫んだ。その心に渦巻く様々な感情が、目の前の少年、アルスへの怒りへと変わっていく。
「貴様は俺の夢を、幻想を、踏みにじった!聖女様を惑わした罪は重い!」
俺は、悔しさで声を震わせる。この男は、俺が長年夢見てきた、剣と魔法を操る理想の騎士。そして、俺の愛する聖女様を、俺の知らない場所へと連れ去ろうとしている。
許せん、許せん、許せん、許せん。
「……グラディー・ファウストはこれより、罪人アルスを処刑する──『異空間魔法』」
腰に携えた剣ではなく、何も無いところからグラディーは杖を取り出した。それは、彼の才能を証明する、もう一つの誇りだった。
「聖女様を救うのは……この俺だああああ!!」
そして、彼の叫びと共に、地下通路に特大魔法が放たれた。
【後書き】
いつもご覧頂きありがとうございます。
お久しぶりの後書きです。
今回はこの先の物語で必要だと感じ、
敵側サイドのキャラクターを深掘りしてみました。
騎士団側の外伝も好評であれば書こうかななんて思ってます。
引き続きどうぞよろしくお願いします!
最後までご覧いただきありがとうございます!
良ければ評価、感想を頂けると嬉しいです!
まだブックマークしてない方も良ければ是非!
モチベに繋がり投稿頻度も上がります( ˙꒳˙ )
ではまた次回!




