第八話:森の試練と新たな仲間?
村を旅立ってから、二日が過ぎた。
エメラルドの都への道は、想像以上に険しい。ゲーム画面で見ていた道は、単なる背景だったが、実際に歩いてみると、起伏に富み、道幅も狭い場所が多い。
「くそっ、やっぱり地図と現実は違うな……」
俺は額の汗を拭った。体力は向上しているものの、マジックバッグに入れた荷物の重さが、じわりと体に響く。
道中、何度か魔物と遭遇した。
ゴブリンや巨大ネズミといった雑魚魔物は、もはや俺にとって脅威ではない。
【剣術】と【ファイアボール】を組み合わせることで、効率的に、そして安全に倒せるようになっていた。
特に【鑑定】スキルが覚醒してからは、魔物の弱点を瞬時に把握し、的確な攻撃で仕留めることができるようになったのが大きい。
「よし、これで経験値と素材をゲットだ」
倒した魔物からは、わずかな経験値と、換金できる素材が手に入る。
マジックバッグのおかげで、拾えるだけ拾うことができるのは、やはり大きなアドバンテージだ。
【体力:5.0 → 5.5】
【筋力:5.0 → 5.5】
【敏捷:5.0 → 5.5】
【剣術:2.0 → 2.5】
【ファイアボール:2.5 → 3.0】
【モンスター生態学:3.5 → 4.0】
【経験値を得ました】
【ステータスポイントを1獲得しました】
着実にステータスが上がっていくのが楽しい。まるで、オンラインゲームのレベル上げに没頭しているような感覚だ。
しかし、これは現実。死ねば終わりだ。その緊張感が、俺を集中させていた。
夜は、木の上や、洞窟の入り口など、比較的安全な場所を選んで野営した。
持ってきた簡素な寝袋に包まり、火を焚いて魔物避けとする。
【サバイバル知識】スキルが、野営の準備や火の起こし方、安全な場所の見極めに役立ってくれた。
旅の三日目。
エメラルドの都までは、あと半日ほどの距離だろうか。
俺は少し気が緩んでいたのかもしれない。
森の奥深く、道が急に開けた場所に出た。
そこで俺は、思いがけない光景を目にした。
「あれは……」
そこには、巨大なゴブリンの群れがいたのだ。
20匹は下らないだろうか。しかも、その中には、ひときわ大きく、明らかに強力な存在が2体いる。
ゲーム知識によれば、あれはゴブリンジェネラルとゴブリンシャーマンだ。
ゴブリンジェネラルは高い身体能力を持ち、ゴブリンシャーマンは簡単な魔法を使う。
通常のゴブリンとは一線を画す強敵だ。
「まさか、こんな場所に……」
【危機察知】スキルが、最大レベルで警告を発している。
これは、今の俺の力では、まともに戦えば勝ち目がない相手だ。
逃げるべきか。
しかし、ゴブリンの群れは、何かを囲んでいた。
よく見ると、それは大破した馬車だった。
そして、その馬車の残骸の傍らで、一人の人物が、ゴブリンたちに囲まれている。
「……人間!?」
ゴブリンたちに今にも襲いかからんとしているその人物は、身の丈ほどの巨大な戦斧を携えた、大柄な男だった。
全身を傷だらけにし、息も絶え絶えの様子だが、それでも巨大な戦斧を構え、ゴブリンたちと対峙している。
その男の顔を見て、俺は再び身体が硬直した。
「嘘だろ……なんでこんなところに」
その男は、ゲーム『アルカディアの光と闇』の攻略対象キャラの一人、「無骨な戦士」ライオネルだったのだ。
彼は、王都の騎士団に属するベテラン戦士で、豪快な性格と、圧倒的な戦闘力で知られるキャラクターだ。
ゲームでは、ヒロインが王立学園に入学した後、とある事件をきっかけに仲間になるはずだった。
彼がこんな森の奥で、しかもこんな致命的な状況に陥っているなんて、ゲームの歴史には一切記載されていない。
俺がエルヴィーナ王女を救った影響なのか? それとも、魔物の活発化が、彼を巻き込んだのか?
「くそっ、今度は攻略対象キャラかよ……!」
ここでライオネルを見捨てるわけにはいかない。
彼は、後に世界を救う重要な仲間の一人だ。彼が死ねば、未来の展開に甚大な影響が出るだろう。
しかし、相手はゴブリンジェネラルとシャーマンを含む、20匹以上のゴブリンの群れ。
今の俺では、正面から突っ込むのは自殺行為だ。
【知力】が高速で状況を分析する。
ライオネルは既に深手を負っている。このままでは時間稼ぎにもならない。
だが、ゴブリンジェネラルとシャーマンは、群れの指揮官だ。まずは、こいつらをなんとかしなければ。
俺は素早く周囲を見回した。
近くには、小高い丘がある。そして、その丘の向こうには、深い谷が広がっている。
ゲーム知識が、俺に一つの可能性を提示した。
「……罠だ」
俺は声を潜め、ゴブリンたちに見つからないように、丘の陰に身を隠した。
そして、手持ちのマジックバッグから、あるものを取り出した。
それは、ダンジョンで採取した、比較的純度の高い魔力結晶だ。
魔力石ほどではないが、一時的に魔力を高める効果がある。
俺は魔力結晶を口に含んだ。
体中に魔力が満ちていく感覚。
【魔力:5.5 → 6.0(一時的に上昇)】
そして、俺は手のひらに魔力を集中させた。
狙うは、ゴブリンジェネラルとシャーマン。
二匹の距離は近い。一発でまとめて攻撃できれば……。
俺は、今までで最も強力なファイアボールを放った。
炎の塊は、唸りを上げてゴブリンジェネラルとシャーマン目掛けて飛んでいく。
「グガッ!」「キィッ!」
不意打ちのファイアボールは、見事に二匹の魔物を直撃した。
炎が爆ぜ、二匹はもんどりうって地面に倒れる。
致命傷ではないが、一時的に動きを止めることはできた。
「今だ!」
俺は丘を駆け下り、叫んだ。
「そこのおっさん! 逃げるぞ!」
ライオネルは、突然現れた子供と、炎を放った俺に驚いた顔をしたが、すぐに状況を理解したようだ。
「……小僧、貴様は一体!?」
彼はそう言いかけたが、俺は構わず走り続ける。
ゴブリンたちは、ジェネラルとシャーマンが倒れたことで、一時的に混乱している。
この隙に、ライオネルを引き連れて逃げる。
「こっちだ!」
俺はライオネルの手を掴み、丘の向こうの谷へと飛び込んだ。
谷の斜面は急勾配だが、幸い、下には川が流れている。
【敏捷】の上がった俺と、戦士としての本能で動くライオネルなら、この斜面を駆け下りることは可能だ。
ゴブリンたちが、俺たちの後を追って谷の上から姿を現す。
しかし、彼らは谷の急な斜面に足を踏み入れるのを躊躇していた。
ゴブリンは、平坦な場所での集団戦は得意だが、不慣れな場所や地形の複雑な場所では、動きが鈍るという特性がある。
俺はライオネルを引きずりながら、川沿いを下流へと走った。
やがて、ゴブリンたちの追撃の気配が薄れていくのを感じる。
「はぁ……はぁ……なんとか、逃げ切ったか……」
俺は倒れ込むように座り込んだ。
ライオネルも、俺の隣に座り込み、肩で息をしている。その顔は蒼白だ。
「小僧……お前は……一体何者だ?」
ライオネルが、かすれた声で尋ねる。
俺は答える代わりに、マジックバッグから薬草を取り出し、彼に差し出した。
「これを。傷に効くはずだ」
彼は訝しげな顔をしたが、俺の差し出す薬草を受け取った。
その表情には、まだ警戒の色が見える。当然だろう。突然現れた子供が、魔法を使い、強敵から助け出してくれたのだから。
「助けてくれて……感謝する。俺は、ライオネル・フォン・グリフィンだ」
彼はそう言って、深々と頭を下げた。
グリフィン。貴族の姓だ。やはり、ゲームの設定通り、由緒正しい家柄の人間だった。
「俺は、アルスです。ただの、旅の途中……の子供です」
ごまかしつつ自己紹介する。
さて、ここからどうするか。
彼をこのまま放っておくわけにはいかない。深手を負っている上に、この森の奥で一人では危険すぎる。
だが、彼と行動を共にすれば、俺のモブとしての生活は、さらに波乱に満ちたものになるだろう。
しかし、俺はすでに決めていた。
この世界で、俺だけの物語を紡ぐ、と。
そして、世界の運命を変える。
「ライオネルさん。もしよろしければ、エメラルドの都までご一緒しませんか? 俺も都へ向かう途中です」
俺の提案に、ライオネルは驚いた顔をした後、微かに笑みを浮かべた。
「そうか……。助かる。礼は必ずする。……まさか、こんな場所で、小僧に命を救われるとはな。お前は……ただの子供ではないな」
彼は鋭い目で俺を見た。
その視線に、俺は少しだけ冷や汗をかいたが、気づかれないように平静を装う。
こうして、俺は意図せず、攻略対象キャラの一人と、本格的に関わりを持つことになってしまった。
俺のモブ人生は、ますます予測不能な方向へと進んでいく。
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