第五話:変化の兆しと新たな目標
順調に強くなっていくアルス少年
ヒロイン、エルヴィーナ王女を救ってから、俺の心境には大きな変化が訪れていた。
最初は「死なないこと」だけが目標だった。モブとしてひっそりと生き延び、物語の蚊帳の外で安全に暮らす。それが俺の望みだったはずだ。
しかし、幼いエルヴィーナの、あの怯えた顔と、助けられた時の感謝の眼差しが、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
そして、覚醒した【共感性】スキル。これは一体、何なのだろうか。
「共感性……。まさか、ヒロインを助けたことで、こんなスキルが発動するとはな」
自室で、俺は腕を組み、唸った。
ゲーム知識にはないスキルだ。もしかしたら、俺がこの世界に転生したことで、ゲームの歴史が少しずつ歪み始めているのかもしれない。
【共感性:0.1】という数値は、まだ微々たるものだ。だが、このスキルが今後どう成長し、どんな影響を及ぼすのか、全く予測がつかない。
「まあ、今は考えるだけ無駄か。とにかく、やるべきことは変わらない」
俺は改めて、今後の行動計画を練り直した。
エルヴィーナを救ったことで、俺の存在が彼女の記憶に刻まれた可能性は高い。
もし彼女が王女として成長し、俺のことを覚えていたら……。それは、モブとしての俺の人生に、大きな波紋を投げかけることになるだろう。
しかし、それは未来の話だ。
今は、目の前の課題に集中する。
村での地道な訓練は、相変わらず続けていた。
薬草採集、薪割り、水汲み。毎日同じ作業を繰り返すことで、体力、筋力、器用さが着実に向上していく。
特に【敏捷】にポイントを振ってからは、身体の動きが格段に軽くなった。森の中を駆け抜ける速度も上がり、危険を察知して回避する能力も向上したように感じる。
夜の魔力訓練も欠かさなかった。
【魔力親和性】スキルのおかげで、魔力の練り上げは順調だ。
手のひらに宿る光の粒は、以前よりも大きく、そして安定してきた。
さらに、魔法に関する本を読み漁ることで、【魔法理論】スキルも着実に成長している。
「そろそろ、実践的な魔法の練習を始めるべきか……」
俺はそう考えた。
この世界で生き残るためには、攻撃手段が不可欠だ。ナイフ術だけでは限界がある。
最も基礎的な魔法は、火属性の「ファイアボール」だろう。ゲームでも、初心者が最初に覚える魔法の一つだ。
しかし、魔法の練習は、村の中ではできない。
万が一、火事を起こしてしまえば、村に甚大な被害を与えてしまう。
練習場所は、やはりあのダンジョンしかない。
数日後、俺は再び「森の奥の洞窟」へと向かった。
以前よりも、足取りは軽い。ダンジョンへの恐怖も、少しずつ薄れてきていた。
洞窟の奥、例の「隠された薬草採集ポイント」にたどり着く。
ここは魔物の出現頻度が低く、比較的安全に過ごせる場所だ。
俺は周囲を警戒しながら、魔法の練習を始めた。
まずは、最も単純な魔力の放出からだ。
手のひらに魔力を集中し、それをイメージ通りに放出する。
「うおおおおおっ!」
何度か試すうちに、手のひらから、微かに熱を帯びた空気が放出されるようになった。
まるで、ガスバーナーの火を点ける前の、ガスが噴き出すような感覚だ。
【魔力操作:未習得 → 0.3】
新たなスキルが覚醒した。
これは、魔力をより精密に制御するためのスキルだろう。
やはり、実践あるのみだ。
次に、火のイメージを強く持つ。
手のひらに集めた魔力が、熱を帯び、燃え盛る炎を形成する。
「ファイア……ボール!」
俺が叫ぶと、手のひらから、小さな火の玉が飛び出した。
火の玉は、壁にぶつかり、パチッと音を立てて消えた。
威力はほとんどない。だが、確かに魔法を発動できたのだ。
「やった……! やったぞ!」
俺は喜びを爆発させた。
オールゼロだった俺が、ついに魔法を使えるようになったのだ。
これは、俺の人生における、大きな転換点になるだろう。
その後も、俺はひたすらファイアボールの練習を繰り返した。
最初は不安定だった火の玉も、徐々に形を保ち、威力も増していく。
【ファイアボール:未習得 → 0.1】というスキルも覚醒した。
練習の合間には、ダンジョン内の魔物を倒して経験値を稼いだ。
巨大ネズミだけでなく、稀に現れるコボルトとも戦った。
コボルトは巨大ネズミよりも手強く、ナイフと毒草だけでは苦戦を強いられた。
しかし、ファイアボールが使えるようになったことで、戦闘は格段に楽になった。
遠距離から火の玉を放ち、怯んだところにナイフで追撃する。
この連携が、俺の戦闘スタイルとして確立されつつあった。
ダンジョンでの活動を続けるうちに、俺のステータスは着実に向上していった。
特に【知力】と【魔力】は、重点的にポイントを振っていたこともあり、他の能力よりも伸びが早かった。
【名前:アルス】
【種族:人間】
【職業:なし】
【体力:2.5】
【魔力:3.0】
【筋力:2.5】
【敏捷:2.5】
【器用:2.5】
【知力:4.0】
【幸運:0】
【スキル】
毒物耐性 :1.5
サバイバル知識:2.0
薬草学 :2.0
ナイフ術 :1.5
モンスター生態学:2.0
魔力親和性 :1.5
魔法理論 :1.0
魔力操作 :1.0
ファイアボール:0.8
共感性 :0.1
【ユニーク能力:なし】
ステータスが全体的に「2」を超え、「知力」に至っては「4」に到達した。
これは、ゲーム序盤の駆け出し冒険者レベルに匹敵する数値だ。
オールゼロだった俺が、ここまで来るとは。
「この調子なら、エメラルドの都への道も、現実的になってきたな」
俺は目標を具体的に設定し始めた。
魔物の大侵攻まで、あと数年。それまでに、エメラルドの都へ移動し、冒険者として本格的に活動を開始する。
そこで資金を稼ぎ、装備を整え、さらに能力を向上させる。
そして、最終的には、ヒロインが世界を救う手助けをする。
それが、モブとして転生した俺の、新たな使命だと感じ始めていた。
ダンジョンから村に戻る道中、俺はふと、空を見上げた。
満月が、森の木々の間から、静かに輝いている。
その光は、俺の心に、静かな決意を宿らせた。
「俺は、この世界で、俺だけの物語を紡ぐ。そして、この世界の運命を、俺の手で変えてみせる」
モブの成り上がり物語は、まだ序章に過ぎない。
これから待ち受けるであろう、数々の困難と、新たな出会いを予感しながら、俺は静かに歩を進めた。
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