第四話:訓練と新たな出会い
ここにきて王道回です!
ダンジョンでの初陣を終えてから、俺の生活は一変した。
以前にも増して、毎日が修練の日々となったのだ。
日中は相変わらず村の仕事を手伝った。薪割り、水汲み、畑の手伝い。これらは地味だが、体力や筋力を鍛えるには最適なトレーニングだ。特に薪割りは、斧を振るう度に全身の筋肉を使う。
「アルス、最近ずいぶん力持ちになったねぇ。もう大人顔負けだよ」
村の男衆が感心したように声をかけてくる。
俺は軽く笑ってごまかしたが、心の中では密かにニヤリとしていた。
【筋力】【体力】が着実に上がっている証拠だ。
薬草採集も続けた。森の奥深く、これまで足を踏み入れなかった場所にも挑戦した。
【サバイバル知識】と【薬草学】スキルのおかげで、より珍しい薬草や、稀に貴重な素材を見つけることができるようになっていた。
その度に、スキル経験値が入り、地道に能力が伸びていくのがわかる。
そして、夜。
日が落ち、村が静まり返ると、俺は自室で静かに魔力の訓練を始めた。
魔力は【魔力親和性】スキルのおかげで、思ったよりも効率よく練り上げることができた。
目を閉じ、腹の底に意識を集中する。
体内に満ちる、暖かく、そして微かにピリつくような感覚。それが、魔力だ。それを少しずつ、指先に集める練習をする。
最初は指先がピクッと動く程度だったが、数週間も経つと、手のひらに淡い光の粒を宿すことができるようになった。
「これだ……!」
光の粒はすぐに消えてしまうが、確かに魔力を視覚化できた。これは、魔法を習得するための第一歩だ。
ゲーム知識では、この世界の魔法は、基本的には属性魔法が主流だ。火、水、風、土、光、闇。まずは最も基礎的な魔法から練習を始めるべきだろう。
同時に、夜の読書も欠かさなかった。
村の図書館にある本は読み尽くしてしまったため、薬草を売った金で、商人が村に立ち寄る度に、古い本を譲ってもらうことにした。
特に求めたのは、魔法に関する基礎知識や、魔物図鑑の類だ。
【知力】が2を超えてから、本の理解度が格段に上がった。以前なら難解に感じた専門用語も、すんなりと頭に入ってくる。
【知力】の上昇に伴い、【魔法理論:未習得 → 0.7】という新たな隠しスキルも覚醒した。これは、魔法の習得効率を上げるスキルだろう。
俺は知力にステータスポイントを振り続けた効果を実感した。
やはり、知識こそが最大の武器だ。
そんな充実した日々を送っていた、ある日のこと。
村の外で薬草を採集していると、遠くから、何か争うような音が聞こえてきた。
「なんだ……?」
警戒しながら音のする方へと近づいていく。
茂みの隙間から覗き込むと、そこに広がっていた光景に、俺は息を呑んだ。
数匹のゴブリンが、一人の少女を囲んでいたのだ。
少女はまだ幼い。俺とそれほど変わらないくらいの年齢だろうか。
薄い水色の髪を揺らし、恐怖に顔を歪ませながら、必死に後ずさりしている。手には、何の武器もない。
そして、その少女の顔を見て、俺は身体が硬直した。
「ま、まさか……」
その少女は、ゲーム『アルカディアの光と闇』のヒロインにそっくりだったのだ。
まだ幼く、面影がある程度だが、間違いない。
薄水色の髪、透き通るような青い瞳。
これは、間違いなく、後に世界を救うことになる、王国の第一王女エルヴィーナの幼少期の姿だ!
ゲームのメインストーリーが始まるのは、ヒロインが王立学園に入学してからだ。
まさか、こんな僻地の村の近くで、幼いヒロインと遭遇するとは。
しかも、絶体絶命の危機に陥っている。
「どうする、俺……?」
オールゼロからようやく脱却したばかりの俺が、ゴブリン数匹を相手に、幼いヒロインを救うなんて、無謀すぎる。
助けに行けば、俺自身が危ない。
しかし、ここで見捨てれば、ヒロインは死ぬ。
ヒロインが死ねば、ゲームの物語は始まりすらしない。魔王の復活、世界の危機、全てが最悪の方向へ進んでいく。
「くそっ、モブの俺には関係ない、なんて言えるわけないだろ!」
社畜根性が、俺を突き動かした。
会社の危機なら逃げ出すが、世界の危機は別だ。
俺は、この世界の住人なのだ。
ゴブリンたちの動きを観察する。
【モンスター生態学】スキルが発動したのか、彼らの動きが、以前よりも冷静に分析できる。
3匹。一匹は正面から少女を威嚇し、残り二匹は回り込もうとしている。
今の俺に、まともに戦える武器はない。
しかし、俺にはゲーム知識と、わずかに上がった【知力】、そして【毒物耐性】がある。
俺は素早く周囲を見渡した。
そして、茂みの奥に、例の毒草が群生しているのを見つけた。
「あれを、使う!」
俺は声を潜め、ゴブリンたちに見つからないように、大きく迂回した。
少女がゴブリンに追い詰められ、悲鳴を上げている。時間がない。
一瞬の隙をついて、俺は毒草の群生している場所へ駆け寄った。
躊躇なく毒草の葉をちぎり取る。
「キッ!」
俺の動きに気づいたゴブリンの一匹が、こちらに突進してきた。
素早い。だが、俺は【敏捷】が上がっている。
俺はゴブリンの突進をギリギリでかわし、その勢いのまま、手のひらに握りしめていた毒草を、ゴブリンの顔面に叩きつけた。
ゴブリンは毒草の刺激に驚き、怯んだ。
「その隙に!」
俺は残りの毒草を手に、少女を取り囲む他のゴブリンたちへと突進した。
二匹のゴブリンが同時に俺に襲い掛かろうとするが、すでに毒草の使い方は慣れたものだ。
一体には毒草を投げつけ、もう一体には体当たりでぶつかり、口元に毒草を押し込む。
ゴブリンたちは、毒草の刺激と、予想外の攻撃に混乱し、苦しそうにのたうち回り始めた。
完全に毒殺はできないが、動きを封じるには十分だ。
「今だ! 逃げろ!」
俺は少女に叫んだ。
少女は呆然としていたが、俺の声にハッとしたように我に返り、すぐに走り出した。
「あなたも早く!」
少女は一度、振り返って俺を見た。その青い瞳に、感謝と、そして驚きの色が宿っているのが見えた。
そして、迷わず森の奥へと駆け去っていく。
よし、これでヒロインは助かった。
俺は、倒れたゴブリンたちを蹴散らし、少女が逃げた方向とは逆の方向へ、必死で走り出した。
これ以上、ヒロインと関わるのは危険だ。歴史改変なんて、俺のモブ人生には重すぎる。
「ふう……なんとか、逃げ切ったか……にしても何でエルヴィーナがこんな所に?」
ヒロインの一人である″リリア″の姿が一向に見つからない。
「……俺の推しが出てこない」
しばらく走って、人気のない場所までたどり着いた俺は、大きな木にもたれかかって息を整えた。
全身は汗びっしょりで、心臓がバクバクと鳴っている。
だが、奇妙な充実感が俺を満たしていた。
【毒物耐性が上昇しました】
【敏捷:1.1 → 1.2】
【共感性:未習得 → 0.1】
【経験値を得ました】
【ステータスポイントを1獲得しました】
「共感性……?」
新たなスキルの名前に、俺は首を傾げた。
毒物耐性や敏捷の上昇は分かる。だが、「共感性」とは何だ?
もしかしたら、ヒロインを助けようとした俺の行動が、何らかの影響を与えたのかもしれない。
ゲーム知識にもない、未知のスキルだ。
だが、今は考える暇はない。
早く村に戻って、今日の出来事を整理しなければ。
その日の夜、俺は再びステータスポイントを振った。
1ポイント。やはり知力に振るべきか。
だが、今日のゴブリンとの戦闘で、改めて身体能力の重要性を痛感した。
「今回は……【敏捷】に振ろう」
【敏捷:1.2 → 2.2】に上昇しました。
これで、俺は少しは素早く動けるようになっただろう。
生き残るためには、状況に応じた能力の強化が必要だ。
モブの俺が、まさかヒロインと遭遇し、彼女を救うことになるとは。
これで物語の歯車は、確実に狂い始めたはずだ。
俺の行動が、この先の未来にどんな影響を与えるのか。
不安と、そして微かな期待が、俺の胸に去来する。
ご覧頂きありがとうございました!
次なる展開にもぜひご期待ください!
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ヒロインは何処へ、、、