第三話:ダンジョンの洗礼と未知のスキル
初めて足を踏み入れたダンジョンは、恐怖と期待が入り混じる未知の世界だった。最弱の魔物にも命がけで挑み、手に入れた微かな成長。そして、まさかの魔力覚醒――。
知識と努力、そして少しの幸運を武器に、モブの俺はゼロから着実に成り上がっていく。これは、ゲームの定石を覆す、俺だけのサバイバル記録。
どうぞブックマークして、今後の展開を見守ってください!
洞窟の内部は、入り口から想像していたよりもずっと暗く、冷たい空気が肌を刺した。湿った土の匂いと、微かに鼻を掠める獣の臭い。
いくらゲームで攻略済みとはいえ、生身で踏み入れる現実は、やはり身震いするほどの恐怖を伴った。
腰に提げた錆びついたナイフが、唯一の護身用具だ。背負った袋には、採集道具と、万が一のための解毒剤。これだけが、今の俺の全財産と言っていい。
「落ち着け、アルス。ゲーム知識がある。大丈夫だ」
心の中で自分に言い聞かせる。一歩一歩、慎重に足を進める。足元には石が転がり、時折水滴が天井から落ちてくる音が響いた。
このダンジョンは、ゲーム内では「コボルトの棲み処」として知られていた。
最深部には、ボスとしてコボルトキングが鎮座しているが、最初のフロアにいるのは、せいぜい数匹のコボルトや巨大ネズミといった雑魚魔物だけだ。
俺が目指すのは、攻略ルートからは少し外れた場所にある「隠された薬草採集ポイント」。
そこは、ゲームの隠し要素として、ごく一部のやり込みプレイヤーだけが知る場所だった。魔物の出現率が極めて低く、珍しい薬草が手に入るとされている。
しばらく進むと、洞窟の壁に沿って、微かに発光する苔が見えてきた。ゲームでも描かれていた、ダンジョン特有の風景だ。その苔の光を頼りに、さらに奥へと進んでいく。
その時、背後からガサガサと物音がした。
「ッ!」
全身の毛が逆立つ。素早く振り返ると、そこにいたのは、予想通りの魔物だった。
「キィッ!」
体長50センチほどの巨大ネズミだ。鋭い牙を剥き出しにして、警戒した様子でこちらを見ている。
ゲーム内では最弱レベルの魔物だが、オールゼロからわずかに成長したばかりの今の俺にとっては、十分な脅威だった。
逃げるべきか、戦うべきか。
一瞬の逡巡の後、俺は決断した。
「……戦う!」
ここはダンジョンだ。逃げ回っていては、いつまで経っても能力は上がらない。それに、この巨大ネズミは、薬草採集ポイントへの道のりを塞ぐ位置にいる。
俺は錆びたナイフを構え、巨大ネズミに相対した。
相手の動きは速い。しかし、ゲーム知識が俺を助けた。
巨大ネズミの攻撃パターンは単純だ。突進からの噛みつき。そして、稀に尻尾での叩きつけ。弱点は、頭部と腹部。
俺は、相手の突進に合わせて横に跳んだ。
予想通り、ネズミは一直線に突っ込んでくる。その隙を突き、俺はナイフを構え、ネズミの側面、わずかに剥き出しになった腹部を狙って、渾身の力を込めて突き刺した。
「キッ……!?」
ネズミは鋭い悲鳴を上げ、その場でもがき苦しむ。しかし、一撃では倒せない。
すぐに体勢を立て直し、再び俺に襲い掛かろうとする。
「くそっ、しぶといな!」
俺は必死にナイフを何度も突き立てる。その度に、ネズミの体が痙攣し、動きが鈍っていく。
そして、数度の攻撃の後、巨大ネズミはピクリとも動かなくなった。
【体力:1 → 1.1】
【筋力:1 → 1.1】
【敏捷:1 → 1.1】
【ナイフ術:未習得 → 0.5】
【経験値を得ました】
【ステータスポイントを1獲得しました】
「よしっ!」
疲労と、安堵が入り混じった声が漏れる。
初めて、自分の力で魔物を倒した。しかも、ナイフ術というスキルまで覚醒した。
ステータスポイントも手に入れた。これこそが、ダンジョン攻略の醍醐味だ。
しかし、立ち止まっている暇はない。
周囲の警戒を怠らず、さらに奥へと進む。
しばらく歩くと、洞窟の壁が広がり、少し開けた場所に出た。
地面には、微かに発光する植物が群生している。
「ここだ……!」
ゲーム内で何度も訪れた、隠された採集ポイントだ。
ここに生えている薬草は、通常の薬草よりも効果が高いだけでなく、高値で売買される。
俺は慎重に、薬草を摘み始める。
同時に、この場所の隅々まで目を凝らす。
ゲームの攻略情報によれば、ごく稀に、珍しい素材アイテムが落ちていることがあるからだ。
足元を丹念に調べていくと、ひときわ強い光を放つ場所があった。
土の中に埋もれるようにして、手のひらサイズの青い石が輝いている。
「これは……まさか、魔力石!?」
興奮を抑えきれない。魔力石は、魔力を秘めた貴重な鉱石で、換金アイテムとしても非常に高価だ。
それに、魔力を持つ者がこれを摂取することで、魔力を向上させることができる、という話も聞いたことがある。
ゲーム内では、滅多に手に入らないレアアイテムだったはずだ。
俺は震える手で魔力石を拾い上げた。ひんやりとした感触だが、そこから微かに暖かい力が伝わってくるような気がした。
ふと、一つの考えが頭をよぎる。
俺は魔力ゼロ。この魔力石を摂取すれば、もしかしたら……。
いや、待て。迂闊なことはできない。
この世界の魔力石は、その純度や種類によって、様々な影響を及ぼす可能性がある。
安易に摂取すれば、体調を崩したり、最悪の場合、命に関わることだってあり得る。
しかし、俺にはゲーム知識がある。
この「森の奥の洞窟」で手に入る魔力石は、比較的純度が高く、副作用が少ないことで知られていた。
そして、ゲーム内でも、隠し要素としてモブキャラがこれを摂取することで、微量ながら魔力を得ることができた、という情報があった。
「……試してみる価値はある」
俺は意を決して、魔力石を口に含んだ。
ひんやりとした感触の後、微かに甘く、そしてどこか土っぽい味が広がった。
ゴクリと飲み込む。
すると、途端に、体の中を温かい何かが駆け巡る感覚に襲われた。
それは、まるで血管の隅々にまで、新しい血液が流れ込んでいくような、不思議な感覚だった。
【魔力:0 → 0.1】
【魔力親和性:未習得 → 0.5】
「ま、魔力が……! 本当に上がった!」
驚きと喜びが同時にこみ上げる。
そして、同時に覚醒した「魔力親和性」というスキル。これは、魔力の扱いに慣れたり、魔力を効率的に吸収したりするためのスキルだ。
これは大きい。オールゼロだった俺に、ついに魔力の芽生えが訪れたのだ。
これで、将来的に魔法を学ぶ可能性も出てきた。
魔力石は一つだけだったが、この収穫は計り知れない。
その後も、安全な採集ポイントで薬草を集め続け、巨大ネズミが稀に出現するたびに、ナイフで応戦し、経験値とステータスポイントを稼いだ。
ダンジョンにいる間は、時間の流れが早く感じられた。夢中で採集と戦闘を繰り返しているうちに、あっという間に日が傾き始めていた。
十分に薬草と素材を集めた俺は、洞窟を後にした。
出口から差し込む夕焼けの光が、やけに眩しく感じられた。
村に戻ると、長老が心配そうに俺を待っていた。
「アルス、無事だったか。ずいぶんと遅かったから、心配したんだぞ」
「すみません、長老。夢中になってしまって……」
俺は収穫した薬草と、こっそり魔力石を見せる。魔力石は懐に隠したが、珍しい薬草の山に、長老は目を丸くした。
「これは……! 見事な薬草だ! おまけに、こんなに大量に……! 君は本当に、森の恵みに愛されているようだね」
薬草の買い取り価格は、予想以上に高額だった。これでしばらくは、食料に困ることもないだろう。
その夜、俺は自分の部屋で、今日得たステータスポイントを振ることにした。
巨大ネズミとの戦闘と、魔力石の摂取で、計2ポイントが手に入っている。
一つは、迷わず魔力に振る。
これで、俺の魔力は【魔力:0.1 → 1.1】となった。
これで、本格的に魔力の鍛錬を始めることができる。
残る1ポイント。
これをどこに振るか、俺は慎重に考えた。
体力、筋力、敏捷。どれも重要だ。
しかし、俺にはゲーム知識という最大の武器がある。
「やはり、知力だ」
知力を上げることで、新たな隠しスキルが覚醒したり、既存のスキルが効率的に成長したりする可能性が高い。
そして、何よりも、この世界の真実や、ゲームの裏設定をより深く理解するためには、知力が不可欠だ。
【知力:1.1 → 2.1】に上昇しました。
これで、俺のステータスは以下のようになった。
【名前:アルス】
【種族:人間】
【職業:なし】
【体力:1.1】
【魔力:1.1】
【筋力:1.1】
【敏捷:1.1】
【器用:1.1】
【知力:2.1】
【幸運:0】
【スキル】
毒物耐性 :1.0
サバイバル知識:1.1
薬草学 :1.0
ナイフ術 :0.5
モンスター生態学:0.8
魔力親和性 :0.5
【ユニーク能力:なし】
まだ微々たるものだ。だが、着実に、俺はゼロから脱却し、成長している。
そして、この成長の速度は、ゲームの主人公たちに比べても、決して遅くはない。むしろ、知識がある分、効率は良いだろう。
「この調子でいけば、数年後には、きっと……」
俺は拳を握りしめた。
モブとして転生した俺の、世界の真実を覆す成り上がり物語は、まだ始まったばかりだ。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、アルスがダンジョンで初めての実戦を経験し、着実にステータスとスキルを向上させていく様子を描きました。特に、隠された採集ポイントで魔力石を発見し、念願の魔力が覚醒した場面は、物語の大きな転換点になったかと思います。
オールゼロからの脱却を果たし、少しずつ力をつけていくアルス。彼の選んだ「知力」への投資が、今後どのように活きてくるのか、そして魔力の鍛錬がどう進んでいくのか、ぜひ楽しみにしていてください。
もし面白かったら、ブックマークや評価、感想で応援いただけると嬉しいです!




