第二話:小さな一歩とダンジョンの誘い
全能力値ゼロからのスタートだった俺。たった1ポイントの知力アップが、世界の見方を変え、そして地道な努力が、着実に俺を「モブ」から脱却させていく。村での平穏な日々は、未来の絶望を回避するための準備期間だ。
そして今、俺は更なる成長を求め、危険な「ダンジョン」へと足を踏み入れる――。ゲーム知識と社畜根性を武器に、モブが紡ぐ成り上がり物語、第二歩!
知力に1ポイントを振ってから、俺は明確な手応えを感じていた。
いや、数値的にはたった1だ。何か劇的に世界の見え方が変わったとか、突如として魔導の知識が湧き出てきたとか、そういう派手な変化があったわけではない。
それでも、頭の中が少しだけクリアになったような、思考の速度がわずかに上がったような、そんな感覚があった。
例えるなら、古いPCのOSが、ほんの少しだけバージョンアップしたような、地味だが確かな改善だ。
ゴブリンとの遭遇から一夜明け、俺は改めてこの世界での行動指針を固めた。
「まず、自活できるだけの基礎能力の確立だな」
そして、将来の「魔物の大侵攻」に備え、村から脱出するための準備を着々と進めることだ。
(俺はモブだ。生き残る事だけを考えていればいい)
そのためには、地道な努力が不可欠である。
しかし、俺はかつて社畜だった。努力は得意だ。むしろ、努力することしかできないと言っても過言ではない。
その日から、俺のモブとしての成り上がり生活が始まった。
日中は、村の仕事を手伝う。
一番簡単なのは、薬草採集だ。
ゲーム知識がある俺にとって、毒草と薬草の見分けは容易い。安全な場所を選び、効率よく薬草を摘んでいく。
最初はぎこちなかった動きも、毎日繰り返すうちに少しずつ洗練されていくのを感じた。腕の筋肉がわずかに盛り上がり、呼吸も以前より楽になる。
「アルス、今日は早いね。ずいぶん慣れてきたじゃないか」
薬草を買い取ってくれる薬師の老女が、目を細めて微笑んだ。
「はい、おかげさまで」
言葉通り、体が少しずつ慣れてきているのがわかる。
(ここはゲームと同じ仕様か)
この世界は、身体を動かせば動かすほど、実際に能力が向上していく。ゲーム的な表現をすれば、「熟練度」が上がっている感覚だ。
【体力:0 → 0.1】
【筋力:0 → 0.1】
【器用:0 → 0.1】
【サバイバル知識:1 → 1.1】
【薬草学:未習得 → 1】
おお、ついにスキルが覚醒した!
薬草学。地味だが、薬草採集に特化したスキルだ。これがあれば、さらに効率よく薬草が見つかるだろう。
能力値も小数点以下だが、確実に増えている。ゼロから脱却したのだ。この小さな変化が、俺には何よりも嬉しかった。
そして夜は、村の図書館で本を読み漁った。
図書館といっても、小さな村なので、数少ない古びた本が並べられているだけだが、この世界の歴史や地理、魔物に関する基礎知識を得るには十分だった。
特に俺が興味を持ったのは、魔物に関する記述だ。ゲームでは知ることのできなかった、魔物の生態や弱点に関する、より詳細な情報が記されている。
「なるほど、ゴブリンは火を恐れるが、特定の植物から抽出した毒にも弱いのか……」
(ここもやはりゲームと同じ……)
読書中、時折、脳内で新たなウィンドウが開く。
【知力:1 → 1.1】
【歴史知識:未習得 → 0.5】
【モンスター生態学:未習得 → 0.8】
知力が着実に上がっているのがわかる。同時に、新たな隠しスキルも覚醒していた。
「……おもしれぇ」
特に「モンスター生態学」は大きい。これで、より安全に魔物と遭遇し、対処できるようになるだろう。
そんな生活を、数ヶ月続けた。
体力、筋力、器用さは、薬草採集や村の手伝い(薪割り、水汲みなど)で地道に向上した。
知力は、夜の読書で着実に伸びていった。
各ステータスは、ようやく「1」を超えるか超えないか、といったところだが、それでも最初のオールゼロと比べれば、雲泥の差だ。
身体能力が少しずつ上がっていくことで、できる仕事の幅も広がった。
最初は子供だからと断られていた、少し重い荷物の運搬や、畑仕事なども手伝わせてもらえるようになった。
村人たちの俺を見る目も、少しずつ変わってきたように思う。最初は「かわいそうな子」といった憐憫の目だったのが、今では「働き者だね」といった賞賛の言葉をかけてくれる。
「アルス、君は本当に頑張り屋だね。将来が楽しみだよ」
長老の言葉が、俺の心にじんわりと温かさを灯す。
ゲームでは名前すら与えられなかったモブの俺が、この世界では「アルス」として、確かに存在している。そして、村の人々に認められつつある。
しかし、俺は浮かれることはなかった。
これは、まだ第一歩に過ぎない。
何故なら俺は今、ここまでしても初期プレイヤーには遠く及ばない。ゼロという数字はそれ程までに大きいものなのだ。
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ある日、俺は村の長老に、思い切って一つの質問をしてみた。
「長老、この村から一番近い、大きな街はどこですか?」
長老は少し驚いた顔をした後、穏やかに答えた。
「ああ、それなら東へ三日の道程だね。『エメラルドの都』と呼ばれる、美しい街だよ」
エメラルドの都。ゲーム序盤でヒロインが最初に訪れる、かなり規模の大きな都市だ。そこには冒険者ギルドもあり、より本格的な活動ができる。
「そうですか……」
俺は地図を頭の中に描く。東へ三日。今の俺の体力では、到底たどり着けない距離だ。それに、道中には危険な魔物も多く生息しているはずだ。
長老は、俺の様子を察したのか、少し心配そうに付け加えた。
「なぜそんなことを聞くんだい? 君はまだ子供だ。一人で旅に出るなんて、考えるものではないよ」
「いえ、少し気になっただけです。いつか、この村を出て、もっと広い世界を見てみたい、なんて……」
半ば嘘、半ば本音でそう答える。長老は何も言わず、ただ優しく頭を撫でてくれた。
やはり、地道な努力を続けるしかない。
村での生活で基礎を固め、将来的には冒険者として活動できるだけの力をつけなければ。
そのためには、もっと効率的に能力を上げる必要がある。
その日の夜、俺は改めてゲームの知識を総動員し、考えを巡らせた。
この世界には、「ダンジョン」というものが存在する。
村の近くにも、小さなダンジョンがある。村人たちは「危険な場所」として近づかないようにしていたが、ゲーム的には「初心者向けの練習ダンジョン」という位置づけだった。
ダンジョンには、通常のフィールドよりも多くの魔物がいる。
そして、経験値やアイテムも手に入りやすい。
つまり、効率的なレベリング場所なのだ。
「ダンジョン……。危険は伴うが、今の俺には必要なステップだ」
オールゼロだった俺が、わずかながらステータスを上げた今なら、もしかしたら……。
いや、待て。今の俺はたったの知力1、体力1、筋力1といった程度だ。調子に乗ってダンジョンに突っ込めば、あっけなく死ぬのがオチだろう。
しかし、もう一つ、俺には特別な情報があった。
そのダンジョンには、「隠された安全な採集ポイント」があることを、ゲームをやり込んだ俺だけが知っている。
そこには珍しい薬草が自生しており、魔物の出現頻度も極めて低い。しかも、運が良ければ、希少な素材アイテムが見つかる可能性もあった。
──翌朝、俺は長老に、
「少し遠くまで薬草採集に行きます」と告げ、村を後にした。
向かうは、村人たちが忌避する「森の奥の洞窟」。
それが、俺が目指すダンジョンだった。
洞窟の入り口は、黒い口を開けたように不気味だった。
ひんやりとした空気が肌を刺す。
いくらゲーム知識があるとはいえ、やはり生身で踏み入れるのは恐怖を感じる。
腰には、村の雑貨屋でなんとか手に入れた、錆びついた小さなナイフ。
背負った袋には、採集道具と、万が一のために村の薬師から分けてもらった解毒剤がいくつか。
「……行くぞ」
俺は、意を決して、暗闇が広がる洞窟の奥へと足を踏み入れた。
第2話お読みいただき、ありがとうございます!
知力に1ポイント振ったことで、アルスがどれだけ手応えを感じたか、そしてその後の地道な努力で着実にステータスが向上していく様子を描きました。オールゼロからの脱却は、ささやかでも大きな一歩ですよね。
村人との交流で「アルス」として認められつつある一方で、迫りくる「魔物の大侵攻」という未来の危機を回避するため、彼はついにダンジョンへと足を踏み入れました。
ゲーム知識を持つアルスが、この初心者向けダンジョンでどのように立ち回り、どんな成長を見せるのか、今後の展開にご期待ください!
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