第九話:共闘の道と戦士の矜持
ライオネル・フォン・グリフィン。
後に王国騎士団の重鎮となる、無骨なベテラン戦士。まさか、ゲームのメインストーリーが始まる前に、こんな形で彼と出会い、共に行動することになるとは、想像もしていなかった。
俺は薬草をライオネルに差し出した。彼は警戒しつつも、俺の手から薬草を受け取ると、傷口に当てた。
「すまない、小僧……いや、アルスと言ったな。この恩は必ず返す」
彼はそう言って、深々と頭を下げた。見た目に反して、律儀な男だ。
ライオネルの傷はかなり深いようだった。全身に切り傷や打撲痕があり、右腕からは血が流れ出ていた。あのゴブリンの群れを一人で相手にしていたのだから、無理もない。
俺はマジックバッグから水筒を取り出し、彼に渡した。
「どうぞ。少しでも休んでください」
彼は躊躇なく水を受け取り、喉を鳴らして飲み干した。
「助かった。それにしても、お前は一体何者だ? 子供が単身でこんな森の奥にいるだけでなく、魔法まで使うとは……」
ライオネルは、俺を品定めするような鋭い視線を向けてきた。
【知力】が8にまで伸びたおかげか、俺は彼が純粋な疑問と、僅かな警戒心を抱いていることを読み取れた。
「俺はただの、旅の途中の子供です。薬草採集をしていて、偶然、貴方を見つけただけですよ」
俺はとぼけることにした。まさか、自分が未来の知識を持った転生者だとは言えない。
「魔法は、独学で少しだけ……」
苦し紛れの言い訳だったが、彼はそれ以上追及してこなかった。信じているわけではないだろうが、今はそれどころではない、と判断したようだ。
「そうか……。だが、あのゴブリンの群れを一瞬で混乱させたあの炎。あれは独学でどうにかなる代物ではないぞ」
ライオネルはそう呟き、俺の顔をじっと見つめた。
【共感性】スキルが、微かに反応する。彼の視線には、警戒心だけでなく、何かを見定めようとする強い好奇心が混じっているように感じた。
俺は話を逸らすことにした。
「それより、ライオネルさん。こんな場所で一体何を?」
「ああ……」
ライオネルは顔を歪め、悔しそうに語り始めた。
彼は王都の騎士団に属する戦士で、ある任務でこの地域に派遣されていたらしい。最近、各地で魔物の活動が活発化していることを受け、その原因を探るための偵察任務だったという。
「魔物の生態系に異変が起きている。普段は縄張りを守るゴブリンが、異常なほど集団化し、他の種族と協力している報告まで上がっている」
彼は険しい顔でそう言った。
やはり、俺がヒロインを助けたことだけが原因ではないのかもしれない。あるいは、俺の行動が、この世界の異変を加速させている可能性もある。
「偵察中に、不意に大規模な魔物の群れに襲撃された。護衛は全滅。俺だけが……」
ライオネルはそこで言葉を詰まらせた。彼の表情には、仲間を失った悔しさと、自身の無力さに対する怒りがにじみ出ていた。
この世界の騎士や兵士は、皆、国や人々を守るという強い使命感を持っている。彼もまた、その一人なのだろう。
「そんな中で、お前が現れた……。本当に助かった。だが、まだ油断はできない。あのゴブリンジェネラルとシャーマンは、すぐに回復して追ってくるだろう」
ライオネルは傷を押さえながら立ち上がろうとした。
「無理は禁物です。少し、休んでください。追手は、俺がなんとかします」
俺はそう言って、再び【鑑定】スキルで周囲の地形をチェックする。
この谷は、上流に向かえば、さらに道が狭まり、岩場が増える。そして、いくつかの小さな洞窟が点在している。
ゲーム知識では、この谷の奥に、ゴブリンの隠された補給拠点があるはずだ。
「アルス、無茶をするな。お前は子供だ」
ライオネルが止めるが、俺はすでに決めていた。
この状況で、最も効率的に追手を撒き、安全を確保する方法は、あのゴブリンの補給拠点を利用することだ。
「ライオネルさん。この谷の上流に、ゴブリンの小さな隠し拠点があるはずです。そこは、ゲームでは知られていない場所ですが、魔物の数も少なく、身を隠すには最適です」
俺は、ゲーム知識を最大限に活用し、具体的な場所と、そこに至るまでの地形の注意点を説明した。
ライオネルは驚いた顔で俺を見ていた。
「ゲーム……とはなんだ?な、なぜお前がそんな場所を知っている……?」
「それは、まあ……野生の勘、ですかね」
適当にごまかす。しかし、彼の表情は疑問符だらけだ。
「ともかく、そこへ向かいましょう。俺が先行して、もし追手が来たら、引きつけて時間を稼ぎます。貴方は、その間に奥へ」
俺はナイフと剣を構え、ファイアボールの魔力を練る準備を始めた。
「待て、アルス! 一人で危険な真似はさせるわけにはいかん!」
ライオネルが立ち上がろうとするが、やはり傷が深く、足元がふらついた。
「俺は、オールゼロからここまで来たんです。子供だからといって侮らないでください」
俺はあえて、少しばかり強気な態度でそう言い放った。
【交渉術】スキルが、ここで役立っているような気がした。
ライオネルは、俺のその言葉と、覚悟を決めたような眼差しを見て、一瞬、言葉を失った。
「……分かった。だが、決して無理はするな。お前がピンチになったら、俺も無理をしてでも助けに行く」
彼はそう言って、俺の背中を叩いた。
俺は頷き、先行して谷の上流へと進む。
【危機察知】が、後方から迫るゴブリンたちの気配を捉えている。
時間はあまりない。
俺は洞窟の入り口を見つけると、躊躇なく中に入った。
そこは、ゲーム知識通りのゴブリンの補給拠点だった。
粗末な木箱がいくつか置かれ、中にはわずかな食料や、ガラクタが入っている。
魔物の気配は……ゼロ。幸い、今は誰もいないようだ。
俺は洞窟の奥へと進み、ライオネルが入ってこられるスペースを確認した。
そして、入口に罠を仕掛け始めた。
マジックバッグから取り出したのは、ダンジョンで採取した、粘着性の強い植物のツルだ。これを入口付近に張り巡らせ、足元を滑りやすく加工する。
そうこうしているうちに、洞窟の外からゴブリンたちの騒がしい声が聞こえてきた。
やはり追いつかれたか。
「ここだ!」
俺は声を出して、洞窟の奥からライオネルを呼んだ。
ライオネルが傷を押さえながら、ゆっくりと洞窟に入ってくる。
「アルス、準備はできたか?」
彼は息を切らしながらも、戦斧を構える。
「はい。あとは、奴らが罠にかかるのを待つだけです」
俺たちは息を潜め、洞窟の奥でゴブリンたちの接近を待った。
ドタドタと足音が響き、いよいよゴブリンたちが洞窟の入り口に殺到してくる。
その時、俺は手のひらに魔力を集中させた。
狙うは、入口の天井。
【知力】と【魔力操作】が連携し、正確な軌道を予測する。
「ファイアボール!」
俺の放った火の玉は、洞窟の入り口の天井を直撃した。
小さな落盤が起こり、土砂と小石がゴブリンたちの頭上に降り注ぐ。
さらに、足元に仕掛けていた粘着性のツルが、土砂と混ざり合い、ゴブリンたちの足元を絡め取った。
「グガァ!」「キイイッ!」
ゴブリンたちは悲鳴を上げ、混乱に陥る。
先頭にいたゴブリンジェネラルとシャーマンも、土砂に埋もれる形になり、身動きが取れなくなった。
「よし、やったな!」
ライオネルが感嘆の声を上げた。
「今のうちに、別の道を探します。ここにいても、すぐに増援が来るでしょうから」
俺は冷静にそう言い放ち、マジックバッグから古い地図を取り出した。
【鑑定】スキルで、地図の情報を脳内で解析する。
この洞窟は、ゲーム知識にはないが、奥に別の抜け道があるかもしれない。
俺とライオネルは、互いに顔を見合わせた。
このモブと攻略対象キャラの奇妙な共闘が、今、始まったばかりだ。
その先には、どんな困難が、どんな絆が生まれるのだろうか。
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