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記憶

ミリアムとステファンは、毎日のように湖へ遊びに行った。二人が10才の頃だった。大楠より上は魔物が出るとか、幽霊がいるとか、怖い噂があった。実際、狼が出る事があり、危険なのも本当であった。大人たちは、自ら近寄る事は殆どなく、自分の子供たちにも行かないよう小さな頃から言い聞かせていた。だが二人は違っていた。村は娯楽もなく、家の手伝いばかりで毎日がつまらなかった。元々、お転婆なミリアムは、ステファンを従えていろんなイタズラや冒険をした。冒険といっても子供の思いつく程度のものがほとんどであった。だが、湖への冒険は違っていた。二人は不気味な森や、静かな湖のほとり、幽霊がいそうな屋敷に興奮した。毎日大人たちに内緒で湖に行き、ほとりで花を摘み、湖で遊んだ。変わった薬草もあり、読書好きのステファンはそれらを摘んでは持ち帰り、たくさんの本で調べ、自分で怪我の薬を作ったりもしていた。秘密の冒険は彼らに退屈を見事に忘れさせた。

湖の近くには鉄の大きな門とその中に古い屋敷があった。二人は気になってはいたが、最初は怖くて近寄れもしなかった。だが、毎日のように湖に行っていると、屋敷に人が居る気配もなく、おばけもいそうにないのは何となく理解したので、ある日、重い門を開けて中へ入ってみた。

屋敷の前の庭は不思議にも手入れされていたが、やはり人の気配はないと感じた。その後も何度か前庭に入り込んでは、そこにしか無い草花を摘んで持ち帰っていた。ミリアムはそこに咲く青い小さな花が特に好きだった。

だが、ある日、屋敷の奥の方から、人の声が聞こえた気がした。いよいよ幽霊のお出ましか?と二人は興味と恐怖の中、玄関ポーチから左の方へ、屋敷の壁づたいに奥へ奥へと入っていった。

奥へ進むと、そこには綺麗に整備された中庭があった。そこまで入ったのは初めてだ。やはり前庭のように芝生が綺麗に刈られており、たくさんの種類の手入れされた薔薇が咲き誇っている。華やかな薔薇の香りが立ち込めていた。

「誰?」

と、小さな子供の声がした。薔薇の庭に居たのは、自分達と同じくらいの年の、綺麗な男の子だった。髪はブラウンでサラサラしていて、瞳はブルー。色も白く、村では見た事のない、綺麗な男の子だった。ミリアムとステファンは、つかの間、彼に見惚れていた。

「幽霊ってあんなに綺麗なの?」

とミリアムが呟いた。すると、

「君たち、誰?」

その男の子が言うと、

「ゆ、幽霊?」

と、ステファンが青ざめた顔をして声をあげた。その声と表情にミリアムもその男の子も、吹き出して笑い始めた。

「ステファン、幽霊な訳ないじゃない。」

ミリアムはお腹を抱えて笑いながら言った。するとその綺麗な男の子は、

「僕は幽霊じゃないよ。でも、君たちは誰なの?幽霊?」

と言いながら笑いを堪えているようだった。そんな男の子にミリアムは親近感を覚えた。大きなお屋敷の子、きっと貴族だ。でも、偉そうにしてもいないし、自分と同じような事で笑っている。幽霊でもなければ、普通の男の子なのかも、と思った。

「君、ここに住んでるの?」

ステファンが聞くと、

「そうだよ。いつもは世界中を旅していて、ここには時々しかいないけど、ここが僕の家だよ。」

と、優しい笑顔で穏やかに話す。ミリアムは、彼の声や笑顔に見惚れて、ため息をついた。こんな綺麗な子、初めてみた。なんて綺麗なんだろう…。ミリアムの心は少しだけドキドキしていた。

「私、ミリアムよ。この子はステファン。あなたは?」

「コンスタン」

そう言うとニコッと笑った。

三人はすぐに仲良くなった。毎日湖や森で遊んだ。お屋敷の庭でかくれんぼしたり、お屋敷の屋根裏に登り、ゲームをしたりもした。コンスタンのばあやが作る薔薇の香りのするクッキーは絶品だった。

コンスタンには兄がいた。ニつ年上でアレクシスと言った。黒髪で瞳はグリーンの彼も、優しくて美しい男の子で、三人が遊んでいるのをいつも近くで見守っていてくれた。

コンスタンとアレクシスの両親に一度も会った事はなかった。彼らが言うにはほとんど海外で生活しているそうだった。彼らも時に両親と共に海外で生活する事もあるそうだが、彼らだけたまに屋敷に戻り、薔薇や庭の手入れをしているのだそうだった。

一番お転婆で真っ先に進むのはミリアムだ。だが、コンスタンも負けていない。ミリアムの側を離れず、危ない所も難なく超えていく。村でミリアムを超えてくる男の子はいなかった。ミリアムは綺麗な見かけとは違って男の子らしいコンスタンをとても意識していた。コンスタンは、初めはミリアムが快活で強い女の子だと感じた。だが仲良くなるに連れて時折見せる優しく可愛らしい所にも惹かれていた。ステファンは二人について行くのがやっとだった。置いてけぼりにされないように必死だったが、それでも楽しくて仕方なかった。

そんな時、事故は起きた。いつものように三人は湖の近くの岩場で遊んでいた。アレクシスは木陰で読書をしながら三人を見守っていた。その日はとても風の強い日だった。岩の上で鬼ごっこをしていると、突然の強い風に煽られ、岩場からミリアムとステファンが落ちそうになった。必死で2人が岩場の下に落ちないよう、コンスタンは身体を張った。だがコンスタンもろとも岩場から落ちてしまった。

「ミリアム…、今、助けるから…。」

ミリアムは朦朧とした意識の中で、やっとの思いで目を開けると、コンスタンの綺麗な瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ自分に一生懸命手を伸ばしているのが見えた。

泣かないで、コンスタン…、私は大丈夫…だから…

 意識が少しずつ遠のき、いつしかコンスタンの声も聞こえなくなっていた。


暖かい部屋のベッドで、ミリアムは目を覚ました。子供の頃の事を全て思い出した。涙が頬をつたっていた。

 湖での事、コンスタン、あれから今まですっかり忘れていた。あんなに楽しかった毎日、大好きだった。彼も湖も、屋敷も。どうして忘れていたのだろう、考えれば考える程わからず、涙ばかりが溢れる。

「気がついたの?ミリアム!」

部屋に入ってきた母が、ミリアムが目覚めたのに気づいた。濃い霧の中、ミリアムは家の前で倒れているところを村の人が見つけ、家に運んでくれたのだった。夜着のまま外で気を失っており身体もすっかり冷え切っていたそうだった。

「母さん…、頭、痛い…」

ミリアムは起き上がろうにも頭痛がして起きられなかった。倒れた時に頭を打ったのかもしれない。

「あんた、いつの間に外に出たの?ちっとも気づかなかった。」

母は心配そうに聞くが、ミリアムもはっきりとは覚えていない。ただ、霧の中に誰かいたような、それだけしか覚えていなかった。

 その後、村のお医者さまに診てもらうと、疲れだろうと言われた。最近、あまりよく眠れてなかったのも事実だった。

ミリアムは、母の作ったスープを飲みながら、話し始めた。

「ねぇ、母さん。私、子供の頃、大怪我した事あったよね。」

そう言うと、

「あんた、あの時の事、思い出したの?」

と母は、驚いた顔をした。

母の話だと、およそ八年前の秋、ミリアムとステファンが夜になっても帰らないので、心配で探しに行くと、大楠のそばに二人が倒れていたのだそう。二人ともかなり怪我をしていたが、命に別状はなかった。だがなかなか目覚めず、村の人たちはかなり心配したのだそうだ。そして、傷が癒えた頃にやっと二人とも目覚めたが、怪我の経緯などどんなに聞いても全く覚えていなかったそうだ。大人たちは二人が毎日湖の方に行っていたのを何となく知っていた。だが目覚めた二人に湖の事を聞いてもそれすら全てわからなくなっていたのだ。もしやと思い、湖の屋敷へ村人が訪ねて行ったが、誰も居なかったそうだ。医師は、一時的な健忘でそのうち思い出すのではと言っていたが、結局、今の今まで全く思い出す事はなかったのだった。

ミリアムはその話を聞いて驚いた。医師の言うように健忘だとしても、ステファンと共に二人ともが忘れてしまうなんてあるのだろうか。不思議でならなかった。また、怪我を負ってどうやって大楠のところまで来られたのか、誰かに助けられたのだろうか、コンスタンはどうなったのか、アレクシスが助けた?でもそんなに力持ちとも思えない。記憶を必死にたどるも出口は見つからない。

 ミリアムは、母にコンスタンの事や怪我を負ったところまでは思い出して話した。母は、ミリアム達があの屋敷でそんな人たちと会っていた事にも驚いていた。だが事故の後に尋ねて行った時には誰も居なかったのに、とそれも不思議に思った。

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