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人狼エルヴィン

 それからはミリアムは屋敷ではなく小屋にコンスタンを訪ねるようになった。ミリアムから話を聞いてステファンも時折訪ねて来ていた。ステファンはあの男がコンスタンだった事について、ミリアムがきっと貴族よ、と予想していた事を思い出し、その通りだったと驚いた。またコンスタン自身がそこまで工芸に打ち込んでいる事、そして作品が素晴らしい事に驚嘆の声しかなかった。

 コンスタンの工芸品は今まで通り、アルバートに依頼することにした。ミリアムだと感情移入し過ぎてなかなか売らないからだ。またミリアムは工房で手伝いながら、陶工のような事もさせてもらった。あんなに憧れていた仕事なのでとても嬉しかった。だが実際に作ると、コンスタンの比ではなかったので、やはり手伝いの方に戻る事にした。

時間があればコンスタンの元へ通い、ミリアムは幸せだった。もちろん村の仕事も家の手伝いも全て頑張った。器用なミリアムはうまくこなしていた。

 ある日、ステファンが体調を崩し、朝市に一人で行く事になった。一人での出立だったので、荷物はいつもより少なめにし、早朝、馬車を走らせていた。

まだ陽も上がらない薄暗い道、ミリアムは嫌な物音を聞いた。盗賊か?狼?緊張が走る。すると、三人の男達が馬車の前に立ちはだかる。やはり盗賊だ。手にはナイフや棒などを持っている。女一人と思い狙って来たのだ。

「ねぇちゃん、馬車を置いて消えな。」

「いや、なかなかのオンナだ。売り飛ばせば金になる」

そう言いながら三人はじわりじわりと近づいてくる。馬車には荷物があるのでそう簡単には方向を変えたり出来ない。ミリアムは男まさりで少しは戦えるつもりではいたが、三人相手に切り抜けられるか、と黙って相手との間合いを測っていた。すると、ガサッ!と大きな音がしたかと思うと、人間よりもかなり大きな狼が三人目掛けて草むらから飛び出した。三人はそれぞれに武器で応戦している。だが狼はあまりに大きく強く、敵わない。恐ろしくなり男達は逃げ出した。あっけなく逃げ去った。ミリアムは、ホッとしたのも束の間、狼は自分を救ってくれたのか?それとも私を食うつもりなのかわからず、じっと狼を見つめていた。すると、バタリ、と狼がその場に倒れてしまった。足に傷を負っている。ミリアムは狼への恐怖などすっかり忘れて狼に駆け寄る。

「大丈夫?しっかりして!」

ミリアムは狼をさすると、みるみるうちに図体のデカい人間に姿が変わっていった。

「驚いた。人狼なの?あなたは?」

ミリアムが話しかけると、

「う…、うぅ」

と、唸るように声を発したかと思うとミリアムを振り払い立ち上がろうとした。だが、思うように立てない。その場に座り込んだ。

「無理よ、こんなになっているのに。」

ミリアムは、馬車に乗せている薬入れを持ってきて、

「手当てするわね。」

と、テキパキと手当てを始めた。人狼は、ミリアムを睨みながらも大人しく手当てを受けている。

「お前、怖くないのか?」

初めて人狼は話しかけてきた。ミリアムは、

「ちゃんと話せるのね。普段の姿は私たちと変わらないんだ。その辺にいても人狼だとわからないわね。」

と笑いながら話す。人狼は少しムッとして、

「人間とは違う…。」

という。

「でも、怪我もするし血も流すし、痛いし、話すし、私みたいなのを助けてくれる。人間と変わらないわ。どこが違うの?」

と言いながら傷に薬草を貼ると、人狼は、

「痛いな!」

と大きな声で怒った。

「あ、ごめんなさい。」

驚いたミリアムが答えると、人狼は、

「すまない…。」

と小さな声で言った。

手当てが終わり手を貸すと人狼は何とか立ち上がった。馬車の荷台に乗るように言ったが聞かず、足を引きずりながら茂みへ入っていく。

「あの!」

ミリアムは呼び止める。

「助けてくれて、ありがとうございました。」

と、深々とお辞儀をする。そんなミリアムをみて、

「いや、手当て、助かった…。」

そう答えて人狼は去っていった。ぶっきらぼうな言い方だが、本当は優しいのかもしれない、ミリアムは何となくそう思っていた。

その日の仕事を終え無事に村に帰ったミリアムは、ステファンにだけ人狼の話をした。いろんな本を読んでいるだけあり、ステファンはすぐに信じてくれた。自分のせいで怖い思いをさせた、とミリアムに謝った。だがもし自分がいても役に立たなかったかも、と思うと更に落ち込んだ。そして、人狼に会ってみたいが恐ろしさから無理そうだ、とも思っていた。

その日以来、二人が馬車で朝市に向かう時、山を出るまでに時折、あの大男を見かけるようになった。最初は偶然かとも思ったが、あまりに何度も見かけるので、私を心配してくれているのかも、とミリアムは思った。ステファンは、

「なんだ、あの大男。こっち見てるよ。」

と、怯えた。男は見ているだけで話しかけて来ないし、ましてや近づいてもこない。不気味だ。だがミリアムから彼がそうだと話を聞いて、あの行動は、むしろミリアムが気に入ったんじゃないのか?と思った。

ミリアムと出会った人狼、それは、人狼の長の息子エルヴィンだった。彼は、その日、いつものように狼の姿で森の様子を見にきていて、ミリアムと盗賊に遭遇した。最初は、ほっておこうとも思ったが、若い女を売り飛ばすなどという言葉を聞いて少し頭に来たのだった。弱いものが弱いのは仕方ないが、それを食いものにしようとしているのが許せなかった。人間にはなるべく関わらないようにしていた彼だったが、長のようにいつかは人間とも渡り合ってゆかないといけない、その事も頭をよぎったのだった。だが、明け方だったため、狼としては力が弱りかけていた。そんな状態で、盗賊の攻撃を防ぎきれず傷を負ってしまったのだった。夜明けで無ければあんな人間などあっという間に片付けるのに、そう思いながら重い体をなんとか動かそうとしたが、変幻も解けるようにまで体力を奪われていた。人間の姿になる所を見られ、自分の不甲斐なさも見られ、エルヴィンはどうしていいかわからず、唸ったり怒鳴ったりしていた。本来の彼は冷静で落ち着いており、感情的になる事などほとんどない。それくらいミリアムに全て見られたことが恥ずかしいとさえ感じていた。だが、ミリアムは怖がりもせず、エルヴィンを受け入れ手当てした。エルヴィンは驚いていた。こんな人間がいるのか?彼女の立ち居振る舞いはエルヴィンの心を揺さぶるには充分だった。それ以来彼は森にいて彼女の気配や匂いに気づくと、自然と足が向いていた。時に木の上から、時に茂みから彼女を見つめた。普段の彼女もエルヴィンには不思議な事だらけだった。毎日あんなに忙しくしているのに不平不満は全く言わず、むしろ周りを励まし、楽しく過ごしている。本当は辛いはずだ、女手でそこまでの事、オーバーワークのはずだ。それでも笑顔を絶やさないミリアムに、心を奪われていた。エルヴィンは人間に想いを寄せるなどあってはならない、と分かってはいたが、誰にも気付かれず、ひっそりと思うならば、何も悪い事ではないのでは、と思った。それに側にいる男は頼りなさそうだ、自分が守らねば、とも思った。ただ、一つ納得がいかなかったのは、あの貴族だ。貴族のくせに働いていて、ミリアムは間違いなくあの男に惚れている。ミリアムを不幸にする輩は、エルヴィンにとっても許せない存在となっていた。そして、その貴族の男、コンスタンに違和感以外の何者でもないものを感じていた。

''人間の匂いがしない"のだ。生きている人間なら誰しもあるあの血と肉の匂いが全くしない。遠くからみていても死人か?と不思議でならなかった。

エルヴィンの行動は、長にも伝えられた。長から、

「人間に興味を持つとは。お前にしては珍しい事もあるものだ。だが、今後は人間達の方が増えてくる。うまくやらねば我らは生き残れぬ。人間と結ばれた人狼もいない訳ではない。お前がその気ならそうしてもいい。」

長はエルヴィンが心を動かされている事を、決して嬉しくない訳ではないのだった。エルヴィンは、

「あの娘には心に決めたものがいる。」

と話し、ただ、感じた違和感についても話すと、長は、

「それはシャムロック吸血一族の者だろう。生まれつき匂いがしない。そして覚醒すると体温が下がり心の臓の音がしなくなる。それは吸血の者の特徴だ。」

と、長がいうと、エルヴィンは怒りだした。ミリアムは騙されているのではないか?あの男はミリアムを仲間にするか、食い尽くすか、そのつもりなのでは?頭に血がのぼる。

「まあ、エルヴィン落ち着くのだ。あの一族でも後継にと言われている人格者がいるらしい。もしや、その者かもしれん。近々、シャムロック家との会談をする事となっている。お前も我が後継として同席するように。その時に確認してからでも遅くあるまい。」

長は、エルヴィンを諌めた。エルヴィンはミリアムの事となると頭に血が上りやすい自分を恥じた。長としてこれからの人狼一族を支えていかねばならない。常に冷静に、父のようにならねば、と自分に言い聞かせた。

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