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第7話:念願の出会い

 しばらく歩いて暗闇を抜けた小春の目に映ったのは、昨日ずっと歩いていた森だ。不安と恐怖を抱えながら、川を探して再び歩き出す。

 耳を澄ませながら歩く。動物や虫も一切出てくることなく、川を無事に見つけることが出来た。


 一休みをして見上げた空は、やはり雲一つない青空で、日の光が眩しい。

 乾く汗を川で落とした小春は川下へと歩き始めた。


「人里どこぉー。全然見つからないんだけどー」


 かれこれ四時間だろうか。歩いても煙一つ、人影も動物の影さえも見つけられない。

 汗だくの息ゼイゼイで、歩くたびに「うぅ…ぐぅ…」と変な声まで出る。

 限界が来た小春はついにその場にへたり込んだ。

 目の前を流れていく川の流れに沿って視線を動かしてみるけど、まだまだ先は続いている。終わりが見えてこない。希望も見えてこない。やる気も、でてこない。


 ばたりと後ろに倒れる。土の汚れだのなんだとのを気にする性格ではない。

 はぁー、と息を吐いて力を抜いていく。

 水流、風の音、木漏れ日。地面もひんやりとしていて気持ちがいい。

 人に会えない不安がどんどん膨らんで、やがてそれでいっぱいになって、後押しされるように足を動かしていた。


「でも不安ばっかじゃ、心までしんどいし…。会えないの気にしても、仕方ないよなぁ」


 疲労感と危険な動物に合わないことで危機感がなくなった小春は、心地よい空気に意識が吸い込まれそうになる。落ちてくる瞼。そんな中、何かが地面を蹴る、そんな音が聞こえた気がした。


 パチッと目が開く。今聞こえたのは、馬の蹄か何かか。

 寝転がっていた体を起こして小春は考える。

 今まで歩いてきて何かしらの生き物は一切見ていない。動物が近くに居るなら逃げなければ。でもそれだけ、森の生き物があまりいない場所から、生き物がいる場所、それこそ人里に近づいたということかもしれない。


 少し休んで体力も回復した。希望も見えた。立ち上がりながら泥を落としていく。

 危険な生き物でなければ嬉しいな、と蹄の生き物の正体を探しに行こうと振り返った小春。


 目の前が茶色一色で埋め尽くされる。

 恐る恐る見上げた先には、茶色の大きな馬。恐らく、先程耳にした蹄の正体。

 つい尻込みをする小春に向けて、「フシューーッ」と馬が鼻息を吹きかけてくる。


「うわぁ…」


 恐怖で体が硬直した小春は、死を覚悟した。反応して馬も更に顔を寄せてくる。ふんふんと匂いをかがれ、握る手には汗が。足も震える。


 大勢の前で発表するときの心臓がバックバックなって緊張する、あんな時よりも、もっと緊張している。生まれたての小鹿のようだと言う表現を思い出し、まさに自分は今その通りだと思った。中学一年生の時に見た小鹿誕生の瞬間を録画した動画のことを思い出す。

 現実逃避を許さないと、馬がもう一度鼻息を強く吹きかけてくる。


 死んだ。


 そう思った次の瞬間、小春の頬に、柔らかな何かが当たる。

 固く閉じていた目を開ければ、その感触の正体は馬の舌だった。いつ出ていたのか分からないが、小春の涙を舐めて優しく顔を摺り寄せてくる。

 食べる気のない、逆に小春を気遣う仕草に、力が抜けてその場に座り込んだ。


 震えはまだ止まっていないが、それは恐怖ではなく安心から来ているもの。

 馬も小春の心情を分かったのか膝を折り座って、先程と同じように顔を摺り寄せてくる。


 くすぐったくて嬉しくて、「ははっ」と笑みが零れる。暖かい肌を撫でると段々落ち着いてくる。馬の毛並みはとても滑らかで、実際の馬を触ったことはないが、すっごく触り心地が良い。加えて、馬の背に顔を埋めると、洗い立ての布団のような、ほっとする匂いがするのだ。

 撫でたり顔を埋めたり、小春が好きにしているのに馬は怒らないどころか一切嫌がるそぶりも見せない。とても心が広い馬だ。


「ありがとう」


 馬を撫で、馬も小春の膝の上でゆっくりと過ごしていた。

 突然、馬の体がピクリと動き、川とは反対方向の森をジーッと見ている。耳が動いて、何かの動きを探しているようだ。小春は何も聞こえないし見えないから、馬にしがみつきながらじっと待つ。


 草を踏む音が聞こえる。体を固くする小春だったが、現れたそれに驚く。


「………っ!」


 息を飲んだのは、小春ではない。小春は驚きすぎて口を開けているだけ。

 小春の前に現れたのは、小春がずっと会いたかった人間だった。

 それも、今まで見てきた中で、最も綺麗な顔をしている。


 彼はその綺麗な顔を、いや体の神経に至るまで一切動かすことなく、その場に固まってしまっていた。


 小春は恐る恐る声をかける。ただ「あの…」と発しただけ。しかし目の前の人物は、ビクッと体を震わせた。連鎖して小春の体も震えて、馬もビクッと震える。

 どうしたのだろうか。まさか、小春が怖いのだろうか。


 確かに今の小春は全身汚れているし、不審者とか危険人物と思われても仕方がない。小春が勝手に一人で納得していると、彼はその場にしゃがみ込んでしまった。


 大丈夫かと慌てたが、彼は息を大きく吸って吐いて、直ぐに立ち上がると、小春を凝視し始めた。なんだか忙しい人だ。

 見つめられてなんだか恥ずかしくなってきた小春は、にへ、と力なく笑ってみる。意味はなかったようで、彼は顔を反らして森の中を眺めた。変なことをする奴だと思われた…と小春がショックを受けている内に、彼はこちらに向かって歩いてきた。


 何をする気だろうか?と小春が警戒していると、小春の膝でゆっくりしていた馬が立ち上がる。撫でられた馬は気持ちよさそうに目を細めていた。

 そこで小春は、この馬の持ち主だと気づいたのだ。

 確かに人に慣れていると思った。つまりこの人は、迷子になった馬を探しに来た人、ということか。確かに自分の飼い馬が見知らぬ汚い人間に触られていたら、怪しい人物だと凝視もするだろう。


 いつの間にか馬に跨っていたその人は、日の光を浴びることで、変わった青と銀が混ざった髪と瞳が光を反射して、一層輝いて見えた。

 同じ人間でもこうまで違うとなんだか悲しくなってくる。


 このまま彼が馬に乗って立ち去ってしまったら、小春はまたここに一人取り残されてしまう。慌てて一緒に連れて行って欲しいと言わなければ!と顔を上げた先に、すっと手が差し出される。分厚くてしっかりした手の平には、タコがいくつか見られる。

 一体彼が何を所望しているのか分からない小春。


 もしかして、馬を見つけてその場に留めていたことを感謝してるのかな。お礼の握手的な奴かな。と、とりあえず握り返してみた。

 するとそれ以上の力で握り返される。かと思えば、グイと引っ張られた。


「う、え?!」


 気づいたときには小春も馬の背に跨っていた。

 小春は特別重いと言うわけではない。身長もそこまで高いわけではないが、しかし人一人を抱えるのは重いはず。彼はそれを軽々と引き上げた。


 すごい、と小春は心の中で拍手を送った。

 馬が動き出す。初めての乗馬は怖いと思ったが、意外にも乗り心地は悪くない。後ろから支えてくれる人がいるからかもしれない。


(それにしても、どこいくんだろう?)


 馬には心を癒されたし、後ろで無言の人物は、なんとなく悪い人に見えなかった。

 こうして馬に乗せてくれたし、無口で全然話さないが、でもそう悪いことはしないだろうと小春は判断する。あのままだと人里までどれくらいかかったかもわからない。食べるものも周りにはなかった。いつか死ぬよりも、見知らぬ人に人がいる場所へ連れて行ってもらった方が良い。


(なんとかなるだろうし。こうして馬にも乗れたし。まぁ、いっかー)


 小春は楽観的であった。


 大体三十分ほど経ったくらいで、森の中を抜けた馬は止まる。そこから見えた景色に、小春は思わず感動の声を上げた。


「うわぁあ!!凄い!綺麗!」


 まるで映画に出てくるヨーロッパの街並み。自然に囲まれた街は、遠くには海も見えた。一番高いところには大きなお城が立っている。

 本当に綺麗で、放心していた小春だったが気になるものを発見。後ろの人物に、お城の下にある二つの建物を指さす。


「あの、すみません。あそこにある二つの建物って、何ですか?」


 なんだか周りの建物と形が違うのが気になっただけなのだが。


 そこで小春は、そういえば言葉が通じるのかと疑問に思う。後ろの人物は、不思議な色の髪色で、アニメの中でしか見たことがない。顔立ちも小春とはかけ離れていて、どう見ても外国人だ。英語を勉強しているが簡単なものしか話せない。


 恐る恐る後ろに目をやると、彼は固まって小春をガン見していた。その目があまりにもガン開きだったので、「ひぃ!」と声が出る。怖い。

 これは言葉の意味が理解できなくて固まっているのかどうかが分からない。


「……あれ、は……」


 しばらく小春をガン見するだけだった彼は、ようやくねじが回された人形のように口を開いて話し出した。

 どうやら言葉はきちんと伝わるらしく、会話が出来るようで小春は一安心と胸をなでおろす。どちらかというと、じっと見つめてくる青い瞳の方がちょっと怖いが。


「あれは、セプトラリア学園。成人した者の内、商いを生業としている者以外はほとんど通わなければならない場所だ。そこでは約三年間、己を鍛えるために様々なことを学ぶ。校舎は見えている通り、二つに分かれている。片方は魔法を極める者の学び舎、もう片方は剣術を極める者の学び舎だ。右の校舎が「魔法専門学園」と呼ばれ、左の校舎が「騎士専門学園と呼ばれている」


 咳払いを一つして、始まった説明。この人、声までカッコイイ。

 片方は魔法使い専用、もう片方は騎士専用。


「なんで分けたんですか?」

 また固まってしまう。もしかしたら急な事には対応できない人なのかもしれない。ゆっくりと小春が待っていると、先程よりも早く回復することが出来たのか、また咳払いをした。


「それは、だな。魔力の使い方が、違うからだ。魔法を専門とする者は、己の体内にある魔力を使用し、魔法を生み出す。だが騎士の場合は、剣技と魔法を組み合わせて使用する。そのため難易度の差が大きく、二つに分けることにした、と聞いた。また現代では、はるかに騎士業の人気が高い。その騎士になる最短の方法は、あの「騎士専門学園」で卒業すること。だからか最近は「騎士専門」の方へと申し込み、落ちたが、「魔法専門」の方には行きたくないと言いだす者が増え、「商業専門学園」なるものができた。ここでは商業の事を基本的に学びつつ、魔法などについても学べるため、入学者は年々増えている」


 そう言って彼が示すのは、二つの校舎から少し下に降りた場所にある建物。上の二つよりも確かに新しく見える。


「三つ巴の戦いってことかぁ」


 というか、この人全然無口じゃなかった。めちゃくちゃ喋る!と、一人心の中で叫んだ小春だった。


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