第2話:恋のキューピッドの誕生②
決戦は一か月後。
それまでにやらなければいけないことは山ほどある。
朝早く、それも生徒が誰一人いない時間に担任の先生を呼び出しておく。小春たちのクラス担任、立花 京香は優しく、おっとりとしたイメージの人物だ。
彼女は小春と靖乃が二人でいることに驚きもしなかった。ただいつものように優しく、少し間延びした言葉で「どうしたの?」と聞いてきただけ」
「先生にお願いがあります。私たち今とあることを計画中で、私が靖乃ちゃんをいじめるんですが、その許可を頂きたいんです!」
「小春ちゃんから強制的に言わされているわけじゃないです。逆に私が小春ちゃんを巻き込んで、小春ちゃんは手伝ってくれてるんです!私からも、お願いします!」
頭を下げる二人に、京香は頬に手を当てて困ったと声を上げた。
「う~ん…。いじめって基本、駄目なものなのよねぇ。でも、被害者がいじめって思わないとそれはいじめじゃないの~。貴方たちが言ういじめはね、お互いが理解して共同して行われる計画的いじめだからぁ、いじめじゃないのよ~。う~ん…。それにしても、いじめられて困ってる、って相談をされたことはあったけどぉ、いじめの許可についての相談は初めてだわぁ…。許可、許可ねぇ…。う~ん…。とりあえず座って、詳しい話を聞かせてくれるかしら~?」
協力してもらうのに隠し事をするわけにはいかない。それに大人の協力を得られるなら、この計画はより成功する確率が上がる。緊張しながらも二人は計画について話し、京香は納得したと頷いた。
「まぁ、素敵ねぇ。先生、そういうの好きよ~」
「って、ことは…?」
「いいわぁ、許可、するわ~」
許可を得られて、小春と靖乃は思わずハイタッチをする。
先生に止められてしまったらこの計画は、実行そのものが非常に難しくなってしまうところだった。上手くいくか賭けだったが、良かった。事前に京香が少女マンガ好きだと調べていて、靖乃の宏太への想いを強調して話をしたのが功を奏したようだ。成功が近づいて喜ぶ。
「でもねぇ、先生だって完璧に隠せるわけじゃないのよ?他の先生にバレたりしたら、隠し通せるのは難しいと思ってね~?」
「分かりました。慎重に行動します」
その時京香が「まぁ貴方ならあまり心配いらないと思うけどぉ」と呟きが聞こえたが、小春にはその意味はよく理解できなかった。
その日の昼休み。
小春は友人の男の子たちに計画について話した。彼らは皆信頼できる。
時は三週間前に遡る。
体育の授業で、なぜか突然バスケの試合を申し込まれた小春は、彼らに勝利。以来、「今まで俺らより強い奴はいなかった!お前、すげぇな!」と一目置かれ、友人として仲良くなったのだ。
彼らには、噂の拡散を頼んだ。
噂の内容を記した紙を渡す。
「ここに書かれてる噂をうちの学年にだけ広めて欲しいの。もちろん先生たちには情報が行かないように注意して」
分かった、と頷く友人たち。多分明日、明後日くらいには広まっているだろう。
靖乃は京香に頼んで、いじめ演出を進めていく。古くてもう使えない教科書、処分予定のジャージ。これらをビリビリに切り裂き、机の上には水性ペンで落書きを施す。楽しくなってつい可愛らしい動物を机に描いては、靖乃に注意を入れられた。
靖乃は演技派で、教科書をいい具合に隣の子に見えるようにして慌てて隠し、少し恥ずかしそうに笑って「ごめん」と告げる。可哀そうないじめを受けつつも、健気に耐える女の子だ。小春はその間、女の子の友達と、まるで何も知らないかのように、普通に楽しそうに笑って話しておけば良い。
友人たちに流してもらっている噂と、靖乃の様子を実際に見た人から他のクラスへ伝わっていけば、小春が靖乃をいじめているという事実が広まり、やがて宏太の耳に入るのは時間の問題だと言える。
しばらくして、小春は友人から噂が広まり、宏太も噂を知ったという報告を受ける。
噂の拡散、完了。
「次に取り掛かるよ!」
宏太の友人でもある男の子によれば、宏太は非常用階段をたまに使うらしい。
「一人になりたい時があるんだろ。モテる奴の気持ちなんか、俺には全然わかんないけどさ」
吐き捨てるように言う友人。貴方も十分カッコイイと思うよ、という気持ちを込めて、小春は彼の肩に手を置いた。
でも宏太が非常階段を使うのは毎日ではないらしく、次の作戦まで時間がかかるかなと思っていた。しかしその偶然が起こってしまう。
靖乃と宏太が非常用階段で会ってしまったのだ。
その日の夜、慌てたように小春の家にやって来た靖乃から話を聞き、小春は驚いた。どうやら念のためと非常階段にいた靖乃。急にドアが開いたので慌てて目薬を差し、ドアを開けた人物が来るのを待っていると、まさかの宏太だったらしい。
彼は泣いている靖乃に驚きつつも、「どうしたの?」と声をかけた。そして靖乃が答える前に、「いつでもここ来ていいから。非常階段、誰のものでもないし」と言ったらしい。
「優しい子みたいだね」
「宏太君は優しいよ!」
ハイハイ、安心安心。ポカポカと叩かれる小春。少し痛い。
靖乃の方は靖乃の方で、心の準備が整っていないのに急に来られて、声が変じゃないか、顔が赤くなってないか、不審な点がないかが心配だったらしい。
「靖乃ちゃんなら大丈夫だよ。急な状況にもすぐに対応できてるし、流石だね、靖乃ちゃん」
「ちょ、や、やめてよ!照れるじゃん!」
褒めると、靖乃に肩を叩かれた。結構痛くてちょっと涙が出た小春だった。