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第1話:恋のキューピッドの誕生

 この世には、悪いことをしていそうな顔、というものがある。


 だが、それは一つではない。

 ほほ笑んだだけなのに悪巧みをしているように見える顔もあれば、ただ真顔でいるだけなのに冷徹な雰囲気が出てしまう顔もある。

 その中に”可愛いけどいじめをしている中心人物のような顔”という顔がある。

 これも立派な悪人顔である。


 赤野間(あかのま) 小春(こはる)。彼女は、それであった。


 両親が共に転勤族であったため、一つの学校に長くても六か月しかいなかった小春だったが、元々人見知りをしない性格が幸いして友達はすぐにできた。

 変化が起きたのは中学生の時だ。

 行く先々で、あることを言われるようになった。


「赤野間さんって、いじめしてるんだって」


 偶然聞こえたこの噂話。小春は思った。


 何それー!


 いじめの現場そのものさえ見たことがないのに、まさか自分が当事者、しかも加害者側になっていると思われていたとは。

 やっていないことを気にしても仕方ない。もし「いじめしてるの?」と聞かれたら答えよう。いじめなんかしていませんよ、ほんとですよ、という顔を堂々として生活していたら、なんということか、悪化した。

 どうやら認めていると思われたらしい。


 しかし悩みは一瞬。


(すぐ転校するからいっかー)


 小春は楽観的であった。次の学校でも、また次の学校でも、無い噂が広められていたが、小春は楽しく普通の学校生活を送っていた。


 中二の秋、何度目かの転校先である学校でのこと。

 ある一人の女の子が小春を呼び出した。同じクラスというだけの、数回放した程度。

 小春は思った。


(え、これっていじめ的な?される側的な?!)


 いじめをする側にしか立ったことが無かった(噂である)が、される側に立つのか。ちょっとワクワクして指定された空き教室に入ったが、呼び出した本人以外に人はいない。

 いじめをされないということに安心したのと同時に、ちょっと、ほんのちょっとだけ、小春は残念に思った。いじめがどんなものなのか、その内容が気になっていたのだ。


「ぁあの!赤野間さんに、お願いしたいことがあるんです!」


 別に同級生なんだから、そんな敬語でビクビクしながら話さなくてもいいのになぁとぼんやり考えていると、彼女は意を決して口を開く。


「わ、私の恋を、叶えてください!」


「……ん?」


 一瞬時が止まったかのように、小春の脳は停止した。

 想定していなかったことを言われて、理解するのに時間がかかってしまった。

 話を聞いてみると、内容はこうだ。

 自分をいじめられている可愛そうな人間に仕立て、相手の庇護欲を刺激し、恋を実らせる、というもの。

 転校してきてまだ一か月も経っていないのに、小春がいじめをしているという噂は既に広まっていたのだ。


「貴方を悪役にして、私の恋を叶えられれば良いじゃないのかなぁ、とか、なんとか…」


 最後の方、声が消えかかっている理由は、自分が何を言っているのかを理解したからだろう。

 恋、というものに興味がないわけではない。中学二年生だし、お年頃だし、周囲の話を聞けば好奇心が湧く。しかし転校続きで一つの場所に留まれないことに加えて、例の噂もある。仲の良い友人以外からは、線を引かれていた。自然と小春は恋愛を身近なものから排除していたのだ。


 それにしても、悪役か。


 悪者が似合う、と遠回しに言われているものだが、怒りは湧いてこない。逆に今までの噂も相まって、しっくり来てしまう。いつも悪者と言われていたのが、その通りになるだけ。

 不安そうにこちらを見る彼女に気づく。


「いじめをしているって言われている私に、よくそんなお願いできたね」


「…その人が、あとちょっとで転校しちゃうの。この気持ちが実ることなく、さようならするのは絶対に嫌だって、そう思って。だから、居てもたってもいられなくて…」


 恐怖の対象を前に、脅えながらも立ち向かう様は、まさにヒーローのよう。その行動力も素晴らしい。噂で、小春がいじめをするような、悪くて怖い人間であると思っていたのに、一人で頼みに来た。震えていても、しっかりと小春の目を見てくる。


「自分の望みを叶えるために手段を選ばない人、私、好きだよ!」


 小春はそんな彼女が面白くて可愛くて、友達になりたいと思っていた。


「分かった。貴方の恋、叶えてあげる」


 それから小春が引越しをするまでの間、彼女、靖乃(やすの)とともに、二人は寝る間も惜しんで計画を練った。もちろん、二人が学校で話をすることは一切ない。

 設定がいじめっ子といじめられっ子なのに、そんな二人が仲良く話していてはおかしいと怪しまれてしまうからだ。


 靖乃が考えていたことに小春が足して、大まかな流れが決まった。


 1、小春が靖乃をいじめているという噂を流す。

 2、小春の男友達に、靖乃が好きな男の子へ、靖乃についての噂を流してもらう。

 3、靖乃が泣いているところを彼が目撃。彼は靖乃が皆の前で気丈に振る舞っていたことを知り、靖乃の強さと弱さに心を惹かれていく

 4、二人の仲が狭まっていく中、小春が靖乃をいじめている場面に対面。

 5、彼が靖乃を華麗に救い出す。

 6、靖乃、ここで一言。


「付き合ってください」


 7、恋愛(ミッション)成就(コンプリート)


 流れが書かれた紙を見て、小春は「うん、完璧」と満足げに頷く。ストップの声をかけたのは、隣に座っていた靖乃だ。


「ちょっと待って、小春ちゃん」


 学校終わりに小春の家で一緒に過ごし、作戦を考え話すようになってから、二人の仲はぐっと近づいた。今では敬語も取れて互いに下の名前で呼ぶようになった。

 ストップの声をかけてきた靖乃の顔はなんだか微妙な表情だ。


「どうかした?なんか不備でもあるかな?それとも、やっぱりおおざっぱすぎた?大まかな流れだけ決めるにしても、流石にこれはざっくりしすぎた?」


「いや、あの、おおざっぱなのは別にいいの。これから細かく決めていけばいいし。でもこれは、ちょっとどうかと思うんだけど…」


 靖乃が示すのは、靖乃の噂の内容について書かれた紙。

 おかしいところは別にないと思いながら、小春は再度目を通す。


「小田 靖乃って、いじめられてるんだって。なんでも、赤野間からいじめられてる女子を助けて、その身代わりにいじめの対象になったらしくて」

「可哀そうだよな。助けたのにいじめられてるんだぜ?鞄とかジャージとか破られてるらしいし。他にも無視とか足かけられたりとか、先生が気づかないような地味なもんばっからしいし」

「赤野間がいじめをしてるって証拠がないんだろ?」

「全部取り巻きにやらせて、自分は高みの見物ってか。やばいな、赤野間」

「それにしても、いじめられてるのに、小田は堂々としててさ、かっこいいよな」

「な。いじめられてるのに、気にせず友達と喋ってるし、笑ってるし」


 靖乃噂内容(仮)から一部抜粋。


「何か問題あるかな?別に「靖乃ちゃんって超かわいい~」みたいなことをいうわけじゃないし。靖乃ちゃんをアピールしまくるだけだよ?」


 あまりにも可愛い可愛い言い過ぎてしまうと、その噂を流した男の子が靖乃のことを好きと疑われる恐れがあるので、あえて「いじめに合ってる女子が堂々としてて、なんかカッコイイ」というさりげない噂を考えたのだ。多感な中学生、注意せねばならぬことは多い。この噂により、後の涙シーンではギャップ萌えというやつを狙っている。


 噂を流してくれるメンバーを考える小春に、そうじゃないと靖乃は首を振った。


「そうじゃなくて。私が言いたいのは、小春ちゃんの事!このままじゃ小春ちゃん、完全悪女じゃん!もっと小春ちゃんを悪くしない噂ってないの?」


 そういわれても、と小春は唸る。小春が悪目立ちすることが、この計画では何よりも優先されることなのだ。


「私を悪くしなかったら、靖乃ちゃんの恋、もう直球勝負で行くしかないよ?」


 靖乃の発言は、小春のことを思ってのことだ。この一週間、二人は毎日学校終わりに計画を立てている。話をしている内に靖乃は小春がいじめをするような、悪い人間ではないことに気づいたらしい。

 小春が「なんで勘違いされるんだろう?」とふと呟いたとき、靖乃はきっぱりと言い放った。


「その顔のせいだと思う」


 靖乃は小春を随分と信頼し、好いてくれている。だがそれは小春も同じだった。靖乃はまっすぐで、こうと決めたら一直線な所もある。しかし素直で、人の気持ちを考えられる優しい人物だ。


 靖乃が想いを寄せる相手、宏太は二か月後には転校してしまう。靖乃と彼はクラスが違うし、話をする機会もめったにない。宏太は靖乃の話やクラスメイトの話からカッコイイらしく、他の子も狙っているようだ。焦って、いじめをすると噂されている小春に手を借りる、なんて暴挙にも出るわけだ。

 宏太のことを一年生の時から好きだった靖乃。話を聞いて、投げ捨てるなんて小春には考えられない。


「それにいじめ演出によって、宏太君が良い子かどうかも分かるんだよ。いじめられている子をちゃんと助けに来てくれる、そんな王子様かどうか。ねぇ、靖乃ちゃん。私が靖乃ちゃんの手伝いがしたいの。靖乃ちゃんの恋を応援したいんだよ」


 小春は一心に、靖乃の恋の成就を思った。その気持ちが伝わり、靖乃は泣いた。そして小春に勢いよく抱きついて「分かった!」と叫ぶ。


「小春ちゃんの思いを絶対に無駄にしないように、私、この恋絶対に実らせるから!」


「うん!絶対に成功させよう!」


 その日はお互いに疲れて、初めてお泊りしたのだった。


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