第16話:贈り物
眩しい太陽の光が街並みを明るく照らしている。ずらーっと並んでいるお店はどこもかしこも太陽に負けず元気いっぱいで、客寄せの声や子供たちの笑い声が響いていた。
小春と手を繋いでいたイリスが力を強める。どうしたのかと覗き込めば、脅えているようだった。
「大丈夫?」と訪ねれば、ゆっくりとだが頷く。これはあまり長居しない方が良いかもしれないと小春は思った。イリスを左手で抱え、右手でルークの手を握る。ルークの様子を見てみると、イリス同様に脅えているが、興味津々に周りを見ている。可愛いな、と和む小春に気づき、顔を赤くさせてはそっぽを向いてしまう。照れた様子も可愛い。
まさしく両手に花の状態だ。
家から少し歩いたところにある街は、小春が前に訪れた場所とはまた違う街。
先程魔法の特訓に着用していた服のまま、帽子を目深に被った四人。黒色が”黒持ち”と避けられるため、小春たちが帽子を被るのは納得なのだが、なぜかアーノルドもお揃いだ。このままでは帽子好きな四人兄弟に見られる。
「一人だけ帽子を被っていなかったら違和感を持たれるだろう」
納得である。
小春が街に行きたいと言ったのには、何も街を探索したいからではない。イリスの様子も気になるし、早く目的の物を入手することにする。
目当ての物を見つけた小春は、ルークとイリスをアーノルドに託して店に近づいた。お金はアーノルドに借りている。無事購入し、店を出ると心配そうな顔をしたルークとイリスと目が合う。安心させるために急いで二人に近づくと、目線を合わせて、先程購入したものを差し出した。
「すご…」
「きれい…」
目を輝かせる二人に、小春は「そうでしょ」と胸を張る。自分のセンスの良さには自信があるのだ。
小春が買った一つ目は、両手サイズの木箱。所々に輝きを放つ石が散りばめられ、それ以外にも細かい細工が施されている。二つ目は、ペンダント。先端に赤紫に光る石が付けられたシンプルなデザインは、見た瞬間にイリスにぴったりだと思った。
木箱をルークに、ペンダントをイリスに渡す。
まだ小さい二人には少し大きいが、気に入ってくれたようだ。
しかし二人は慌ててもらったものを付き返そうとする。こんなものまで貰えない。予想していた小春は、予め用意していた言い訳を口にする。
「これはね、ご褒美だよ。イリスは魔法が使えたから。紙が浮いたの凄かった!これからも一緒に頑張ろうね。そして、ルークはこれから魔法を使えるように頑張るから、そのご褒美に」
貰ったペンダントを太陽に掲げて静かに喜ぶイリスとは違い、ルークはまだ納得できていない。
「…これから使えるかどうかも分からないのに…」
「アーノルドも言ってたじゃん。聖霊魔法の習得には、初級魔法でも最低三年はかかる。同時にさ、他の魔法も一緒に練習したら、三年後には聖霊魔法も使えて、更には炎も水も出せちゃうかもしれないよ?!」
「…全部、もしも話だし…」
無理の可能性が高い。俯くルークに、小春は箱を開けて見せる。中には何も入っていない。
「ルーク。この箱はね、貴方にとって大切なものを守ることが出来る箱なんだよ。この箱に入れておけば、無くすことも、腐ることも、壊れることもない。怪我もしないし風邪にもかからない。護るってことはさ、大切なものを傷つけないことなんだよ」
ルークは小春から差し出された木箱をそっと腕に抱える。初めてもらったプレゼントは、壊してしまうのがとても怖いほど綺麗だ。
「…魔法のイメージのために良さそうだから、もらっとく」
「うん!」
顔を上げたルークは何かを決意したらしい。不安な顔をした少年は、もうどこにもいなかった。
お礼を口にして頭を下げる二人は、ぎゅっと小春が贈ったものを大事そうに抱きしめている。二人の頭を撫でた小春は、凝視してくるアーノルドの前に進み出る。
「はい、これアーノルドに」
アーノルドに渡されたのは、彼の色と同色の石が付けられた万年筆。十四歳が身に着けるには渋い色だが、アーノルドにはとても似合っていた。
「私のお金じゃなくてアーノルドのお金っていうのが、なんだか格好付かないけど」
えへへ、と笑う小春だったが、ドサッと何か音が聞こえる。正面にいたはずのアーノルドは、いつの間にか地面に倒れていた。
「?!え、どうしたの?!何かぶつかった?!それかこの一瞬で攻撃された感じ?!え、どうしよう、とりあえず救急車?!」
慌てふためいて周囲に助けを求める小春。
「…まぁ、こうげきされたってのは、当たってる」
側で見ていたルークの呟きに、良く理解できていないイリスは首を傾げた。
騒ぎが大きくなる前に元に戻ったアーノルド。四人で食材を買い、家に帰った。日用品や洋服なんかはアーノルドが持って来てくれたものがあるので、買い足さなくても平気だとは思うが、一度整理して必要な物は明日買いに来ることにする。始めよりも緊張が解けたとはいえ、気を張っているルークとイリスが限界に見えた。
庭に入ると途端に自分の家に帰って来た、という気持ちになるから不思議だ。家の近くには綺麗な川が流れていて、夏はそこで川遊びするのも良いかもしれない。
ルークとイリスは小春からのプレゼントを熱心に見ている。その間に必要そうなものを確認していく。いくつか買い足さなければいけないものを見つけて、メモを取り終える。息を吐いた小春の前に、紅茶が差し出された。アーノルドに休憩を促され、小春はできる男アーノルドに感動した。
紅茶とお菓子をつまみながら、小春は目下の問題に頭を悩ます。
「どこか良い働き先はありませぬか~」
中学二年生という学生の身ではあるが、このお金のない状態で学びに重きを置くことなどできない。まずお金。その次もお金が必要だ。いつまでもアーノルドになるのも申し訳ない。しかし、アルバイト経験もない小春に、父と母のようにお金を自分で稼ぐと言うのは中々想像しにくいことだった。
そして問題は経験不足だけではない。この髪と目だ。”黒持ち”が避けられる以上、小春が簡単に外に出て働くのは高難易度ミッションである。
「気にしなくて良い」
「そうはいかないの!アーノルドに頼りっきりは嫌なの!」
我儘なのは承知の上だ。しかしことお金に関しては、小春は譲れない。父と母、共にお金に関する仕事をしていたからか、小さい頃よりお金にだけは厳しくしつけられてきた。いくら楽観的な小春だからと言っても、そこだけはきちんとするのは、染みついた教育の賜物である。
「私、アーノルドとはさ、なるべく対等でいたいんだよ…」
こちらに来て、初めて出会った人。助けてくれた人。命の恩人。上げればきりがないほど、小春はアーノルドに救われている。恩を返したいと思うのに、ずっとアーノルドから何か貰ってばかりだ。それに彼とは同い年である。この世界での貴重な友人を、金づる扱いなんてしたくない。
「…分かった。俺の方でも、何か良い仕事がないか、探してみよう」
「本当に助かる!絶対にお金は返すから、よろしくお願いします!」
心臓を抑えながら言うアーノルドに、小春は満面の笑みで感謝を述べた。