side:光を持つ少年
この世界には精霊がいる。精霊の加護を受けたものはその証として、髪と瞳が変化する。火の精霊であれば赤に、水の精霊であれば青に。遺伝に左右されず、子と親で色が違うことも多くある。
ある時、髪の一部に黒が入った子供が生まれた。そこの子供の周りでは不運な事故が多発し、多くの者が命を落とした。黒は、人が忌避される魔族が持つ色。子供は前世”魔”に連なるものであったため、その証拠として髪や目に黒が現れ、精霊から愛されず、周囲に不幸を運んできたのだと言われるようになった。そうしていつしか”黒持ち”と呼ばれ、蔑まれるようになった。
ルークとイリスは生まれた時から”黒持ち”であり、周囲からの迫害に巻き込まれるのを恐れた両親から捨てられた。どこに行っても誰からも受け入れられず、いじめられる。その生活が彼らにとって当たり前だった。
「近づくな」
「勝手にしゃべるな」
不幸を運ぶ”黒持ち”のくせに———
やがて人攫いにあった二人は、孤児院に売られることになる。
施設の院長は始め、優しい笑顔で二人を迎え入れた。優しくされた記憶などないルークたちは、院長の手を取った。しかし連れていかれたのは、他の孤児たちがいる場所ではない。建物の地下、秘密の道を通った先にあったのは、檻だった。
薄暗い檻の中に何かいると目を凝らせば、そこにいたのは少年少女。手足が欠けた者、暴走するほどの魔力をもつ者、不思議な目を持つ者。
「どこにでも、妙な嗜好を持つ物好きが存在する。我々はそのような高貴な方々と商品の売り買いをしているんだ。今まで”黒持ち”はいなかったが、珍しい生き物を欲しがる者が現れるかもしれん!いやぁ、良い買い物をしたものだ」
腹を揺らして笑う院長の言っていることが理解できなかったルークは、どういうことかと縋りつく。その手を掴んだ院長の目は、薄暗く濁っていた。自分たちのことを金だとしか見ていない目に、体が固まる。そのままある檻の中に妹であるイリス共々投げ込まれた。
「良いではないか。親から捨てられ、周囲からも見放されたお前たちが、誰かの役に立てるのだぞ?生まれてきた意味を考えろ。お前たちが生まれてきたのには、必ず意味がある」
窓さえない地下室で、食事は一日に一度だけ。雨風をしのげる最低限の生活だったが、今日を生きれるか分からない生活よりもマシだとルークは思った。部屋の中の子供たちは、不定期に現れる院長によってどこかへと連れていかれる。始めに聞いた物好きの高貴な人間の元へ行ったのだろうか。
やってくる大人は皆、薄汚いルークたちを見ては笑う。良かったな、生きる意味を与えられて。不幸を運ぶお前たちに生きる意味なんてなかったはずなのに、良かったな。
子どもたちは限界で、でももしかしたら誰かが助けてくれるかもしれないと、わずかに残った希望に縋って今日も生きる。
ある日、一人の子どもが脱走した。不思議な目を持つその子どもは見張りの目を掻い潜り逃げたらしい。慌てたのは院長たちだ。ドタバタと慌ただしい音が、地下室にまで響いていた。
「…なぁ、俺たちも、逃げないか?」
碌な食事も運動もできないルークたちの体は小さく、実年齢よりも下に見える。声を上げた少年は十代後半のはずだが、十代前半に見える。
ルークは最初怖かった。そんなことをして、もし大人たちにバレた時、どんなことをされるか分からなかったからだ。しかし昨日から何も食べていない体は空腹を訴えていて、このまま飢え死にするくらいなら、外に出た方が良いのかもしれないと思った。
薄くなった監視をすり抜けて、子どもたちは外へ逃げた。久しぶりの日の光。当たる風は少し寒くて、ルークはイリスが風に当たらないように風上に立つ。
「おい!地下のガキどもが逃げたぞ!」
「探せ!」
大人の声が聞こえて、ルークたちは走り出した。しかし大人と子どもでは体格も何もかもが違う。突然現れた大人に子どもたちは捕まらないようにと散り散りに逃げた。ルークはイリスの手だけは絶対に放さないと強く思っていた。
人の声が聞こえ、逃げきれたと思ったがそこは逃げ出した養護施設。すぐに外で遊んでいた子供たちに見つかってしまう。
ぶつけられる言葉も、恐怖や怒りの感情も、今までずっと向けられてきたことだ。耐えていれば、いつか収まってくれる。ルークはイリスと二人で互いを守るように抱きしめ合って、いつかを待つために地面に蹲った。
現れたのは、一人の少女だった。
「大丈夫、私は貴方たちに酷いことも、痛いことも、何もしないから」
ルークは信じられなかった。今まで誰にも受け入れられなかった。優しい笑みを浮かべた院長は自分たちを金としか見ていなかった。また何をされるのか、恐怖に体が震える。次も空腹の日が続くのか。痛みに耐えなければいけないのか。
しかし帽子を目深に被り、髪も瞳も隠すようにしている少女。彼女の瞳が一瞬真っ黒に見えて、ルークは驚く。気づけば少女に抱えられていた。まさか、と思った。影で黒に見えただけだ。
少女と院長の言い合いの最中、子どもたちから向けられる言葉や目に耐えられず、少女に縋りつく。地面が抉れ、施設が半壊した。自分たちの不幸が引き寄せた。
少女はルークとイリスを抱えて施設から出る。どこへ連れていかれるのだろうか。不安と疑問で一杯の二人を抱えた少女は、申し訳なさそうな表情でルークたちを見る。
「…貴方たちに聞かずに、勝手に決めちゃって、ごめんなさい。ここから出た後のことは、ちゃんと後で決めるから。今だけ一緒についてきてくれないかな?」
なんとなく、この人は自分たちを無理やり傷つけるようなことはしないと思ったから、頷いた。
立派な家に連れていかれ、何やら話し込む少女と青年。ふと庭に何か光るものが見えた気がして、ルークはイリスを連れて家を出る。それは宙を舞う蝶だったが、やがてどこかへと飛んで行った。疲れて地面に蹲るルークの横に、イリスも真似て座り込む。
「…おれたち、これからどうなるんだろう」
ルークたちがいないことに気づいた少女が慌てて走ってきて、ルークたちは追いかけられた時のことを思い出した。怒られる。叩かれる。酷いことを言われてしまう。ごめんなさいと謝罪を繰り返す二人に、少女はそれ以上近づかない。ルークたちを安心させる言葉を紡ぎ、自分の名前を明かした。
名前も親もいないことを伝えると、小春は目を伏せて謝罪する。
ルークは不思議に思った。質問にちゃんと答えられない自分たちの方が悪いのに、なぜ小春が謝るのか、理解できなかった。彼女から提示された選択肢も、言葉も、心が動かされるけど受け入れられない。根幹にどうしても残るのは、”黒持ち”であるということ。
ぱっと脱がれた帽子の下に隠された、黒を見るまでは。どんな色も許さない真っ黒な髪と瞳でこちらを見てくる少女。自分たちと同じ、どころではない。これほど黒いのならば、それこそ魔族と思われて酷い扱いを受けてきたはずだ。しかし小春はそんなことはない、不幸なことは一切なかったとルークたちに笑って見せる。
小春といれば、自分たちも思えるのだろうか。誰かの幸せを奪い、不幸せだけを植え付ける存在ではない。自分たちにも、誰かを幸せにして、自分たちも幸せだと思えることができるのだろうか。
与えられた名前はルークとイリス。光と希望の意味を持つ名前に、自分たちの未来を照らされた気がして、涙が出た。
風呂に入り、綺麗な服を着て、食事で腹を満たす。最高の時間に、ルークとイリスはここは天国だと思った。小春に呟きを聞かれ、「これから毎日この生活だよ!」と笑われた。天国に慣れてしまって、もしこの生活を手放さなければならなくなった時のことを考えて、怖くなった。
ルークとイリス、ぞれぞれの部屋を二階にもらう。しかしいつも二人で縮こまって寝ていたので、慣れない広いベッドに二人で寝ようとした。しかし思わぬ乱入者、小春が入って来たのだ。
「一人で寝るのが寂しいから、一緒に寝かせてー」
何食わぬ顔で布団に上がり込んでくる。余裕のあるベッドは小春が入ってもまだスペースがある。
小春はずっと話をしていた。ルークとイリスが知らない不思議な話ばかりで、興味深い。そんな二人に睡魔が襲ってきて、瞼がおりてくる。イリスなんかもう半分寝ている。
「それにしても、貴方たちの髪の毛ってさ」
ぽつりとつぶやくような小春の声に、ルークたちの体には緊張が走った。髪の毛、ということは、やはり”黒持ち”の事だろうか。それともみすぼらしい髪の毛と体のことを責められるのだろうか。
「すっごく、綺麗だよね~。私、貴方たちみたいな綺麗な色、見たことないや」
夜だからと抑えられた声はゆっくりルークたちの心に浸透してくる。いくら拒絶しても入ってきて、ルークとイリスは泣いていた。小春に引き寄せられ、抱きしめられる。
ぬくもりに包まれて、二人は夢の中へ沈んでいく。
ルークは思った。
———イリス。もしかしたらおれたち、幸せになれるかもな…
もちろん返事はなかったけれど、つながれたイリスの手は強くルークの手を握り返したのだった。