表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

第12話:黒持ち③

 子どもたちの姿が建物内に見えなくて家の中を探していたら、二人は外に出ていた。庭の真ん中で蹲る二人に小春はアーノルドと同様の心臓病を疑い駆け寄る。


「二人とも!大丈夫?なにかあったの、」


 しかし小春が走って近づくと、二人は怯えた目で体を縮こまらせてただごめんなさい、と繰り返す。どうしたのだろうか。原因が分からなくて、小春は自分よりも体が大きくて急に走ってくる人が怖いのかなと考え、とりあえず屈みこんだ。二人と同じくらいの目線になるように努める。距離を詰め過ぎないように適度な距離を開けて、「大丈夫だよ」と笑って見せる。


「何もしないよ。何か投げたりしないし、悪口も言ったりしない。貴方たちを傷つける気なんて一切ないよ。私はね、小春って言うの。貴方たちの名前、聞いても良いかな?」


 二人は小春の真意を測りかねているようだった。疑いの目が向けられる。なぜ名前なんか聞くのか?なぜ自分たちに構うのか?しかし小春は、二人が何も言わなくても、ずっと黙ったままでも何も言わない。ニコニコとずっと笑顔を向けられて、二人は顔を見合わせた。


「…名前は、ない」


「…親御さんは?」


「………わから、ない」


 彼らは差別対象だ。「黒持ち」という言葉から察するに、黒色を持つことがその対象に該当するのだろう。親がどこにいるのか分からないとは、親も同じ「黒持ち」で迫害にあったか、もしくは親は「黒持ち」ではなく、子を捨てたか。どちらにしろ、辛いことを聞いてしまった。


「ごめんね、嫌なこと聞いちゃって」


 ここで睨まれたり怒られたりした方がまだマシだった。嫌なこと、と言った小春に、一体何のこと?と不思議そうな顔をされた方が、ずっと苦しい。


「私ね、ここに住むことになったの。それで二人に聞きたいことがあるんだけど、二人はこれからどうしたい?」


 連れ出したのなら最後まで責任を、と思うが、生憎小春はこの世界について何も知らないただの人間だ。親も後ろ盾もなにもない小娘に、それより小さい少年少女を守り育てることは自殺行為にも等しい。


「選択肢は、三つ。一つ目、貴方たちを受け入れてくれる施設を探す。あるかはまだ分からないけど、同じ境遇の人が沢山いる方が、生活しやすいかもしれないでしょう?もしこれを選ぶなら、私が責任を持って探すよ。二つ目は、アルバート…さっき一緒にいた人に、どこか新しい住むところを提供してもらう。こことは別の所で、二人で生活できるようにお手伝いするって。アルバートも引き取った以上はちゃんと責任を取るって言ってたから、ちゃんと守ってくれると思う」


 後ろでアルバートが草を踏む音がする。さっき軽く話をしただけだが、二人がどんな選択をしても援助を惜しまないと言ってもらえた。しかしどの場合でも、ただ養うのではなくそれなりの労働が課せられるが、見ず知らずの人間を無償で助けてくれる方が怖いと小春は思う。だからきちんとしてるアーノルドは信頼できると思うのだ。


「…そして最後は、ここで私と一緒に暮らす」


 黒が少し混じった瞳は伺うように小春を見ている。


「私と一緒に暮らす場合は、家事は分担するし、駄目なことをしたときには私が怒ってくるし。お金ないから、きっと裕福な暮らしはできない。でも、好きに動き回って好きに遊んで、好きに話して良いし、わがままも言っていい。それが叶えられるかはちょっと分からないけど…。でも、守るよ。私が出来る限り、出来る範囲で、貴方たちのこと、頑張って守る」


 戸惑いに揺れる瞳を小春はしっかりと見た。人を信じられない二人が悪いんじゃない。そんな環境を作った大人や、「黒持ち」なんて言葉を生み出した人間が悪いんだ。二人が不幸になる必要はない。


「お、おれたちと一緒にいると、不幸になる…」


 ぎゅっと小さい手を握って絞り出された言葉に、小春は首を傾げた。その顔が「はぁ?何言ってるんだ?」と言っているように見えたのだろう。


「だって!…だって、皆、本当に不幸になったんだ…。おれたちを置いてっちゃった親も、ほかの施設も、不幸がたくさんで、ボロボロで、泣いてた」


 思い出した少女の瞳が潤む。


「おれたちがいない方が、皆幸せになれるんなら、おれたちがいる意味ってなんなんだ?」


 小春はぐっと歯を食いしばり、熱くなる目から溢れるものを何とか抑え込む。自分が泣くところではない。泣きたいのは目の前の二人のはずだ。


「…人が生まれるのって、ものすごい確率って知ってる?後ろのアーノルドよりも大きな古い時計が海に流れて行って、部品が全部バラバラになって、始めに流れて行った海に、完成した状態で戻ってくる。これくらい、とんでもなく凄いことなんだって。そんなこと聞いたら、自分ってそんな凄い確率で生まれたんだー!すごっ!って、思わない?」


 何言ってるんだという顔で見られて、小春は変なことを言ってしまったと、照れを隠すために一つ咳払いをした。小春はこの話を学校の授業で聞いてとても感動したのだが、二人の様子を見る限り、人も自分と同じとは限らないことが分かった。


「えっと、だからね、私たちってそれだけ凄い存在なんだよ。生きてること自体が奇跡みたいな存在なの。そんな私たちが、存在する意味とか生きる理由とかを求めるのって、とんでもないことだと思うんだ。凄いんだよ?私たち。超奇跡!超偉大!なのに、そこにいる意味を求めるのは、贅沢なことだよ、きっと。生きてるだけで、十分に偉いんだもん」


 言葉が上手く出ない。ちゃんと自分の言いたいことが言えてるかが分からなくて、小春は内心焦っていた。それにカッコつけるようなことを言っている気がして、恥ずかしい。偉いんだもんとはなんだ、偉いんだもんって。


「…生きているだけで、」

「えらい…」


 一番伝えたいところがちゃんと伝わっているようだと分かり、小春は「うん!」と嬉しくなる。しかし二人の顔は晴れない。


「でも、「黒持ち」は不幸をはこぶんだ…」


 二人が一番気にしているのは、「黒持ち」だ。たったそれだけで不幸を周囲の人にバラまくと忌避される存在。そんなことないと小春は思うのだが、どうすれば彼らの心を少しでも軽くできるのか。

 うーんと腕を組んでみるが良い考えが浮かばない。空を見上げれば何か良い案が出てくるかな、と顔を上げた時、目に入ったのは帽子のつば。


「あ」


 思いついた小春の行動は早かった。自分が頭に被っていた帽子を、二人の前で勢いよく外す。露わになった髪を見て、二人は目と口を大きく見開いた。


 自分たちの、一部分だけ黒とは比較にならないほどの、黒。髪も瞳も真っ黒で他の色を一切許さない。


 ようやく脱げたことの解放感に息を吐く小春。これなら二人も同じ「黒持ち」である小春の言葉に少しは耳を傾けてくれるだろうと思って二人を見たら、まだ驚きに固まっていた。そこまで驚いたのかと逆に小春が驚いてしまう。


「く、く、黒…」


「うん、そうだよ。私も黒!おそろい!でも、今までの人生で周りを不幸にしたことも、自分が不幸だなって思ったことも一回もないよ。迷惑をかけることは結構あったけどね、って、なんでそんな目するの…?」


 気づいたら二人にとても同情的な目で見られていた。


「え、ちがうよ?自分の不幸を受け入れられない可哀そうな子じゃないよ?私そんな人間じゃないんだよ?!」


 本当なんだよー?!と叫んでも、二人は同情的な目を小春に向け続けた。


「…あんたを、心から信じられるって、わけじゃない。同じ「黒持ち」だからって、信じることはできない。でも、その髪や目を、おれたちに見せるのは、覚悟がいることだと思うから。おれも、あんたの覚悟に応えたい」


「…わたしは、寒くなくて、おなか空かなくて、いたくないなら、なんでもいい…。…おねえちゃんと一緒にいたら、わたしたち、生きてもいいの…?」


「私といなくても生きていいんだよ。でもそうだね、まだそう思えないなら、「今日も生きててくれてありがとう」って、私毎日言おうか?」


 そうすれば生きることに罪悪感なんか抱かなくなるのかな。


「今日も、生きててくれてありがとう」


 顔を歪めた彼らを、小春はただ見る。泣くことさえまともにできない彼らに選択肢を出したのは、貴方たちにも選ぶ権利があると伝えたかったからだった。それが間違いだったのかは、小春には分からない。ただ選択肢を提示したことで、彼らを悩ませたことは確かなことである。


「…私と一緒に、暮らさない?」


 恐る恐る頷いた二人に、小春は近づいても良いかと訪ねた。頷かれて、近づいて、触れても良いかと訪ねる。また頷かれ、小春は二人の頭に触れた。小春のぬくもりが伝わって、二人は声を出さないように涙を流したかと思えば、小春に飛びついた。バランスを崩した小春は二人を胸になんとか抱えて後ろに倒れ込む。


「ねぇ、貴方たちの名前、私が考えても良い?」


 しがみ付く二人がモゾと動く。頷いたのが分かったので、小春は倒れ込んだまま考えた。

 少年の色は、光が当たることで小さな粒子を放ち、キラキラと輝く金色。少女はあやめの花を思い出させる、瑞々しく美しい赤紫色。


(ルーク)希望(イリス)、とかどうかな」


 胸元を見れば、顔を上げた二人のキラキラ光る目を見つけて笑ってしまう。


「ルークとイリス。うん、我ながら素敵な名前!」


 二人を抱きしめればまた泣き出してしまった。何が琴線に触れるか分からないなと戸惑いながら、小春は二人の涙が悪い涙ではなさそうであることに笑みを深めた。


「あ!アーノルド!勝手に決めてごめんなんだけど、二人も一緒に暮らしても良いかな…って大丈夫?!また不整脈?!」


 振り返った先ではアーノルドが胸を押さえて蹲っており、心配した小春にアーノルドは「なんでもない…」と声を絞り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ