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第11話:黒持ち②

 小春が養護施設の外で待っている間に、院長になにやら話を付けてきた彼と合流して歩き出す。今は一刻も早く、二人を施設から離したかった。しかし少し歩いたところで小春の腕は限界を迎えて震えだす。


「…馬に乗せよう」


「ありがとうございます…!」


 馬に、となると子供二人だけで乗るのは心配だ。彼が一緒に乗り支える形を取る。その際小春も乗せようとしたので、丁重にお断りさせていただいた。馬は大きいが、さすがに4人は無理だろう。小春は子供二人と違ってそこまで小さくないのだから。


 彼は用事が終わったからと、約束通りに宿を案内してくれた。そして小春は今驚いている。空いた口がふさがってくれない。


 彼が宿として小春を連れてきたのは、目の前にあるのはお屋敷だった。門があり、庭があり、噴水があり。


「アーノルド様!お待ちしておりました」


 執事やメイドがいる。本物の執事やメイドに感動していたが、慌てて首を振った。宿を探さなきゃいけないんだった。


「あの、ここって、他にどなたか泊まっててますか?」


「いや、君だけだ。ここには君しか泊まらない。庭や風呂、使用人付きで、俺が所有する中で最も良い家だ」


 家って言ってる。宿をお願いしたのに、家って言ってる。ずっと無表情で変わらないから、これが冗談なのか本気なのかが分からない。もしかしたら小春の説明がうまく伝わっていなかっただけかもしれない。


「すみません、私はこういう場所じゃなくて、もっと普通の、ふつーの、宿が良いんですけど…」


「…ここでは不満か?」


「いえまさか!逆に豪華すぎて、ちょっと、色々怖いなって…」


 特にお金。こんなところに一泊一体いくらなのか。こんなに豪華で一万そこらなわけがない、絶対に。小春が想定していた、見知らぬ人と一つ屋根の下、部屋は違うが一緒に眠ることが出来る建物とは何もかもが違う。


「…普通?…普通とは、なんだ?」


 悩みだした彼に、小春は不安を覚える。もしかしてここではこのサイズが普通なのだろうか。それなら素直に受け取った方が良いのかな?と思ったが、もう少し粘ってみようと思う。街を見たところ、街にはよれよりも小さい建物ばかりだった。多分恐らく、このサイズは普通ではないと信じたい。


「なんて言えばいいんだろ…。えっと、執事さんとかメイドさんとかいなくて、ご飯の準備も自分でして、布団の用意とかも自分でするような、そんな感じです!」


「なるほど。分かった」


 伝わったことに歓喜する。良かった、これで一泊分の金額を聞くのさえ恐ろしい宿に泊まらなくても良い。

 向かった先にあったのは、シンプルな一軒家。街の中心から少し離れた場所にあるため静かで、家と家の距離が結構開いている。走り回れるくらいの庭があり、家を囲むように木々が植えられている。木造建築の家は周囲の雰囲気も相まって優しい雰囲気だ。


 宿とは言えない一軒家だが、先程の大きく豪華な家を見てしまった小春の感覚はマヒしていた。確かに使用にはなし、ご飯の準備も風呂も布団も自分で準備するが、宿ではない。小春はよく考えることなく、「あ、ここ良いですね」と答えて、宿は決まってしまったのだった。

 差し出された紙に、指示通り名前を書いて、そもそもの荷物の無い小春たちは宿の探索を始めた。しかし中には管理人さんどころか他の利用客も一人もいない。


「この宿の管理人さんって、今どちらにいますか?お世話になるので挨拶しておきたいです。それと、私たち以外のお客さんが一人も見えないんですけど、皆さんどちらに?」


 キョロキョロと辺りを見渡す小春。もしかしたら小春だけではなく、もう二人、子どもではあるが泊まることになるかもしれない。その分の部屋も確保できるか確認したい。


「そんなものはいない。ここは君の家だ」


「…私の、家?どういうことですか?」


 ほら、と差し出されたのは先程名前を書いた紙だ。よく読まずにサインしたが、サインの上の方を見てみると全く読めない文字が並んでいる。


「…私、文字読めません」


「…そうなのか。それは済まないことをした。これは不動産登記簿謄本、簡単に言うと、この土地や不動産の権利証明書みたいなものだ。そしてここに君の名前が書かれたことで、この家も土地も君の物になった」


「……は、ぇ、え~~~~?!」


 小春の叫び声に、部屋でおとなしくしていた子供二人が肩を跳ねさせたのは言うまでもない。怯えた目をした二人に、小春は安心させるため「ごめんね」と笑いかけた。


「ちょっと待ってください!そんなの聞いてません!私文字読めないんですから、こんなの反則ですよ!詐欺です!」


「読めないなら訪ねてくれれば答えた。これは一度名前を書いてしまえば取り消しが難しい魔法証書。もし取り消そうとしても、最大半年は手続きにかかってしまう」


 半年という大きな数字に小春は唸る。結局手続きに半年かかってしまうのなら、その間ここに住むだろう。半年後、慣れ親しんだこの家を手放し、新しい宿を探すのはしんどそうだ。


「分かりました。ここが私の家というのは、受け入れます。でもお金を持ってなくて、この家の代金とか光熱費水道代、あとこれからかかる食事とか服…あ、買ってもらったものも返さないといけないんだった!とにかく沢山お金がいるので、できれば仕事を紹介していただきたいのですが…」


 この家を丸ごと頂いたという形だ。無理やりとはいえ、責任は持たなければならない。この家だけにしても、返済にいつまでかかることやら…。


「働く必要はない。この家は元々俺の所有物。といっても使っていなかった建物で、どう使おうか迷っていたところだった。…君に使ってもらえるなら、建物の維持・管理ができる。家もただ手持ち無沙汰な状態より、誰かに使ってもらった方が嬉しいだろう」


 それでも気になるなら、と出された代替案は、彼がここの部屋を借りて、その宿泊代を資金にしてはどうか、というものだった。元は彼が所有者なのに、借りてお金を払うとはどういうことかと思ったが、建物の持ち主はもう小春になったからとごり押しされた。


 一体どれくらいの宿泊代を払うつもりでいるのか分からない。恐らく彼が支払う宿泊代だけでは生活が難しいだろうから、また後でよい仕事を探そうと小春は決める。


 まぁなんとかなるだろう。小春は楽観的であった。


 小春がサインした紙を手に、彼は「…これはなんという名だ?」と聞いてくる。


「そういえば自己紹介まだでしたね!」


 随分一緒にいたのに、お互い名前も知らなかったのだ。


「小春です」


「アーノルドだ」


 海外の名前はカッコよく聞こえるなぁと思いながら、差し出された手を握り返す。素直に小春は「かっこいい名前ですね!」と言った。見た目にもとても合っている。するとアーノルドは胸を押さえて座り込む。突然の心臓病だろうか。慌てて小春が「大丈夫ですか?!」と呼びかければ、弱弱しかったが、大丈夫という返事が聞こえてくる。


「なぜか今日はやたら動機が激しく…」


「不整脈ですかね…。ちゃんと病院行きましょうね」


「…分かった」


 またガン見されている。人を観察するのが趣味なのかもしれない。

 アーノルドと呼び捨てにして構わないと言われるが、年上を呼び捨てにすることは出来ない。しかし年齢を聞かれて十四だと答えるとアーノルドは目を開いた。


「…俺も十四だ」


「まさかの同い年?!」


 五歳年上に見えていた。アーノルドも同じように小春の年齢が想定と大きく外れていたのだろう。戸惑いの目で目の前の少女をガン見する。


「フフッ!これからよろしくね、アーノルド!」


 年が同じという事実に小春がすっかり気を許して笑えば、再びアーノルドは心臓を抑えてうずくまったのだった。

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