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第10話:黒持ち

 ジェルバに見送られあの家を出る。次の行き先は宿、というわけではないようだ。

 なんでも先程の一番苦手な人たちに挨拶をしに行った時、お仕事を押し付けられたのだそう。そう離れていない施設の様子を見に行くらしい。


 隣を茶色の馬を引き連れて歩く彼の顔は、とても良いとは言えなかった。

 苦虫をかみつぶしたような、そんな顔である。


(本当にその人たちの事、苦手なんだなぁ)


 仕事が終わった後に宿へ案内すると言われ、小春はおとなしくついていくことにする。


「一つ頼みたいことがある。俺が良いと言うまで、その帽子を外さないでくれないか」


「良いですけど、どこか変な所でもありました?」


 寝ぐせは付きにくい髪質だが、昨日は地面で寝たし、お風呂にも入れていない。変な髪形になっていても可笑しくはなかった。


「…いや、変な所はない。ないのだが…すまない。仕事が終わってから、きちんと説明する。それまで待ってくれ」


 変な所があったわけではないのなら良い。それにこの貰った帽子、とても可愛らしくて気に入っているのだ。小春は頷いた。


「でも良かった!寝ぐせとかあったのかな?って思っちゃいました」


 小春が笑うと彼の緊張した顔も緩んでいく。これからの仕事に緊張していたのかもしれない。こうした緊張をほぐす小さなことでも良い。少しでも恩を返せたら良いなと思った。


 馬に乗って着いた施設は養護施設のような場所だ。小さな子供たちが沢山いる。

 彼らは小春たちの存在に気づくとその顔を輝かせて、今までの遊びを放り出して走って来た。


「お客様だー!」

「いらっしゃいませ!」

「だれぇ?」


 歳は四歳から十歳くらい。髪の色は赤やら緑やら、とてもカラフルだ。

 小春たちの周りを囲む彼らに、先生のような人が「こら貴方たち!」と出てきて静かにするようにと指示を出す。

 小春の隣にいる彼を見て「ようこそお越しくださいました」と恭しく頭を下げているのを見たところ、彼の方が身分が上のようだ。

 子どもたちから解放された小春たちは、先生らしき人に客間へと案内されていた。


「貧相な場所で申し訳ありません。院長をお呼びしてまいりますので、少々お待ちください」


 一体何をするんだろうか。この場に自分が居ても良いのだろうか。居心地悪くソファに座っていた小春は、外から何やら騒ぎ声が聞こえて立ち上がる。声は幼く、先程の子供たちだろうか。


「ちょっと様子を見てきます!」


 返事を待たずに小春は外へと駆けだした。

 先程の玄関から飛び出して、声がした裏の方へと走る。そこには数名の子供たちの姿があった。彼らは遊んでいるわけではないことは、表情を見ればすぐにわかる。

 恐怖におびえる子供、怒気をあらわす子供。


 そんな子供たちに敵対するような位置にいるのは、二人の少年少女だった。

 片方は黄色の髪と目を持つ少年。年は八歳くらいか。もう一方は桃色の髪と目を持つ少女。隣の少年よりも年下に見える。色は違うが顔立ちから兄妹だろう。

 どちらも髪にそれぞれの色に加えて、黒が混じっている。

 彼らは他の子どもたちと違って、その服も、髪も、ボロボロだった。


「出ていけ!なんでここにいるんだよ!どこから入った!」


「ち、ちがう!僕たちもここで、ここにいて、でも、お腹空いたから…」


「何わけわかんないこと言ってるんだ!お前たちがいたら、ぼくたちまで嫌われちゃうだろ!」


 そうだそうだ!と投げられる言葉。石を投げようとする子供が見えて、小春は慌てて飛び出し、彼らの間に入った。


「ちょっと皆待って!石は流石にだめ!」


 いじめかな?彼らを落ち着かせるため、小春は膝を折り、目線を合わせた。

 急な小春の登場に動揺してか、子どもたちの意識は二人の少年少女から離れている。


「どういう状況なのか、教えてもらっても良い?」


「……不幸を運んでくる、黒持ちがいたから」

「だから、追い出そうとした」

「その子たちがいたら、わたしたちまで不幸になるんだもん…」


 黒持ち、とは何だろう。意味はよく分からないが、恐らく差別用語か何かだろう。


「不幸になるだなんて…。そんなの分からないじゃない」


 ただの人間にそこまでの影響力はない。

 しかし子供たちは小春の言葉に首を振る。黒持ちは不幸を運んでくる存在。近くに居ると不幸が身に降りかかる。だから近くにいてはいけない。


 騒ぎを聞きつけ、建物の中にいた他の子どもたちや、彼、先生、そして院長らしき人も表に出てくる。しかし誰も何も言わない。

 小春は先程言われたことを思い出す。帽子を外すなと言われた。


 帽子の下には、真っ黒の髪が仕舞われている。

 この世界で黒は、良くない色なのだ。

 彼は小春を守ろうとしてくれた。

 それは嬉しい。ありがたいと思う。


 でもなぜだろうか、胸が痛かった。小春を通して後ろの少年少女に向けられる憎悪の目が、小春にも刺さる。

 小春は地面に座りお互いを守るように抱き着く二人を振り返る。

 何をされるのかと恐怖に満ちた目で見られて、また胸が痛んだ。


「大丈夫、私は貴方たちに酷いことも、痛いことも、何もしないから」


 帽子で少し見えにくいが、しっかりと二人の目を見る。

 触れても良いかな?とたずねると、ぽかんと口を開けた二人はコクコクと頷いた。

 二人も抱えられるかなと思ったが、彼らはとても軽くて抱えられて、今まで碌に物を食べてなかったことが分かってまた苦しくなる。


「…私が、この子たちを引き取ります」


 声を上げたのは院長だった。


「そ、それは困ります!彼らは、その、大事な子供の一員なのです!」


「は?何言ってんの?」


 思わず本心が出てしまった。

 こんなにボロボロで、ガリガリで、そんな状態で放置したくせに、大事だなんて、よくも言えたな。小春の中で沸々と湧いてくるのは怒りだ。

 この手が彼らを抱えてなかったら、院長の胸倉を掴んで「このクソ野郎」と叫んでいたかもしれない。


(いやそんなことできないけどさ)


 怒りを抑えようとするが、中々上手くいかない。

 腹が立って仕方ない。

 どうすることも出来ないけど、どうしてくれようか。


 すると次の瞬間、地面が揺れる。


「へ?」


 悲鳴が上がり、目の前にいた子供たちが逃げていく。

 恐る恐る振り返ってみたら、そこは地面がぼこっとなぜか盛り上がっていて。そして近くにあった養護施設の建物も半壊していた。


 何が起きたのかと呆然とする小春の耳に、脅えた子供の声が聞こえる。


「黒持ちがいるから…だから、こんなことが起きたんだ!」

「どっかいって!黒持ちは、どっかいってよ!」


 言葉に、小春が抱える二人の手が、小春の服を強く握りしめる。


(あまり聞かせたくないな)


 二人の耳を塞げたら良かったが、あいにくと小春は両腕で一人ずつ抱えている。ぐっと強く抱きしめることしかできない。

 脅えた子供たちに、帽子を被っていても分かるほど明るく笑ってみせる。


「本当だね~!こんな災害レベルのとんでも不幸起こす人にはさ、さっさとどこかに行って欲しいよね!だってすっごい怖いもん!ね、皆!」


 呼びかければ元気の良い返事が返ってくる。

 建物の半壊に呆然としていた院長及び先生に、小春は良い笑顔を向けた。


「総意っぽいんで、私たち、ここからさっさと出て行っちゃいますね!」


「ま、待て!」


「なぁに?構わないでしょう?てか貴方たちからしてみれば、最高じゃない。不幸を起こす人間を、体よく厄介払いできるんだよ?なんで止めるの?」


「それは…いや、貴方に不幸が降りかかってしまうかもしれない!」


 途端気遣うような姿勢を見せる院長に、小春は思わず笑った。

 本当にばかばかしい。


「私の事気遣ってくれたんだー!ありがとう!でも大丈夫だよ?この程度で、私が不幸になるわけないもん」


 小春が視線を向けるのは、院長の隣に立つ彼だ。

「駄目ですか?」と首を傾げれば、一瞬固まった後、彼は頷いた。


「院長。彼らはこちらで引き取る」


 反論は認めない、と静かな口調の彼に、院長は何も言うことが出来ずその場にへたり込んだ。

 何が起きているのか理解できないと小春の腕で二人が不安な顔をする。


「…貴方たちに聞かずに、勝手に決めちゃって、ごめんなさい。ここから出た後のことは、ちゃんと後で決めるから。今だけ一緒についてきてくれないかな?」


 ここに残りたい?と聞けば、二人はすぐに嫌だと首を振った。逃げれるなら、自分たちに攻撃してくるような場所からは一刻でも早く逃げたいだろう。しかし小春とともに来ることも、先が見えず不安で一杯のことだ。


(ずるいこと、聞いちゃったな)


 ぐっと二人を抱きしめて、小春は養護施設に背を向けた。

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