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第8話:無一文宿無し

 無言のままの小春にまだ説明が足りないと思ったのか。


「人数が年々増えてきているため、「商業専門学園」の方は建て替えとなる。再来年度には校舎が変わっているはずだ。…成人した者のほとんどが入らなければならないとは言ったが、国民は入らなければならないだけで、国民でなければ入らなくても良いとされている。それに、ちゃんと拒否権もある。やむを得ない事情がある場合だけだがな。また、」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 更に色々教えてくれようとしたが、小春は止めた。なんだかこのままずっと続きそうな気がしたからだ。


「街に降りてみても良いですか?」


 また小春の顔をガン見すると、少し経ってから頷いて、馬を歩かせる。

 訪れる静寂を、小春は気にしない。


(もっと話したかったのかなぁ)


 後ろの綺麗な人が実はおしゃべりな人だと分かった今、人間味を感じて親近感を覚えた。

 馬が軽く走っている。通り抜けていく風がとても気持ちいい。

 変わっていく景色を楽しんでいると、街まではすぐだった。


 街まであと少しの所で馬を止めたかと思えば、小春を物陰に置いて「少し待っていてくれ」とその人はどこかへと言ってしまう。言われた通りに待つこと十数分。

 彼は女の子用の服と靴、更にターバンキャスに似た被り物を持って帰ってきた。


 彼が来ている服に比べて、小春が今着ている制服はそこまで変わっているところはない。同じ洋服だ。しかし汚れているのが気になった小春は、彼が持ってきたものにすぐ着替える。人が多いところに入るなら、尚更綺麗な服が良い。

 帽子の中に髪を全部入れて欲しいと言われ、なぜだろうかと疑問に思ったが、素直に髪をしまう。元々肩に届くか届かないかの髪の長さであるので、簡単にしまうことができた。


「うわぁ……」


 街へ着いた小春の口から出た声が先程よりも小さかったのが気になったのか、彼が顔を覗き込む。そこにあったのはキラキラとした瞳で、満面の笑みを浮かべる小春の顔だ。


「すごい!すごいですね!」


 ホッとした顔の彼に、再び凝視されるのを感じながら、小春は目に入ったもの目掛けて走り出す。


「あれなにかなぁ!ね、行ってみましょう!」


 彼の腕を引っ張ると動かず、見てみれば驚いた表情をして固まっている。どうしたのかな、と思ったが、ゆっくりと動き出してくれた。


 街の中を動き回り、小春たちは沢山のものを見て回ったり、食べたりした。

 正確には、食べさせてもらった、だろう。

 小春はもちろんお金を持っていない。財布を入れた鞄が無いのだから当然無一文だ。それに財布を持っていたとしても、通貨や紙幣が全く別物なので使うことさえできなかった。

 お金を持っていないのにアレコレ買おうなどと思っていなかった。ただ、見て回りたかっただけ。


 しかし彼は小春の小さな「うわ美味しそ」という呟きさえ拾って、瞬時にそれを買ってきては与えてくるのだ。


「気にするな。俺がしたくてしていることなのだから」


 断ってもこう言われて更に次の美味しそうな食べ物を差し出されては、断ることは出来ない。それもなぜか嬉しそうな顔で言われては、より拒否できなかった。

 後でちゃんとお金返そう、と決意し、小春はありがたく奢ってもらった屋台飯を口に頬張っては、あまりの美味しさに笑みを浮かべた。


「ふぅ~。食べた食べた~」


 近くにあった噴水のヘリに腰を掛けて、休憩中。

 目の前を子供たちが元気に駆けていく。

 動いて疲れた足を休めるため。そして食べ過ぎにより膨れた腹を休めるため、こうして座っている。どうも差し出される食べ物を断れなかった。あのキラキラした目で見られると、断りにくい。


 息を吐きながら満腹感を逃していると、横から水が差しだされる。

 彼である。

 小春は「ありがとうございます!」と水が入ったコップを受け取り、一気に喉へ流し込む。


「ぷはぁ!生き返るー!」


 一体いつ水を取ってきてくれたのか。小春が座って少し休んでいる間の短い時間で、なんと素早い動きをする。凝視してくる彼に笑顔を向ける。


「お水、ありがとうございます!おかげでお腹、大分楽になりました!」


「…それは良かった」


 表情は一切動かないが、彼からほっとした雰囲気を感じ取る。以外と分かりやすい人だと小春は思った。


「あ、私、今日のお宿を探していまして!どこか良いところを紹介していただけないでしょうか?」


 無一文、宿無し。野宿は昨日したが、流石に二日連続はしんどい。

 小春の緊迫した表情にすぐに頷く。


「だがその前に、少し片づけなければならない用事がある。それが終わってからでも、良い、だろうか?」


 良い宿を紹介するから、と言われなくとも、小春はもちろんだと頷いていた。屋根があるなら良い宿じゃなくても、なんなら馬小屋でも良いと思っていたくらいだ。お金がないのに高望みは出来ない。


「用事って何ですか?」


「…俺が、この世で一番苦手な人たちの所へ、挨拶しに行くんだ。君はもちろん会う必要はない。すぐに話を付けてくるから、どうか待っていて欲しい」


 案内されたのは小さな家。壁や窓に蔦が巻き付く。周りには囲むように木が設置されていて、家の中の様子は全く見えない。

 ここが家なのかと思ったが、どうやら違うらしい。休憩するときに使う場所のようだ。

 彼は小春に「中でゆっくりくつろいでいてくれ。三十分で戻る」とだけ言うと、預けていた馬に乗って行った。


 恐る恐る家の中へ足を踏み入れた小春は、驚く。

 外から見ていたよりも家の中が広いのだ。

 まるで魔法だ、と部屋の中を見渡す。清潔感が保たれた室内は、置かれている家具もシャンデリアも良く手入れがされていて綺麗だ。

 外からは見えなかったところに綺麗な庭園を見つけた。


「これ、普通の家よりも豪華なただの家だよね」


 誰だ、ただ休憩する場所とか言ったのは。


 捜索を続けていると、奥の部屋で気になるものを見つけた。

 机の上に置かれた一冊の本。


 部屋には不思議な雰囲気があった。机と椅子しかなくて、窓から差し込んでくる光がキラキラと部屋を照らす。

 フラ、と導かれるまま、部屋に入って椅子に座り、少し古い本を手に取って開く。

 そこに書かれている言葉は知らない文字だった。日本語でも英語でもない。よく分からない言葉。

 パラパラとめくっていくが、全く理解できない。分かる言葉も一切見当たらない。


「なんだこれ…朝?って読むのかな?」


 やがて意地でも読んでやる!という気持ちが沸き上がって、文字の形から推測していた小春。


「それはですな、『天に届きし三の手を』と書かれているのです」


「?!」


 後ろから声がかけられて慌てて振り返る。そこには、落ち着いた物腰の、しかし品があるおじいさんが立っていた。

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