08. 聖女の秘跡
今、僕たちの前にはアーネストさんが新しく入れてくれたコーヒーと、ロボスト副団長が私物から提供してくれた焼き菓子がある。聖女の話で色々とこんがらがったので、いったん落ち着こうとなったんだ。
うん、さすがアーネストさんにロボスト副団長だ。コーヒーもお菓子もおいしい。
「さて、では先ほどの話を続けましょうか。昨夜、礼拝堂でなにがあったのでしょうか?あ、コーヒーを飲みながらでけっこうですよ。気楽に考えたほうが良いアイデアがでますから」
アーネストさんもそう言ってくれるので、コーヒーの入ったマグカップを両手で持ったまま、気になっていたことを聞いてみようかな。
まず、今まで話してて分かってきたのがコレだよね。
――昨夜、礼拝堂でなにがあったのか?
「んと、事実だと分かっていることと、単なる憶測や推測が混じっちゃうけど、おそらく昨夜、礼拝堂で起こったのはこんなことだよね?」
僕はそう言いながらソファから立ち上がって、ゆっくり歩きながら話し始めた。コーヒーの入ったカップも持ってね。
「アマンダ・スピナー侯爵令嬢が第二王子殿下から婚約破棄された。話はここから始まったんだ。アマンダ様はパーティー会場からも追い出され、王宮内をひとりで彷徨うことになった。そしておそらく馬車に乗るため、王宮の玄関口へ行こうとして庭園を歩いた。彼女は第二王子殿下に婚約破棄をされた身だからね。不要な争い事に巻き込まれないように、王宮の建物の外を歩いたんだと思う。そして最後に――庭園にポツンと建つ、小さな礼拝堂にたどりついたんだ」
アーネストさんが、僕の言葉を継いでくれる。
「その後、起こったことは推測でしかありません。礼拝堂の中に入ったアマンダ様に、なにか奇跡的なことが起きたました。礼拝堂で彼女は聖女の力を覚醒させたのです。そしておそらく、語り継がれている『聖女の秘跡』と呼ばれる現象が起こったのでしょう。彼女は光り輝きました。真夜中の暗闇の中で……」
アーネストさんの話を受けて、ロボスト副団長が軽くうなずくと口を開く。
「礼拝堂の中で『聖女の秘跡』が起きたらどうなるだろうか?古い石造りの小屋には隙間が多い。だから内部の光は外へと流れるように出ていったはずだ。真っ暗な中、光輝く礼拝堂を見ることができるのは、建物の角度や遮蔽物を考えると第一王子殿下が暮らす離宮だけとなる」
「そこから先は俺が話そう。俺の長兄が出てくるからな。危険な話になる」
団長が話をまとめてくれるらしい。
「誰が最初に気がついたのかは分からない。が、兄上側の人間が庭園で起こっている不可思議なことに気がついた。たぶん礼拝堂から光が漏れ出していたんだろう。もしかして、すごく幻想的な瞬間だったのかもしれない」
僕はあの古い礼拝堂から光が溢れ出ているところを想像してみる。可愛い家の形をしたランプのように、その光は狭い範囲だけれど、柔らかい光で庭園を照らしたのかもしれない。聖女が発する光なんて見たことないから分からないけどさ。
「これは俺の想像だが、この時点で兄上の頭に聖女のことが過ったはずだ。俺だってすぐに気づいたんだ。当然、あの礼拝堂が聖女にまつわる場所だということも、《聖女の秘跡》と呼ばれる逸話も知っている」
団長によると聖女と礼拝堂の関係は、この国の建国神話とも関わってくるし、王族はみんな知っている話らしいしね。きっと第一王子殿下もすぐに気がついたんだろう。
「なにが起こっているか予測できたから、兄上の動きは速かったに違いない。すぐさま自ら礼拝堂へ確認をしにいったはずだ。そしてまだ光を体に残しているアマンダ嬢を発見した。彼女はなんとしても自分のものにしなくてはならない、そう兄上は考えたんだと思う。すぐに自分の離宮へとブレンダ嬢を連れていき、真夜中にも関わらず教会から人を呼び寄せた。まあそんな流れだろう」
伝説の聖女様だもんね。もし聖女様を自陣営に組み込むことができたら、次の国王は第一王子殿下になる確率は高いよ。
でもさ、それだったら、なんでアマンダ様を自邸に帰しちゃうんだろう?第一王子殿下の離宮に閉じ込めておけばいい話では?
「第一王子殿下は、なんでアマンダ様を家に帰すの?護衛までつけてさ。ずっと自分の近くに置いておけばいい話じゃない?」
僕からの質問に団長は、ちょっと変顔をしながら肩をすくめる。
「そりゃあアマンダ嬢の帰属がスピナー侯爵家に戻っているからだろう。まだ第二王子とアマンダ嬢が婚約していたなら、アマンダ嬢の帰属は王家になるんだよ。王族の極秘情報も王子妃教育で学ぶからな。婚約する時に仮の形だが王家に帰属先を移すんだ」
へえ、そんなルールがあるんだね。
「第一王子は第二王子が婚約破棄をしたという情報をちゃんと掴んでいて、今のアマンダ嬢の帰属先はスピナー侯爵家に戻っていると判断したんだろう。だから自分の都合でアマンダ嬢を王宮に留め置くことができないんだ。もちろん命令はできるが、スピナー侯爵はかなりの権力を持つ大貴族だ。今後のことも考えれば、下手に気分を損ねるのは避けたいだろう」
それでせっかく自分が保護したアマンダ様を、僕達、第八騎士団に護衛を依頼してまでもスピナー侯爵家に帰すのか。なかなか権力闘争するのも大変だねえ。
「今までの話を聞いてさ、事実はどうだか分からないけど、みんなの動きを見てみればアマンダ様が聖女になったんだろうなってのは理解したよ。第一王子殿下の動きは、自分が王位を継承するための行動なんだろうね。でもさ、第二王子殿下のやってる婚約と破棄の繰り返しには、何の意味があるの?」
「それな……」
「うーん、なんとも……」
「……」
すっきりとした答えは出てこなくて、顔をしかめたまま他所を向いている団長たち。まあ、みんな、第二王子殿下が苦手だもんね。
第八騎士団では、第二王子のことは『触らぬ神に祟りなし』ってことになってるんだ。予測がつかないほど、馬鹿なことをするからさ。カバーする側は大変だよ……。




