44. 脳筋ぽいけど脳筋じゃないオッサン
「さて、グーフィー君、話を始めようじゃないか」
僕は今、第三騎士団の事務長室で、不味い立場に追い詰められている。元々、そう大きくはない事務長室の中、飾り気のない執務机に肘をついて、行儀悪く太い葉巻を吸っているブラマンディ事務局長の前に立たされている。
漂う煙の向こうから睨みつけられて、僕の背筋はこれまでにないほどピンと伸び切っているよ。さっき、隠れて僕に刃物を向けてきた先輩騎士たちから救ってくれたのには感謝してるけど、話を始めようといきなり言われても、なんの話なのよ?
僕はブラマンディ事務局長が第三騎士団の事務局も管理すると聞いたんで、てっきり仕事の話かと思ってた。
「えっと、話と言われましても……。なんのことでしょうか?」
「ふんっ」
ちょっとこちらを威嚇するように鼻を鳴らしながら、葉巻の煙を吐き出したブラマンディ事務局長はこちらを睨めつける。
「そんなことは分かっているだろう?さっきの話だよ。お前、絡まれていたじゃないか」
「あー。アレですか……」
これはちょっと警戒が必要だぞ。あのとき、先輩騎士たちは僕を脅して、どこかへ連れて行こうとしていた。それに何か聞きたいことがあるとも言っていた。
正直、僕は王宮騎士団に入ったばかりの新米だ。下っ端仕事しかしてないし、重要な情報に接する機会だってない。前に所属していた第五騎士団のことだって、所属していた時間が短すぎて何も知らない。
そんな僕に聞きたいことがあるなんて、おかしな話だよ。
なので、第一王子殿下の命令で第五騎士団から第三騎士団へと転属になったあたりの事を、聞きたい誰かがいるんじゃないかと僕は予想してる。
もちろん、第一王子派は事の経緯を知ってるはずだから、僕に絡んできた先輩騎士たちは第一王子派ではない確率が高い。たぶん第二王子派の下っ端だろうね。
まだ生き残っている王子や王女はいるけど、王位継承権を巡って争っているのは第一王子と第二王子だからね。
となると、このいかにも豪快そうなブラマンディ事務局長の質問には注意して答えないといけない。政治的な彼の立ち位置が分からない。僕は彼の簡単な経歴は知っているけれど、詳しいことは知らないんだ。
実際に接してみて分かったけど、豪快な脳筋のように見えて実際は細かいところまで気がつく聡明な人のようだ。下手な言い訳は見透かされるだろう。彼の立ち位置が分からない状況で、さて、なんと答えようか……。
「廊下を歩いていたら先輩方に呼び止められて、少し話をしていただけですよ」
「ほお、少し話をしていただけね。どこかに行こうとしていただろ?どこに行くつもりだったんだ?」
くそお。よく見てるな。ブラマンディ事務局長から声をかけられたとき、もうすでに歩き始めていたから、単に立ち話をしていただけだという言い訳はできないぞ。
「ああ、そうでしたね。なにか聞きたいことがあるという話でした。内容については、僕が前に所属していた第五騎士団のことでも聞きたいのかなと思っていましたが、なにも聞いていないので分かりません。」
「ふむ……背後から短剣をつきつけられて、第五騎士団のことが聞きたいとね……」
「えっ、いや、それは……」
不味い……この人、僕が刃物で脅されていたことまで気がついてるぞ。なんで分かったんだ?ブラマンディ事務局長がジトリとした嫌な目つきで僕を見る。
「お前、今、なんで短剣をつきつけられていたことを知っているんだって思ってるだろう?」
「あ……はい……」
いや、本当になんでそんなことまで気がついているんだ?正直、ちょっと離れた場所から声をかけられたから、僕が先輩たちとどこかへ行こうとしていたのは見て取れても、背中に刃物をつきつけられ脅されていたことまでは分からないはずなんだ。
僕はちらっとブラマンディ事務局長の経歴を思い起こす。
ブラマンディ事務局長は元々は騎士団とは別組織の王国軍に所属していた人物で、軍では将軍位にあった歴戦の強者。怪我が元で一線を退いたあと、国王陛下に請われて軍のアドバイザー的存在になった。そこで金銭的な不正をあぶり出して、かなり国庫に貢献したという。
その功績をもって、またまた国王陛下に請われて今度は騎士団の財政面をみるために王宮騎士団の事務局長に就任したというのだから、頭もかなり切れる人物なのは間違いない。
僕が脅されていたのが分かれば、自然と話は誰に脅されているのか、なぜ脅されているのかという話になる。その結果として第一王子の話や、妹のルピスが誘拐されて行方不明な現状、そして父上が第一王子派から脅迫されていることまで、ずるずると芋づる式にバレる可能性がある。
どうしようかと頭をフル回転させる僕を見て、ブラマンディ事務局長は葉巻の煙を撒き散らしながら、ため息ともつかない息を吐いた後、ヤレヤレと言わんばかりに頭を振った。
「どうやらワシは、かなり警戒されてるみたいだな」
「いえ、そういうわけ……ではなくて……」
「まあ、しょうがない。お前のような立場に置かれれば警戒するのが当然だ」
「え?それはどういう……」
やばいやばい!この筋肉だけでできてそうなオッサン、僕の立場を理解してる風なことを言い始めたぞ。どういうことだ?
焦る僕とは逆に、ブラマンディ事務局長は面白そうな顔をしている。
「まあ、そう警戒するな。不思議でもなんでもない。お前の父親から聞いたのだ」
「ふぇ?」
こんなところで父上のことが出てくるとは思ってなかった。意外過ぎて変な声がでる。でも、父上から僕のことを聞いているってことは、味方と考えていいのか?いやいや、まだ分からない。
「ほう、父親の話を出してもまだ警戒を解かんのか。いい心がけだ」
なんか褒められたけど、ぜんぜん嬉しくない。
だいたいブラマンディ事務局長は、僕の父よりずっと年上のはずだ。王国軍で将軍位まで上り詰めて、その後、軍の司令部付きになって財政面に大鉈をふるって成果を上げたなら、現在は40歳後半くらいはいってるはず。
それに対して父上はまだ三十代後半。確か38才だったはず。王立学院を卒業後、すぐに領地に戻ってきた父上と年の離れたブラマンディ事務局長に、接点があるはずがないんだよなあ。
「……ブラマンディ事務局長は、父をご存知なのですか?」
「まあな。王立学院で知り合った」
はい、ダウト。父上とブラマンディ事務局長では年が離れすぎている。同時期に王立学院に通うなんてこと、あり得ない。
「カカカ!お前は父親とは違って、すぐに感情が顔に出る質なんだな」
くっ……。そのとおりなんだけど、面と向かって言われるとくやしい。どっちにしてもブラマンディ事務局長は嘘をついている。信用できないね。
「ワシとお前の父親は年が離れているからなあ。王立学院で知り合ったといっても疑わしく思うのは仕方ない。だが本当だ。ただし、生徒と教師としてだがな」
「生徒と教師!?」
ブラマンディ事務局長が先生をしてた?そんなことがあるんだろうか。僕の知っている彼の経歴には、そんな情報なかったよ。
「ワシはな軍の一線から退いた後、軍の財務のほうに回ったんだ。色々あってな、軍の中枢にいることが嫌になったんだ。しばらく軍の金勘定をやってから、あまり公にはしていないが軍を辞めた」
「軍を辞めた……?」
「ああ。隠居には少し早いと思ったが潮時だと思ったんだ。そしたらな、当時の王立学院の学院長がワシの先輩でな。正規じゃなく臨時教員でいいから若いのに教えてみないかと誘ってくれてな」
ああ、そういう繋がりなのか。僕が入学したときにはブラマンディ事務局長の先輩だという当時の学院長は、既に引退されていたから会ったことはないけど、そういう話ならあり得るね。
「ちょうど暇だったしな。目先が変わっていいかもしれんと思って、その話に乗ったんだ。科目は軍事史だ。歴史や周辺国の現状などを教えたよ。まあ、すぐに国王陛下に呼び戻されて、教えていたのはたった一年ほどだったがな」
確かに軍事史という授業科目はある。僕の頃は、軍から派遣された現役の軍人が教鞭を取っていたけど、父上が通っていた頃はブラマンディ事務局長が教えてたのか。
「お前の父親はワシの授業を選択しておってな。聡明で先を読む力のある稀有な男だった。授業後によく質問に来てな、そこから話すようになったというわけだ。ワシが学院を離れたあとも手紙のやり取りをしておった」
父上らしい話だね。年齢も地位もかけ離れた二人だけど、きっとウマがあったんだろう。僕の父上は痩せ気味で背丈も普通だ。そんな普通の生徒が、こんな豪快そうなブラマンディ事務局長と楽しげに話していたと思うとちょっと微笑ましい。
「あいつめ……ワシが軍に入れと強く勧めたのに、あっさり断って領地に帰りおってからに……」
当時のことを思い出したのか、ブラマンディ事務局長がちょっと愚痴り始めたよ。そうか、父上はブラマンディ事務局長にも認められるような方だったんだね。息子として身近に接してても優秀だなとは思ってたんだよ。
「これで分かっただろう?ワシはお前の父親から話をすべて聞いている。お前が困ったことにならないように助力を願いたいと頼まれたんだ」
父上……それならそうと事前に教えて……。




