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43. 運気が悪すぎる日

 「よお!おまえが例の新入りか!」


 「へえ、あんな薄っぺらい体で剣なんて振り回せるのか?」


 「無理だろ、なんせ貴族としては血が薄すぎるからなあ」



 第三騎士団に割り当てられた建物区画内の廊下を歩いていると、壁際にたむろっていた先輩騎士たちが声をかけてくる。いつものことだ。


 第一王子殿下からの命令で低位貴族と平民が入り交じる第五騎士団から、出来の悪い高位貴族の師弟がほとんどの第三騎士団へと転属した僕。でも、なぜか最初から先輩達に目をつけられているみたいなんだよね。新米騎士だからか?


 僕は軽く会釈だけして、通り過ぎようとした。関わりたくないからね。



 「おいおい!待てよ!」

 「無視するとか今年の新人さんは、態度が大きいねぇ」

 「第五から来たんだろ?あそこは副団長が平民だからな。甘いのよ」



 僕の元いた第五騎士団が、他に比べて甘いかどうかは分からない。でも確実に言えるのは、この第三騎士団よりは規律があったし、団員自体にやる気が感じられたってこと。



 ――ゴミ捨て場

 


 そう、一言で言うと、ここはゴミ捨て場だ。爵位だけは高いけど能力は低く、でもプライドは見上げるほど高い高位貴族の子弟のたまり場になってる。


 そういう行き場のない貴族子弟の箔をつけるための場所って話だったけど、これだけ悪い内情が漏れていれば、本当に箔付けになるのかどうかも怪しい。


 第三騎士団に所属しているっていうだけで、眉をひそめられるんだから、そうとう評判は悪いよね。また軽く頭を下げて通り過ぎようとしたけど無理だった。



 「おい!待てって言ってるだろう!」



 いきなり、後ろから腕を引っ張られた僕は、そのまま壁に向かって突き飛ばされた。



 「痛っ!なにするんですか!」

 「待てっていうのに待たないお前が悪い」



 気がつけば、壁際で僕を煽っていた先輩騎士たち三人に取り囲まれていた。ちょっとこれって不味い状況かも。さりげなく、他の騎士達も廊下に立って、雑談しているように見せかけ始めたけど、これって何が起こるのか隠すための壁役だとおもう。


 あまりにもスムーズな彼らの動きに、これまで何度となくやってきた行為なんだと分かる。目の前に立つ先輩騎士が、僕の胸ぐらを掴んで壁に荒く叩きつけるように押し付ける。



 「グッ……」

 「騒ぐんじゃないぞ」



 二人の騎士が両側から僕を挟み込むように立つ。この辺りの動きは無能な第三騎士団とはいえ、ベーシックな鎮圧動作なので実にスムーズだ。脇腹になにかが当たっているのを感じて、目線を下ろして見てみると両サイドから短剣がつきつけられていた。


 これ、やりすぎじゃない?


 単なる新人いじめとは思えない動きだよね。廊下を歩いていたら足をひっかけられたり、外を歩いているときに上から水をぶちまけられたり、靴を隠されたり、新人いじめってそんなもんだと思ってたよ。


 でも、僕はさっきからまだ殴られたりはしていないものの、明確な暴力を振るわれてるし、脇腹には刃物をつきつけられている。


 いったい、なんなんだ……。下級貴族の子弟として第三騎士団では苦労するだろうと覚悟はしていたけど、入ってまだ日も立たない時期に刃物をつきつけられるなんて想像もしてなかった。


 どう切り抜けよう……そんなことを考えていたら、僕の胸ぐらを掴んで壁に押し付けていた先輩騎士がニヤリと笑った。


 さすがに高位貴族ばかりの第三騎士団。見た目は王子様みたいなのばっかり揃ってる。



 「お前、グーフィーって言うんだって?親も変な名前つけたもんだな」



 それに応えるかのように、僕の両脇の騎士達も話し始める。



 「違いない!ちょっとセンスを疑うよな」

 「名付け親の顔が見てみたいもんだぜ」



 名前が変!それ、よく言われるんだけど、違うからね。


 僕の名前、グーフィーの元はグーフィーレンドっていう聖人の名前から来てるんだ。友達が多い社交的な聖人で、いい名言も残している。



 『笑顔はすべてを癒す』

 


 父上は赤ん坊だった僕の笑った顔を見て、疲れも悩みもすべて癒やされたような気がしたそうで、それで聖人グーフィーレンドの名言を思い出したそうなんだ。僕の名前をグーフィーにしたいと祖父の知り合いの祭司に相談したところ、賛成してくれて名付け親にもなってくれたんだって。


 まあ、こんな不穏な場所で僕の名前の由来を説明したって仕方ないよね。でもせっかく僕の名前をからかいのネタにしてくれたんだ。有効利用させてもらうよ。



 「……僕の名前は、聖教会の現大祭司グリエンド様のお祖父様に名付けていただいたものなんです。今度、季節のご挨拶のお手紙に『私の名前が変だ』『名付け親の顔が見てみたい』と第三騎士団で噂になっているとお伝えしておきますね」



 大祭司グリエンド様の名前を出したとたん、僕を囲んでいた三人の先輩騎士達は後退りし始めた。

 


 「大祭司グリエンド様の祖父……」

 「いやいや、お前の名前が変だなんて言ってないよ」

 「大司祭グリエンド様のことは尊敬しているさ……」



 大祭司グリエンド様――この王都の聖教会のトップスリーに入る権力者だ。強い光魔法の使い手でもあるし、実家が古くからあるレッドストーン公爵家の出身。将来的には聖教会のトップの地位につくと見られている人物だ。


 僕がとっさに持ち出した名付け親の件は嘘じゃない。実際、ウチの領地に大祭司グリエンド様の祖父様が聖教会の祭司として滞在していたことがあるのだ。


 最も、グリエンド様の祖父様のかなり若い頃の話なんだけど、どうもかなりの酒好きな人だったみたいで、田舎の住民とすっかり意気投合し仲良くなったらしい。当時、領主だった僕の祖父だけでなく、同年代の領民と飲み歩いたそうだ。


 そんなお酒にまつわる縁で、グリエンド様の祖父様と仲良かった酒飲み達の家では、子どもや孫が生まれるたびに名付け親になってもらってるって話。


 ここだけの話、ペットの犬や猫の名前までつけてもらっているっていうから、酒飲みの友情って永遠なんだね。


 聖職者に名前をつけてもらうと悪運を払い、幸運を招き寄せるって言われてるから、祭司だったグリエンド様のお祖父様に名前をつけてもらいたくなる気持ちは分かるけどさ。


 大祭司グリエンド様はご実家の公爵家が王位継承権争いには加担しないと名言しているので、政治的な立場としては中立派になる。その上、聖教会と王家は互いに距離を置いて、付かず離れずの距離を保っているので、そんなところからも大祭司グリエンド様は明白な中立派だ。


 だけど出自が公爵家な上に聖教会所属とくれば、大祭司グリエンド様は王家と対峙できる2つの権力に同時に軸足を置いていることになる。こんな爵位が物を言う第三騎士団じゃ、ろくでもないゴミ騎士に対して最も行動を阻害できるキラー・アイテムになる。


 大祭司グリエンド様は治癒もできる光魔法の使い手だから、いざといったときのためにお知り合いになっておいて損はない相手だしね。


 こんな相手の名前が急に出てきたら、誰しも思考がストップしてしまう。損得勘定が複雑で、ベストな行動が分からなくなるのだ。


 現に、僕に暴力を振るおうとしてた先輩騎士達も、急に弱々しくなった。先輩騎士たちが混乱している間にサッサとこの場から離れよう。



 「頼まれている仕事の途中なので、これで失礼しますね」


 

 押さえつけられていた胸元の手をそっと掴んで離してもらい、軽く会釈をして、その場を離れようとした。



 「――おい、ちょっと待て。お前には聞かないといけないことがある」



 あー。大祭司グリエンド様の威光も一瞬で()き消えてしまったみたいだ。


 リスクを犯してまで僕に向かってくるところを見ると、この先輩方は誰かから命令をされているみたいだ。そして。その命令を下した人物は、かなり地位の高い方に違いない。


 命令を遂行しないと明らかに不味い状況に陥るのが分かっているから、大祭司グリエンド様の名前を出しても迷いがないんだ。


 となると、たぶん命令を下しているのは……王族?



 「よし、俺達についてこい。お前には聞きたいことがある」

 「大人しくしとけ」

 「暴れると怪我するぞ。配属数日で怪我をして除隊なんて、珍しくもないからな?」



 僕の前にも何人も餌食になってる新米がいるっぽいね。さて、どうしたもんだろう。脇腹に突きつけられた短刀はそのままだし、このまま大人しくついていくしかないか……。



 「ほら、行け」



 ツンと脇腹を短刀の先で突かれて、仕方なく僕は歩き出した。正直、自分がここまで絡まれる理由すら分かっていない。対策を練るにも限りがある。とりあえず、命までは奪われないみたいだし、出たとこ勝負かな……。


 そんなことを思いながらも、頭をフル回転させてどうするべきか考えていたら、後ろから声がかかった。



 「お前たち、こんなところで何をしてる?」

 

 「はあ、なんだ?うるせ……」



 僕に短刀をつきつけていた騎士が後ろを振り帰りながら、声をかけてきた主に罵声を浴びせようとする。そして、その途中で黙り込んだ。



 「あ、あなたは……」


 

 僕達の視線を一身に集めるその人は――。



 「ブラマンディ事務局長……」

 「な、なぜ、あなたがここに……」

 「こっ、これは違うんです!」



 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのは、僕が見上げてしまうほどの巨漢。筋肉だけでできているようなその体は、騎士というより重い戦斧を肩に担いでいるのが良く似合う、重戦士といった(たたず)まいだ。


 短く刈り上げた黒みがかった焦げ茶の髪に、よく日に焼けたオリーブ色の肌。ゴツゴツした厳つい顔に顔に大きな傷跡があるのが、恐ろしさを倍増させてる。


 でも彼は重戦士じゃない。こんな見た目だけど王宮騎士団の事務を一手に担う事務本局のトップ、ブラマンディ事務局長だ。



 「なんか面白いことをしているようだな」

 「「「ヒィィィー」」」

 


 さっきまで悪ぶっていた先輩騎士達が、直立不動となって震える様はおもしろい。僕もさっきまで掴まれていた胸元を正して直立し、片手を頭の横に掲げて敬礼をする。



 「ワシがなぜここにいるかだと?全部、おまえら第三騎士団のせいよ!余計な経費は使う!ろくに書類も上げてこん!おまえらのせいで事務本局が、どれほど迷惑を被っているか分かるか?」


「「「「申し訳ありません!」」」」 



 ここでブラマンディ事務局長がニヤリと笑った。唇の端をゆがめたような笑いは、さらに怖さが増してる。圧に負けて、思わず一歩下がりそうになったけど、ぐっとこらえたよ。


 恐怖と圧を感じたのは先輩騎士たちも同じだったようで、僕以外、ずるずると後退していっている。


 

 「何度注意しても改善せんからな。今日付けで第三騎士団の事務局を、当面、事務本局が直接預かることになった」


 「ええっー!」

 「そんな……」

 「ということは……」


 「そうよ、ワシがこの第三騎士団の事務長を兼任する」 

 「「「ぁぅ……」」」

 

 「分かったら、すぐさま持ち場に戻れっ!」

 「「「は、はいっ!」」」



 猛ダッシュで立ち去る先輩騎士たち。その後姿に向かってブラマンディ事務局長がトドメの一撃を放つ。



 「おまえらがサボっていたことは、第三騎士団長に伝えておく!しっかり絞られろ!グハハ!」

 

 

 ブラマンディ事務局長はひどく楽しそうだけど、笑っているところは重戦士というより山賊みたいだ。まあ、僕は山賊とか見たことないから想像だけどね。さて、僕もサッサと退散させてもらおう。


 ペコリと頭を下げて、そっとその場を立ち去ろうとしたんだけど、今日の僕は運気が悪いみたいだ。



 「待て!」

 「は、はひい」

 

 「お前は第三騎士団の事務局所属のグーフィーだな」

 

 「は、はい!お、お初にお目にかかります。ご挨拶が遅れ申し訳ございません!」


 「それはいい。ワシの着任は今日付けだからな。お前にはちょいと用がある。第三騎士団の事務長室まで出頭しろ」


 「イエッサー!」

 

 

 やっぱり、僕の今日の運気は最低みたいだ……。

 

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