42. 再びの脅迫
「グーフィー!副団長が呼んでたぞ!明日の警備の時間が変更になったらしい」
「あ、はい!すぐ行きます!」
王宮の広い廊下をなるべく急いで歩く。僕は今、王宮騎士として勤めている。
妹のルピスがさらわれた後、父上に促されて僕はすぐさま王都へと旅立った。そしてそのまま王立学院へ入学した。
父上からはその後、ルピスが無事だと手紙で知らせてくれた。うまく第一王子派と交渉できたらしい。同じ手紙で父上から、王子たちの王位継承権争いからは距離を置き、中立派として動くようにと言われたので、王立学院に在学中はなるべく目立たないように過ごしたよ。
エンビアス侯爵夫人は相変わらず恋多き貴婦人として華やかな噂を流していたけど、エンビアス侯爵家としての動きはなくて、ルピスをさらった男がどうなったのかも僕には分からなかった。
変わったことといえば、エンビアス侯爵夫人の恋人と噂されていたガーディッド騎士団長が王宮騎士団をやめ、領地に戻ってガーディッド辺境伯を継いだことぐらいだろうか。
だから僕が王立学院卒業後、王宮騎士団に入団したとき、もうガーディッド騎士団長はいなかったんだ。噂の騎士団長を遠目からでも見てみたいと思っていたのになあ。
でも新米騎士として働き始めた僕は結構忙しくて、もしガーディッド騎士団長がいても見物している暇もなかっただろうけどね。
騎士になってからというもの、毎日、新しい経験ばかりで僕は自分のことだけを考えて生活するようになっていた。父上も頑張ってくれているし、ルピスのこともなんとかなるだろうと楽観してた。
僕は所属する第五騎士団の副団長の執務室の前で、ちょっと身だしなみを整える。王宮騎士団は王宮の敷地内に本部が置かれているから、日頃から身だしなみには気を配るように言われてる。
第五騎士団は低位貴族と平民が混じって所属する騎士団なんだ。身分の上下はまったく問題にならない部隊で、現に副団長は平民出のシュナザックという男だ。
「グーフィーです!失礼します!」
「おう!入れ!」
シュナザック副団長は執務机に座って書類仕事をしていたようだ。こげ茶色の髪を短く、刈ったシュナザック副団長は、がっしりとした体格でまだ三十代だけど風格がある。
副団長の脇には小柄で丸メガネをかけた補佐官が控えていて、仕事を手伝っていたようだ。
王宮騎士団は第八騎士団まであるけど、規模的には第七騎士団までが大きくて、残りの第八騎士団は小規模な部隊になってると聞いた。僕のいる第五騎士団も所属する人数が多いので、副団長にも補佐官がついている。ただ第八騎士団だけは規模が小さいから副団長には補佐官はいないらしい。
「ジムリ、悪いがこの書類を事務局に持っていってくれ。提出期限が過ぎてるから文句を言われるかもしれんが、そのへんは上手くとりなしといてくれ」
シュナザック副団長からジムリと呼ばれた補佐官は、提出期限が過ぎていると聞いて「またですか……」と少し呆れて言いながらも、大人しく渡された書類を手に執務室から出ていった。
「グーフィーか、忙しいところ呼び出してすまない」
「いえ、大丈夫です。明日の警備に変更があると聞きました」
「あー、それな……。まあ、そこに座ってくれ」
僕は副団長から室内のソファを勧められて、あれ?っと思った。仕事についての変更を伝えるだけならソファに座る必要なんてない。僕は新米の騎士だ。これまでも副団長から命令や指示を受けたことはあるけど、こんな風に座って話すなんてこと一度もなかった。
さっき、補佐官のジムリさんに仕事を頼んで執務室から出したのも、もしかしたら僕と二人きりで話すためにジムリさんを遠ざけたのかもしれない。
なにかおかしい……そう考えたら、なぜか背筋がゾクッとした。
僕の顔色が変わったことに気がついたんだろう。シュナザック副団長はフゥと息を吐き出した。なにかこれから気の進まないことをしなければいけないといった印象だよ。ルピスがさらわれたときにも感じた、嫌な感じがする。
「グーフィー、まあ、そんな怖い顔をするな。とりあえず座れ」
シュナザック副団長にそう言われて、僕は渋々ソファに座る。シュナザック副団長も僕に向かい合う形で座った。いったい、何の話なんだろう。
シュナザック副団長は座ってから暫くの間、膝に肘をついて前かがみになり、ちょうど顔の前に両手を合わせて作った三角形をアゴ先に当てて不穏なリズムをとることに、しばらく費やした。
何の話か知らないけど、どう考えてもいい話じゃなさそうだ。
シュナザック副団長は平民出身とはいえ、実家は大きな商会だ。正直、田舎の騎士爵家出身の僕なんかより、よっぽど貴族らしい。どんな社交の場面だって上手に切り抜けられるはずなんだ。それなのに今、僕にどう話していいか判断がつかなくて口ごもっている。
「ふぅ……」
ようやく腹を決めたのか、小さく息を吐き出すとシュナザック副団長は話し始めた。
「グーフィー、まずお前に言っておきたい。今から話すことは平民出身の私には扱いかねる事柄だ。本来ならウチの騎士団長が対応すべきなんだが、今はお前も知っての通り、団長は国境付近に遠征しているからな」
僕のいる第五騎士団の団長は、王位継承争いからは距離をとっている中立派の某侯爵家の次男だ。僕が第五騎士団に配属されたとき、騎士団長の前に他の新米騎士たちと一緒に一列に並ばされたんだけど、緊張してて騎士団長の顔を見ることすらできなかった。
だからウチの騎士団長とは直接話したこともない。なので、まだ仕事で接点のあるシュナザック副団長が対応してくれたほうがよっぽど安心感があるよ。シュナザック副団長は誠実で温和な人柄なので、もし騙されることになっても「すまん、お前を騙している」とか言ってくれそうな気がするからね。
「お前に手紙が一通と、指令書が一通来ている。指令書の方は事前に目を通させてもらったが、団長が帰ってくるのを待っている余裕はなさそうな内容なんだ」
シュナザック副団長はそういうと、申し訳無さそうに眉を下げながら、僕達の間にあるローテーブルの上に、手紙と指令書をそっと置いた。
「読んでも宜しいでしょうか?」
シュナザック副団長がうなずくのを確認してから手紙を手に取る。封筒の表には僕の名前、裏側には父上の名前が認めてある。内容は父上らしく簡潔に書かれていた。
――ルピスが再度、さらわれた。
――ルピスは暮らしていた第一王子派の貴族の家から消えたが、第一王子派の別のグループの犯行のようだ。
――その第一王子派の高位貴族より、ルピスの命が惜しければ第一王子派として行動せよと伝令があった。
――お前のところに第一王子殿下より指令が下るはずなので、それに従って欲しい。
――ルピスの安否や居場所は、まだ分かっていない。
手紙は最悪の状況を伝えるものだった。読んでいくうちに手紙を持つ僕の手がガクガクと震えてくる。
「グフィー、お前、大丈夫か?」
副団長の言葉に答えないまま、僕は指令書を掴む。
――第三騎士団への配属を命じる。
指令書には短く、そう書かれていた。
第三騎士団――所属する騎士のほとんどが高位貴族の子弟の団だ。第一、第二騎士団が家柄だけでなく、実力も加味して選ばれているのに対して、第三は高位貴族の箔付けのための場所だって言われてる。
第一、第二騎士団に実力不足で入れず、他の騎士団では使い物にならない貴族たちが放り込まれてるらしい。だから第三騎士団では他の騎士団と違って、何よりも家柄が重視されてるんだ。
実際、第三騎士団に平民は配置されていない。ほんの少し、下位貴族出身者が配置されているけど、それは実質的に仕事をこなすための要員だといわれている。
ようは大した仕事もしないのに、偉そうにしているプライドの高いクソ野郎の塊である第三騎士団に行って、クソ野郎の代わりに仕事しろってことだな。
僕に第三騎士団で仕事をさせるために、妹のラピスまで誘拐したのか。やることがゴミだ。
僕が黙り込んでいると。副団長が話し始めた。
「第三期師団への転属命令だが、第一王子殿下の名のもとに発令されているので、こちらで止めることができないんだ。ウチの団長が戻ってきても、どうすることもできないだろう……すまない」
僕はもう我が家を襲った不幸は、通り過ぎたものだとばかり考えていた。ルピスも家に帰ってこれないとはいえ、居る場所も分かっているし、父上が定期的に面会もしている。ルピスを開放するための話し合いも進んでいると聞いていたしね。
最善の状態ではない。でも最悪の状態になることを考えれば十分だと思っていた。それは僕の勘違いだった……。
僕が難関の王宮騎士団に入ったことを知った第一王子殿下が自分の手足として使おうと、また手を伸ばしてきたんだ。結局、今度も僕のせいでルピスがさらわれてしまった。
王宮騎士団に入ればルピスを救い出す情報が得られるかもしれないと期待して、難しい入団試験に挑んでみたけど、どうやら僕は間違った道を来てしまったみたいだ。
「考えが、甘かった……」
「ん?なんだって?」
「いえ、なんでもありません」
シュナザック副団長は平民出身だから、どこの派閥にも属していない。だけど、平民だからこそ権力には逆らえない。僕みたいに家族を盾に取られたら、情報も漏らさずにいられないだろう。
敵か味方か分からない副団長に、僕の事情を話すわけには行かない。たとえ、味方になってくれる人であっても、僕達家族の運命に彼を巻き込むことはできない。
なので、僕の返事はシンプルだった。
「明日より、第三騎士団へとまいります。これまでお世話になりました」
「……分かった」
いつもなら、心配事があるのなら何でも言え、相談にのるぞと言ってくれる副団長がなにも言わなかったのは、自分の手に負えない案件だと理解しているからだろうね。
僕は一人になりたくて、挨拶もそこそこに足早に部屋を出た。




