41. イケナイコトが進行中?
父上は言う。ガーディッド騎士団長の不倫の噂は、辺境伯家に利益をもたらしていると……。僕はガーディッド騎士団長の実家の辺境伯家が、イケナイコトをするためのイケナイ派遣業でもし始めてるのかと考えていたら、父上にすぐに否定されちゃったよ。プラス、ディスられました……。
「グーフィー、お前は真面目で正直ないい奴だが、この時代に生まれたにしては純真が過ぎるな。もっと簡単に言うと馬鹿ってことだ。ガーディッド辺境伯家は、南の国境を守護する要の家だぞ。そんな安い派遣商売をするはずがないだろう。傭兵派遣なら分からなくもないが……」
父上にハッキリ馬鹿だと言われた……。
「お前はもっと広い視野で物を見なくてはいけない。エンビアス侯爵家とガーディッド辺境伯家の組み合わせだぞ。恋の噂を剥ぎ取って見てみれば、危険な組み合わせだとは思わないか?」
恋の噂を剥ぎ取ってみる?うーん、まずエンビアス侯爵家は寒い土地でも小麦や野菜が育つような改良に成功した家だよね。自分の広大な領地と周辺の貴族家の領地を農地にして、農作物を輸出するまでになってる。
我が国の胃袋はエンビアス侯爵家に掴まれていると言っても過言ではないよね!ちょっと言葉の使い方が違うかもだけど、そういうことだよ。
ガーディッド辺境伯家は南の国境を守っている武門の家だよね。嫡男のトウラス・ガーディッド卿は未来の辺境伯で、現在は応急騎士団の第二騎士団の団長だ。
ということは……僕達の胃袋を掴んでいる家と、外敵から守ってくれている家が、実は裏では仲良くしてるかもしれないってことだから……スパダリの誕生!?
「なんでそうなるんだ……」
父上が僕を憐れむような顔で、ヤレヤレと首を横に振っている。その後ろに静かに控えている爺やも父上と同じ動きをしているのが僕の心をえぐってくるよ。
「まあ途中までの考察は良しとしよう。食料と金のあるエンビアス侯爵家と、この国でも一二を争う武闘派の家が繋がっているんだぞ。物騒この上ない」
そう言われてみるとそうだよね。食料とお金と武術に優れた人たちが集まれば起こるのは……別の意味でイケナイコト?
「この国の王位継承権争いは、徐々に激しさを増していっていると言われている。力のある貴族たちにまで被害が及ぶこともよくある話だ。将来的に利益になればいいが、ならないと思ったら皆どんな動きをみせるだろうな?」
――え?なんか今、父上がすごく重要なことを言った気がするんだけど。まさか……内乱?
「おっと、もうおしゃべりはこのへんで終わらせよう。私はもう行かなくてはならない。グーフィー、お前は私が出立したあと、すぐに王都へ向けて出発するんだ。王都には小さいがウチのタウンハウスがある。そこで私からの連絡を待つように」
父上は話を途中でやめたけれど、この国に内乱の可能性があるってことをほのめかしたんだよね。エンビアス侯爵夫人は華やかな恋の噂を振りまいているけれど、父上の見立てだとそれはカムフラージュだ。
勢いのあるエンビアス侯爵家が、他の力のある貴族家と手を結んでいるのを隠すためのお芝居なんだ。
そういえば、父上はこんな風に言っていたのを思い出したよ。
「エンビアス侯爵夫人に恋人などいない」
今なら父上が何を言いたかったのか分かるよ。エンビアス侯爵夫人の恋人とされている人たちは本当は恋人じゃない。エンビアス侯爵やエンビアス侯爵夫人と志を同じくする仲間なんじゃないかって、今の僕は考えてる。
エンビアス侯爵夫人も夫である侯爵に従って、言われるがままに行動しているとはちょっと思えないんだよね。今日、父上と一緒に行動してみて思ったんだ。父上は聡明だって。
聡明な父上を目の当たりにすると、自分の馬鹿さ加減が嫌でも際立って惨めな気持ちにもなったけど、でもそんな父上が実際に第一王子殿下からの使いできたあの男と直接対面するまでは、エンビアス侯爵夫人の恋の噂に疑いを感じていなかったみたいだった。
だからエンビアス侯爵夫人は、それだけ噂という情報の管理をキチンしてたんだと思う。王家にバレているかどうか分からないけど、王都でそんな噂が出たら情報収集を怠らない父上の耳にも届いているはずだしね。
今までのエンビアス侯爵夫人のイメージは、何も考えないで衝動的な行動をして夫を困らせる女の人だったけど、今では頭の良い理性的な女性のイメージに変わってしまったよ。
でもさ、そんなに頭のいい女性だとしてら、なんでエンビアス侯爵夫人は侯爵家の紋章のついた馬車をあの男に貸したんだろう?なんの意味があったの?あの男との隠したい関係を外にバラすような行為だと思うんだけどな。
父上は執務室を出て玄関まで歩きながら、一緒に歩いている爺やに何かを指示している。僕もその二人の後を追うように歩いていたんだけど、父上がさっと振り返ると顔をグッと僕に近づけてきた。
「侯爵夫人が、なぜ侯爵家の紋章がついた馬車を貸し出したのか、不思議に思っているな?」
「えっ、いや、えっと……」
急に質問されて、しかも頭の中を読まれたように的確に言い当てられて、ちゃんと答えられなかった。
「グーフィー、お前は本当に良い息子なのだが、考えが顔に出すぎるな。このまま、お前がずっと心の中に疑問を飼っていると、おかしなことに巻き込まれたりしかねないかと私が心配になる。だから教えてやろう」
ごくり。家紋付きの馬車を貸し出した理由が分かるの?
「私にエンビアス侯爵夫人の気持ちなど分かるはずがない。だから単なる推測になる。隠しておきたい男との関わりをワザと表に晒すようなこの動き。私にはあの男の頭の上に目立つ旗を立てたように見えるね」
目立つ旗?目立っちゃいけない関係なのに?なぜそんなことをしたんだろう。……そういえば、似たような話をまったく違う場所で聞いたことがあるよ。
領地の森を管理をしている領民と歩いたときのことなんだけど、猟師が仕掛けた罠に他の領民がかからないように、人間にははっきりと分かる印をつけておくとか言ってたんだ。
木に書かれた印だったり、布切れを枝に結わえたり、猟師や地域によってやり方が違うと言っていたよ。
「もしかして……猟師が仕掛けた罠を知らせる印みたいな?」
思わず口から出た僕の言葉に、父上は嬉しそうに笑ったんだ。
「いいぞ。私と同じ結論に一人でたどり着けたようだな。私はその可能性に気がついたから、時間をかけて交渉をするのではなく、ルピスの安全を最優先させることにしたんだ」
ルピスの安全!?ルピスは今、危険な状態にいるの?そんなことを聞いたら、また怒りで僕の眼の前が真っ赤に染まり始めちゃったよ。どっかの血管がキレてるのかもしれない。
「落ち着きなさい。ルピスは私達を従わせるための大事な人質だ。第一王子殿下も無碍に扱ったりはしない。ただ使者として来たあの男が王都に戻れる可能性は低い。存在を知らせるマーク付きの馬車を貸し与えた以上、今回の旅の途中で亡き者にする予定なのだろう」
亡き者……あの男、きっと自然な事故かなにかに遭うんだろうな……。でもそれなら、ルピスと一緒にいろとかなぜ言ったのさ!?父上、答え次第では……。
「殺気を抑えなさい。見た目に反して、なぜこうも血の気が多いのかな。あの男が消える可能性が高いからこそ、ルピスの所在を確認しておく必要がある。あの男が消えたからといって、第一王子殿下が我が家に新しい使者を送り込むとは、お前も思わないだろう?」
ふぅ。落ち着け、僕。父上の言う通りだ。あの男が任務の途中で消えたとしても、もう既に人質としてルピスは手に入れたんだ。あとは僕達に手紙でも出して、それで脅して言うことを聞かせるだけでいいんだ。
あれ?……ということは、さっきまで父上があの男に対して演じていたのは、男をルピスの元にやるためだった?
わざと男の置かれている状況を説明してやって、怖がらせるようなことを言って、ルピスと一緒にいたほうが安全だと思わせたよね。
男が嫉妬に駆られたエンビアス侯爵から襲撃されるかもしれないと思わせたんだ。
今回、男が王都への帰り道で、エンビアス侯爵から襲撃されるかどうかは分からないけど、第一王子殿下からの命令を遂行するために動いてるのは確かだからね。
優秀なエンビアス侯爵なら、そのあたりもきっちり調べているだろうし、現在は第二王子派に所属していて第一王子殿下とは敵対する関係だけど、さすがに第一王子の配下の者を不用意に攻撃したりはしないと思うよ。
だって、そんなことしたら色々やっているイケナイコトが表に出ちゃうし、下手したら王家と全面戦争になりかねないものね。
だから男が先に移動しているらしいルピスの後を追いかけていって、同行したほうが安全だと思うのには理にかなっている。
父上、あなたはそんな先まで考えて行動してたんだね。
「さて、私はもう本当に行かなくてはいけない。グーフィー、ルピスのことが心配だろうが、今は下手に動かないで欲しいんだ。分かってくれるね?」
うなずく僕の頭をかるく撫でた父上は、そのまま行ってしまった。
ルピス、どうか無事で……。




