40. 真実の愛が隠す真実
華やかな恋の噂が絶えないというエンビアス侯爵夫人。
ルピスの誘拐の件で第一王子からの使者としてある男がきた。話の流れで僕はてっきり、その男がエンビアス侯爵夫人と《真実の愛》を育もうとしているのかと思っていたら……父上が言うにはどうやら違うみたいなんだよね。
「エンビアス侯爵夫人に恋人などいない」
父上はそう言い切った。
エンビアス侯爵夫人は誰とも親密な関係を築いていないっていうのが父上の考えらしい。王都から遠く離れたこんな田舎で、なんでそこまで分かるのか不思議だよね。
その父上といえば、先行させた兄上たちの後を追ってルピス捜索に加わるつもりなのか、自分の執務室で先ほどから手早く身支度を整えている。
「なぜ私にエンビアス侯爵夫人のことが分かるのか、納得できていないようだな」
父上は自分で結んだネクタイを、爺やに軽く整えてもらっているところだ。
「エンビアス侯爵夫人が普通なら真っ先にやることを、まったくやっていないことは話したよな?」
父上がなんか言ってたね。侯爵夫人は、あの男との接触は隠したいはずなのに、そういった行動をとっていないって。
「侯爵夫人はどういう心境であれ、あの男との関係を隠したいはずなのだ。本当に愛する相手なら、相手を守るために関係を隠す。そうなると貸し与える馬車はエンビアス侯爵家の家紋が入っていないものになるはずなのだ。だがそうしなかった。家紋の入った馬車を貸し与えている」
エンビアス侯爵夫人とあの男では、悪いけど身分差や立場の違いがありすぎるからね。
飛ぶ鳥を落とすような勢いのあるエンビアス侯爵の妻という立場と、第二王子派の伯爵家からスパイとして第一王子のところに送り込まれた自称男爵。
これじゃあ、あの男がエンビアス侯爵夫人に近づくのは、とても危険な気がするんだけど気のせい?あのおじさん、よくよく考えるとガッツあるよ。
でも侯爵夫人はエンビアス侯爵家の家紋が入った馬車を貸したわけだから、もし恋愛関係にあったとしても男を守るつもりはさらさらなかったってことになるよね。
じゃあ恋愛関係になかったとしたらどうなんだろう?
「侯爵夫人があの男を愛していなかったとしたら、自分に近づいてくる男の実家に苦情か警告を入れるだろう。場合によっては、形式上は雇い主になっている第一王子殿下にも苦情を入れるかもしれないな。それをしていれば、すぐさま、あの男の職場は王宮からどこか地方へと移動させられていたんじゃないだろうか」
もういい年のおじさんが実家に逆らえないのも、貴族だからしょうがないんだよね。本家の繁栄のために皆、動いているわけだから。もし、あの男のせいで家が潰れたりしたら、大勢が露頭に迷うからね。
もちろん、優秀な人は例え嫡男でなくても自活の道を探すけどさ、あのおっさんじゃ無理でしょ。会ってすぐに父上に上手く丸め込まれてたしね。
最終的にはどこかに幽閉されて、下手したら命を奪われて終わり……ってことになってたかもしれないね。
でもエンビアス侯爵夫人の方から、実家にも職場にも苦情を入れていないとすれば、夫であるエンビアス侯爵にも伝えていないかもしれないよね?
「いや、夫であるエンビアス侯爵には伝えているだろう。それでなければ、あの男に侯爵家の家紋のついた馬車を貸し出すわけがない。当然、侯爵には連絡済みだ」
んー、なんかおかしな事ばかりだ。単に馬車を貸しただけのように見えるけど、父上に解説してもらうと何か背後に大きな問題が隠れているように感じちゃうよ。なにかあるの?
「ようやくお前も何かおかしいと思い始めたか……」
うん。なにかおかしい気がするんだけど、はっきりと指摘はできないんだ。父上にはもう分かってるんだろうね?一緒にあの男と会ったのに、僕だけなにも気がつかなかったなんてショックだけどさ……。
「おかしさの源は、侯爵夫人がチグハグな行動をとっているせいだと思う。恋多き女にふさわしい行動を取りながら、その一方でふさわしくない行動もとっているんだ。だから私は侯爵夫人から、社交界に流れる華やかな恋の噂を取り除いてみたんだ。残ったものは……恋の噂以外では注目を浴びたくないという侯爵夫人の意思のようにみえるね」
今は侯爵夫人の恋人に注目が集まっているものね。なにか隠したいことでもあるのかな。隠すとしたらなんだろう。
侯爵夫人は大勢の恋人がいるらしい。それ以外にも恋人になりたい男達がいて、王都の邸にも訪ねてくるし、外に出かけてお芝居を鑑賞したり、食事に出かけたりもしているみたい。
そこに隠すことなんてあるんだろうか?あの男との噂だって、誰も気にしないと思うんだけど違うのかな。
「今、侯爵夫人の恋人と言われている貴族達は、皆、高位貴族で権力を持っている方々ばかりだ。私も全てを知っているわけではないが、流れてくる噂からするとそうなる。だからこそ、単なる恋の噂がさらに華やかになっているんだ。さて、その貴族達が全員、恋人でなかったとしたらどうだ?」
「……まさか!?そんなことってあるの?」
もしそうだとしたら、全然、印象が違ってくるんだけど?
黙り込んで考え始めた僕を、父上はちょっとおもしろそうに見ながらも、手は素早く動いていて、執務机の引き出しから色々と取り出して爺やが準備した鞄に入れている。
「第一王子殿下の内々の使者として来たあの男と話していて思ったんだ。こんな頭の悪いロクでもない男など、サッサと捨てればいいのにとね。でもそれができないでいる。私はそれを、男に変に騒がれたら不味いからだろうと考えたんだ」
侯爵夫人は、あの男をポイ捨てしても全然問題にされないような立場なのにね。
「なぜ騒がれたら不味いのか。騒がれて注目を浴びると、そこに人の目が集まる。それを避けたいんだろうと思ったのだ。侯爵夫人が振りまきたいのは華やかな恋の噂のみだとね。それ以外のことには注目して欲しくないのだろう」
もしそうだとしたら、俄然興味が湧いてくるよね?侯爵夫人が注目されたくない事とはなのだろう……。
「もし、あの男と恋愛状態だというのなら、侯爵夫人はあまり男を見る目がないなと思ってしまってね。あの男は家柄も現在の地位も高くない。こういってはなんだが見た目もいまひとつだ。そんなことを考えているうちに気がついたんだ。公爵夫人の恋の相手は優秀な奴らばかりだってね」
僕は噂を直接聞いたことがないけど、単なる恋の噂じゃなくて華やかな恋の噂だからね。きっと華やかという言葉にふさわしい方々が、お相手として出てくるんだろうな。
「例えば侯爵夫人の恋人の一人と言われているのが、南の国境の地を守るガーディッド辺境伯家の嫡男、トウラス・ガーディッドだ。彼は王立学院を首席で卒業後、王宮騎士団に入団し、現在は若くして第二騎士団の団長になっている」
ふはあ!若くして騎士団長とかカッコいい!しかも第二騎士団だなんて、騎士団の中でも花形だよ。第一と第二騎士団は実力がないと入れなくて有名なとこなんだよね。みんなの憧れってヤツ。
「トウラス・ガーディッドはエンビアス侯爵夫人と頻繁に会っていて、恋人だと言われてはいるが実は既に結婚していて既婚者だ。その上、将来的には南の国境の地に帰り、辺境伯家を継ぐことが決まっている。将来の南の辺境伯なんだ」
ええ?ガーディッド騎士団長は既婚者なのにエンビアス侯爵夫人と会っているの?それって不倫ってこと?
いやまあ貴族だからね。みんなイケナイコトをしてるみたいだけどさ。でも表舞台に立ってる公職者は、変な噂に足元をすくわれたくないから隠れてやるんだよね。
ガーディッド騎士団長、ちょっと堂々とやり過ぎじゃない?
「お前もそう思うか。あまりにも堂々とやり過ぎだと私も思うのだ。それに、これだけ噂になっているのにガーディッド辺境伯家の動きがないのもおかしい。更にいうとガーディッド騎士団長の妻の実家もなにもしていない。おかしいとは思わないか?」
それはおかしいよ。隠れてやってるならまだしも、こんだけ噂になってるのに何もしないなんてありえない。そういうイケナイコトをしすぎて嫡男の座から引きずり降ろされたり、幽閉されたり、家から放逐されたりって話は僕ですら聞いたことがあるからね。
みんな家を守るために、そのへんはシビアなんだよ。
「そうだなんだよ。貴族なら家を守るために全てを犠牲にするはずなんだ。なぜなら、そこが権力と資金の源泉だからだ。それを揺るがすような事態になっているのに、ガーディッド辺境伯家も妻の実家も放置をしている。だから私はこう結論を下したんだ。ガーディッド騎士団長の不倫の噂は、辺境伯家に利益をもたらしているのだとね」
不倫が利益になってる?辺境伯家が高位貴族のイケナイ派遣業でもし始めたってこと?




