35. 僕の世界が崩壊した日
「お前の妹ルピスは第一王子派の、とある貴族の家でに監禁されて侍女として働かされている」
なんで団長がルピスのことを知っている!?
年の離れた僕の妹ルピス。もうずいぶん長い間、会ってないんだ。最後に会ったのはいつだったっけ?――ああ、そうだ、僕が王立学院に入学する前の話だった。
最後にルピスに会った日、僕は王立学院の入学試験に受かって浮かれてた。
貴族の子供たちが通う王立学院には、一応、入学試験があるんだけど、それを受けなきゃいけないのは下級貴族だけ。上級貴族は試験なしで入学できるんだ。
だから僕みたいな下級貴族は、試験を受けないといけなくて、でも受けたからといって全員受かるわけじゃないんだよね。成績のいい奴しか受からないんだ。
僕の家は爵位も騎士爵と低いし、三男坊の僕は自分で食べていく道を見つけないといけなかった。だから、なんとしても王立学院に合格したかったんだ。
自分になにができるか分からないけど王都へ出て、学校で勉強して、友達を作って、そんなことをしているうちに、きっと僕にピッタリの職業が見つかるはずだと思ってた。
今思えば子供っぽい考えだけどさ、別に間違っちゃいないよね。王都にでて、僕は確かに団長、アーネストさん、ロボストの三人に出会えた。これって僕には奇跡みたいに思える。
とにかく絶対合格したくて、僕は必死になって勉強したよ。元々、地元の学校では成績が良かったし、両親が無理をして雇ってくれた家庭教師の先生も合格間違いなしだと言ってくれるくらいにはガッチリ勉強した。
それだけ勉強すれば結果は当然、合格!やったね!
合格を知らせる手紙が王立学院から届いたんだけど、自分の手紙を持つ手が震えてたのを今でもよく覚えてる。それだけ当時の僕は必死だったんだ。
合格通知を受け取って浮かれはしゃぐ僕を見て、まだ幼いルピスはなにも分かってないくせに、僕と一緒にキャッキャしてた。両手を上に挙げたまま、その場でくるくる回ってダンスだと言い張ったりして、とにかくすっごく楽しそうにしてたよ。
そんな浮かれた気分のままに、ルピスに強請られて近所の菓子店に二人で行ったんだ。田舎だからさ、店ってほどのもんでもなくて、料理上手な古着屋の女将さんが店の端っこに焼き菓子を並べて売ってるんだよ。
二人でどの菓子にするか、あーだこーだとうるさく騒ぎながら選んでたから「仲いいのね」って女将さんに笑われたよ。
僕の合格祝いだとルピスが欲しがるお菓子を全部選んで、にこにこ顔の女将さんにお金を払ってから隣を見たら、その時にはもうルピスはいなかった……。
「あれ?ルピス?おーい!早く出てこないとクッキー全部食べちゃうぞ?」
そんな風に脅してみても、ルピスは出てこなかった。
「さっきまでそこにいたのにね。かくれんぼでも始めたのかしら?」
古着屋の女将さんにそう言われて、女将さんと二人で吊るしてある古着をかき分けてルピスを探した。でも、いなかった……。
家に黙って帰ったのかもしれないと女将さんに言われて、家に急いで戻ったけど、やっぱりルピスはいなかった。そのときには僕は、これはルピスがふざけて隠れているんじゃない、なにか大変なことが起きてるって理解していた。
だから、すぐさま父上と母上に報告して、領地の皆にルピスのことを知らせて大勢で探したけど見つからない。
真っ青になって口元を手で覆っている母上の肩を父上は優しく抱き寄せて、しばらく休んでおいでと侍女を呼んで母上を部屋まで送らせた。
同じ部屋に集まっていた僕の兄たちや姉も、父上に言われてそれぞれの部屋へと戻っていった。
そして、部屋に残ったのは父上と僕の二人だけになったんだ。
「――グーフィー、もう分かっているな?これはきっと裏に何かある。恐らくルピスは拐われた」
やっぱり父上もそこにたどり着いたか。ここは田舎だけど、父上の領地経営が上手くいっていて、住民がどんどん増えていっているんだ。個人経営の店舗も増えてきていて、買い物客も多い。
その上、領民はみんな、領主の娘であるルピスの顔を知っているからね。ルピスが一人で道を歩いていたら、誰かがその姿を目にしているはずなんだ。
「古着屋の女将が実行犯かな?」
「さあな。それは分からん。だかきっと違うだろう。手口が鮮やか過ぎる。ちょうど都合よく古着屋に居合わせた客の可能性もある」
「ぐっ……カハッ!僕がもっと注意していればっ!」
良くないことばかり頭の中に浮かんで不快のあまり、僕はその場でしゃがみ込んで吐いてしまった。ぜいぜいと肩で息をする僕を父上はやさしく立ち上がらせ、口元をハンカチで拭ってくれた。
「グーフィー、しっかりしなさい。お前が悪いんじゃない。例え、その場に私がいても無力だっただろう」
父上が慰めるように背中を擦ってくれる。その温かい手のぬくもりを感じたとたん、涙があふれるように出てきて止まらなくなった。父上は僕のせいじゃないと言うけど、やっぱり僕のせいだよ。こんなときに泣きたくないのにね……。
「父上……僕はどうすれば……」
「きっと相手側から連絡があるはずだ。それを待とう。それまで、お前も休んでなさい。お前には頼むことが出てくるはずだから」
僕は父上の見立てを信じていなかった。ルピスを拐っていった奴が連絡してくるなんて、ありえないと思っていたんだ。
ウチは父上の領地経営が上手くいき始めたところだとはいえ、結果が出るのはまだ何年も先のことだからね。まだまだ弱小貴族に過ぎないウチに、身代金として渡せるような多額の現金なんてものはないし。
だから、ウチに誰かが奪いたくなるような物なんて、あるはずがないと思ってた。でもあったんだよ……ある人たちに取ってみれば欲しいと思える物がね。
それは、僕だった。
その見知らぬ男がウチを訪れたのは、ルピスがいなくなった3日後のことだった。僕は3日間で憔悴しきっていたけど、父上はしっかりと睡眠もとっていたみたいで、万全の体制でその訪問を迎えたんだ。
男はここから遠方の僻地に領地をもつ男爵だと名乗った。とある高貴な御方からの依頼で訪れたと言って、手短に要件を伝えてきたんだ。
ルピスは安全な場所にいること。そして僕達に第一王子派に所属して動くようにと命令を下してきたんだ。そうしないとルピスの身の安全は保証できないって。
そう、それは要望とか希望ではなく、命令だった。
「第一王子殿下に、その身を捧げよ」
ルピスのことが心配過ぎて、反射的に床に跪いて臣下の礼をとろうとした僕を、父上は素早く押し留めた。
「娘が帰って来る保証はあるのですか?」
「フン、そんなことワシは知らん。なにも考えず忠誠を誓えばよいだけではないか。なにを抵抗することがある。娘の命が惜しいのであれば、黙って従うことだ」
男はナチュラルな上から目線で僕達親子を見下してきた。この自然に身についた横柄な態度、とても僻地の男爵のものとも思えない。社会経験のない僕ですら気がつくことは、当然、父上も気がつくよね。
「そうはおっしゃいましても、あなた様が本当に第一王子殿下から御使者様なのかどうかも分かりません。少しお時間をいただけませんか?王宮へ手紙を書いて、あなた様の身元を確認させてください。王宮に務められているのでしょう?」
父上の話に、男はかなり焦った様子を見せた。
「何を言っておる。最初に話しただろう。私はここから遠方にある僻地で男爵位を賜っている。王宮などに問い合わせても無駄だ!」
男の言葉に父上は一歩も引かなかったよ。
「そうでしたね。これは失礼しました。そのように王都のアクセントで流暢に話されているのを聞くと、ついつい疑ってしまったのですよ。王都生まれの方ではないかと」
「ぐっ……余計なことを考えるな。貴殿の御子息のグーフィーとやらが王立学院に非常によい成績で合格したと聞いた。なんでも歴代1位とまではいかぬが、それに劣らぬ成績だったようだな。そのような優秀な人材を第一王子殿下は求めていらっしゃる。名誉なことではないか」
そう聞いた途端、僕の頭から血の気がサッと引いていくのを感じ取った。
僕のせいなの?僕がいい成績で王立学院に合格したから、それでルピスが拐われたっていうの?




