33. 未来を視なくても分かる事
「二人とも行っちゃいましたね……」
「そうだな……」
隣に立つ団長を見上げると、まるで眩しいなにかを見るように目を細めている。視線の先にはアーネストさんたちが入っていった検問所がある。
目を細めるようにして何か見ているとき、だいたい団長は未来を視てるんだ。
「アーネストさんたち、未来でちゃんと無事でした?」
「――ああ。やはり俺から離れて正解だったようだ。前よりはっきりと未来が視える。あの二人はこれで安全だろう」
それを聞いて僕はほっとしたよ。団長が突然、二手に分かれるって言ったんで、きっと直前に視た未来に悪い変化が起こってたんだろうなと思ってた。
急に未来が変わった原因は……きっと、アーネストさんとロボスト副団長、いやもうロボストと呼べって言われたんだったね、アーネストさんとロボストが団長に忠誠を誓ったからじゃないかと思ってる。
団長の照れた挙動不審さを見ても、まさかあの時点でアーネストさんたちが、いきなり膝をついて臣下の礼をとるとは団長も思っていなかったんだと思うよ。
アーネストさんたちが団長に忠誠を誓うことになってしまったのは、団長の行動から自分たちが疑われていると感じたからで、実際、団長はアーネストさんたちのことを信じていない。
ていうか、団長は誰のことも信じてないんだよ。前にこんな事言ってたしね。
「誰かに騙されるんじゃないか、裏切られるんじゃないかと心配する必要なんてない。どんな奴でも裏切るのが人の常だ。お前の知り合い、いや知らない奴も全員が裏切ってくるから、気にしないでゆったり構えてろ」
だから団長が人を信用しないのはデフォなんだけど、そんな団長の行動がなぜかアーネストさんたちの忠誠を引き付けてしまったっていうのもおかしな話だけどね。
アーネストさんたちの行動が今度は団長の動きを縛ることになってしまったけど、おそらく団長はアーネストさんたちの安全を第一に考えて行動してるんだと思う。二人から離れたのも、そのほうが二人のためになると考えたからだと思うよ。
さて、アーネストさんたちの安全は確保できた。残る問題は僕だよね。これがけっこうやっかいなんだ。とりあえず団長の今後をしっかりと見届けないとね。
「団長、これからどうするの?――歩いて3日のとこにある検問所になんて、どーせ行く気ないんでしょ?」
僕の予想だよ。団長がアーネストさんたちと分かれたのは、もちろん違う検問所を使いたいからじゃないと思ってる。正直、隣国に行くつもりでいるのかも怪しいよ。
アーネストさんたちがいたときは、色々と気を使って言えなかったこともあるけど、もう団長と二人きりになったからね。とりつくろう必要もないよ。だから僕は単刀直入に聞いてみたんだ。
「――とりあえず、ここを離れるぞ。アーネストたちが心配して、どこかから見ていると不味いからな」
「だね。じゃあ、あっちへ行こうよ」
僕はこれから団長と行くはずの、三日ほど歩いた先にあるという検問所の方角へと歩き始めた。団長は何も言わずについてくる。
しばらく僕達は無言で歩いた。でも気詰まりな感じはない。アーネストさんとロボストを無事に隣国へと送り込めたんだ。団長も僕も口にはしないけど、ほっとしていたと思う。
たぶん検問所にいる兵士や、検問所を利用する人たちが歩くからなのだろう。綺麗に踏み固められた道ができている。馬車が二台は余裕で通れるくらいの幅だね。
でも今は誰もいない。そんな道を僕達は歩いて行く。しばらく歩くと開けた場所にでて、気がつくと綺麗な青空が眼の前に広がっていたんだ。
「うわあー、団長、見て!綺麗な青空!」
「おお!こりゃ凄いな。空なんてしばらく見てなかったわ」
僕と団長はここしばらく、空を見上げる余裕すらなかったことを思い知らされた。暴力的に青空が暴く真実ってやつだね。
僕たちは、しばらく青空を楽しみながら歩いた。
王都にいた頃、天気のいい日は仕事にかこつけて団長にアーネストさん、それにロボストも誘って田舎の方に馬の遠乗りに行ったことが何度かあったなあ。あのときは、ほんと楽しかった!
団長はいつもどおりに一人でふざけてて、アーネストさんは眼鏡を外して馬に乗るから知らない人みたいに見えて、ロボストは喋らないけど顔は珍しく微笑んでいたよ。
もう、あんなときは来ないんだね……。
団長が僕の死ぬ未来を視ることから始まった今回の嵐は、今、終わりを告げようとしている。
どのくらい歩いただろうか。遠くに山が見える。あの山に向かって歩いていくと、我が国側の辺境の地へとつながるんだ。
「――このへんでいいだろ」
団長はそう言って足を止めた。僕も団長の横に並んで立ち止まる。そして、二人で綺麗過ぎる青空を見ながら話し始めたんだ。団長に話しかける僕の声が非現実なほどに明るくてびっくりする。僕ってこんなに明るい声色してたっけ……。
「――ところで団長、裏切り者は誰か分かったの?」
団長が肩をすくめる仕草をしているのが、隣にいても分かるよ。ちょっと右肩のほうを上がり気味にすくめるんだよね。団長の癖だ。
団長からの返事はない。でも僕はどうしても確認しておきたかった。団長が裏切り者の件をどう見ていたのか、それが知りたい。僕の今後の活動にも必要な情報だ。だからもう1回聞いてみる。
「ねえ、誰が……裏切ってたの?」
「……」
団長はやっぱり黙ったまま答えようとしない。団長は人のことを信じないけど、でもやっぱり優しいよね。僕には話しにくいことなんだろう。
「――グーフィー、お前とはここで別れる。お前は俺が次の検問所の行く気はないんだろうと言ったが、それはお前も同じだろう?」
団長の言葉に声が詰まる。気が付かれないよう、息を大きくゆっくりと吸って吐く。頭の中で急いで考えをまとめないといけない。こんなに真っ直ぐな言葉を向けてくるとは思ってもいなかったから。
団長がどこまで知っているのか、何を知っているのか分からないよ。だから答えられることは少ない。慎重にいかないと僕だけの問題じゃないんだ。
なのに団長は先手を打ってきた。僕が口を開く前に、団長が話し始めちゃったんだ。
「お前は隣国に行く気はないんだろ?いや違うな、お前が俺についてこれるのはここまでなんだ。そうだろ?」
団長に隠していた、割と核心部分を突かれて、僕の肩がぐっとこわばる。
「なんで……そう思うの……僕の未来を視た?」
「いいや、視てない」
団長はこんな時でもサラッと嘘を言う。僕がプリシラ様に刺される未来を団長が視たから、その運命から逃げるためにここまで逃げてきたんだよ。当然、団長は僕の運命がどう変わったかを細かくチェックしているはずだ。
団長は視たんだよね?僕が団長にお別れを言って離れていく未来を。だから、僕の未来は視てないって言うんだ。
「未来を視てなくったって分かるさ。王宮でいたとき、お前は人好きする性格と見た目で知り合いが大勢いたよな。俺みたいな人付き合いの苦手な男には、考えられないような数の知り合いだ。だがな、ちょっと偏りすぎてるんだよ。その知り合いって奴がな」
知り合いが偏り過ぎてる……どういうこと?
「例えばだ、聖女が覚醒したあの夜。お前は王宮で働く知り合いの女官のところへ話を聞きに行ったよな。第一王子が礼拝堂から出てきたと証言していた、あの噂好きな女官のことだよ」
知り合いの女官?もう、なんだか遠い昔の話のような気がして、すっかり忘れていた。確かにそういう人がいたね。おしゃべり好きで、王宮内の噂をよく知ってる人。
「女官の仕事で第一王子を見たことがあるから、礼拝堂から出てきたのが第一王子だと分かった。そう、女官は言ったとお前は言っていたな?お前は知っているのか?あの女官は第一王子派の実働部隊の取りまとめ役だぞ」
はあ!?嫁ぎ先を探すんだって張り切ってたあの人が実働部隊の取りまとめ役!?
そんな馬鹿な!!




