32. 別々の未来へ
「……二手に分かれて入国するのですね。では時間を空けて入国しますか?組分けはどうします?」
アーネストさんの質問に団長は雑に爆弾を落とした。どんなに雑に落としても、全員に絶大な被害が及ぶ特別な爆弾をね。
「組分けは俺とグーフィー、アーネストとロボストにする。俺達はこことは違う検問所から入国する」
二手に別れるだけじゃなくて、今後、別行動を取るつもりなの?
ちょっと待って!さっき、アーネストさんとロボスト副団長から忠誠を誓われて、団長はそれに応えたよね?そんな二人をもう置いてちゃうの?
僕は驚いて思わず団長を見上げてしまった。顔にも出てたと思う。
そんな僕を見てアーネストさんとロボストさんは、二手に別れることや、違う検問所から人国することを僕自身も知らなかったことを察したらしい。
そのことから、これは団長の未来を視る力が関わっている案件で、割と緊急で重要なことなんだというのを僕を含めて3人共が瞬時に理解した。
団長は勝手なことばかりしているように見えるけど、そういうわけでもなくて、普通はちゃんと前もって相談してくれる。
特に今みたいに四人で集団行動をとっていて、偽造身分証(本物)を使って隣国へ入国するなんていう重要なミッションのときは、事前に綿密に計画しているわけだから、その計画のとおりに動くのが普通だよね。そうじゃなきゃ、一緒に集団行動している人の命に関わることもあるし。
団長は駆け出しの騎士の頃から辺境の地で見習い騎士として学んできた。だから僕から見ても、その辺の騎士や兵士としての基本行動はキチッと団長の体に染み込んでいて、見ていて不安がないレベルなんだ。
そんな団長が今回は、身分証を用意していた件もチームを二手に分けることも僕達に話してくれていない。こんな重要なことを作戦遂行の前に話さないなんて、団長らしくないんだよね。
身分証のことだっておかしいよ。アーネストさんに事前に身分証の準備を命じておいたのに、土壇場で自分が過去に作っておいた偽造身分証(本物)を持ち出してきた。
団長は他にも王領で発行された軍事研究家エイリアス・フォルス名義の偽造身分証についても黙っている。団長はフォルス卿名義の偽造身分証を作った時に、僕達の分もちゃんと作ってくれている。
それは僕がこの目で見て確認しているから確かなんだけど、その王領発行の身分証を出していない。アーネストさんたちにも渡していないんだ。
これは僕の印象なんだけど、恐らく、未来がくるくる変わって行ってるんだと思うんだ。団長が誰かの未来を視て行動した結果、未来が変わっているのか、それとも他の人たちの動きで変わっているのかは分からないけどね。
――事態は極めて流動的である。
そういうことなんだよ、きっと。だから団長は細かく関係者の未来を視ながら、どう動くか決めていくと自然とクルックル動きが変わっちゃてるんだと思う。
僕と同じような結論に至ったのか、アーネストさんたち二人がチラッとこちらを見る。これは団長が説明していない状況を把握したという意味かな。
アーネストさんは何も気がつかなかったかのように話し始めた。
「違う検問所からですか。そうなりますと、ここからかなり歩くことになりますが……。少なくとも2日間はかかると思います。でしたら、そちらには私とロボストが向かいますよ。団長はグーフィーと先に、ここの検問所から入国してください」
団長を見るアーネストさんとロボスト副団長の顔が青ざめて見える。もうね、未来が視えないはずの僕達にも、はっきりと未来が視えちゃったんだよ。
アーネストさんたちとは、ここでお別れなんだ……。
たぶん永遠の別れなんてもんじゃないと思うけど、しばらくは会えないことになるんだろう。
団長はこれから何かをする気でいて、それにはアーネストさんたちが邪魔になるのか、危険過ぎるのか分からないけど、どっちにしろ団長には二人を連れて行く気はない。
どれだけ言葉を尽くして連れて行くように説得しても、団長はウンとは言わないだろう。
予想通り、アーネストさんの申し出に、団長は軽く首を横に振って断った。
「いや、ここの検問所はアーネストとロボストが利用しろ。俺とグーフィーが別の検問所に向かう」
自分たちが団長と一緒にいられるのは、ここまでなのだと完全に理解したアーネストさんたちは黙り込む。もちろん、そんなことには団長だって気がついている。でも、気がついていないふりをやめない。
「――おいおい、まるで捨てられた子犬みたいな顔をするなよ。違うんだって。おれの話を聞いてくれ。ここの検問所は辺境から一番近い場所だろ?それだけにウチの国の人間だって多くいるのさ。だからな、悪いがお前らは俺の囮になってくれ」
「囮?」
「私達が注意を引き付けるわけですね」
「そうそう、ロボスト、分かってるじゃねーか。男四人で歩いてたら目立つんだよ。俺らの顔を知っている奴もいるだろうし。だから、アーネスト、ロボスト、お前たちは二人で隣国へ入国した後、しばらく――そうだな、二週間ほどぶらぶらしてから王都へ行け。王都で落ち合おう」
僕達は隣国に入った後、すぐに隣国の王都へと行く手筈になっていた。そこでしばらく情報収取と準備をしたあと、そこから更に別の国へと行く計画だったんだ。そのぐらい物理的に王国から離れないと危険だというのが団長が下した判断だった。
元々、そういう計画だったから団長の言っていることにおかしなところはない。ないんだけど、もうアーネストさんもロボスト副団長も、そして僕も分かってる。
「王都で落ち合おう」
これは嘘だ。
アーネストさんたちが言われたとおりに隣国の王都へ行っても、団長とは会えない。団長は二人のところには戻らない。でも団長は絶対そのことを認めないよ。
団長には未来が視えてる。僕達が一緒にいると、良くないことが起こるんだろう。だいたい、王都から辺境に逃げてきたのだって、きっかけは僕が殺される未来を団長が視たからだった。
僕が殺される未来は上手く躱したと思ってたけど、そうじゃなかったのかもしれない。
強制力……人の運命には強制力が働いているって団長が言ってた。
僕の運命の強制力はまだ続いていて、アーネストさんたちの命まで危うくしているのかもしれないね。でもそれは未来の視えない僕達には分からないことだ。
アーネストさんとロボスト副団長は、しばらく互いの顔を見合わせたあと、まるで合わせたように小さなため息をついた。もう今更、団長に何を言っても無駄だと達観したんだろうね。
「分かりました。団長のおっしゃるとおりにします。色々とお話をお伺いしたいところですが、きっと団長が視た未来に関係があるんでしょうね。私達が知りすぎると未来が変わってしまうかもしれないので何も聞きません」
そういうとアーネストさんは再度、団長の用意した身分証を確認すると、手早く身だしなみを整えた。ロボスト副団長もそれに習う。
「団長、私とロボストはもう行きます。事前に決めたとおりの動きをしますから、そちらで見つけてくださいね。それから――くれぐれも無茶はしないように……」
団長に注意を促すアーネストさんの目は真剣だ。ロボスト副団長も真っ直ぐに団長を見つめている。僕の鼻がツンとして、涙が流れそうになる。
泣きそうになるのは、僕がアーネストさんたちに会えなくなるからじゃない。もちろん、それも悲しいけど、あれだけ団長を慕っている人たちが、団長に会えなくなる未来に僕の心が圧迫されているからだ。
もう、この四人で会うことは当分ないんだ。もしかして一生ないかもしれない。
「ああ、分かってるさ。俺が慎重過ぎるくらい慎重なのはお前たちも知ってるだろ?じゃあお前たちも無茶すんなよ。2週間後に王都で会おう!」
アーネストさんたちは団長に軽く頭を下げ、僕に後のことを頼むと小声で言ってくる。
「アーネストさん、気を付けて!ロボスト副団長、お酒を飲み過ぎちゃ駄目ですよ!」
「ええ。グーフィーも団長のこと、お願いしますね」
「グーフィー、私はもう副団長じゃない。ロボストと呼べ。団長を……頼んだ」
簡単な挨拶だけすると、二人はまっすぐ検問所に入っていった。振り返らず前を向いたまま、こちらに手を軽くふっている姿が揺らめいて見える。
これが僕が見たアーネストさんたちの最後の姿になった。




