30. この王子は犯罪者です
「ほら、団長、なにそっぽ向いてるの?ちゃんと返事しないとアーネストさんたちに失礼でしょ?」
団長の前で礼儀正しく跪いて臣下の礼をとるアーネストさんとロボスト副団長。なのに団長ときたら照れてるのか頭がフリーズしてるのか黙ったまま、そっぽを向いている。
子供かッ!?
もう25か6だったはずだよ?大人になろうよ、団長!
でも団長の気持ちも分からないわけじゃない。今までずっと一緒に仕事をしてきて、苦楽を共にしてきたっていうの?そんな二人がいきなり貴族をやめて、平民になってまで自分に忠誠を誓うっていうんだから、ちょっと感動しましたどこじゃ済まないよね。
僕は空気を読んで何も言わず、そっと団長の背中を押した。物理的に。
「――コホン。アーネスト、我フォーキャスの名において、お前の忠誠を受け取る。これからも宜しく頼む」
「ハッ!有難き幸せ」
アーネストさんは下げていた頭をより深く下げて、お礼の言葉をいう。
「ロボスト、剣を貸せ……」
団長はロボスト副団長が捧げ持っていた剣を受け取り、両手で柄を握ると高く掲げた。そして、その掲げた剣の刃でロボスト副団長の左肩を軽く2回叩いた。
この一連の動きは、騎士からの《忠誠の誓い》を受け取るときの古式ゆかしい作法なんだよ。
「騎士ロボスト、我フォーキャスの名において、そなたの剣と忠誠を受け取る。心して励め」
「ハッ!このロボスト、天と地に誓って忠信に励みます」
天と地に誓うっていうのも、この国で騎士が忠誠を誓うときによく使われる台詞。アーネストさんたちの忠誠を、ちゃんと団長は受け取った。
はあ、よかった。団長がなにか失敗するんじゃないかと思って、ひやひやしたよ。
「さあ、もういいだろう。お前ら、サッサと立てよ。時間がないんだから」
まだ片膝をついたまま感動の余韻に浸っているらしき二人を、団長は強引に腕を引っ張り、立たせるという暴挙に出た。神聖な雰囲気をぶち壊してくれるよね。
ほんと、やることが子供。パッと見はイケメンなのに残念が過ぎる。
まあ、本物の王子様なのに、跪いて汚れた二人の足を順繰りに、手で払ってあげてるとこは好感もてるけどさ。団長らしい。
アーネストさんたちも、ちょっと気恥ずかしげに手の甲で目の辺りを拭きながら、団長にされるがままになってるのが微笑ましいよ。
こういうときは補佐官である僕の出番だね!いや、もう補佐官でもないんだけどさ。
「えっと、けっこう時間立っちゃったけど、これからどうするの?」
僕の当たり前な質問に、ハッとした三人は顔を見合わせた。さあさあ、てきぱき行こう!
「団長、やはり私の用意した身分証は燃やしますか?」
アーネストさんが片手に持った身分証の束に、もう一方の片手を当てるような仕草をした。魔法で燃やしちゃいますか?って意味だろうね。もうアーネストさんは疑われていないから、どう火をつけたって構わないもんね。
「――いや、アーネストが用意した物は、そのまま残しておこう。売り払えば、それなりに金になるはずだし、敵を撹乱させることにもなるだろう」
辺境騎士団の騎士団長が自分で用意したものなのか、それとも別の誰かの思惑で回ってきたものなのか分からないけど、売り払った身分証を赤の他人が利用して動き回れば、確かに相手側のダメージになる気がする。
少なくとも、時間を稼ぐことにはなるんじゃないかな。その分、団長たちの安全が確保されるから、いいと思う。
「身分証は、俺が用意したこっちのを使ってくれ」
団長は胸元にしまっていた身分証の束をアーネストさんに手渡した。アーネストさんは手渡された身分証のページをめくって中を確認している。ロボスト副団長も隣に来て身分証を見てたんだけど、すぐに驚きの声を上げたよ。
「団長、これは一体……?」
アーネストさんも驚いているみたい。
「これはまた……精巧な偽造身分証ですね。私には本物にしか見えませんが……」
そういうと、団長はイタズラがバレたみたいに、ペロリと舌を出した。
「本物だからな」
「え?本物?」
「待って下さい!本物の身分証って、どういう意味ですか?」
「いや、だから本物なんだって」
「「「はああああ!?」」」
どーいうこと!?僕もアーネストさんたちが偵察から帰って来る前に、王領で作った団長の偽造身分証は見せてもらったけどさ。軍事研究家エイリアス・フォルス名義のヤツ。
でもあれは偽造身分証だって言ってたよね?アレとはまた別の身分証なの?
顔を近づけて身分証をじっくり見ていたロボスト副団長は、唸り声を漏らしている。
「――名前がロボストになっている。偽名じゃない……」
「あっ、本当ですね。こちらの身分証はアーネストになってます。もうひとつはグーフィーと書いてありますよ」
「ええ?僕の名前も?」
アーネストさんは目を大きく見開いた驚きの表情のまま、僕に一冊の身分証を手渡してきた。確かにそこには僕の名前が書いてあった。グーフィーって。
これって、さっき団長が見せてくれたエイリアス・フォルスの身分証とは別のヤツだ。紙質や文字のフォント、書式が違うもん!
「偽名を考えるのも面倒だろ?俺もいちいち新しい名前で、お前たちを呼ばなきゃいけなくなるし」
いや、偽名が面倒って……。確かに今まで使ってた名前を使えたら楽だろうけどさ。追手にバレやすくなって危険じゃないのかな。僕と同じことをアーネストさんも思ったみたい。
「団長、名前が同じでは身分証を新しくしても、追跡されやすくなるのではないですか?」
なんだかアーネストさんの声がふるえて聞こえる。
「ん?大丈夫だろ。だってそれ、この国の身分証じゃないからな。お前ら、よく見てみろよ」
そう言われて改めて見てみると、確かにこの国のものじゃなかった。西の隣国の名と国印が押してある!
西の隣国はね、魔法と技術を融合させる手法がすごく発展してるとこなんだ。このあたりの国じゃ1番かな。飛び抜けてるんだよ。
正直、我が国より断然先を行ってる国で、他国に攻め込んだりはしないから安心だけど、このままだと自然と飲み込まれちゃうかもねって僕が思っちゃうくらい勢いがあるんだ。
だから身分証の発行も厳格で、国境の管理もしっかりしてる。つまり、身分証の偽造がとても難しい国ってこと。
しかもこれ、よく見たら魔法が付与されてる。偽造防止の処理がされてるヤツ?さすが魔法と技術の融合で最先端と言われる国だけあるよ。
でも、どうやって団長はこんなもの手に入れられたの!?問題はそこだよ!
「だ、団長!こんなもの手に入れて、またなんか危ない橋を渡ったんじゃないの?もしかして他国に泥沼を作ってきたとか!?」
激しく問いただす僕の声が、変に裏返っちゃってる。他の国に揉め事の種なんか蒔いてきてないよね?
アーネストさんとロボスト副団長の目も真剣だ。今後の災いの種になりかねないからね。僕達の真剣な様子に団長もちょっと慌てたみたい。両手を前に僕達をなだめるように、まあまあとやっている。
「なんだよ、お前ら急に……。別にそんなに悪いことはしてないぞ。去年だったか西の隣国から使節団が来て、帰りは俺ら、第八騎士団が護衛をしただろ?」
あー、はいはい。覚えてます。西の隣国まで団長が指揮官になって送り届けたんだよね。
ほら、団長は一応は王子様だから、そういう使節団を送り届けるのは団長の役目みたいになってた。相手国だって王子様が自ら護衛してくれるとなったら安心するし、大事にされてる感あって気分いいものね?
「確かに、そのような任務がありましたね。あのときはウチが使節団を送り届け、そのまま団長が西の隣国の国王陛下にご挨拶をされたりして数日滞在しました。ロボストとグーフィーが随行しておりました」
団長は使節団を送り届けるまでがお仕事……ではなくて、送り届けた後、今度は団長が親善大使もどきに変身することが多いんだ。
王子様なんて、あんまり出歩かないでしょ?だから珍しいっていうのもあると思うんだけど、行った先でその国の王族と会ったり、歓迎パーティーなんかに出席することが多いんだよね。
立っている者は王子でも使え。送り狼ならぬ送り親善大使を、団長はときたまやってるわけ。
「そうそう、それそれ。そこでちょっと時間があったから、ササッと身分証をお前らの分を含めて作ってきた」
「「「はぃ!?」」」
ちょっと待って!時間があったからササッと作れるようなもんじゃないでしょ?それに、いくら親善のために行ったとはいえ、そんなことを西の隣国が許すとも思えな……ああああああ!
「団長、まさか勝手に作ってきたんじゃないよね!?」
「えっ?勝手に作ってきたけど?」
もう僕の声が裏返りまくってるけど、そんなことはどうでもいいよ。勝手に作ったとしたら、それって犯罪じゃん!!




