29. 圧力かかってます
「ちょ、ちょっと待ってよ!貴族を止めてきたって、どうゆうこと!?なぜそんなことを!?」
団長に疑われるのが嫌だから所属する貴族家から籍を抜き、貴族をやめて平民になってきたというアーネストさんとロボスト副団長。
そんな二人に、僕は叫ばずにはいられなかったんだ。
「私もロボストも、フォーキャス殿下に心からの忠誠を誓っています。ですが、それとは別に、私達はそれぞれの貴族家に所属する貴族なのですよ」
……アーネストさんの言いたいことは分かる。
貴族だから、時には従いたくない命令にも従わざるを得ない。そういうことだよね?
僕だって騎士爵家の三男だからね。ほぼ平民みたいなもんだとはいえ、貴族の端くれとして自分の家からの命令には逆らえない。
それは単なる服従とかじゃなくて、僕の言動に家族の今後がかかるときだってあるからね。例えば僕のとこみたいな下っ端の貴族家から指示がでるときもある。
でも、そんなときは家の命運や家族の命がかかってるようなときしかありえないけどね。だって、ほら、うちは貧乏な騎士爵家で平民みたいなもんだからさ。
アーネストさんは元侯爵家の令息だし、今じゃ養子に入った先の伯爵家の次期当主だ。ロボスト副団長だって、家の爵位は男爵で低いけど騎士団の副団長まで務めてる。
僕みたいな貴族の下っ端とは、立場の強さが違う。それになんたって上司は第三王子だよ。なんちゃって王子様だけどさ。
普通に考えたら、他の有力貴族から脅迫めいた命令や脅迫なんて、簡単に跳ね除けられるはずなんだよ。
そんなアーネストさんとロボスト副団長が、従わざるを得ない相手、もしくは従っているんじゃないかと団長が疑いの目で見てしまう相手。
それって、もう一握りしかいないよね……。
まさか、王宮の住人……!?
「アーネストさん、それってまさか王……」
言いかけた僕をアーネストさんは首を振って制した。
「グーフィー、そこまでです。余計なことを知るとあなたにも被害が及びますからね。それに実は私たちにもはっきりとは分かっていないのです」
それからアーネストさんとロボスト副団長は、事情を全部話してくれた。
外部からの圧力がかかり始めたのは、王都から辺境へと逃げてきた直後かららしい。二人に直接的に圧力がかかることもあれば、実家や友人が使われることもあったんだって。
「恐らく、複数の相手から圧力がかかってるのでしょうね。少しづつ、言ってくることが違うのですよ」
アーネストさんの言葉に、ロボスト副団長もうなずく。
「私は三箇所ほどから圧力がかかりましたよ。一人は昔の上司から呼び出されて辺境騎士団に帰ってこないかというものでしたよ。二人目は私の幼馴染の男からです。その男は商人として成功しているのですが、出入りしている某貴族家が、その家の私設の騎士団の騎士団長に私を招きたいと言っているので考えて欲しいと言われました」
普通に考えて、それってロボスト副団長を団長から引き離したいって思惑からきた行動に思えるよね。団長を孤立させたい奴らがいるってことなのかな。
「三人目は私の実家、男爵家の当主、つまり私の実の父からです。団長の発言や行動を逐一報告するようにと、父が世話になっている子爵家の家令が直接来訪して指示を伝えていったそうです」
子爵家からの指示?子爵がウチの団長になんで興味を持つんだろう。
「これは父が言っていたことですが、ただの伝令役が来るのではなく、子爵家を取り仕切っている家令が訪ねてきた事自体が事の重要性を表しているとのことでした」
確かに貴族家の家令が伝令役をするなんて、あんまり聞かないよ。
家令は貴族家の領地経営や内政を一手に引き受けるのが仕事で、使用人の中でも最も位が高い役職だね。貴族家当主の相棒って感じで、家令自体が位の高い貴族家出身なのが普通なんだよ。
「父の受けた印象では、この指示はいくつかの貴族家を経由して出されたものではないかと言っていました。指示を出した大元は、もっと上の、少なくとも力のある上級貴族だろうと……」
ふーん。そうなるとロボスト副団長のお父さんは、この指示を断れないよね。
そしてロボスト副団長も、もう独立して生活しているとはいえ、まだ籍は実家に残してあるから父親からの依頼を断ることはできないね。いや、仕事で功績を挙げて自分で爵位を勝ち取っていたとしても断るのは難しいよ。
だって、断ったらお父さんたちが、なにか嫌がらせをされるのは目に見えてる。ロボスト副団長は兄弟が多いらしいから、そっちに嫌がらせされるのは避けたいよね。
「私の場合は二箇所から圧力がきました。ロボストと同じように、私が養子にはいった先の伯爵家に高位貴族からと、そして辺境伯閣下から直接、自分の仕事の補佐をする秘書官にならないかと引き抜きがかかりました」
「辺境伯!」
うは!大事な話だから口を出さないようにしてたのに、辺境伯の名前が出て思わず叫んじゃったよ。
アーネストさんもロボスト副団長も、まだ未来で辺境伯と辺境騎士団が反乱を起こして独立国家を立ち上げることを知らない……はず。二人とも優秀だから、今回の圧力がかかったことで何か感じ取っててもおかしくないけどね。
辺境伯ももう既に挙兵して独立することを考えているはずだから、今後のことを考えて優秀な人材が欲しいと思ってアーネストさんに声をかけたのかもしれないね。でも違うと思うなあ。1番の狙いは団長から引き剥がすことだと思う。
それはそうと、アーネストさんに元実家の侯爵家から、なんか圧力はかからなかったのかな。そう聞いてみたら、やけにスッキリとした笑顔をみせてくれたよ。
「私もてっきり侯爵家から圧力がかかると思ってたのですが……不思議なことになにもなかったのですよ」
そうと聞いた僕が反射的に団長の方を見たのは、アーネストさん、ロボスト副団長とほぼ同時だったよ。力のある貴族の筆頭みたいなアーネストさんの元実家をそこまで黙らせるなんて、いったい何をしたのよ!?
団長は僕たちの視線を慌てることなく余裕で受け止め、ちょっと肩をすくめてみせた。
「まあ、あれだ。俺も伊達にここまで生き延びてきてないってことだな」
なにをしたのか言うつもりはないってことか。まあ聞かないほうが僕の精神安定上よさげだね。僕まで泥沼に落ちて泥まみれになりかねないし。
「とにかく、私とロボストは団長が抱いている疑いを晴らしたいと願ったのです。団長は私達、側近の未来を勝手に視ることはしないと常日頃おっしゃっておられますが、それでも意図せずに視てしまうこともあるでしょう。そうした際に、未来の一場面だけ視れば、私たちが団長を裏切っているように思えるかもしれません」
ロボスト副団長も大きくうなずき、口を開いた。
「今はまだ、この程度で済んでいますが、この先、私もアーネストも、この程度で済むとも思えません。ですので父とも良く話し合った上で実家から籍を抜くということにしたのです」
「私もロボストと同じく、義父と義母を交えて話し合いを持ち、了承を得ました。せっかく縁があって家族になれたのに残念ではありますが、籍を抜いてきました。団長には養子縁組に骨を折っていただいたのに、勝手なことをしてすみません」
そうか、ちゃんとご家族とも話し合った上でのことだったんだね。でもそのほうがいいかもね。家から籍が抜けてると圧力をかけても、既に当家の一員ではないって突っぱねられるし。
そう全てが上手くいくはずもないけど、このままでいるよりも、ご家族に及ぶ被害は少なくて済むかもしれないよ。
アーネストさんたちの話を聞いて照れ隠しなのかなんなのか、団長は何も言わずにぷいっと顔を横にそらして黙り込んだ。まさか団長も二人がそこまでするとは思っていなかったのかもしれない。
だって、貴族から平民になったんだよ?もう第八騎士団も解散したし、仕事も地位もなくなった。帰る場所さえないんだ。
子供じゃないんだから、黙ってないで何か言えばいいと思うのに、団長はだんまりを決め込んだままだ。
そんな団長を見て、まるでタイミングを合わせたようにアーネストさんとロボスト副団長は一歩前に出た。そして、その場に片膝をつき片手を胸に当てたんだ。
正式な臣下の礼。
自分が忠誠を誓う相手にとる儀礼的な礼のことで、自分より爵位が上の人、大抵は国王陛下にとる礼なんだよ。それをここで二人が団長にしたってことは……。
「フォーキャス第三王子殿下。私は文官ですので、あなたに剣を捧げることはできませんが、心からの忠誠を誓います」
アーネストさんの口上が終わると、ロボスト副団長は腰に帯びた剣を抜き、持ち手の柄の部分を団長に向けて差し出した。
「右に同じく、フォーキャス第三王子殿下、どうか私の忠誠をお受け取りください」
二人が真剣に言ってるのに、団長ときたら更にぷいっと顔をそらしちゃったよ。もう、大事なとこでなに照れてるの?




