22. 辺境への逃走
「さあ、コーヒーが入りましたよ!」
「団長、こっちのパンのほうが肉多めです」
「おう、ロボストありがとな。アーネスト、コーヒーのカップは新しくしなくていいぞ。洗うのも手間だろ」
現在、僕達は辺境の地で野営中。といっても、王宮の敷地内にあった騎士団本部にいた頃と、あまり変わってないんだけどね。
アーネストさんは相変わらず器用に魔法を駆使して、美味しいコーヒーを入れてくれている。ロボスト副団長は肉を多めにパンに盛っては団長に手渡している。
「国境まであと少しです。ここが最後の休憩ポイントとなりますから、グーフィーもしっかり休んでおいてくださいね」
アーネストさんが、僕に熱々のコーヒーを手渡してくれながら気遣ってくれる。辺境の街を出立してから、もう十日ほど野営しているからね。みんな疲れていると思うよ。
みんなと言っても、第八騎士団の騎士たちが全員ここにいるわけじゃないんだ。ここにいるのは僕達4人だけ。
つまり、団長ことフォーキャス第三王子殿下、ロボスト副団長、アーネスト事務官、そして団長補佐官の僕、グーフィーの四人だけってことになる。
隣国との国境近くで、四人だけで何をしてるのかって?
隣国に亡命……いや侵入かな。正面切って入るけど、実のところ非合法な手段で入る予定でいるんだ。
なんでこんな事になったのかと言うと……。
まずは、あの日だよね。
この国に聖女様が生まれたあの日。正確にはアマンダ・スピナー侯爵令嬢が聖女として覚醒した日。
あの日は色々あったよね。
団長は僕が令嬢に刺されて死ぬ未来を視た。そして皆んなに協力してもらって調べた結果、その令嬢はプリシラ・スピナー令嬢であることが判明したんだ。
僕が青ざめる中、団長はこう言った。
「俺は事態をさらに泥沼化させ、敵も味方も分からないくらい泥まみれにしてやるさ」
団長は未来を変えて、僕を救おうとしてくれたんだと思う。そして本当に状況を混乱させて、泥沼状態にしてしまったんだ。
団長のせいで、状況は変わった。多くの人にとって悪い方にだけど。
そして、その泥沼から僕達も完全には逃げ切ることはできなかった。僕の死神様に出会ってしまったよ。
プリシラ様……高度な《魅了》を持つ僕の死神。視線を合わせ、体に触れることで相手を支配下に置いてしまうらしい危険な能力の持ち主。
そんな危険な死神令嬢に、任務中に偶然にも出会ってしまった僕。未来を変更不可にするための《強制力》が働いたのかもしれないね。
体が痺れて動けなくなって、息も絶え絶えになった僕を救ってくれたのは団長だった。助かった僕達は速攻で準備をして、翌日には第八騎士団、総員で辺境の地へと出発したよ。
表向きは辺境騎士団から来た援軍要請を受けたってことになってるけど、もちろん違う。聖女覚醒から始まる第二王子の婚約破棄なんかの一連の騒動が、命に関わるほどヤバい案件だって団長が判断したからなんだ。
とにかく急いで逃げてきたけど、辺境の人たちは温かく迎えてくれた。もちろん、団長や副団長のロボストが辺境の地で暮らしていたというのもあるだろうけどね。
辺境騎士団の騎士団長は、準備しておいた援軍要請をウチの団長が本当に使うことになるとは思ってなかったらしいよ。ひどく心配してくれた。でも、人手が足りない状況が慢性化してたみたいで、戦力が充実するって普通に喜んでもいたね。
辺境の地についてから、僕たちはすぐさま情報収集を始めたんだ。とにかく王都はヤバそうな状況だったからね。
王都を飛び出して、約三ヶ月ほどの時間が経っていたから、王都が、特に王宮がどうなっているのか知りたかったしね。
それで王宮が、どうなってたかって言うとね……。
まずこれは、僕にとって個人的に一番重要なことなんだけどね――まだ誰も刺されてなかったよ!
ウンウン、これはいいことだ。
団長が視た未来の話によると、例の死神令嬢プリシラ様は別の男を刺してたらしいからね。
状況から言って、第二王子殿下が刺されるのかなと思ってたけど、そのへんは団長が視た未来でも黒い霧がかかっていて分からなかったらしい。
でも僕より五歳ほど年上で、第八騎士団に所属していない男なんだって。どうも団長の口ぶりだと、第二王子殿下じゃないみたいなんだよね。
だから誰が刺されるのか、他人事ながら気になっていたんだ。できれば誰も刺されないほうがいいもんね。
とりあえず、王宮は表面上は静からしいよ。それで、皆んな聖女をどうやって自陣営に取り込むかで血眼になってるらしい。
そんな中、アマンダ様、いやもう聖女様と呼んだほうがいいかな。聖女様は、やっぱりスピナー侯爵家で冷遇されていたらしく、権力を握った今、侯爵家と揉めているらしい。
聖女様が新しい力と地位、そして教会の後ろ盾を駆使して、スピナー侯爵家を没落させようとしているらしいんだけど、それを阻止しているのがプリシラ様なんだって。
僕もプリシラ様の《魅了》がもたらす恐怖を実体験してるんで、聖女様がどれほどの力をお持ちか知らないけれど、なかなか手強い相手だと思うよ。
そんな強力な力を持つプリシラ様に、第二王子殿下が婚約破棄を突きつけることができたのは、前に団長が言っていたとおり王家に伝わる能力のおかげらしいんだ。
プリシラ様の攻撃を受けた後、王宮の玄関口で団長に聞いてみたときは、王家に伝わる極秘情報だからって詳しく話してくれなかったんだけど、辺境に来てからは知ってることを教えてくれたんだ。
それによると、第二王子殿下は《異常耐性》を持っているから、プリシラ様の《魅了》が効かないんだって。
「王族はだいたい《異常耐性》を持って生まれるものらしいぞ。もし持ってなくても、日常的に色々なコトを仕掛けられるからな。自然に生えてくるんだそうだ」
能力が芽生えることを『生える』って呼んでるらしい。ちなみに団長は生まれつきの《異常耐性》持ちだそうで、ちょっと得意げだった。
団長は苦労してきてるから、《異常耐性》を持って生まれてなくても勝手に生えてきそうだけどね。
そんな感じで現状、王宮では聖女がもたらす《治癒》の恩恵にあやかりたい聖女派、教会の影響力を上げたい教会派、王室の有利に事を運ぼうとする王室派、王室の一員だけど自分のことしか考えていない第一王子派と第二王子派なんかが微笑みながら影で殴り合っているところへ、プリシラ様が正面から殴りにかかってるらしい。
さすがプリシラ様、僕の死神様だ。あくまでストロングスタイルだわ。
プリシラ様の戦略は、自分の能力《魅了》を最大限利用して、王宮を掌握しようというものらしいんだよね。ちょっと考えることが凄すぎて理解できないよ。
大抵の王族や上級貴族は《異常耐性》を持っているらしいんだけど、そこには習熟度の違いがあるらしい。要は人によって《異常耐性》の出来の良さに違いがあるってことだね。
その点を突いているのがプリシラ様で、王族や上級貴族をまとめて攻撃しているらしい。
まとめて攻撃しているのは、どういうことかというと、パーティーとか晩餐会なんかの人が多く集まる会合に出席して、そこでワザとなにか仕出かして人目を集め、そこで一気に《魅了》を広範囲に開放するって戦い方らしい。
自分の《魅了》に抵抗できない《異常耐性》持ちを効率よく探し出す手法だね。コスパもタイパもいいよね。誰が考え出したんだろう、こんな手法。もしかして、あの手袋をした侍従だったり?
それでさ、プリシラ様の戦術に気がついた王家側が『プリシラ様が人が集まる場所へ参加するのを禁止する王命』を発令しようとしたんだけど、時すでに遅し。
《魅了》にかかってしまって、王家のやり方に反対する上級貴族が多くて、できなかったんだって。
そんなコメディのような成り行きで、王宮と王都では表立っては平穏が保たれてるらしい。まあ、誰も刺されてないなら僕から言うことは特にないよ。
みんなに幸あれ!特に僕に幸あれ!




