21. 紋章は『水仙に柄杓』
団長がいないとプリシラ様に抵抗出来ない可能性に気がついて、ガックリと落ち込む僕達。
それをなんだかんだと冗談を言いながら励ましてくれていた団長のところへ、第一王子殿下のところへ使いにやっていた侍従が戻ってきた。
なにやら予定が変わったようで、第一王子殿下から第八騎士団に依頼された護衛任務は正式になくなったみたい。これはチャンスとばかりに団長は景気よくパンパンと手を打ち鳴らして、護衛任務からの撤収を告げたんだ。
団長は人を励ましたりするの苦手だもんね。なにを言っていいか分からないからなんだって。
「さあ、撤収の準備をしろ!俺の言ったとおり、泥沼にしてやったら護衛任務なんて吹き飛んだだろ?ざまーみろだ!カカカ!あの女とグーフィーが接触したときは、《強制力》が働いたのかと冷や冷やしたがな」
もうすっかりプリシラ様のことを、『あの女』呼ばわりする団長。当面の危険も去ったようで調子付いてきたね。
馬車周りで待機していた他の第八騎士団の騎士たちには、ロボスト副団長が指示を飛ばして撤収作業を進めているよ。
そんな中、特にすることのない団長と僕。二人ですることもないのでエントランスの端っこに立ってるよ。でもさ、せっかくできた空き時間だもんね。この機会に団長に聞きたかったことを聞いてみようかな。
1番聞きたいのは僕の未来の話なんだけど、僕が死ぬ予定はちゃんとキャンセルされました?とか聞くのは怖いよ。だって「キャンセルされてないな、続行中だ!おつかれ」とか言われたら立ち直れないもん。
ということで、別のことを聞いてみる。
「団長、さっきプリシラ様やスピナー侯爵に直接会った時、あの人達の未来を……視たりした?」
「ハッ!もちろん視たぞ」
答えてもらえないと思っていたのに、あっさりと答えてくれた。やっぱり視てたのか……。
団長は人の未来を視ると色々面倒なことになるから視ないようにしているって言ってるけど、それは表向きの話。
未来が視えると知っている身内と言っていい僕やアーネストさん、ロボスト副団長の気持ちを考えてそう言ってるだけなんだと思う。
だってさ、やっぱり身近な人に自分の未来を気軽に視られたら気まずいもんね。
団長は自分の身に危険が迫っているときだけは、自動的に未来を視ちゃうんだ。その危険に陥っている自分の未来の姿や、自分の命が危うくなる事件なんかが視えるらしい。
なので僕達には、その自動で視える未来しか視ないことにしている、それ以外の時に自分の意思で誰かの未来を視ることはしてない、だってめんどうだろ?って言ってるんだけどさ……。
これって僕達、団長の側で働く側近三人の未来は勝手に視ませんよっていう、団長からの婉曲な宣言みたいなもんだと思うんだよね。だから安心しろよ、おまえらの未来を俺が勝手に視ることはないからって。
けど、僕はそれがある意味、嘘だと思ってるんだ。確かに僕達の未来は勝手に視てないけど、それ以外の人の未来はバンバン視まくってる。
僕は補佐官だから団長の側にいることが誰よりも多い。補佐官として側に控えている時、団長がよく光を見るときのように、眩しそうに目を細めているのを見ることがあるんだよね。
あの仕草のとき、団長は自分の意思で他人の未来を視てるんだと思う。だから、プリシラ様とスピナー侯爵に直接会った機会を、団長が逃すはずがないと思ったんだ。
「――どんな未来が視えたの?」
恐る恐る聞く僕に、団長は意地の悪そうな笑顔で答えてくれた。
「聞きたいか?安心しろよ、グーフィー。どうも、お前の未来は変わったみたいだぞ?」
「え!じゃあ、もう僕はプリシラ様に刺されないってこと?」
「ああ、あの女はもうお前を刺さない。その代わり――お前じゃない別な男を刺すみたいだぞ?」
「別な男!?――まさか第二王子殿下?」
これまでの流れから言って、僕以外に刺されるとしたら第二王子殿下の可能性大だよね?
なにしろ第二王子殿下ときたら、プリシラ様の了解も得ずに勝手に婚約破棄しちゃってるもんね。スピナー侯爵とプリシラ様が今、この王宮に出向いて来ているのも、第二王子殿下から了解なく婚約破棄されたことを知ったから来てるんだろうし。
となると、スピナー侯爵とプリシラ様が向かう先は第二王子殿下の住む離宮だ。突然の婚約破棄の理由を聞いていて、プリシラ様が逆上して第二王子殿下をブサっと刺すなんてことも十分考えられるよね。
――結局、僕が助かっても、第二王子殿下が刺されて血が流れることになるのか……。
僕が悲劇を予感して顔を青ざめさせているのに、団長ときたら実に楽しそうに笑うんだよね。
「アハハハ!一体、誰があのクソビッチに刺されるんだろうな?あの女が絡む未来は流動的で、俺にも分からん。俺が視た未来は黒い霧に包まれていた」
黒い霧……。団長がそんな未来を視たというのを初めて聞くよ。なんだか不穏な響きなんだけど大丈夫かな。黒い霧で隠れてたけど、やっぱり僕でした!なんてことにはならないよね?
「心配するな。刺された奴の顔は角度的に視えなかったんだが、お前より五歳は年上の男だったな。身長は同じくらいだったが、体つきがお前よりガッシリしていた。だから別人だ。安心していいぞ」
そうか、それなら安心していいかも。
「それにな、着ている服が第八騎士団の騎士服じゃなかった。黒い霧がかかってよく視えなかったんだが、ちょうど男の腕と胸の部分が視えたんだ」
ああ!団長の言いたいこと分かった。王宮騎士団にはそれぞれの団に違うデザインの制服があるんだけど、1番はっきり違いが分かるのが胸と腕の部分のデザインなんだよ。
普通は各騎士団に割り当てられた色を貴重とした記章に、王宮騎士団を表す紋章が刺繍されたものがあしらわれている。でも第八騎士団はちょっと違う。なんたって団長が第三王子だからね。記章の紋章は団長の紋章が刺繍されてるんだ。
ちなみに団長の紋章は『水仙に柄杓』っていうすごくガーデニングなものになっている。
この可愛らしい紋章は、団長が自分でシンボルなんかを選んで作った紋章なんだよ。
ほら、団長って元々は第十三王子だったじゃない?今は、上の王子殿下たちがどんどん失脚していったんで、第三王子に成り上がってるけどさ。
第十三王子なんていう末っ子の上に、誰からも重要視されてなかったせいで、団長は自分の紋章を持っていなかったんだ。普通は国王陛下が自らモチーフなんかを選んで専門家に作らせて、出来上がった紋章を王子殿下や王女殿下に与えるものらしいんだけどね。
それで団長が辺境から王都へ帰ってきて、王宮第八騎士団の団長に就任することが決まってから王子殿下が団長に就任するときは、特例として騎士服のデザインに王子の紋章が取り入れられるのが伝統ですとか言われて焦ったわけよ。
困ってた団長にガーデニングが趣味のロボスト副団長が、鈴蘭とか可愛いですよと勧めたんだけど、アーネストさんが鈴蘭には毒がありますから不穏当では?って話になって、じゃあ水仙なら花言葉も『うぬぼれ』だし、強そうじゃないから目をつけられなくていいかって選ばれたわけ。
水仙だけだとさみしいので柄杓もつけようとなって、他の王子殿下たちは『ドラゴンと剣』とか『盾と槍』みたいな勇ましい紋章ばかりのなか、『水仙に柄杓』の紋章のできあがり。
王子のくせに!って、かなり笑われたみたいだけど、なにより生き残ることを優先している団長的には良かったみたいだね。
だから何が言いたいかっていうと、胸と腕の部分を見れば、第八騎士団の騎士かどうかがすぐわかるってこと。だって『水仙に柄杓』の紋章がついてるんだからね。目立つんだよね。見間違うことなんてありえないよ。
「だから、安心しろ。お前の未来は変わったんだ」
団長に頭をポンポンされていると、本当に助かったんだって気がしてくるよ。ここの仕事が終わったら、次は辺境に旅立つ準備をしないとね。
プリシラ様に直接お会いして実感したんだ。この王宮にいたら命がいくらあっても足りないってね。特に団長にとっては本当に危険な場所だと思うよ。
逃げるが勝ちだな!




