20. 土台は恐怖でできています
「ふぅ~。なんだか知りませんが、私は最初から最後まで全身に鳥肌が立ちましたよ」
腕をさすりながら誰に聞かせるともなく、つぶやくアーネストさん。ロボスト副団長も首筋を片手で撫でながら、首や肩を回している。
僕も、まだ体は固まっていて上手く動かせないし、心臓が変にドキドキしてるよ。そのせいかな、いつもは口にしない恨み節のような言葉が自然と出てきてしまったんだ。
「団長!なぜ侯爵の方に話しかけたの?僕はもう少しで、あの令嬢に腕をとられるところだったんだからね!もしそうなったら命はなかった気がするよ!」
僕が怒ってるっていうのに、団長はちょっと馬鹿にするような表情を浮かべたよ。その上さ、大げさなしぐさで更に盛大に馬鹿にしてくれた。
「おいおいおい、第八騎士団の誇る補佐官グーフィー閣下が、そんな簡単なことも分からないなんてな。答えは簡単――あの女が怖いからに決まってるだろ!」
やっぱり団長も怖かったんだ……。まあ怖いよねぇ。なにが怖いって、得体が知れないっていうのが一番怖いよ。
あの令嬢のかもしだす変な空気感っていうのかな。笑っているのに笑っていない目。なんだか分からないうちに動かなくなる体。背中からズズズッと這い上がってくる冷気。
一体、なんなのあの人!?ホラー系!?
「私も理由は分かりませんが、話しかけられ、視線が合った途端に体が動かなくなりました。そして思ったんです……いえ、体で分からせられましたよ。この令嬢に逆らってはいけないと……」
「私も同じようなものです。ロボストやグーフィーに比べて離れた場所にいたというのに、震えがとまらないんです。こんなことは始めてですよ」
ブツブツとそれぞれに体験したことを報告し合っていると団長が来た。まるでお疲れ様というように皆の肩を軽くトントンと叩いて回る。
「まあ、あれだ。お前ら、よく踏ん張った。今回ばかりは褒めてやる」
「――団長、アレって一体なんだったんです?」
僕のダイレクトな質問に、団長はちょっと困ったように小首をかしげた。
「そうだな……俺達が経験したのは、おそらく最高に極めた《魅了》ってヤツだと思う」
「《魅了》!?まさかアレが!?プリシラ様に惹かれるというより、むしろ引きましたよ」
「アーネストが言うように惹かれるといった感覚はありませんでしたね。むしろ《支配》や《威圧》に似た感覚を覚えました。仕事柄、練度の低いヤツですが、この2つは実際に体感したことがあるもので……」
アーネストさんとロボスト副団長が言うように、僕にもアレが《魅了》だとはとても思えないよ。だって怖かったもの!《恐怖》とか《畏怖》だってあり得るくらいだったよ?
「まあ、お前達の言い分も分かるけどな……」
団長は大きなため息をついて、僕達を憐れむように見てくる。
「お前たちは《魅了》について誤解している。秘匿されているから知らなくてもしょうがないが、《魅了》っていうのはな、相手によって形を変えるもんなんだよ。だってそうだろ?好きなもの、心惹かれるものは人それぞれだ。だから――つまり、そういうことだ」
え?それって、どういうことなんです、団長?意味が分かりません。
「だからさ、あのクソ女はお前たちを自分の手先にしたかったわけよ。視線を合わせること、そして手で触れることが奴の《魅了》の発動条件なんだろう。あの女の動きを見ていれば推測がつく。侯爵のところの侍従なんか、分厚い皮の手袋をはめたまま、はずさなかっただろ?あの手袋、間違いなく二の腕の上まである長手袋だぞ」
確かに、プリシラ様はしきりとこちらに触れようとしていた。僕なんか彼女と目があったとたんに体が動かなくなってたからね。手で触れられてたら、どうなっていたことか……。
「でだ、プリシラ本人は自分の容姿と色香で、お前たちを骨抜きにできると踏んでいたようだ。だが、そうはならなかったようだな」
僕達を容姿と色香で骨抜き?いや、むしろ、今まで感じたことのない恐怖の片鱗を味わされましたけど……。
きょとんと顔を見合わせる僕とアーネストさん、それにロボスト副団長。それを見て、団長はがっくりと頭をたれる。
「――なんでか分からんが、お前たちにはプリシラの女の武器が効かないみたいだな。それであの女の《魅了》の中の、一部分だけがお前らに効いて、ああいう仕様になっちまったわけだ……と思う。たぶんな」
《魅了》の中の、一部分だけが僕達に効いた?ん?どういうこと?芳しい反応のない僕達に、団長は更に説明を加えてくれる。
「だーかーらー、あの女の《魅了》は複数の要素で出来ているわけよ。女性的な魅力だけで成り立ってないの。恐らく女性的な魅力は表面上のもので、土台となる要素がお前たちを直撃してきた何かだろ。知らんけど」
「――ということは、プリシラ様の《魅了》はベースとなる部分が、《支配》や《威圧》のようなもので成り立っているということでしょうか?私の体感だとそんな感じでしたが……」
「確かにロボストは、そう言っていましたよね。先ほど、私も感じたましたが《支配》や《威圧》なら納得です」
「なんでもいいけど、ほんと怖かったよ……」
本当に助かって良かった。僕の命が無事だったのも嬉しいけど、アーネストさんたちに何もなくて安心した。団長も体を張って助けてくれたみたいだしね。感謝しかない。
でも、なんで僕達にはプリシラ様の《魅了》が完全体では効かないんだろうね?同じことをロボスト副団長も思ったみたい。
「なぜ私たちにはプリシラ様の《魅了》が正常に効かないのでしょうか?また再び遭遇する機会があるかもしれません。《魅了》が効かない理由を今後のためにも知っておきたいのですが……」
そうだよね。僕達以外の人には効いているらしいプリシラ様の《魅了》が、部分的にしか僕達には作用しないなんて、なにか理由があるのかな。怖かったから、できれば完全に封じ込めたいんだけど。
「あー、それな……」
いつもと違って団長の歯切れが悪い。なんか隠し事でもしてる?
「分からんけど、たぶん俺のせいだと思う。ほら、俺ってこれでも一応、王族の端くれなわけで、王家の血がもたらす何かがあるのかもな……」
「王家に伝わる能力のようなものですか。ありえますね……王家は長い間、権力を維持するために色々な相手と戦ってきたわけですから、特別な能力があってもおかしくありません」
特別な能力って、例えばプリシラ様の《魅了》みたいなやつ?
「今回、起こったことを考えると、団長には《耐性》や《抵抗》のような能力が備わっている気がします。辺境騎士団の騎士団長が《耐性》持ちですよ。騎士団長が率いる軍は、あらゆる場面で他の軍より被害が少ないんです。自分だけじゃなくて周囲にも影響を及ぼしてましたから、団長の能力もそういうももではありませんか」
「ほう、辺境騎士団の団長にそのような能力が……。そう考えると第一王子殿下や第二王子殿下がプリシラ様とスピナー侯爵にちゃんと対抗できているのも理解できますね」
僕達がプリシラ様の魔の手から逃れられたのは、団長の能力のおかげみたいだね。それでも、もしプリシラ様の《魅了》の完全体に攻撃されてたら、誰も助かってないと思う。
あれ?でもさ、ということは団長がいないと僕達ヤバいってことじゃない?
ええー!そんなー!次は助からないかも……。




