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18. 僕の死神様

 先に馬車から降りたプリシラ様は、まだ馬車の中にいるスピナー侯爵様を待っているようだ。


 内玄関を行き来する人たちの邪魔にならないように、ちょっと離れた場所で控えている僕達からは、プリシラ様の細かい部分までは見えない。


 僕は初めてプリシラ様を目にしたんだけど、ロボスト副団長が言う通り、小柄で華奢な令嬢だった。そして本当に髪がピンク色に見える!赤味の濃い金髪なんだろうけど、遠目にみるとピンクだね。


 顔立ちなんかは、ここからだと距離があるんで分からないけど、可愛らしい雰囲気の方だ。


 未来で僕を短剣で刺殺すっていうから、どんなガッチリした体格の令嬢かと思ってたんだけど、あれなら僕でもなんとか抵抗できそうだ。


 見た目は普通の令嬢にしか見えないし、今のところ、おかしな動きはしていないからね。


 よし、なんとかプリシラ様を、やり過ごせそうな気がしてきたぞ!


 たどり着くべき未来があったとして、その道からはずれてしまったらどうなるのか。本当に《強制力》が働いて、本来の未来へとつながる道へ戻されてしまうのか。


 もし、そうなったとしても僕は最後まであがいてやる!《強制力》とやらを無理やり団長になすりつけたっていいんだからね!あの人なら生き延びそうだし。


 


 僕がそんなことを思っている間に、スピナー侯爵も馬車から降りて内玄関へと続くエントランスを歩き始めた。プリシラ様は侍女と護衛の騎士を従えてその後に続いている。



 「グーフィー、お前はここから離れるなよ。俺達はあちら側にいく。ロボスト、頼んだ!」


 「団長もお気をつけて……」

 


 団長とアーネストさんは少し場所を移動して、馬車乗り場に近い場所に立った。僕とロボスト副団長より先に、プリシラ様たちと出会う位置だ。これはプリシラ様の注意を、僕から()らすための団長なりの方策なんだろう。


 そしてプリシラ様の注意が自分たちに向くように、いつになく全身からキラキラ王子様オーラを出している。反対に僕とロボスト副団長は気配を消している。


 団長は当然本物の王子様だから分かるとして、アーネストさんだって侯爵家の令息だからね。僕からしたら王子様みたいなものだよ。


 そんな風に団長たちが出し惜しみなくキラキラしているのに、なぜかプリシラ様はそちらに目もくれない。視線も向けずに通り過ぎてしまった。


 スピナー侯爵はさすがに団長が立っていることに気がついたようで、軽く会釈をしてそのまま歩いていく。


 今の団長は第三王子ではなく、騎士団長として仕事中だからね。貴族側も不用意に話しかけないんだ。王位継承権争いに絡んでいない王子にご機嫌伺いしても、しょうがないというのもあるだろうけどさ。


 そして僕とロボスト副団長が立っている場所を、プリシラ様達が通り過ぎようとした。僕はロボスト副団長の後ろで、目線を足元のほうやったまま心の中で死神じゃない普通の神様に祈っていた。

 


 ――僕の死神がこのまま、なにもせずに僕から離れていってくれますように……。


 ――いきなり短剣を取り出して、僕を刺したりしませんように……。



 僕のささやかな願いは、どうやら神様に聞き届けてもらえなかったらしいよ。小さな足音がピタリと僕達の前で止まった。そして――。

 

 

 ――ゾワリ。

 

 「……!」



 ゾッとする冷たいものが背中を駆け上がってくる。なんなのこれ?体が急に冷たくなって、痺れたような感覚に襲われる。寒い……なのに額からは汗がたらたらと流れ出る。


 息が……苦しい……。どうなって……る?

 


 「あら、あなた、見たことがある顔ね」

 


 ハッと顔を上げる。なぜかプリシラ様が、ロボスト副団長の前で足を止めていた。



 「うふふ。あなたのこと覚えているわ。昨夜のパーティーにもいた騎士様よね?」



 ロボスト副団長はぎこちなく、頭を軽く下げて略式の礼をした。でも押し黙ったままで声は発しない。


 いや、これ黙ってるんじゃなくて、声が出せないだけなんじゃないの?だって、ロボスト副団長の体が小刻みに震えてるもの。もしかして、僕と似たような状態なの?


 僕が混乱している間にも、プリシラ様はロボスト副団長の方へと近づいてきていた。


 近くで見るプリシラ様はとても可愛らしい令嬢だった。大きなキラキラと輝く瞳……そう、大きな瞳……。


 でも彼女の動き、なんか変だ。すべてが滑らかで無音。まるでそこだけ音が抹消されたような……音のない世界に圧迫されるような感覚。


 なんかヤバいぞ、令嬢!



 「ねえ、私のことはプリシラって呼んでちょうだい。あなたのお名前も教えて欲しいわ。もう何度もパーティで会ってるのだから、ファーストネームで呼んでもいいわよね?」



 プリシラ様はロボスト副団長に話しかけながらスルスルと更に近づいて、その滑らかな手をそっと伸ばす。ロボスト副団長の腕に向けて。


 それをロボスト副団長の後ろから僕は見ていた。すべてがゆっくりと、まるで時間の流れがここだけ遅くなっているかのように見えていた。


 そして彼女が近づいてくるにつれ、僕の頭の中は恐怖で支配されていった。なぜ怖いのか分からない、なにが怖いのかも分からない。ただただ、怖い。

 


 ――なんか怖ええ!これロボスト副団長、危ないんじゃない!?



 その時、僕の頭を過ったのはそれだけだった。普通に考えたらおかしいよね。


 だって相手は侯爵家の御令嬢だよ?しかも小柄で華奢。その上、動きにくそうなドレスを着てて、きっとヒールの高い靴を履いてるから素早く動けない。


 そんな令嬢にデカくてゴツいロボスト副団長が、しかも騎士なんていう職業についてる男が負けるはずないんだよ。


 でもその時の僕は、そう感じなかった。


 

 ――この女の手が、ロボスト副団長に触れたら終わり。



 なぜかそう思ってしまったんだ。僕は助けたいと思った。でも体が痺れて動けないんだ。



 ――動け、僕の体!怖いのがなんだ!グーフィー、行け!ゴーゴーゴー!



 自分を強く叱咤激励したのが効いたのか、僕の体を蝕んでいた痺れが和らいできた。だから、後先考えずに僕はロボスト副団長の前に飛び出した。



 「――ハッ!グーフィー!?」



 僕の動きでロボスト副団長も調子が戻ったみたいだ。僕はそんな彼を後ろ手にかばうように、二人の間に体を滑り込ませる。



 「――あら、あなた可愛い」



 突然、割り込んできた僕にプリシラ様は驚かなかった。それどころか、今度は僕に対して自然に手を伸ばしてきた。


 その様は、まるで蛇が狙う獲物を気まぐれに変えたような、そこに狂気と暴力が潜んでいるのが感じられて、心底ゾッとさせられた。

 


 「ねえ、あなたも騎士様なの?」



 ここで僕は初めてプリシラ様と目を合わせてしまった。


 近くで見るプリシラ様は顔がとても小さくて、目が離せなくなるほどに可愛い。まるで……この世界の人じゃないみたいだ……。


 

 また冷気が背中を這い上がってくる。なんでだろ……息ができない。



 「私を見て声も出せなくなったのね。いいのよ、よくあることだから」



 こんなことがよくあるのか……。僕の後ろでロボスト副団長も固まっているのが、気配で伝わってくる。


 なんなんだろう、これ。こんな感覚に陥ったのは始めてだ。蛇ににらまれたカエル?こんな、か弱そうな令嬢が絶対的強者として、この場面を仕切っているなんて、ちょっと信じられない。というか信じたくない。


 僕とロボスト副団長が、体を固まらせて浅い息だけで生き延びていた。

 

 固まっている僕の腕を取ろうと、プリシラ様は手を伸ばしてくる。さっきのロボスト副団長のときも腕を取ろうとしてたけど、この人はなんだって人の体に触ろうとするんだろう?なんか、ぞわっとする。

 


 ――触らないで!



 なぜか声が出せない僕は、心の中で叫んでいた。



 ――もう……駄目だ……やっぱり《強制力》ってあるんだ。刺される代わりに……なんかヤバいことに……なる……。



 「大丈夫よ、心配しないで」

 


 プリシラ様の指先が僕の腕に触れようとした、その瞬間――。



 「よお!久しぶり。相変わらず不機嫌そうだな。たまには笑ってみたらどうだ?」



 のんびりとした口調。

 笑っちゃうくらい、上から目線。


 まったくこの状況に似つかわしくない形で、我らが団長は話しかける。スピナー侯爵に……。

 


 スピナー侯爵!?

 プリシラ様じゃなくて!?

 


 ここはプリシラ様の動きをカッコよく止めて、僕とロボスト副団長を救い出すところでしょ!

 

 

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