17. 泥沼、製造中
結局、指定された時間を過ぎても、第一王子殿下もアマンダ様も僕達が待機していた王宮の内玄関には来なかった。
殿下どころか、依頼の中止や延期を伝える使者すら来なかったからね。完全に忘れ去られてると思っていいでしょ。
とりあえず約束の時間は大幅に過ぎている。だから、団長が内玄関に常時待機している専用の侍従を、第一王子殿下のところへ使いにやったんだよ。
依頼してきた護衛の件はどうするのか、とりあえず形だけでもお伺いを立てておかないと不自然だからね。
侍従が返ってくるのを待っている間、僕達はいかにも仕事中ですよといった雰囲気を漂わせながら、その実、だらだらと時間を潰した。
といっても、特にすることもないし暇だよね。だから自然と内玄関を行き来する人たちを見ることになる。
色んな人たちが馬車で乗り付けては、王宮内へと慌ただしく入って行く。まだ時刻は昼過ぎ。だから貴族はうろついてなくて、侍従や文官が多いんだ。
そんな中で異色の人物がやってきたときには本当に驚いたよ。我が国の教会のトップ、大司教様が来たんだ。しかも、いつもとまったく様子が違っていた。
いつもは温和な微笑みを絶やさない優しげな大司教様なのに、今日は大慌てで駆けつけたのか衣服と髪が乱れていて、転げるように馬車から降りると一緒に来た従者も待たずに王宮内へと走っていってしまった。
「――すごい勢いだな。大司教様が走るのを初めて見た。これが団長の作った泥沼の効果か……」
ロボスト副団長が走り去る大司教を見ながら、少し驚いている。側でそれを見ていたアーネストさんは、軽く眉をひそめて団長を疑わしげに見やる。
「各所に出した手紙には、なんと書かれたのですか?もうさっそく泥沼化が始まっているようですが?」
「大したことは書いてないさ。本当だ!王家の血に誓おう」
問い詰められて上手く言い訳できないとき、団長は王家の血がどーのこーのと言い出し始める。これはね、騙されたお前が悪いって意味ね。
「それにしてはかなり慌ててましたけどね。私が教会に手紙をこっそり届けてから、それほど時間も経ってないのに、あれほど慌ててくるのですがら、大変な内容を書いたのではありませんか?」
アーネストさん、ぐいぐいといくね。もっとやれ!
「い、いや、単に王家とスピナー侯爵家が、聖女として覚醒したアマンダ嬢を監禁しようとしている……そう書いただけだぞ。事実だろ?たぶん」
監禁!?流石にまだそこまでは誰もやってないよね。それってデマみたいなもんなんじゃ……。思わずジトリと団長を軽くにらむと、アーネストさんたちも同じような目で団長を見ていた。
「それって、団長が考えたデマみたいなものではないですか?」
アーネストさんの言葉に、団長はまるで悪びれていなかった。
「おいおい、なんで俺の考えたデマになるんだよ。兄上は護衛依頼をわざわざ出してアマンダ嬢をスピナー家に送り届けようとしていたんだ。王家とスピナー家が裏で手を組んで、聖女を監禁しようとした動きに見えなくもないよな?それを匿名の信者が知らせたってだけさ」
そう言われると、そうなんだけどさ。でもそういう報告が匿名の誰かから来たら、教会側としたら、それは焦るだろうな。きっとアマンダ様が王宮を離れる前に、なんとか彼女を確保しようと急いで来たんだろうね。
「でも、これで団長の言っていたとおり、アマンダ様の護衛の仕事はなくなりそうですね」
これはもう護衛の仕事はないだろうと踏んだ僕達だけど、第一王子殿下のところへ意向を聞きに行かせた侍従が戻るのを待つことにした。
そんな、のんびりモード漂う内玄関に、もの凄い勢いで駆けてくる馬車が一台。
「ああ。また泥沼の犠牲者が……」
「あれは公爵家の馬車ですね。フリップオバー公爵でしょう」
さすがロボスト副団長!仕事柄、貴族の家紋と名前は全て頭に入っているんだって。馬車が停止するとすぐに降りてきたのは、フリップオバー公爵令嬢とその父君のフリップオバー公爵だった。
フリップオバー公爵令嬢は、第一王子殿下の婚約者なんだ。大司教みたいに転がるように走ってはいなかったけど、それでも貴族令嬢としては最大限の早足で王宮内に移動していったよ。
公爵令嬢も公爵も、かなり険しい顔つきでピリピリした雰囲気だったね。
「怖い怖い。あんなに剣呑な様子になるなんて、フリップオバー公爵にはいったいどんな手紙を届けたんです?」
フリップオバー公爵家の従者がまだ玄関先に数人いたので、アーネストさんは声量を抑えて、小声でぼそぼそと団長にたずねている。
「ごく普通の内容だぞ。第二王子が聖女と婚約を結ぶために、スピナー侯爵令嬢との婚約を破棄したこととかだな」
「ああ……。そんな情報を知ってしまえば、当然、第一王子殿下も聖女を手に入れるために、自分との婚約を破棄するだろうと自然に予想がついてしまいますよね」
団長は肩をすくめる。
「だろうな。だが俺は嘘は言ってない。事実をありのままに伝えただけだ。想像したのは向こうの勝手だ」
フリップオバー公爵たちを見送ってから、また団長たちとぐだぐだと時間を潰していた。
いつになく内玄関は混雑していたよ。色々な人が訪れていたし、王宮からどこかへ使者として派遣される人も多かったね。
教会からは更にけっこうな人数が派遣されてきたし、高位貴族の大物たちもぞろぞろと列をなしてやってきた。これも泥沼効果なのかな。
そんなとき、一台の馬車が静かに内玄関へと滑り込んできた。
「グーフィー!こっちに来い!」
「早く、こちらへ」
ちょうどポツンと一人で立っていた僕は、団長とアーネストさんに急に呼びつけられて、理由も分からずにそちらへ走っていくと、サッとロボスト副団長の背後へと匿われた。
「えっと……これは、どういう?」
「シー!静かに。そこで大人しくしていてください」
僕がロボスト副団長の後ろから、ちょっと背伸び気味で様子を伺っていた。そしたら、馬車から小柄な令嬢が一人、降りて来るのが見えた。そして、その令嬢の髪色はピンク色だった。
ピンク色の髪!?もしかして、アレが噂のプリシラ・スピナー侯爵令嬢!?
「グーフィー、隠れていてください。なにもないとは思いますが念の為です」
「あの方がプリシラ様だ。グーフィー、俺の後ろにいろ。冷静にな」
ロボスト副団長が冷静になれと言ってくるけど、ちょっといつも通りにというわけにはいかない。だって、僕を刺し殺す予定の令嬢だからね。
団長も来て、ロボスト副団長の前に出てくれた。僕を守ってくれている副団長を団長がさらに守るという形。アーネストさんは僕の隣にいてくれている。
団長がこちらを振り返らず、僕達にだけ聞こえる声で話しかけてくる。
「まさか例の令嬢が、向こうからこっちに来てくれるとは思わなかったな」
「ええ本当に。これが団長がおっしゃっていた《強制力》というやつでしょうか?」
「そうかもな。俺が視た未来ってやつは、それなりに理由があって実現した状況なんだ。多少の変更を加えても、びくとも揺るがないほど強固な未来だってある」
未来を変えようとしても《強制力》が働いて変えることができないこともあるなんて、初めて知ったよ。すごく怖いんですけど……やっぱり僕は死ぬ未来しかないのかな。
とりあえず、なんとか僕の死神プリシラ様をやり過ごそう!助かるには、それしかない!
でも、なんか嫌な予感がするよ……。




