16. ヤバいトコロにバラします
「俺は事態をさらに泥沼化させ、敵も味方も分からないくらい泥まみれにしてやるさ」
僕を刺し殺すのがプリシラ様で、理由は第二王子殿下が僕に罪をなすりつけたからだと分かったところで、団長が泥沼化宣言をした。
これね、団長の得意な奴。まるで今回の最適解だから泥沼化を選ぶみたいな言い方してるけど、団長の解決策ってだいたい泥沼化、むしろ泥沼化一本槍なんだから、勘違いしないでね?
「ふぅ……お手柔らかにお願いしますよ、団長。それで手始めに、なにをすればいいのですか?いえ、その前にスピナー公爵令嬢の護衛をどうするのか決めねばなりませんね。準備などを考えると、もうそれほど時間がありませんよ」
第一王子から依頼された護衛は、午後イチの仕事だ。護衛用の騎士服に着替えたり、護衛する騎士たちとの仕事内容の確認、馬車や馬の準備、移動時間なんかを考えると自由に使える時間はほとんどないからね。さて、団長はどうするんだろう。
「あー、それな。特に変更なしで、このまま行く」
は?僕に死ねと?
アーネストさん、言ってやってくださいよ!
「団長、それですとグーフィーが危ないのではありませんか?」
「副団長の私が行こう。第一王子殿下よりの依頼だ。私が団長代行として出てもおかしくない」
ロボスト副団長の優しさが身に沁みるよ……。それに比べて団長ときたら!その団長はアーネストさんたちに向かって、馬の興奮を鎮める仕草でドウドウと片手をパタパタさせる。
「まあ、落ち着けよ。俺はさっき言っただろう?泥沼化させるって。護衛任務なんて泥々になって消し飛ぶから安心しろよ」
えー!そんなこと本当にできるんですか?信じていないわけではないけど、信じきれませんー。いったいなにをするつもり?
団長がしたことは、ただ手紙を書くことだった。僕達の見ている前で、団長は手紙を三通ほど手早く書いたんだ。
「よし、書けた。アーネスト、まずこの手紙を通常の配達を装って教会へ届けてくれ」
「通常の配達ですね?分かりました。私が配達員の変装をして直接届けましょう。教会は王宮と違って午前中から活動していますからね。1日の第一便は、ちょうど昼前に郵便物が届くようになっているんですよ。今からならちょうど間に合います」
「頼んだ。グーフィーはこっちの手紙を届けてくれ。届ける先はフリップオバー公爵家のタウンハウスだ」
フリップオバー公爵家!?それって――。
「フリップオバー公爵家は、確か第一王子殿下の婚約者様の家ですよね?」
「そのとおり。俺の上の兄上殿が、情けなくも聖女様に心変わりしようとしているんだ。これって浮気だろう?兄上の身内たる俺としては、フリップオバー公爵閣下に一言くらい謝らなければならないだろう」
にやにやする団長。泥沼ってそういうことか……。
「第二王子殿下から依頼されたプリシラ嬢への封書は、ロボストにスピナー侯爵家まで配達してもらおう。王子からの手紙だ、副団長が届けるのがいいだろう。俺が行ってもいいが、ちょっと行くところがあるんで頼むわ」
「了解です。お任せください」
自分の書いた手紙をそれぞれに託した団長は、今度は自分の執務机の引き出しから、分厚い封書を一通取り出した。その封書の色や形から、我が王国の騎士団で使われる書類や契約書を保管する正式な形式のものだというのが見て取れた。
それにしても、ちょっと古びた感じがする封書だね。
「団長、その封書は?」
「これか。これはな、辺境騎士団の騎士団長から極秘にたった今、到着した書類だ」
またまたご冗談を!おおっぴらにたった今、自分の執務机の引き出しから引っ張り出したじゃないですか!封書の見た目からして、届いたのはだいぶん前でしょ?
「辺境から、今、来た……?」
「アーネストさん、団長に騙されたら駄目ですよ。今朝の配達物はまだ何も届いてませんからね?」
おどけた仕草で封書に盛大なキスをする団長。これが団長仕草ってヤツなのね……。
「俺はこれから、この封書を持って軍務大臣のところへ行く。そして第八騎士団は、辺境の地からの救援要請に応えるために王都を出立すると伝える」
「辺境へ?」
「救援要請?」
「王都を出ちゃう?」
「そうだ。俺達は王宮が泥沼になる前に、王都を離れ辺境の地へと避難……ゴホッ、いや、遠征する」
いま、避難って言いましたよね?団長。表向きは遠征と言い張るわけか。
「遠征?そのようなことできるのですか?確か、王宮騎士団が王都を離れるには、事前に現地からの出動要請が必要だったはずです」
そんなことをいうアーネストさんに、団長は手に持った封書に再度おおげさにキスをしてみせる。
「もちろん遠征できるさ。なんたって辺境からの出動要請の依頼書が、ここにあるんだからな。本日付で届いた!」
「……依頼書ですか?」
「辺境に今、問題は起こっていないと聞いていたが……」
あー。僕、なんとなく分かっちゃっいました。本日付って、要するに後から日付を書き込むスタイルなんでしょ。団長らしい。
団長は驚いているアーネストさんとロボスト副団長に向かって、やれやれと大げさに首を振って、種明かしをした。
「まさか俺がなんの準備もなしに、辺境から王都に戻ってきたなんて思ってないよな?」
「――まさか、三年前に既に出動要請の書類を手に入れていたのですか?」
団長が辺境の地から王都に戻ったのが、ちょうど三年くらい前の話だからね。
「あったりまえだろう!俺が好きなときに辺境へ帰れるように、事前に辺境騎士団の団長殿から書類をもらってきてるのさ」
「――ハハハ。それは凄い!」
「さすが団長です!」
アーネストさんたちは素直に団長を称賛しているけど、そんな大事なことを今まで誰にも教えていなかったなんてね!いたずらが成功したかのように、得意げにネタばらしするとこ、ちょっとむかつきます。
「それにな、これは俺が第八騎士団の団長に就任したときの条件でもあるんだ。騎士見習いの頃から世話になった辺境の地に恩を返したいというのが表向きの理由になっている。だから辺境に問題が起こって出動要請が第八騎士団に来たら、俺は無条件で第八騎士団を出動させることができるんだ」
「なるほど……だから、その出動要請の書類を軍務大臣に提出すれば、即座に辺境へと出立できるのですね」
「そういうわけだ。命がかかってるときは、迅速こそ至高だろ?だが、兄上から受けたアマンダ嬢の護衛依頼だけは普通に受けたという体裁をとるぞ」
ええー!僕が死ぬ予定の依頼、受けちゃうの?もうこのままバックレても良くない?
「グーフィー、心配なのは分かるが下手に動くと怪しまれる。大丈夫、心配しなくても俺が泥沼を作ったから、護衛依頼は自然消滅するはずだ。それにな――」
不安そうに見つめる僕の頭を、団長は軽くポンポンとした。
「未来を下手に変えようとすると、強制力のようなものが働いてな、別の災いがまとわりついてくるんだ。だから、あまり事件の中心となる人間の動きは変えないほうがいいのさ」
団長は僕の不安を晴らすように手を2回、景気よく打ち鳴らしてから僕達に号令をかけた。
「さあ、お前ら、サッサと働け!どうもヤバい匂いがするんだ。下手したらグーフィーの命を差し出すだけじゃ足りんかもしれんぞ?なんとか皆で生き延びるぞ!」
「「了解!」」
「僕の命、差し出さないで!」
その後は、当初の予定通り、第一王子殿下の護衛依頼をこなすために、王宮の内玄関に行って第一王子殿下とアマンダ様が来るのを待った。
まるで何も知らない無垢な天使のような顔をして、王宮の内玄関で第一王子殿下とアマンダ・スピナー侯爵令嬢が来るのを待ったんだよ。
でもね、誰も来なかったんだ。




