14. 没落の先に待つ未来
第二王子殿下から派遣されてきた傲慢文官ジルベルト・ジャーク子爵令息、通称ジルベルト君は、実に素直に情報を吐いてくれたよ。
それによると、第二王子殿下は王位継承争いで優位に立つため、より有力な婚約者が選ぼうとアマンダ様からプリシラ様に乗り換えたらしい。
第二王子殿下が婚約したばかりのプリシラ様と速攻で婚約破棄したのも、やっぱり団長がにらんだ通りの理由だった。第一王子殿下のところに潜り込ませているスパイから、アマンダ様が聖女になったらしいっていう情報が来て、慌てて婚約破棄したらしいよ。
スピナー侯爵家は昔から持ってる利権のせいで資金も潤沢だから、そこの令嬢となると婚約相手として確かに欲しい存在。でも聖女様と比べたらどうだろう?
アマンダ様はスピナー家の令嬢だけど冷遇されていた。だから、プリシラ様と婚約破棄して再度アマンダ様に乗り換えるのは、スピナー侯爵には大不評だと思う。
それでも速攻でプリシラ様との婚約破棄を実行したのは、それだけ聖女様の価値が高いからだ。
そして新情報!
ロボスト副団長が言っていたように、やっぱりプリシラ様はパーティーの後、スピナー侯爵夫妻と一緒に帰宅したらしい。アマンダ様がまだ王宮内にいたと思うけど、置き去りにしたのかな。婚約者を奪った事といい、やることがひどいね。
そんな酷いことをした報いなのかな?プリシラ様は本人不在の中、第二王子殿下から勝手に婚約破棄されたらしいよ。そのために婚約関係の事務手続きをとる担当部署の文官は、真夜中に呼びつけられて婚約破棄に関する手続きをやらされたんだって。ブラック王宮だね。
んー、でもさ、ということは……プリシラ様もスピナー侯爵も、婚約破棄にはまだ同意していないってことだよね?
「ちょっと質問なんだけど、婚約者側の当主の了承なしに婚約破棄なんてできるものなの?書類に婚約者本人と当主の署名が必要だったはずだけど……」
僕がそう疑問を投げかけてみると、ジルベルト君は疲れた弱々しい微笑みを見せた。
「もちろん署名は必要ですよ。今回の婚約破棄の書類にも、既にプリシラ様とスピナー侯爵の署名が入ってます」
「え?でもまだプリシラ様たちは婚約破棄されたことを知らないんだよね?知らないのに署名なんてできないでしょ?」
ジルベルト君は首を横に振る。やれやれ、坊やだな……ジルベルト君に僕がそう思われてるってビンビン伝わってくるよ。
「あなたは署名、署名とおっしゃいますがね、署名とはなんだと思います?」
ジルベルト君に質問を質問で返されて、ちょっと頭がこんがらがる。署名?書類に自分で書いた名前のことじゃないの?
「署名は自分で書いた名前のことでしょ?契約書類なんかの内容に同意しましたって意味で署名するんでしょ?」
僕が絶対正解だと思った答えは、ジルベルト君的には正解じゃなかったみたい。団長がいるせいか、控えめに鼻で笑ってから教えてくれた。
「署名が本物かどうか、誰が判断しているか知ってますか?」
「えっと、王宮の認証官かな?事前に提出しておいた署名や家紋印を本物だと保証してくれるよね?」
「ええ、そうですね。ですから認証官が本物だと言えば本物になるんですよ」
「えー!?じゃあ偽物の署名でも通っちゃうわけ?」
「だから、あなたは考え方自体が間違っているんですよ。いいですか?認証官が本物だと認めたものだけが署名や家紋印なのです。もし、あなた本人が署名したとしても認証官が認めなければ、あなたの署名にはならないんですよ」
え?どゆこと?
僕が理解していないことが分かったのか、ジルベルト君はため息をつきながら嫌々説明してくれた。
「一度しかいいませんよ?本人が署名したかどうかなんて関係ないんです。あなた以外の人間があなたの名前で署名して家紋印も押したとします。その署名と家紋印が事前に王宮に登録されていたものだとしても、認証官が本物ではないと言えば本物ではないんですよ」
――そういうことか!署名と家紋印が偽物でも、まったくかまわないんだ。どんな署名だって認証官が本物だと言えば本物になる。そして第二王子殿下は、自分の配下の認証官にプリシラ様との婚約破棄の書類を作成させたんだ。
もう王宮、腐ってるよ。やりたい放題じゃんか!
※ ※ ※
「――では、私はこれで失礼させていただきます」
団長室を去ろうとするジルベルト君に向かって、団長は不思議なことを言った。
「そうそう、お前に今、他国からの縁談が来ているだろう?」
再び、ギクリとするジルベルト君。目が泳いでいる。
「お前はその縁談を、兄上の側近連中から面白半分に押し付けられた厄介事だと思ってるよな?その通りだ。単なる虐めだ。だがその縁談を受けろ。それしかお前が生き延びる道はない」
「まさか……くっ、あんな縁談受けられん!」
「お前の妹、体が弱くてずっと寝込んでるだろ?その妹を助けることになるから、婿養子になって三年ほど我慢しろ。お前、兄上の金を掠め取って、妹の治療費にも使ってたよな?」
「なぜカレンのことを!?――いや、言わないでください。聞くと大変な目に合いそうだ。縁談の件、フォーキャス第三王子殿下のおっしゃるとおりにいたします」
そしてジルベルト君は、頭を軽く下げて部屋から出て行こうとして、ふと立ち止まった。
「私としたことが忘れるところでした。第二王子殿下より、書簡を預かっております。これを届けて欲しいというのが第二王子殿下よりの依頼となります」
ジルベルト君は胸の内ポケットから1通の封書をうやうやしく取り出した。そしてそれを僕の方へと差し出したので、僕もそれを騎士の礼をもって受け取り、団長へと手渡した。
「では、私はこれで……」
ジルベルト君は軽く礼をすると、それ以上何も言わずに立ち去った。けっこう団長にやられて、だいぶんしおらしくなったね。それが彼にとっていいことなのか悪いことなのか分からないけどさ。
「良かったのですか?なんだか団長が、あの男を助けているように見えましたが……」
アーネストさんの言葉に、団長は首に手を当てて左右に伸ばしながら答える。
「ああ、あれな、いいのいいの。王族の金に手をつっこんでるんだ。どっちにしろ碌な未来はない。ただ、他の側近連中から嫌がらせで回されてきた縁談があってな、その話に乗るとあいつの命は助かるし、体の弱い妹も回復するんだ。あの男には言わなかったがジャーク子爵家も潰れずにすむ」
「嫌がらせの縁談って……。ほんとにそんな話に乗って助かるもんなんですか?」
ロボスト副団長だって、そう思うよね?なんか嫌がらせで回ってきた縁談とか、悪い話にしかならない気がするけど……。
「ちょっと離れた場所にある小国の貴族令嬢との縁談だ。向こうの家の爵位は男爵。金も権力もない家でな。あの男が婿入りしたら、そのまま没落して平民落ちは確定だな」
団長の説明に、僕は思わず反応してしまう。それって破滅へまっしぐらじゃない?
「ちょっと団長!そんな家を紹介するなんて、いくらなんでも趣味が悪すぎますよ!」
文句を言う僕を見て、団長はヤレヤレと首を振る。
「まあ普通はそう思うよな。だがこの国にいても奴には死ぬ運命しかない。一緒に実家の子爵家も取り潰しだ。それなら、例え嫌がらせとはいえ、正式なルートで来た縁談を受けて国外に出たほうが安全なんだよ。家の没落なんか、また盛り返せばいい話だ」
なるほど。確かに命が助かると考えれば、全然アリな話に聞こえてくる。特に今まで生き延びてきた団長が言うとね。
生き延びてこそだよ。




