病弱で過保護にされていた妹が超健康になる話
私……レミファ・ピアニスは物心ついた頃より体が弱く病気がちだった。
体力もなく、少し足早で歩いただけで息を切らせ、熱を出して倒れこむ。
おかげ様で現在十二歳に至るまで、屋敷の外へ出た記憶などほとんどない。
幸い、私が生まれたピアニス家は貴族……子爵家であるため、一人の少女を何の不自由なく育てられるぐらいには裕福だった。
「おおレミファ、なんて可哀そうな子だ。大丈夫だ。お前は私たちが守ってやろう」
「そうね。レミファ、あなたは無理しなくていいの」
さらに言うなら、父と母はこんな私を愛してくれた。
「ミソラ、そういうわけだ。今日はレミファの調子がいつもより悪いから、傍にいてやらねば。今日のパーティーは我慢しておくれ」
「ごめんなさいね、ミソラ。でも、わかってくれるでしょう?」
「――はい。理解しております、お母様、お父様」
誕生日パーティーをキャンセルされたミソラお姉様は恭しく頷いた。
私の姉であるミソラ・ピアニスは教養と品格を兼ね備えた、まさに才媛と呼ぶにふさわしい令嬢だ。
そんな彼女よりも私は大事に育てられた。
「ミソラ。お前は姉なのだから耐えられるだろう?」
「我慢できるわよね、ミソラ。可愛い妹のためだもの」
そう言って、いつも二人は私を優先してくれた。
ミソラお姉様の手に渡るはずだったものが、私が一声かければ全て私のものになる。
この家では私こそが中心、その事実が私を優越感に浸らせた。
人はこんな私を知ったら、悪い女だと思うだろう。
ならば私はこう返す。
――いいえ。これこそが公平なのです、と。
だってそうでしょう?
お姉様は健康な体を持ち、才能にも恵まれ、その美貌から外ではいつも持て囃されているそうだ。
ならば、家の中ぐらいはこれぐらい扱いの差がなければ不公平だ。
やがて私が新しく目を付けたのは彼だった。
ミソラお姉様の婚約者、オルガン公爵家令息ドシド・オルガン。
精悍ながらも整った容貌、不器用ながらも誠実な人柄は社交界でも評判がよく、お姉様も憎からず思っているご様子だ。
私もまた、好みとは少し外れるが、お姉様のものだと思うと、独占欲がウズウズしてくる。
「ねえ。ドシド様。今日はずっと私の隣にいてほしいの」
「いや……、私はこれからミソラ嬢と一緒にお茶を――」
「お姉様には私が言っておきます。お願い。寂しいのは嫌なの……」
「……はあ、仕方ないな」
観念したように、ドシド様は私との時間を選んでくれた。
以降も、こんな感じで私はあの手この手で彼を傍に侍らせ続け、彼はお姉様よりも私と共にいる時間の方が多くなっていった。
お姉様はといえば、部屋に籠りっきりになってしまい、珍しく屋敷を出たかと思えば、何日も帰ってこないというのもザラになっていた。
おそらく、私とドシド様が仲睦まじくしている姿を見るのが嫌なのだろう。
お姉様が嫉妬で悔しがる姿を想像するだけで、私の心に暗い愉悦が灯った。
そんなある日の事である。
「レミファ、喜んでちょうだい! とうとう完成したわ!」
本日もまたドシド様を部屋に侍らせていた時、お姉様は私の部屋に乗り込んできた。
いつもクールだったお姉様が、今は息をゼエゼエと切らせて、高揚しているためか顔が真っ赤だ。
こんな彼女を見るのは初めてである。
「あ、あのお姉様、ごめんなさい。完成したって何がですの?」
「ああ、ごめんなさい。私としたことが……。改めて言うわね。あなたの身体を治す薬が完成したの!」
「……はあ?」
お姉様が何を言っているのか一瞬理解できず、私は口をポカンと開けて呆けていた。
彼女が握るフラスコ瓶の中には、虹色に輝く液体がブクブクと泡立たせ、煙を上げている。
「あの……それが薬ですか?」
「ええ。そうよ! あの伝説の秘薬エリクサーを再現させることに成功したわ!」
自信満々に語る、お姉様。
エリクサー? ちょ、ちょっと待って、それ本当に飲める奴なの?
私の疑問をよそに、お姉様は完成に至るまでの思い出を語り始める。
「ここまでくるのに苦労したわ。まず材料として、火口近くに住む生命力溢れる炎竜の鱗。古代遺跡の奥深くにあるという癒しの泉の雫。エルフの森の深奥にそびえる神樹の枝葉。これらを集めて、さらに教会の聖法術、魔女の黒魔術、錬金術師の錬成の粋を集めた調合により遂に完成させたのよ……!」
ウソでしょ?
天才って聞いてたけど、そこまでできるレベルだったの、この人……。
っていうか、その薬って本当に私が飲んでいいもの?
国の宝として王宮の宝物庫にでも保管した方がいいんじゃ……。
「ああ、ミソラ……。とうとうやり遂げたんだね……!」
いつの間にか、隣のドシド様が感極まったように涙を流していた。
「やめて、ドシド。オルガン公爵家からの資金援助がなければ、この薬を完成までこぎつけられなかったわ。あなたが公爵家を説得してくれたおかげよ」
「愛しい婚約者の願いだ。力になるのは当然じゃないか!」
「ドシド……」
熱く見つめ合う二人。
すっかり冷めきってたと思ってたのに、なおも現役のバカップルだったようだ。
今まで私がやって来たことは何だったのか。
いや待て。
それどころではない。
この状況はまずい、非常にまずい。
この薬が本物(本物でないなら、それはそれでやばいが)なら、私は健康になってしまうではないか。
そうなったら今までのような我儘・贅沢三昧ができくなる……!
「ミソラ……!」
冷や汗をかいてると、今度はお父様とお母様が部屋に飛び込んできた。
しめた、とばかりに私は助けを求めるように、二人の方へと庇護欲を煽るような眼差しで見つめる。
この二人なら、こんな怪しげな薬なんて取り上げてくれるに違いない。
「おめでとうミソラ、お前は私たちの誇りだ!」
「ええ。私たちも嬉しいわ!」
――と思ったら、二人も私を無視して、ドシド様のように感涙しながら、お姉様を抱き締める。
「すまなかった。ずっとお前を蔑ろにして……辛かっただろう」
「よく頑張ったわね。その薬はあなたの愛の結晶よ……!」
駄目だ。
これは断れる雰囲気ではない。
それでも、私は他にこの状況を打開できる何かはないかと、周囲を見回すが、残念ながらそんなものはどこにも見受けられなかった。
「うふふふふ。さあレミファ、飲みなさい」
「ひぃ⁉」
そうしている内に、ミソラ姉様は恐ろしい笑みを浮かべて近づいてきた。
なんか、ここからでもすごい臭いが漂ってくるんだけどもぉ……!
「ちょっ……お姉様、まだ心の準備が」
私は必死に説得もとい抵抗を試みる。
「大丈夫、副作用の心配はないわ。さっき死にかけの虫で試したら、一転して元気に飛び回ってたもの」
せめて人で試せ。
「ちょっ……。お姉様、おやめになって……、やめてってば……マジで勘弁して……!」
「さあっグイッと一息に……!」
「いやぁあああああああ――ガボボボボボボボオオオオオオオオオ!」
抵抗も虚しく、私はその虹色の液体を口の中にぶち込まれ、遂にゴクリと一口飲み込んでしまう。
万能薬と呼ばれるその薬は、私の口内から喉元へと流れ込んでいキ、胃の中デ即座に吸収さレ、凄まじいエネルギーとなって、血脈を巡ッテ、体中の細胞を活性化、私の身体ハ作り変えラれてイき、体中が虹色に輝イテテテテガガガガガガァ⁉
その後、お姉様の薬で超健康体になった私は子爵家を出奔し、薬の副作用で得た超人的な身体能力を活かそうと冒険者としてデビューした。
瞬く間に高ランク冒険者として名を馳せていき、数多の屈強な魔獣を討伐、侵略しようと攻めてきた隣国の軍を単騎で特攻して撃退。
最終的に救国の女傑として歴史に名を刻むことになるのだが、それはまた別の話である。




