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夢の世界のドレアムド  作者: 長月チャカ
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四.巫女姫

 森を出てから三十分ぐらい歩いただろうか。遠くからぽつりと見えていた集落も、徐々にその様子がはっきりとしてきた。

 集落を囲うような壁や柵などはなく、大きな円形のテントのようなものがいくつも設置されてあった。リョウの知識から引用すれば、遊牧民のようなものか。モンゴルの様子を映したテレビ番組で、似たような光景を見た事がある。

 そんなことを考えていると、集落の方から何か白いものが近づいてきた。目を凝らしてみれば、それが馬だということが分かる。それが二騎。


「ミナ」


「うん」


 リョウは視線を逸らさずに声をかけ、打ち合わせていた通りにミナはリョウのポケットの中に隠れた。森を出てから決めていたことで、今のミナは目立ち過ぎるから人前では隠れていることにしたのだ。でなければ、ガンバ団のようにミナを狙う人が現れるかもしれない。

 これから一人で対応しなければならないことに、リョウは若干緊張していた。だが、その馬に乗った人たちの顔が判別できるぐらいになると、リョウは驚いた。


 馬に乗っていたのは、二人とも女性だった。一人は髪を後ろで一つに結んだ、少しあどけなさが残る娘だ。それでもリョウたちよりは年上だというのは確実だろう。二人の感覚で言えば、大学生のお姉さんといった感じか。

 それと、ウェーブした髪を肩までかかるぐらいまで伸ばした、ポニーテールの人よりも幾分大人っぽい雰囲気の女性だった。吊り上がった目が女性の美しさを更に引き立たせている。

 二人とも黒髪で、輪っかのような髪飾りをしていた。革で出来た胸当てのようなものを装着しており、背中には弓を背負い、腰には剣があった。


 だが、リョウを一番驚かせたものは馬だった。ほとんどリョウの目の前まで来たその馬を見て、それが普通の馬ではないことに気付く。草原に降る雪のように白い毛並みをもった白馬。そして、その額からは長い一本の角が生えていた。


「ユニコーン!?」


「えっ!?」


 リョウの声に思わず反応したのか、ミナがポケットから顔を出した。それに驚いているのは、リョウだけではなく目の前の二人の女性もだった。


「妖精!?」


 ユニコーンに乗ったまま口をあんぐりと開けている二人を見て、リョウは頭を抱える。


「お前、隠れるって言ったじゃないか……」


 呆れたように言うと、ミナは開き直ったのかポケットから出てリョウの顔の高さまで飛んだ。そしてリョウの鼻っ柱を指差して、ぷりぷりと言う。


「だって、リョウがユニコーンなんて言うから驚いちゃったんじゃないの。それに、この人たちも良い人そうだし、大丈夫よ」


 初対面で、まだ一言も交わしていないのに、とリョウは思った。あからさまな言い訳だったが、話を振られてハッとした二人が我に返る。髪を降ろした方の女がごほんと咳払いを一つ。


「君たちは何者だ? 旅人ではないようだが、どうしてこんなところに?」


 確かに服装を見れば誰も旅人とは思わないだろう。もっとも、リョウの基準で言えば学生だとしか思えないのだが。

 リョウはどう答えるべきかと少し悩んだが、正直に答えることにした。


「実は、俺も何でここにいるのか分からないんです。家に帰る途中だったのに、気が付いたら変な石の部屋の中で。そこから出てきたら、ここにいたんです。一体、ここってどこなんですか?」


 要領を得ない受け答えに、二人とも若干困惑気味だった。

 立場的には髪を降ろした方の女性が上なのか、代表して答えた。


「ここはローメン王都の西部にあたる、サイハク草原だ。私たちはここで遊牧をしているユナス族だ。君たちがいた石の部屋というのは、『夢見の祭壇』のことだろう。君たちが来た森の中にあるのだが……そんなところにいたっていうことは、誘拐か何かに巻き込まれたか? 身なりも良さそうだし、言動も丁寧だ。他に誰もいなかったのか?」


 リョウたちが首を横に振ると、その女性はふむと唸った。

 その間に、ポニーテールの娘が声をかけてきた。外見通り、あどけなさの残る可愛らしい声だった。


「それにしても、よく無事だったわねー。あ、誘拐のこともだけど、あの森には狼とか熊とか出るのに」


「ええっ!?」


 リョウとミナが同時に叫び、互いに見合わせた。そんなに危ない森だったのか。本当に運が良かったとしか思えない。


「あ、でも変な怪物みたいなのには襲われました。足が六本ある羽の生えたライオンみたいな怪物でした」


「足が六本?」


 女は少し驚いて、ポニーテールの娘の方に顔を向ける。その娘も分からないとばかりに首をふりふりと横に振っていた。

 リョウは失言だったかと少し悩んだ。足が六本あると言われて、普通は誰も信じないだろう。でも、そいつは確かにいたのだ。

 同じ事を考えたのか、ミナが必死に弁明を試みた。


「本当にいたんですよ。すごく大きくて、口から火を吹いたり。すごい怖かったんですから」


「口から、火を?」


 ミナの言葉に、その女性はますます眉に皺が寄ってしまった。これではますます信じてもらえる訳がない、とリョウは思った。

 そんなリョウの表情が顔に出ていたのか、その女性はハッとして顔を上げた。


「いや、君たちの言葉を疑っているわけじゃない。ただ、この周辺にそんな魔物が出たなんて聞いた事がなかったんでな。他には何かいなかったか?」


 ――魔物……魔物ね……。


 聞き逃せない単語が一つ出てきたことに、ずっと感じていた嫌な予感が現実味を帯び始めていた。


「そういえば」


 悶々としているリョウの隣で、ミナが思い出したように言った。


「森の中で変な人に遭いましたよ。ガンバ団って言ってましたけど」


 それを聞いた途端、堅かった二人の表情が一気に柔らかくなり、笑いを堪えるのに必死、という具合になった。

 リョウたちは顔を見合わせて首を傾げる。有名人なのかと思ったが、どうやらその通りらしい。


「あいつらに遭ったのか。君たちは知らないかもしれないが、ガンバたちはこの辺じゃ有名でね。腕っぷしは確からしいが、どうも頭がアレでな……」


 頭を指差しながら言うその人の言葉に、リョウ達が「あぁ」と納得すると、ポニーテールの娘が堪え切れずにケタケタと笑いだした。

 そんな相方に呆れた溜息を一つ漏らす。


「すまないが、私たちの長に会ってもらえないか。今の話を詳しく聞きたい。ああ、ガンバたちじゃなくて、魔物の方な。それが本当なら、私たちも討伐隊を組まねばならないからな」


 リョウたちはもちろん不都合はない。むしろ、今は情報を出来るだけ集めたいと思うのは当然のことで、その長とやらに会えるのは渡りに船といったところだろう。

 了承する旨を伝えると、その女性は優しく微笑んだ。


「ありがとう。私はマリア。こっちが」


「リサよ。よろしくね」


 ポニーテールを揺らしながら、人懐こい笑顔を向けて手を振ってきた。

 リョウたちも自己紹介を終えて、マリアとリサは集落の方へと馬を進め出す。ゆっくりとした速度で、歩いていても歩幅はあまり変わらないくらいだ。

 角の生えた白馬の後を追っていると、ミナがちょこんと肩に乗り、そしてひそひそと耳打ちをしてくる。


「ねぇ、マモノって何?」


 先ほどの会話を理解していなかったらしい。いや、理解していて現実逃避をしているのかもしれない。


「マモノは魔物だろ。ぶっちゃけ、俺も分かんねえよ。もう、一体何が何やら」


 頭を掻きながらふぅと溜息を吐き、キョロキョロと周囲を見回す。今まで暮らしてきた中では一度も見た事がないような大自然が、少しだけリョウの心を癒してくれた。

 そんなリョウを見て、ミナが少し怪訝そうに目を細めた。


「そういう割には、結構落ち着いてるわよね。こんな目に遭ったっていうのに」


「……落ち着いてるかな」


 言われてみれば、普通なら慌てふためきそうな状況なのに、どこかこれを楽しんでいる自分がいる。

 そう、楽しんでいるのだ。


「正直に言うと、どこかワクワクしてる自分がいる」


 ライオンのような怪物に襲われたり追い剥ぎに狙われたりと散々な目に遭い、見知らぬ場所に放り出されたとしても、心が躍っているのを抑えきれずにいた。

 おそらく危機感が足りないのだと、自分でも把握している。だが目の前に角を生やした白馬が歩いていて、まるでゲームの中に入り込んだ気分になるのは、男なら仕方がないのではないだろうか。

 そんな感想を漏らすと、ミナは呆れたように肩を落とした。


「よくこんな状況でそんな気分になれるわね」


「そうは言うけどさ、お前だって大概冷静じゃないか?」


 自分はゲームの世界だと思えば案外割り切れるものだと思っているのだが、自分以上にミナが冷静なのは意外だった。

 そう思っていると、ミナは苦笑して、そして全身を見せるようにして肩をすくめてみせた。


「身体がこんなのになっちゃったこと以上に、驚く事ってある?」


 確かに、と納得してしまう。ライオンのせいで有耶無耶になってしまったが、この状況に一番驚いていたのはミナだろう。驚きを通り越してしまった、とはこのことか。

 そんな事を歩きながら話していると、ポニーテールのリサが速度を落として、リョウたちの横に並んだ。誰にでも好かれそうな笑顔を向けられて、リョウは少しドキッとした。明るいお姉さんといった感じだ。


「二人とも、仲いいねー。どれくらいの付き合いなの?」


 言われて、二人は顔を見合わせる。そして同じように首を捻った。


「どれくらいだろ。気付いたら一緒にいたからなー」


「幼稚園も一緒だったし、十年ちょっと、ぐらい?」


 そんな曖昧な答えにも、リサはへぇと少しオーバーに相槌を打った。


「ヨウチエンって何だか分からないけど、物心ついた頃から妖精さんと一緒だなんて、羨ましいなぁ。ま、私にはダリオスがいるけどね」


 と言ってリサが跨るユニコーンの頭を撫でた。ダリオスというのはユニコーンの名前だろう。ダリオスはリサに答えるようにヒヒンと嘶いた。

 その頃はまだ妖精じゃなかったんだけど、と心の中で呟いておいた。


「ダリオスって、その馬のこと――うわっ!」


 「馬」と言った瞬間にユニコーンの頭がリョウに向いた。鋭い角が今から突き殺さんとばかりにリョウを目指している。

 鞍の上でリサが慌ててダリオスを宥めていた。


「こら、ダリオス! もう、リョウくんも気をつけて。ユニコーンはプライドが高いから、「馬」なんて言ったらすぐに怒るのよ」


 リョウがこくこくと頷くと、ダリオスは納得したのか再び歩き出した。それにつられてリョウも横を歩く。近づくのが少し怖かった。ユニコーンなんて可愛らしいイメージがあるが、本物をみたらとても怖い。よくよく考えれば角を生やした馬が可愛いわけがないのだが。

 機嫌を直したダリオスにホッとしたのか、リサはやれやれと溜息を吐く。


「ダリオスだけじゃなくて、他のユニコーンたちも同じだから気をつけてね。まぁ、ユニコーンなんて見るのも初めてでしょ? 仕方ないっちゃ仕方ないんだけどねー」


 だから許してあげてね、とダリオスのたてがみを撫でるリサはどこか得意気だった。

 先ほどから妙に静かだと思っていたミナは、ユニコーンに釘付けだった。多少おっかなびっくりといった様子なのは、先ほどぎょろっとこっちを向いた時のショックが抜けてないからだろう。あれは本当に怖かった、とまた思い出して身震いした。


「ユニコーンなんて初めて見るけど、やっぱり珍しいものなんですか?」


 ミナが放心しているので、喋るのは専らリョウの役割だった。

 リサはが顎に手を添えて、うーんと悩ましげに唸る。


「多分、珍しいと思うよ。ユニコーンは私たちユナスの誇りだってみんな言ってるし、ここ以外でユニコーンがいるって話も聞いたことないわ。遠くからユニコーンを見にわざわざ来る人もいるぐらいだし。ま、来る度にいつも追い返しちゃうんだけど。ほら、この子たちって聡いから、ジロジロ見られるのが嫌いなのよ」


 自分たちと同じ認識なら、確かにユニコーンを見たくなる気持ちも分かる。だが追い返すのはユニコーンたち自身なんだろうなと思うと、途端にその気持ちも萎える。見た目に反して荒らそうな気性は身を持って理解している。

 そんな雑談を交えながら、四人は草原を進んだ。途中でガンバ団とのやり取りの話になって、牛が空を飛んでる発現の辺りでリサは涙を流すほどに大笑いをしていた。その時にはすでにミナも普段通りに戻っていた。

 先導していたマリアは途中で一言も喋る事はなかったが、振り向いた時に一度だけ目が合って、その時はにっこりと微笑んだ。まるで引率の先生みたいだと思うと、何だか自分が幼くなったように思えた。



 ユナス族の集落は、広いキャンプ場を思い浮かばせた。サーカス団のテントを小さくしたようなものが不規則に作られ、その合間を縫うように子供たちが駆け回っている。

 少し遠くで羊たちが集落に戻ってきているのが見えた。何の動物か分からない皮をなめしている人や、鍋のようなもので何かを煮込んでいる人。皆が皆、役割をもっているようだった。


 ある程度集落まで近づくと、マリアとリサはユニコーンから降り、そしてぽんぽんと首の辺り叩くと、ユニコーンたちは気ままに走り去っていった。不思議そうにそれを見ていると、呼べばすぐ来るからとリサが説明してくれた。本当に賢い。

 これからこの集落の長に会うということは前もって分かっているので、リョウは失礼にならない程度に周囲を観察しながらマリアの後を追う。


 マリアは誰かとすれ違う度に声をかけられている。その子は一体どうしたのか、とか。肉が焼けたから喰え、とか。マリアが人気なのかこの集落自体そういうものなのかは分からないが、マリアは一人一人に律儀に答え、これから長に会いに行くとだけ言って、笑顔で手を振っていた。

 ちなみに今ミナはポケットの中に隠れている。大勢の前に不必要に姿を現す必要もないという判断だ。

 とは言っても頭だけはポケットから出ている。こっそり見る分には問題ないだろう。誰かが近づくと素早い動きでポケットの中に引っ込んだ。


「それにしても……」


 リョウは思わず呟いていた。ユナス族の人たちを見ていて、少しだけ気になった事があるのだ。それは彼らの服装のことだ。


「ん? リョウくん、どうかした?」


 その呟きが聞こえたのか、リサが前を歩くリョウに声をかける。


「いや、ちょっと気になったんですけど……リサさんやマリアさんみたいな格好をしてる人って、女の人しかいないなぁって」


 ユナス族の服装はシンプルだ。革と毛皮で作られたものが多く、そしてちらほらと革のプロテクターに帯剣をした人も見かけるが、それらはすべて女性だった。


「ああ、それはね、ユニコーンには女の人しか乗れないからよ。野獣とか追い払うのにユニコーンは必須だからね」


 歩きながらリサは自慢げにそう語った。ユニコーンのことを本当に誇りに思っているのだろう。彼女の顔からはそんなことが窺えた。

 だがユニコーンが野獣を追い払う光景が想像できない。あの鋭い角で一突きにしてしまうのだろか。串刺しになった狼なんかを想像して、ユニコーンのイメージが若干変わった。


「ここが長のテントだ。少し待っていてくれ」


 前を歩いていたマリアが、他のテントよりもやや大きいそれに入っていった。残された二人はリサと待ちぼうけ。途中で集落の人が何人か声をかけてきて、それをリサが対応していた。

 リョウは奇異な目で見られることに違和感があったが、服装のせいで浮いているということは自覚しているので我慢している。もしミナが他人に見られればこれ以上の視線を浴びる事になる。そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。

 当の本人はどうしているかといえば、ポケットの中からリョウの顔を見上げて、退屈だと訴えていた。


「待たせたな。三人とも、入ってくれ」


 マリアの真剣な表情に、思わずたじろいでしまう。まるで校長室にでも呼ばれたかのような気分だ。

 中は思っていたよりも広かった。リョウは家族でキャンプ等に行った事はあるが、その時のテントと比べれば遥かに広い。もっとも、リョウの知る三角の形をしたものとは構造が全く違うのだが。

 広さで言えば、リョウの家の個室ぐらいはあるかもしれない。仮にリョウの部屋の勉強机や本棚やベッドを押し込んでも、十分に寝転がるぐらいの余裕はありそうだ。

 円形の形をした壁際には、民芸品のような木彫りの動物たちがいる。それらがテントの中心に向けて置かれていた。


 木彫りの動物たちの視線を一身に受けるのは、一人の老婆。何枚にも重ねた布を羽織って、真っ白になった髪を後ろで一つに結った老婆は、座布団のようなものの上に座っている。柔和な笑みを浮かべた、優しそうな人だった。


「ようこそ、小さな旅人さん。私たちユナス族の集落へようこそ。ささ、お座りなさい。ポケットのお嬢ちゃんも、出ておいで」


 目ためよりも若々しい声だったが、それでも少ししわがれていた。リョウは長の真向かいの座布団の上に正座になり、ミナはポケットから出てきてリョウの肩に腰を降ろすと、今までずっと窮屈だったのか大きく背伸びをした。マリアは長の少し後ろに立ち、リサは入り口からリョウの背中を見つめている。


「おおよその話は聞いています。大変な目に遭ったようね。でも、あなたの口から何があったか教えてもらえる? 特に、あなたに襲いかかったという魔物の話を」


 リョウは頷き、これまでの経緯を説明した。学校から家に帰る途中で意識を失って、気付いたら見知らぬ場所にいたこと。そして、魔物のこと。突然何もない空間から現れた怪物がリョウに襲いかかり、そして突如消えた。今思っても謎だらけだ。

 マリアたちとの邂逅に至るまで話終えた所で、老婆はふむと唸り、背後のマリアがおずおずと申し出た。


「長、魔物の話が本当なら今すぐ討伐隊を組むべきだと思いますが……」


「いえ、討伐の必要はないわ」


 マリアの言葉の途中で、長は片手を上げてマリアを制した。


「これは、おそらく魔物ではないわ」


 マリアの目が驚きに満ち溢れている。背後から「え?」と漏らしたのはリサだろう。

 リョウたちは反応に困った。魔物ではないと言われても、だからなんだとしか言えないし、自分の言葉が嘘だと思われているようでもない。

 マリアが何か物言いたげだったが、長の言葉を待つように唇キュッと結んだ。

 長は少しもったいぶるように、もしくは記憶の糸を手繰るように、ゆっくりと語り始める。


「昔、似たようなものを見た事があります。おそらく、その獣は召喚術によって呼ばれたもの。そこらの魔術よりも遥かに高等な魔術よ。確実とは言えないけれど、あなたたちを誘拐した犯人が使ったものでしょう。あなたたちを殺さなかったところをみると、その意図は分からないけれど」


 ――召喚術。リョウがよくやるゲームなどでは、味方となる召喚獣を呼び出して敵を攻撃したりする魔法のようなものだが、その認識とほぼ同じと考えていいだろう。

 確かに何もない場所から獣が現れるのは、召喚魔法とかでは一般的なものだ。もっとも、それはゲームの中での話だが。

 肩に乗っているミナは特にゲームなどしていないので、ちんぷんかんぷんといった様子だった。


「ということは、俺達を誘拐した犯人はその場にいた?」


「誘拐犯と召喚術師が同じなら、おそらく」


 こくりと頷く長に、言い当てたリョウは少しだけ探偵になったような気分に浸りながら、あの時の様子を思い浮かべる。

 あの場にいた、といわれても、どこから? という疑問が沸いてくる。四方が壁に囲まれた部屋の中で、地下室だったから当然窓などなかった。唯一、向かいに出入り口になるだけ。犯人がいたというのなら、そこから見ていたというのか。


 そこまで思い出して、ハッと気付く。そういえば、ライオンが消えたのは、出口を崩された直後だ。つまり、犯人が中の様子を見れなくなったから、ということだろうか。もしくは、あの瓦礫の中に埋もれてしまったか?

 そうでなければ、犯人はまだ近くにいるはず。リョウは急に背筋に悪寒が走った。犯人がいるとすれば、今この時も、リョウたちに対して目を光らせているのかもしれない。

 長の背後で話を聞いていたマリアが、重々しく口を開く。


「召喚術……確か、巫女姫様が得意とする魔術でしたね」


「巫女姫様?」


 マリアの言葉にミナが反応した。リョウも同じ言葉に疑問を持つが、長とマリアが一瞬目を丸くしたのを見て、思いとどまって良かったと、内心ホッと安堵した。ここでは巫女姫という言葉は常識なのかもしれない。

 二人ともすぐに納得したような表情になったのは、ミナが妖精の姿をしているからだろう。長は子供に聞かせる御伽草子を語るように、口を開いた。


「三百年ほど昔のことです。かつてこの世界を魔王が襲っていた頃、神託を受けた一人の巫女が異世界から勇者を召喚しました。勇者は魔王を倒し、そしてその巫女は巫女姫と呼ばれるようになったのです。今の巫女姫様は、異世界の勇者を召喚した巫女の末裔ということです」


 それだけ聞けば良くある話だと聞き流していたかもしれないが、リョウには決して無視できない単語が含まれており、その単語を聞いた瞬間に思わず身を乗り出してしまった。


 ――異世界の勇者。


 もうそろそろ現実を認めなければいけないのかもしれない。常識から考えれば決して有り得ないことなのだが、否定する要素がない上に認めてしまえば全てがすっきりする。

 ここは、異世界だ。地球上には存在しない、未知の世界なのだ。そこに、リョウ達は召喚された。伝説の、異世界の勇者と同じように。

 だが気になることが一つだけある。それをどう問えばいいか迷っていたが、隣の幼馴染も同じ事を考えていたのか、リョウの心を読んだかのように一番聞きたい事を代わりに聞いてくれた。


「その、異世界の勇者は、元の世界に帰れたんですか?」


「伝説では、そうなっています。勇者を召喚した二つの神器により、元の世界に帰ったそうです」


 それを聞いてリョウは心から安堵した。その異世界の勇者が帰ることが出来たのなら、自分たちも帰れるだろう。体中の力が抜けたようになった。

 ただ、疑問は残る。リョウたちを召喚したのは、一体誰なのか。何のためにリョウたちは召喚されたのか。

 そして、どうやって召喚したのか。


「その神器? っていうのは、どこにあるんですか?」


 リョウはそう尋ねた。この世界の一般常識を知らないと怪しまれるかもしれないが、これぐらいのことなら知らなくても大丈夫だろうとあたりをつけたのだ。

 リョウの思惑通り、長はさして気にする様子もなかった。


「確か、ローメン城に国宝として納められているものが一つと、もう一つは巫女姫様が代々守っていると聞いた事があるわ」


 それを聞いて、リョウは唸る。その神器とやらがないのなら、自分たちはどうやってここまで来たのか。もしかしたら神隠しのようなもので迷い込んだ可能性もある。


「ともかく、あなたたちは早くここから離れた方がいいかもしれないわね。あなたたちを誘拐した犯人が何を考えているのかは分からないけれど、近くにいるのはまず間違いないでしょうから。マリア、後は頼んでいいわね」


 長の問いに、了承の意を示すようにマリアは頷き、そしてリョウ達の方に視線を向けた。


「この近くにリゴンという名前の町がある。そこまで馬で送ろう。そこから『船』が出ているから、それに乗って王都ローメンまで行くといい。丁度搭乗チケットを持っているから、それを君たちに譲ろう」


 背後でハッと息を飲む音が聞こえた。


「マリアさんっ、そのチケットは――!」


 リサが驚いて叫ぶが、マリアは柔和な笑みを浮かべたままだ。何か大事なものなのか、それともよほど高価なものなのか。


「いいんだ。どうせ、私はここから出ることなど出来ない。だったら、このチケットを彼らに預けた方が余程有意義だろう。ただ、リョウ、ミナ。君たちに頼みがある。チケットを渡す代わりに、王都にいる妹に手紙を届けて欲しい。ただ、それだけだ」


 そういうことなら、と了承する。マリアは満足そうに微笑んでいたが、リサはまだ納得できないのか、少しだけ顔をしかめていた。


「すまないが、手紙を書く時間をくれないか。あまり時間はとらない。その間に、準備を済ませておこう。リサ、リゴンまで彼らを連れていってくれ。馬はオットーに頼むといいだろう。あと買い物も頼む、そろそろ穀物がなくなってきた」


 リサは渋々ながら頷いてテントを出ていく。マリアに促されてリョウたちも出ていこうとして、出口の前で振り返った。


「どうもありがとうございました」


 ミナと一緒に頭を下げると、長は少しびっくりしたように目を丸くして、そして慈しみに溢れた笑みを浮かべた。


「お気をつけて、丁寧な旅人たちよ。あなたたちに、ユナス神の加護があらんことを」


 両手を胸の前で合わせて、長も頭を下げた。マリアに背中を押され、リョウ達はテントを出ていく。


「……ユナス神?」


「私たちを導いてくれる神様さ。それじゃあリサ、後は任せたぞ」


 すぐに出ていったリサだったが、外で待っていてくれていたらしい。だがチケットの話が出てからずっとしかめっ面で、マリアの言葉にもまだ納得出来ていないようだった。

 リサの言葉を待たず、マリアは踵を返して歩いて行ってしまった。どうすればいいかとミナと顔を見合わせる。そして同時にリサの顔を覗きこめば、考え事をしていたのか俯き気味だった顔をハッとさせた。


「それじゃあオットーさんのところに行くから、ついてきて」


 その表情が若干元気がないように思えて、ひどく違和感を覚えた。何か悪いことをしてしまったような気がして居心地が悪い。

 リョウは基本的に、こういうのが苦手だ。相手が気分を悪くしてしまうと、少し距離を取りたくなる。友人の古賀と喧嘩をした時も、リョウから謝ることはあまりなかった。それは謝りたくないのではなく、気まずくて声をかけ辛いからだ。もっとも、古賀の場合は向こうから何もなかったかのように話しかけてくるから、喧嘩もそうは続かないのだが。

 その点、ミナは思った事をすぐに言うタイプだ。こういう時、ミナがいてくれて本当に助かる。

 ミナはその翅でリサの横まで飛ぶと、申し訳なさそうに言った。


「ねぇ、チケットって私たちがもらっても良かったの? すごく大切なものだったりするの?」


 その問いに、リサはハッとして二人を見た。その心中を察することは出来ないが、リサは申し訳なさそうに、微笑んだ。


「ごめんね。あなたたちは悪くないのに」


 そして大きく深呼吸をする。たったそれだけの動作なのに、リサの顔は――出会ってまだ一時間も経っていないのだが――いつもの顔に戻ったような気がした。


「あのチケットはね、マリアさんの妹の、アリスっていう子が送ってきたものなの。今彼女は王都で騎士をやっているらしくて、いつか王都に遊びに来てって。もちろん、私たちユナスの戦士が集落を離れられる訳がない。それはあの子も分かってるから、あのチケットはお守りみたいなものなのよ」


 歩きながら話す横顔は、どこか大人っぽかった。


「でも、そのアリスって人もユナス族、なのよね? どうしてその人は出ていっちゃったの?」


 リサは人差し指を唇にあて「うーん、どこから話そうかな」と呟く。


「アリスは、私と同い年なの。子供の頃からずっと一緒で、将来は一緒にこの村を守る戦士になろうって約束もしたわ。でもね、私たちが十二歳になる頃、ユニコーンの一頭が病気で死んじゃったの。ユニコーンだってたくさんいるわけじゃない。一頭いなくなるってことは、私たちのどっちかがユニコーンに乗るのを諦めなくちゃいけなくなったってことなの」


 遠くを見ながら語るリサの瞳には、当時のことが映っているに違いない。


「あの子は、すぐに辞退した。その時、こう言ったの。『ユニコーンの戦士には、リサがなって。その代わり、私に旅をさせて。世界を見て回りたいの』って。その時、私たちはまだ十四歳だったわ。周りの大人たちの驚きようったら、もう」


 リサはたまらずに笑い出した。とても楽しい思い出のようで、リョウ達の顔も思わず綻んでしまう。


「結局、あの子は周りの大人たちを説き伏せて、十五になったらここを出ていったわ。私たちはもともと旅をする民族だけど、あの子はこの草原の中じゃ収まりきらなかったのね。でも、私は申し訳なさで一杯だったわ。旅に出たいっていうのは本心だったと思うけど、あの子もユナス族として生まれて、ユニコーンに乗るのを夢見ていたのは、ずっと隣にいた私が一番知ってる」


 どこか哀愁の漂う顔を覗きこめば、瞳が若干潤んでいるように見えた。

 話を聞いて、リョウは素直にすごいと思った。自分よりも年下の頃に、一人で旅に出るなんて、例え世界が違ってもそのアリスという人には思わず尊敬してしまう。


「それで、今は騎士になってるのかぁ。でも、騎士ってそんなに簡単になれるものなんですか?」


 リサはうーんと首を傾げる。


「それは私にも分からないよ。基本的に草原を旅する遊牧民だから、騎士様なんて無縁だもの。でも、あの子からの手紙で知ったんだけど、どうやら巫女姫様とご縁があったみたい。だからじゃないかな? でも、あの子はきっと、すごく立派な騎士になってるはずよ。きっとね」


 誇らしげに幼馴染を語る彼女の顔は輝いていた。


 *


 歩いているうちに目的地に着いたらしく、ユニコーンではない普通の馬が放されている集落のはずれに三人は到着した。馬を見て、なるほどとリョウは思う。ユニコーンは女の人しか乗れないなら、男の人が乗るための馬も必要なのは当然のことだ。

 村の中心から一番遠くにあるテントにオットーという人がいるらしく、リサは二人をその場に待たせてテントの中に入っていった。


 二人っきりになったのを見計らって、リョウはポケットの中に戻っている幼馴染に声をかける。


「ミナ、一つ決めたことがある」


 ミナがぴょこんとポケットから顔を出す。周囲を見回して誰もいない事を確認すると、どうしたのかと首を傾げながら、リョウの顔の高さまで飛んだ。


「巫女姫様って人に会おう」


「……一応聞くけど、どうして?」


「さっきの話聞いてただろ? 巫女姫は昔、異世界の勇者を召喚して、そして元の世界に返したって。だったら、俺たちが帰る方法も分かるんじゃないか? その神器ってやつも、その人が持ってるんだろ?」


 話を聞いていたミナは、やがてがっくりと肩を落としてうな垂れた。


「やっぱり、ここって異世界なのね……」


「認めたくない気持ちは分かるけどな……」


 二人揃って溜息を吐いた。


「でも、リョウの意見には賛成。アリスさんって人も巫女姫様の知り合いらしいし、案外簡単に帰れるかもね。でも、その前に私は元の身体に戻る方法を探さないといけないんだけど」


 言われて、リョウはハッとする。ミナの身体のことを忘れていた訳ではないが、元の世界に戻れば勝手にミナも戻るような、そんな気がしていたのだ。

 それは正解かもしれないし、間違っているかもしれない。だが、もし間違っていたら、ミナはこの身体のまま元の世界に戻ることになるのだろうか?


「それも含めて、巫女姫様に聞かないとな」


 結局のところ、自分たちだけで憶測を立てても仕方がない。詳しい人物に助力を得ないことには何も始まらない。当面の目的は、巫女姫に会うことで、ミナも異存はないようだった。



 テントからリサと大柄な男が出てくる。集落の中にいた人たちと同じように革のズボンとジャケットを羽織っていて、焦げ茶色をした硬い髪に不精髭を生やしたその姿はまるで熊のようだったが、話してみると案外気さくで、面倒見の良さそうな人だった。


「事情はある程度は聞いてるよ。ま、色々大変そうだが、安心しな。少なくともリゴンまでは無事に届けてやるよ」


 わしわしと頭を撫でられ、くしゃくしゃになった頭を手櫛で直す。荷造りを始めるオットーに安心感を覚えつつ、隣のミナを見ると少しおっかなびっくりという様子でオットーを眺めていた。

 オットーの荷造りの内容は、主に羊毛と羊肉、それとチーズらしい。リゴンという町に送ってもらうついでにそれらを売るらしいが、特にチーズは高く売れると、リサが得意気に説明をしてくれた。


「私たちは遊牧民だから毛皮と肉には困らないんだけど、穀物とか塩とか、そういうのは町に行かないと手に入らないのよ。草原を転々としてるけど、拠点の近くにはそういう物を補充できる町があるの」


 リョウたちはへぇと感心する。言われてみればその通りで、それは自分たちの世界にいる遊牧民も同じなのだろうかと、少し興味が沸いてきた。

 帰ったらちょっと調べてみようかなと、心に小さく決めていると、手紙を書き終えたらしいマリアがやってきて、リョウはそれを受け取りそれをまじまじと見た。


 元の世界では発展途上国では紙が貴重なところもあるとテレビで見た事がある。この世界はどうか分からないが、その手紙は間違いなく羊皮紙などではなく、確かに紙だった。ただ、封筒は画用紙のように厚く、ちょっと雑に扱ったぐらいじゃ曲がらないようなものだった。

 赤い封蝋には角の生えた馬の印がしてある。リョウはそれを内ポケットに仕舞った。


「妹の名前はアリスだ。生憎、王都は詳しくないから場所までは分からないのだが、神殿騎士のアリスと言えばすぐに見つけられるらしい。手間をかけるが、よろしく伝えておいてくれ。君たちの旅路に、ユナスの神の加護があることを祈っている」


 マリアの堅い口調からか、妹のアリスという人が騎士をしているという姿も何となしに想像できる。

 リョウはマリアと別れの握手をすると、オットーの後ろに跨った。もちろん乗馬経験のないリョウは馬に跨るだけでも四苦八苦だったが。

 初めての乗馬に胸が弾む。ミナはリョウのポケットにするりと入った。

 マリアが手を振り、リョウたちもそれに応える。


「ありがとうございました、行ってきます!」


 無限に広がっていると錯覚させるような大草原に、太陽の昇ってきた方向へ向けて三人は吸い込まれるように駆け出した。思いの外揺れる馬上で、リョウは遠ざかっていくユナス族の集落を見届けることも出来ず、ひたすらオットーの背中にしがみ付くのであった。

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