三.俺たちガンバ団
「え?」
二人の声が見事に重なった。晴れ渡る空、白い雲。太陽は昇り始めたばかりだったが、見事なまでの晴天だった。
建物の内部は案外簡単な構造だった。あの部屋を出て通路を出ると上に登る階段があり、それを登り切った所が外になっていた。先ほどいた場所は地下だったようで、階段を登り切るとそこには石の建造物がちらほらと散在していた。
だが、目の前の見た事もない光景もそうなのだが、今が朝方だという事実が二人を混乱させた。
思わずリョウはスマートフォンを取り出す。時刻は午後七時四十五分。スマートフォンでの時刻は明らかに夜なのに、この明るさはどういうことか。
「……壊れたか?」
そう思ってスマートフォンを弄ってみても、どこかに故障があるわけではない。首を捻りながらスマートフォンをポケットに仕舞った。
「ここどこ?」
ミナが辺りをキョロキョロしながら言う。それに、リョウが答えられる訳がない。自分たちが出てきた建物の出口からまっすぐレンガを敷き詰めたような道が続いており、それは途中で途切れてその先は森になっていた。
レンガの隙間からは草が手入れもされずに生えており、周囲を見渡せば踝ぐらいまである草が芝生となって、トーテムポールのモアイ版みたいな石像が折れたり欠けたりしたものがいくつかあった。
そしてその先は森。この場所は森に囲まれた場所らしく、遺跡、というよりはミステリーサークルに近いものだと感じた。
「なんか嫌な予感がひしひしとするんだが」
「予感っていうよりも、もうその場面に直面しちゃってるよね。あ、そうだ。ちょっと待ってて」
言うと、ミナは空高く舞い上がった。一体何をしているんだろうと、ミナの姿を追いかけて空を見上げる。おそらく遠くの様子を見てくれているのだろう。便利だなーと思いながら、ただでさえ小さくなったミナの姿を追うのは大変だったが、少ししてまたミナが戻ってきた。ただ、その表情は優れない。
どこか青ざめたミナが少し心配になりながらも、その口を開いてくれるのを待った。
「ねぇ、リョウ。今更なんだけどさ、これって夢だったりしないかな?」
本当に今更である。夢だと疑うならあの部屋で目覚めた辺りとか、何もないところからライオンが現れた時とか、もしくはそのライオンが火を吹いた時とか、よくよく考えれば夢だとしか思えないことのオンパレードだ。
もっとも、一番夢だと疑いたくなるものは、目の前で翅をパタパタさせている、ちっちゃくなった幼馴染の存在なのだが。
「何か見えたのか?」
尋ねると、ミナは首を横に振った。
「何も。森の向こう側には何にもなくて、ずっと草原みたいなのがあるだけで、遠くに山が見えるだけ。何もなかったの。でも」
と、ミナはレンガの道が続く森の方を指差して、
「あっちの方に、村っていうか集落みたいなのがあったわ。でも、なんていうか、モンゴルの遊牧民みたいな感じで、まるで日本じゃないみたい」
日本じゃない、と言われてリョウの脳裏にある思いが浮かぶ。だが、まさかそんなゲームみたいなことが現実に起こりうるはずがないと、リョウは頭を振ってそんな思いをかき消した。
「じゃあとりあえずそっち行くか。ここにいてもしょーがないしな……どうした、ミナ?」
いつの間にかリョウの肩に腰を降ろしたミナが、どこか遠くを見ていることに気付く。ミナは森の奥に視線を向けながら言った。
「なんか、見られてるような気が……」
「おいおい、怖い事言うなよ。それ、マジか?」
「うーん、分かんない。気のせいかもしれないけど……」
リョウも目を凝らして森の方を凝視してみるが、そこに何かがいるかは分からなかった。それが人なら名乗り出てきてもいいものだが、先ほどのライオンみたいなのだったら全力でお断りしたい。
「あまりここにいるのも良くないかもな。とりあえず行こうぜ」
「うん……」
不安そうに消え入るミナの声に、リョウは嫌な予感を覚えるのだった。
*
「今日はいい日だ、なあブラザー。俺は今日、最っ高にツイてるッ!」
森に入って十分ほど歩いた所で、前方からそんな叫び声が聞こえてきた。二人はビクッとしてその場に立ち止まり、立ち塞がるように立つ二人の男を見た。
「オウイエイ、アニキ! 晴れ渡る空に、えーっと、その他何か色々と、俺達を祝福してくれているようですぜ!」
先ほど感じた嫌な予感はコレを指しているのだろうか。ガラの悪い二人組。一人はゴツゴツした筋肉をこれ見よがしに露出しているアニキとか言われてたボサボサ頭の男と、もう一人はタマネギのような頭をしたずんぐりむっくりの子分っぽい男だ。
リョウもミナも目が点になっている。ここにきてようやくの人である。ライオンでもない、話の通じる人間である。その人間が、正直この状況でもご遠慮願いたいタイプの人間だった。
だが、人を見かけで判断してはいけない。とりあえずファーストコンタクトを試みる。
「あのー、どちらさま――」
「俺様の名前はガンバ!」
リョウの声を遮って、ボサボサ頭は名乗りあげた。リョウの肩がビクッと震える。
「アッシの名前はゴズ!」
今度はタマネギ頭が名乗りあげる。
『イエス! 俺たちガンバ団!』
ガンバが天を指差して、ゴズが両手の親指を自分に向ける。まるでずっと練習していたかのように、二人は変なポーズをして叫んだ。
これは、リアクションに困る。何と言えばいいのか分からず微妙な空気が流れる中で、ガンバ団の二人は何かを成し遂げたかのように誇らしげだった。
ただ、隣で空気を読まない幼馴染が、他に誰かいないのかとキョロキョロと周囲を見回しながら呟く。
「ガンバ団って……団なのに、二人だけ?」
グサッ!!
そんな効果音が聞こえたような気がするほど、ショックを受けたガンバ団――特にアニキ分の方が仰々しく膝をついた。
「いやさ、分かってるよ。二人なのに団っておかしいよね。俺もそう思う。うん。でもさ、最初はこんな予定じゃなかったのよ。もっとたくさん人が集まると思ってたのよ。でもさ、いざ蓋を開けてみたら、ついてきたのコイツだけじゃん? いや、別にこいつが悪いとか言ってるんじゃないんだけど、ほら、団っていうからにはさ、俺、団長って呼ばれたかったのよ。なのにさ、何これ。何で誰もこないの。俺の何が悪いのさ。え? 俺の髪型ってそんなにヘン?」
「アニキー! 俺はいつまでも付いて行きますぜー! その髪型もキマってるっす!」
膝をつき、両手を大地につけて心底凹んでいるガンバという男を見て、隣ではすごく罪悪感を感じているのかミナがオロオロとしていた。
「あの、その、ごめんな――」
「どぅわがしくわぁああしぃいい!」
ミナの謝罪を遮って、ガンバがガバッと立ちあがった。巻き舌気味で良く分からなかったが、おそらく「だがしかし!」と叫んだのだろう。
ミナがビクッと肩を震わせた。
「大金を、ゲットする、チャンスが、とうとうやってきた! ヘイヘイ、ボーイ。命が欲しけりゃ金目のもん置いてきな」
最初は言っている意味が分からなかった。思考の末に、目の前にいる二人組が追い剥ぎの類だということに気付く。
今までの間抜けな空気が一気に霧散した。
「いやっ、金目のものなんて持ってないんですけどっ」
「嘘つけ! そんな立派な服着ておいて、金がないなんて言わせねえぜ!」
言われて、自分の服装を確認してみる。学校指定のスラックスに、ハイネックの白いセーターと藍色のブレザー。リョウの通っていた東坂高校の制服は確かに評判は良かったが、立派な服と言われると違和感を覚える。
もっとも、無駄に肌を露出している男の継ぎ接ぎだらけの服を見れば、対照的に立派かもしれないが。
「それに、仮に金がなかったとしても、『そいつ』がいるじゃねえかッ」
そしてガンバは一点を指差す。その先にいるミナは、一瞬自分の事を言われていると気付かなかった。
「わ、わたし……?」
自分を指差して、宙に浮きながらフワフワと浮いているミナはきょとんとしていた。
ガンバが薄らと嫌な笑みを浮かべる。
「お前らがあの遺跡から出てきた時は一体なんだと思ったが、『そいつ』を見た時にピンと来たね。そいつを売りゃあ、一生遊んで暮らせるほどの金が入るだろう。ガンバ団のメンバーも増えるってもんだぜ。それにしても妖精なんてお伽噺の産物だと思ってたが、まさか本当にいるなんてな。ありがたや~、ありがたや~」
子分のゴズと二人で両手をすり合わせ、今から誘拐しようとする対象を拝みだすガンバ団に、ミナは激昂した。ぷんぷん。
「ちょっと、人をモノ扱いしないでもらえる!? あんたたちなんかに売られてたまるもんですか!」
怒る気持ちも分かるが、リョウは内心穏やかではなかった。あいつらを怒らせないで欲しいと、切実に思う。正直、リョウはビビっていた。
何しろオツムは弱そうだが、小柄なゴズはともかくガンバは筋骨隆々だ。あんなのと喧嘩したら絶対勝てない。
さらに、
「だったら力づくで奪うまでよ。こいつでな」
腰に指していた鞘から剣を引き抜き、その切っ先をリョウに向ける。白銀に輝くそれはゲームに出てくるような両刃の剣。それを見てリョウはますますビビった。
ブレることなく剣を構えるガンバは、どこか自分に酔いしれているようだった。
「こう見えても、俺はシーベル流剣術の使い手だ。そんじょそこらの剣士と比べてくれるなよ」
汚い歯を見せて笑うガンバに、リョウは戦々恐々として後ずさった。シーベル流剣術というものがどんなものかは分からないが、なんとなくすごそうだ。この男ならガンバ流剣術とか言いだしそうなだけに。
とにかく、逃げるべきだと思った。だが逃げ切れるだろうか。最悪ミナは飛んで逃げられると思っていたし、奴らはその辺どうするのか気になったが、何も考えていなさそうだったので気にするのは止めておいた。
どうやって逃げるか。それを悩んでいた時、隣の幼馴染が唐突に叫んだ。
「あぁっ、牛が空を飛んでる!!」
ミナが唐突に、ガンバ団の後方を指差して、あたかも本当に牛が飛んでいるかのように驚いた表情を見せる。正直、それはねーよと思ったのだが、
「な、なにぃいいいっ!?」
効果てきめんだった。二人して後ろを向いて、どこだどこだと必死に空を見上げる。
「おいおいおい、ゴズぅ。お前、牛が空を飛んでるとこ見たことあるかよ」
「いや、ねーっす。っていうか牛って飛べるんすか?」
「ばかやろうっ! 飛べねえから驚いてるんじゃねえか! こいつは世紀の大発見だ。空飛ぶ牛なんて……うまいのか? 食えるのか?」
「っていうか、そもそも飛んでる牛は、牛なんすかね。鳥なんすかね」
「なん……だと……牛で鳥とか、最強じゃねーか……ちくしょう、絶対に食ってみてえ!」
リョウ達の存在を完璧に忘れているガンバ団を横目に、二人は横道に入って逃げた。
*
ガンバ団を振り切って、森を出たところでリョウはふぅと一息ついた。
「何だったんだ、あいつら」
出てきた森を見渡して呟く。おそらく、というか確実に深く考えても意味がない事は分かっている。というわけで、現状を整理するために周囲を見回した。
見渡す限りの大平原。地球のどこにこんな場所があるのかと思うぐらいに広大な景色だった。
少なくとも日本ではあり得ない。そこまで思って、頭によぎった考えを否定する。何となく想像はついているし、他に選択肢もないのだが、とりあえず現実から逃避したかったのだ。これが現実かどうかは怪しいところではあるが。
「リョウ、あっち。あれが村っぽいとこ」
ミナが指差す方に目を凝らすと、たしかにぽつんと何かがあるような気がした。肉眼でかろうじて見えるということは、かなりの距離があるのだろう。あそこまで歩くのは若干億劫だったが、仕方がない。
「じゃ、とりあえずあそこに行ってみるか」
ミナも頷き、二人は草原を歩く。頬を叩く風は痛いぐらい冷たく、初夏ぐらいだったらさぞ気持ち良かっただろうなと、肩を震わせながら思った。