その星の名を呼ぶものは
エトがそのひとに出会ったのは、星がたくさん降った年の瀬のことでした。
☆
事故で父と母を亡くしたエトは、三年前から教会の孤児院で暮らしています。
エト自身も事故でケガをしているため、七歳という年齢もほんとうかどうか、よくわかりません。破れてしまったマフラーにあった刺繍から、名前を『エト』と推測したぐらい、エトはきちんと自分のことを覚えていませんでした。
孤児院は貧しい暮らしをしているので、自分のことは自分でしなければなりませんし、子どもたちは小さいながらも町で仕事をしています。
靴を磨いたり、お皿を洗ったり、配達をしたり。
そうしてお金を稼いで、暮らしています。
ところがエトはといえば、ほんのすこし片足を引きずっているものですから、他の子どもたちのような仕事ができませんでした。
――わたしはいつまでたっても、星の恵みを受け取ることができないんだわ。
日も暮れ始めた町を歩きながら、エトはためいきを落としました。
古くから伝わる神話になぞらえて、この町では、なにかをなして報酬をもらうことを、星の恵みといいました。星は、神さまが与える銀貨なのです。
外の仕事はまんぞくにできないものですから、エトはもっぱら教会の手伝いをしています。そうじや食事のしたくなど、こまごまとしたことがエトの仕事でした。
今日はおおみそか。一年のおわりの日。
この日ばかりはみんな家のなかで家族と過ごし、子どもだって夜中まで起きていても怒られない、とくべつな夜。
そんななか、エトは寒い空の下、教会守に命じられて町に出ています。
一年のおわりだっていうのに、星のひとつも持って帰らないなんて。役に立たない子どもには、ヴォワラクテがおしおきにやってくるにちがいない。
ヴォワラクテは、天の星を司る神さまです。
そのことから、お金を大切にしないと天罰をあたえる、怖い神さまとしても知られています。教会は町の民からの恵みによって生活がなりたっていますので、ことのほかそれを大事にしています。
教会守の男はいつも意地悪ですが、今日はとくに機嫌がわるいのか、いつにもまして不機嫌でした。
でっぷりとおおきなお腹を揺らして、口元の髭を撫でつけながら、「どんな小さなことでもいいから仕事をして、今夜のうちに星を貰ってこい。金でも食べ物でもなんでもいい」と、エトを外へ出したのです。
けれど、町のひとはとっくに家のなかに入ってしまって、お店だって早仕舞い。
仕事をしようにも、誰もいないし、なにもありません。今年のうちに星をひとつ手に入れろだなんて、とうていできっこないのです。
しかし、なにも手にしないまま教会へ戻ったところで、中へ入れてくれるとはかぎりません。
他の子どもたちだって、できそこないのエトを笑ってばかりいるので、助けてくれるとも思えないのです。
――わたしはこのまま、凍えて死んでしまうのかしら。マッチを持ってすらいないのだもの、幸せな夢も見られないわね。
エトは空を見上げました。
ちかちかと星がまたたいています。こんなにもたくさん星はあるのに、エトの手にはひとつとして落ちてきません。背の低いエトがどんなに手を伸ばしたところで、届くこともないでしょう。
もうあきらめてしまって、どこか風をしのげるような場所を探して、朝まで待つべきでしょうか。
エトが隠れ場所を探すため、建物のあいだにある道にはいったところ、キョロキョロとあたりをみまわしている男のひとがいました。
肩のうえで切りそろえたまっすぐな髪は赤銅色。外套も羽織らずに、黒いシャツとズボンを着ています。
ひょろりと長い手足で、まるで長く伸びた影が立ち上がったように見えました。
おどろいて足を止めたところ、物音に気づいたそのひとが振り返って、エトを見つけて笑います。
「やあ、よかった。ひとがいたよ」
「……あなたは、だれ?」
「わからない。僕は名前を探しているんだ。たぶん、落っことしてしまったから」
おかしなことをいうひとです。
名前を落としてしまった、なんて。
「僕の名前がどこにあるか、知らないかい?」
「ごめんなさい、わからないわ」
「ならば、いまから降ってくるのかもしれないなあ」
「降ってくる?」
黒い服の青年は、空を見上げました。雨も雪も、降りそうにはみえません。
降るといえば、今朝の新聞に、流星群の記事が載っていました。
今日は、十年にいちど、たくさんの星が流れる日なのだとか。
流れ星には、たくさんの言い伝えがあります。
星は、人間の命。
死んだひとは空に上がって星になり、流れ星となって落ちてきて、また生まれてくると、神話は伝えます。
そして、今日のように、たくさんの星が降る日は、より大きな存在が生まれる日。
死んで星になった神さまが復活される日なのだと、言われているのです。
「ねえ、小さなお嬢さん。僕と星を捕まえに行こうよ」
「なんですって?」
「僕は名前を取り戻さないといけない。そうしないとたぶん帰れない。そのためには、星を捕まえないといけない、と思うんだ」
星を捕まえないと帰れない。
その言葉は、エトのこころにかさなりました。
エトだって、星を手にしなければ、帰ることができないのです。
「わたしも星がいるの」
「ならば一緒だね。そうか、キミも名前を探しているんだね」
「――わたしは、エトよ」
「でもそれは不完全だ。今のキミは半分に見える。でも僕も半人前のヴォワラクテだから、ふたりで一緒に名前を見つけよう」
「ヴォワラクテですって?」
「そうだよ、僕はヴォワラクテのひとりだ。それだけは覚えている」
星の神さま。
星を渡り、星を巡り、星を操ることができるヴォワラクテ。
絵本に出てくるヴォワラクテは、キラキラのラメ入りのスーツを着た髭の生えた紳士ですが、エトの前にいるのは、くたびれたようすの冴えない青年です。
つい疑いの目を向けてしまったエトに、ヴォワラクテを名乗る青年は、背中をまるめ、情けなさそうに眉を下げました。
「そんな顔をしないでくれよ。僕はたしかにヴォワラクテだけど、名前を失くして、ちからも失くしてしまったんだ」
「名前はヴォワラクテじゃないの?」
「それは一族の名前であって、僕個人の名前ではないよ。行こう。捕まえるまえに、星が流れてしまう」
ヴォワラクテがエトの手を取ると、なんだか身体が軽くなったような気がしました。
擦り切れたブーツで地を蹴ると、まるで空飛ぶ靴のように加速し、跳ね上がるのです。うまくバランスが取れずに回転する身体を、ヴォワラクテが支えてくれました。まるでダンスを踊るようにピッタリと寄り添って、空中を進みます。
「キミはダンスがとても上手だね」
「そうかしら。絵本を読んで、いろいろなことを想像していた。わたし、空想だけは得意なの」
「なら、きっと見える」
「なにが見えるの?」
「ごらん、たくさんの精霊がいる」
ヴォワラクテに抱えられてターンすると、顔の横をひらりとなにかが横切りました。向こう側が透けて見える、ヒラヒラの服を着た小さな女の子です。
かと思えば、エトの肩口に三角帽子をかぶった小人が乗っていたり、スカートのすそを揺らす風とともに綺麗な女のひとがいたりします。
いつのまにか地面は遠ざかり、二階の屋根が一面に見渡せる高さにまで来ていました。
窓の明かりも、街灯も、ぜんぶエトより低い位置になってしまって、眼前には光の道ができています。
まるで星のようだと感じたけれど、頭上の空も黒く塗りつぶされ、たくさんの星がまたたいていました。
上にも下にも星がある。
空にある星は人間の命だというけれど、地で光る星もまた、ひとが暮らしている証。命の輝きなのだと、エトは気づきました。
ついに頭上から星が落ちてきました。
ヴォワラクテと手をつないでいると、あっというまに追いつきます。銀色に光る星をヴォワラクテが掴んだ瞬間、目の前に知らない景色が広がりました。
まっしろな壁に囲まれた部屋に、おしゃれなテーブル。冠をかぶった女のひとが優雅にお茶を飲んでいます。声は聞こえないけれど、なにかを話しかけてきて、優しい顔で笑います。
そのとき、パチンと泡がはじけるように景色が消えて、もとの夜空に戻りました。
「ひとつわかった。あれは僕の母だ」
「ヴォワラクテのおかあさん?」
「きっとどこかに僕の名前もある」
周囲の星々を眺めながら、青年は顔を輝かせます。
赤銅色の髪が、わずかに赤みを増しました。薄暗かった瞳はほんのすこし明るさを取り戻し、まるで星のように淡い金色になりました。
「この星は、あなたの記憶なの?」
「僕は掟を破ってしまった。天の神が怒って、僕はバラバラになってしまったんだ。そんなことすら忘れていたみたいだ」
「掟ってなに?」
「わからない。だけど、こんなにたくさんの星が降ることはめったにない。今日を逃せばきっと帰れない」
ついさっきまでは、どこか呑気そうにしていたヴォワラクテでしたが、ひとつ記憶が戻ったことで、さまざまな気持ちも取り戻したようです。
家族のところへ戻りたいという気持ちに、エトは胸が苦しくなりました。
馬車の事故で死んでしまったという、顔もおぼえていない家族のことが、頭をよぎります。記憶を取り戻したいという気持ちは、よくわかりました。
「星を捕まえれば、僕はきっと元に戻ることができるにちがいない。そうすれば、キミの願いを叶えてあげられると思う」
「願いを叶える?」
「だってヴォワラクテは、星の神。願いごとを叶えるのも、仕事のうちだ」
☆
エトとヴォワラクテは、夜空のあちこちを飛び回り、流れ星を追いかけ、それを捕まえました。
そのたびに不思議な場所を見て、知らないひとの顔を知り、ヴォワラクテは、どんどん輝いていきます。
まっくろだった服は、絵本で見たようなキラキラのラメが入った服になっていきますが、見た目は変わらず。髭も生えず、赤い髪が揺れる若者のままでした。
どんどん綺麗になっていくヴォワラクテを見ながら、エトはだんだん恥ずかしくなっていきます。
だってエトはといえば、つぎあてのワンピースのうえに、穴が開いた古着の外套。
ブーツだってくたびれているし、肌もガサガサだし、髪もボサボサだし、まるでいいところがないのです。
美しくなっていくヴォワラクテは、孤児院に引き取られるさいに持っていた絵本に出てくる王子さまを思わせて、エトはドキドキしました。
星を捕まえるたび、ヴォワラクテの飛ぶ速度はあがります。
流れる星を手に入れるたび、さまざまな色に輝く光に包まれます。
エトなんてもう必要ないのではないかと思うのですが、ヴォワラクテはエトの手をずっと放しませんでした。
西から東へ、北から南へ。
夜空を駆けめぐり、町の中央にある時計台の針が、真上を指してかさなるころには、ヴォワラクテの姿は一変していました。
鮮やかな深紅の髪、黄金色に輝く瞳。くっきりとした目鼻立ちをしているけれど、優しそうに下がった眉は、さいしょに出会ったころの気弱そうな青年の印象をたがえるものではありません。
まっくろでそっけなかったシャツとズボンは、動くたびにキラキラと輝き、まるで夜空の星を散りばめたようです。いつのまにか現れた外套もまた夜空とおなじ色をしていて、裏地は髪色に近いボルドー。
「ああ、もうすぐ今日がおわってしまう。僕の名前はどこにあるのだろう」
たくさんの流れ星を捕まえたけれど、そのなかにヴォワラクテの名前はありませんでした。
名前がないと帰れない。
嘆くヴォワラクテに、エトはぎゅっと手を握ると、両手を上に向けて差し出しました。
「わたしの名前をあげるわ」
「なんだって?」
エトは、欠けた名前です。
ほんとうの名前は失われた記憶のなかにあって、それを思い出せたとしたら、家族の記憶も戻るのではないかと思っていました。
けれどエトは、流れ星を捕まえるうちに、ヴォワラクテの家族だけではなく、他の人間たちの記憶も見ることができました。
それは温かなものだけではなく、冷たく哀しいものや、怒りや憎しみに満ちたものもありました。
エトはいままで、自分だけがつらくてたいへんだと思っていましたけれど、そんなことはないのです。
ひとはだれだって、不幸で、そして幸せなのです。
「あなたに『名前』をあげる」
「だけど、そうすれば、キミの本当の名前は消えてしまう」
「言ったでしょう? わたしはエト。そう呼ばれているし、それだって立派な名前だわ」
どうすれば『名前』を渡すことができるのでしょう。
エトは考えます。なにかいい方法はないものでしょうか。
辺りを見回していると、遠くのほうに教会の十字架が見えました。
毎日、神さまに祈りを捧げる場所。
いるかいないかもわからない神さまですが、今なら信じられる気がしました。
エトにとっての神さまは、一緒に星を手にしたヴォワラクテです。
――そうだ、アレがある。
エトはカバンのなかから、小さなリンゴを取り出しました。
教会守に追い出されるように外へ出たとき、こっそりカバンに忍ばせたもの。途中でおなかがすいたら食べようと思っていたそれに、せいいっぱいの願いをこめて、エトはそれを差し出しました。
ヴォワラクテはおそるおそる手を伸べて、エトの手からリンゴを受け取ります。
するとリンゴはふたつに割れて、中にあった種から芽が出たかと思うと、ものすごい勢いで伸びていき、天へ向かいました。空全体を覆うように枝が伸び、葉が生い茂り、甘い匂いが漂います。
ヴォワラクテが持っていたリンゴは、そのまま溶けるように手のひらに吸い込まれ、消えると同時にヴォワラクテの髪がさらに鮮やかに光りました。
「ありがとう。キミのおかげで、僕は新しく名を得て、生まれ変わった」
「さいごに教えて。あなたの名前は、なんていうの?」
「ノヴァ。僕はノヴァだ」
ノヴァに応えるように、時計台が十二時を告げました。
今日がおわって、明日がくる。
新しい年のはじまりです。
「エト、待っていて。きっとどこかにあるキミの本当の名前を、見つけてくるから」
まばゆい光が走り、エトはまぶたを閉じました。
まるで真昼のように空が輝くなか、ノヴァの言葉を聞いたような気がしましたが、目を開くとそこは教会の祭壇前。誰もいないまっくらな礼拝堂に、ポツンと立っていました。
耳を澄ますと、ちょうど最後の鐘が鳴りおわるところで、エトはあわてて外へ出ます。
しんと静まった、いつもの夜。
他の子どもたちもさすがに寝てしまったようで、明かりも落ちていました。
――わたし、夢を見ていたの?
寒さをしのぐために、こっそり礼拝堂に入り込んでいたのでしょうか。
ふとカバンのふくらみに気づいて覗いてみると、入れてあったはずのリンゴのかわりに、大きな瓶があります。月の光にかざしてみると、瓶の中には、たくさんの金平糖が詰まっているではありませんか。
「なんだ、エトか。遅かったじゃないか。星は持って帰ってきたんだろうなあ」
アルコールの臭いとともに、教会守がふらふら歩いてきました。
エトが瓶づめを持っているのを見つけると、それを取り上げます。
「食い物でもいいとは言ったが、星は星でも、星型の菓子とはおそれいった。どこのどいつか知らないが、洒落たことをする輩もいるもんだなあ。まあ、いい。これで勘弁してやろう」
取り返す勇気もなく、エトはすごすごと部屋に戻ります。
たくさんの子どもたちが寝転ぶすきまに身体をつっこんで、布団をかぶって眠りました。
翌朝、町では昨晩の大きな光が話題となりました。
空を覆う巨大な樹木を見たというひともおり、あちこちの家の庭に落ちていたリンゴとともに、流星群の夜に神さまが復活なされたのだと囁かれました。
しかし、無数の星が流れたあとに新しい星が見つかったというニュースのほうがずっと騒がれて、神さまのはなしは、小さな町のひとだけが見た奇跡なのだということになったのでした。
☆
流星群は、十年にいちど巡ってきます。
前回の流星群の夜は、星が流れて、星が生まれました。
今年もまたなにか起きるのかもしれないと町のひとは騒いでいますが、エトにとって、新年はよろこばしいことではありませんでした。
孤児院にいられるのは、十八まで。
十七になったエトは、年があけると十八になります。
昔よりはましにはなったものの、他のひとより足が不自由なエトは、やはり同年齢のひととおなじような仕事をすることができずにいて、業を煮やした教会守により、輿入れが決まったのです。
孤児のおまえにはもったいない相手だろう。なにしろ、大金持ちだ。器量だけが取り柄なのだから、せいぜい尽して可愛がってもらうんだな。
そうして、アレだ。わかっているだろう? 星を、すこしばかり教会へまわしてくれればいいんだ。
育ててもらった恩を返したいのだと言えば、うんと頷くさ。
教会守は、にやりと笑ってエトに言います。
エトのお相手は、周辺の町では知らぬ者もいない、名の知れた高齢の資産家です。
祖父のようなひとに嫁ぐことを、どうしてよろこべるのでしょうか。
けれど、自分で身を立てるすべのないエトには、他に道がないのもたしかです。
流れ星に願いごとをしたところで、ほんとうに叶うわけではないことぐらい、もう知っています。
――結局、神さまなんていないのよ。
そう言いながらも、こうして礼拝堂へ来てしまったのは、十年前の流星群の夜。星の神さまに出会ったからでしょう。
エトにとって、唯一信じる神さま。ヴォワラクテ。
あれから何度、流れ星を見上げて、願ったことでしょう。
一度として姿を見ることはなかったけれど、最後にもういちど、あの紅の髪をしたひとに会いたいと思いました。
瞼を閉じて祈りを捧げていると、ステンドグラスが鮮やかな色で輝きました。
月光ではないまばゆい光が射しこんで、エトは驚いて外へ向かいます。
礼拝堂の裏にある大木。その下に、誰かがいました。
月の光を受けて、無数の星のようにまたたく服をきたひとは、やってきたエトを見て、柔らかくほほえみます。
これはやはり夢かもしれません。
十年前のことを思い出すあまり、エトの記憶が作り出した幻。
「僕たちにとってはわずかでも、人間の十年は長いね」
「…………」
「もう忘れてしまったかい。キミにもらったものを返しにきたんだ」
「忘れてなんて、いないわ」
あのときと、すこしも変わらない姿をした青年が立っていました。
歩いてきた彼はエトの前で立ち止まります。
七歳のころは、うんと見上げなければならなかった顔も、背伸びをすれば届くほどになっていて、記憶よりもずっと精悍な顔をした男のひとに、エトの胸はどくんと音を立てました。
「僕が破った掟は、半人前のくせに外の世界を覗いたことだ。そのせいでいくつかの星が落ちてしまった。僕はあわてて追いかけて、だけどキミの両親の星は落ちてしまって、小さな星だけはなんとか拾うことができた。そう思った」
けれど、小さな星は欠けてしまっていて、不完全な状態。
怒った天の神さまは、半人前のヴォワラクテから名前を取り上げ地に放ち、星のカケラを探してくるように命じたのでした。
「そして僕はあの日、キミに会った。僕が失くした星を見つけた」
「星? わたしが?」
「エトワール。それがキミの本当の名前だろう? 僕が落として、探していた大事な星だ」
赤い髪のヴォワラクテが、エトの手を取って言いました。
「キミが僕に名前をくれたように、僕もキミに名前をあげるよ。エトワール、一緒に帰ろう」
「帰る? どこへ」
「もうすぐ一年がおわってしまう。時間がない。扉が閉まるまえに行かなくちゃ」
だからどうか、僕の名前を呼んで。
懇願するように囁かれて、エトワールは、十年のあいだ胸に秘めていた大切な名前をくちにしました。
「…………ノヴァ」
☆
流星群が去ったあとの空には、失われていたはずの星がひとつ。
星が巡り、小さな星のカケラは元の姿を取り戻しました。
十年前に生まれた新しい星の隣に寄り添うように、小さな星がまたたきはじめました。