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2.教会の悲願、勇者の役目(1)

「それにしても今代の勇者様がこんなにも若かったとは。知らされた時は私も驚きました」


 正面に座っている白い外衣姿の男、カタリスは終始笑顔でそう話す。

 頭巾は外しているので綺麗な白髪、整った顔立ちが露わになっていた。おかげで不気味な雰囲気は少し薄れたが、今度は逆に胡散臭さが増している。

 信用ならない人物と乗る馬車がこれほど苦痛なものだとは知らなかった。

 そんな私の胸中を悟ったのか、カタリスが心配そうに様子を伺っている。


「何やら浮かない顔をされているようですが……水でもお飲みになられますか?」


「いえ、大丈夫です。放っておいてください」


 少し食い気味に遠慮する。提案に乗ったとは言え、まだ私はこの男を信用しきれていなかった。


「これは失礼致しました。とは言え放っておくことはできません。貴女様は教会にとっても世界にとっても大切なお方なのですから。それに他者への気遣い、優しさの大切さはファティス教でも強く教えられています」


「お父さんとお母さんにはあんなことしたくせに……」


 得意気に教えを説くカタリスが不快で思わず本音が漏れてしまった。

 何せこの男は村を出立する前に私の両親に怪しい“(まじな)い”を施したのだ。それも人の権利を踏み躙るような呪いを。そこに優しさなんてものはなかったはずだ。

 そんな悪態もしっかり聴かれていたようで、カタリスは不思議そうに首を傾けた。


「……? あぁ、記憶操作のことですね。しかしあれは仕方のないことだったのです。ご両親は貴女が勇者に選ばれたという事実に納得して頂けなかった。ですのでモモ様が心置きなく本部へお越し頂くためにも、お二人には都合の良い解釈をして頂く他なかったのですよ」


 カタリスはわざとらしく目を伏せる。

 あの後、カタリスは眠ったままのお父さんと様子を見に来たお母さんに不思議な力を使い、あっという間に記憶の一部を改竄してしまった。

 具体的には「私が勇者に選ばれた」という事実だけを綺麗に消し、代わりに「隣町まで出かけた」という嘘で塗り潰したのだという。

 今頃両親は私のお土産話を期待して帰りを待っているはずだ。実際は胡散臭い教会に連れて行かれているだけなのだが。

 そんな神様のような所業を平然とやってのけたカタリスの右手には銀の指輪が嵌められている。私は不思議と吸い寄せられるようにそれを直視していた。


「気になりますか? この指輪が」


 視線に気づいたらしいカタリスは右手を持ち上げて軽く微笑んだ。


「これは【洗礼武装】というものです。詳細を話すことは出来ないのですが、我らが信仰するファティス神、その力が込められている有難い代物なのですよ。

 ちなみにこの指輪には、対象を眠りへと誘う力があります。まぁ魔物への効き目は然程期待できませんが……」


 話せないと言いつつも流暢にそう語ったカタリスは残念そうに言葉を詰まらせる。

 両親の記憶を自由に操ったその仕組みは理解した。だがそんな有難い力とやらを一般市民相手に使うのは聖職者としてどうなのかと思う。はっきり言ってやり過ぎだ。

 そんな不満が顔に出てしまっていたのか、カタリスはようやく自分の失言に気づいたらしく、どこか困ったように笑う。


「おっとこれはいけない。話し過ぎてしまうのは私の悪い癖ですね。今のはお忘れください」


 ちょうどその頃、馬車がゆっくりと停止した。目的地に着いてしまったのだという事実を否が応でも認識させられる。


「到着です。それでは参りましょうか、モモ様」


 そう言ってカタリスは微笑む。

 私の胸中には不安と期待が渦巻いていた。何せ村から出るのは初めてだ。柵に囲われた平和な箱庭から飛び出すには流石に勇気がいる。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。

 この馬車を降りた先に一体どんな光景が広がっているのか。それが気になって仕方がない。

 意を決して馬車を降りるとそこはもう私の見知った土地では無かった。


「わぁ……!」


 視界に広がるのは今まで見たことのないものばかりだった。

 独特な形をした建造物、街ゆく大勢の人々。

 実家より一回りも二回りも大きな建物ばかりで眩暈がする。

 どこからか漂ってくる美味しそうな匂いには空腹が刺激された。朝食をとってから随分と経っているので余計に辛い。

 噴水の近くには独特な音を鳴らす金属を操る人達がいて、ちょっとした人集りができている。

 そして何より目を引いたのは街中に飾られている色彩豊かな花々だ。飲食店と思しき場所にも、噴水広場の周辺にも、至る所に鉢が置いてある。

 そこからひっそりと伸びる細い植物が美しい花弁を広げ、街全体を鮮やかに彩っているのだ。

 その光景に魅入っていると、前方から走ってきた小さな子供とぶつかってしまった。


「わっ!」


 ドテン!と尻餅をついたのは一人の女の子。おそらく5歳くらいだろうか。栗色の髪をかわいらしく編んだその幼女は、痛そうにぎゅっと目を瞑る。


「だ、大丈夫?」


「うん、ごめんなさい……」


 私は思わず手を差し伸べる。今のは周りの光景に気を取られていた私が悪い。


「こっちこそごめんね、あまりにも素敵な街だったからぼーっとしちゃって……怪我はしてない?」


 コクリと頷いた幼女の手を取って立ち上がらせる。彼女はどこか不思議そうに首を傾げていた。


「もしかしてお姉ちゃん、外からきたひと?」


 どうやら田舎者であることは早々に見抜かれてしまったらしい。とは言えこんな沢山の花に囲まれた街を見れば、誰もが口を揃えて「美しい」と言うだろう。


「うん、さっき着いたばかりなの。綺麗な花が沢山あって驚いちゃった」


 それを聞いた幼女は「そうでしょ、そうでしょ!」と嬉しそうに笑う。彼女もこの街を心から愛しているということはすぐにわかった。


「ならわたしが街を案内してあげる! わたしこの街にはすっごい詳しいんだから!」


「あはは……そうなんだ」


 自慢気に胸を張る幼女。私は苦笑いしつつカタリスの方を見る。一応、私は教会とやらに呼び出されている側なので自由に行動する権利は無いはずだ。

 カタリスは困ったような顔をしていたが、やがて「少しだけなら構いませんよ」と答えた。


「わたしサナ! お姉ちゃんは?」


「私はモモだよ。よろしくね、サナちゃん」




 そこからは栗色の髪の少女サナに先導され、少しばかり街を見て回った。サナの両親は花屋を営んでいるらしく、彼女はそこの一人娘だった。家族構成は私と一緒なので少しばかり親近感が湧いた。

 サナの話によると、ここは花と植物に溢れる街【ハルティノ】というらしい。

 私の故郷であるカルム村から南方に七万メリル、つまりは七十キリル離れた地点に築かれているのだそうだ。馬車での移動は丸一日かかったので、徒歩なら二日は歩き続けなければならない距離だろう。

 とても離れたところに来てしまったんだという事実を噛み締めながら巡り歩いていると、あっという間に日が赤く染まっていた。

 楽しそうに案内してくれるサナと、そんな彼女についていく私を見ていたカタリスが申し訳無さそうに口を開く。


「申し訳ありませんモモ様。あまり教皇様をお待たせする訳にはいきませんので、そろそろ本部に向かわせて頂きます。よろしいですか?」


「だ、大丈夫です! ごめんねサナちゃん、私もう行かなきゃ」


 忘れかけていた目的を思い出す。そもそも私がここに来たのはお父さんの無罪を証明するためであって、観光するためではないのだ。

 気持ちを切り替えた私を見て、サナは寂しそうな顔をしている。


「また遊びにきてくれる?」


「うん、約束! 今度はサナちゃんのお花屋さんにも行くね」


 そう言うとサナの顔は途端に明るくなった。

 別れ際に小指と小指を絡ませる約束の儀をするとサナは「またね、モモお姉ちゃん!」と元気に手を振って去っていった。そんな姿につい昔の自分を重ねてしまい、どこか懐かしい気持ちになった。

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