進化したスケルトン
魔王城を出た。
魔王様は人間共の様子の見てこいとおっしゃっていたが、私には「瞬間移動」の魔法が使えない。魔王城から少し離れた祠にある虹色のグルグル回る井戸に飛び込み、人間の城近くへワープする必要があるのだ。
魔王城門から出て城壁に沿ってしばらく歩くと畑や田んぼがあり、魔王城周辺とは思えないのどかな田舎の風景が広がっている。本来なら鬱蒼とした大きな木々を生やし、空を分厚い雷雲で覆いつくしている方が魔王城の雰囲気が出るのだが、勇者が来ないとその労力は無駄になってしまう。
毒沼を田んぼにするのは容易い作業ではなかった。ちなみに、歩くとダメージを受ける毒沼は濃硫酸で作っているのだが、勇者たちには絶対に内緒だ。重曹やセスキ炭酸ソーダで中和されては……身も蓋もない。汚れも綺麗に落ちてなくなるかもしれない。
このまま皆がお腹一杯なら、この有機栽培野菜畑で誰も野菜を作ることはなくなるのか。必要がなくなるから……。
だが、考えようによってはその労力の分、他の仕事に専念できる。魔王城の耐震補強工事や錆びてあちこちで水漏れしている水道管の更新工事に力を入れられるではないか。
畑の隅にある手洗い用に作られた水道の蛇口を捻り、短いホースで畑に水を撒き始めた。こうしていると、あたかも自分が野菜を育てているような優越感に浸れる。勢いのない水は、ホースの先を摘まんでも、畑の中央まですら届かない。
ジョロジョロジョロ……。皆が腹一杯になっても、誰かは食べ物を作り続けなければならない。
ガサガサ――!
――!
水を撒いたところの土が急にモゴモゴと動く――野菜って、こんなに早く成長するのか!
土から出てきたのは……グールとスケルトンだった。土で汚れた姿のアンデット集団数十体に囲まれる……。
「これはこれはデュラハン様。お久しぶりでございま、ゲップ!」
くっさ!
グールのゲップは……すっぱ臭く、思わず鼻を摘まんだ。
「驚かせるな。スイカかカボチャが成長して土の中から出て来たかと思ったではないか」
「スイカもカボチャも土の中では育たないぞ」
スケルトンが頭蓋骨の上に乗った土を払い落としながら喋る。
「……ふっ。知っていたさ」
「それよりも、聞いて下さいよデュラハン様。ゲップ」
スケルトンのゲップは臭くないのだが……どこにゲップする胃袋があるのか問いただしたいぞ。
スケルトンは青い顔をしていた。見ようによっては普通だが、普段は血色のいい白色をしているのだ。美白と言っていいかは疑問だ。
「このままじゃ、グールに戻ってしまう」
それを聞いた隣のグールが直ぐにフォローする。
「いいじゃないか、俺達と一緒になっても」
……。ちょっと何言っているか分かんないや。
「? う、うん」
スケルトンがグールになるっていうのがあまりピンとこない。分からない。どうでもいいことのようだが、……ひょっとして、グールやゾンビが痩せ細るとスケルトンになるのだろうか。
――進化か退化か?
「い、嫌だ―。グールなんかに戻りたくない」
「うわ、ひっど」
まあ、そりゃあグールはそう言うわな。なりたくないなんて言われたら。
「だが、なぜだ」
どっちでもいいが聞いてやる。これも四天王の業務の一環でもある。
「グールになれば服を着なくてはいけなくなるだろ。ダメージジーンズとかって、割と高かったりもする。かといって真っ裸で歩くと魔警察に捕まってしまう」
「ダメージジーンズが高いのなら、下だけ裸でいいじゃないか」
他人事のようにそう言うグールは色落ちして髭の入った格好いいダメージジーンズを穿いている~。店で買えば四万円はするだろう……。お洒落だ。土だらけだが……。
「え、下だけ裸って、ありですか」
「――当然却下だ。その方が危険だ!」
「ですよねえ」
はあ~っとため息をつくが、いや、そんなに悩むことなのだろうか。
たしかにグールやゾンビだからといって、真っ裸で歩くのは許されない行為だ。魔族の誇り……? いや、風紀の乱れ? とにかく、魔王様は許してくれない。
――数十体ものフルチングールが勇者一行を取り囲むのは、犯罪かもしれない……。
「それに、体に余計な肉が付くと、真っ裸の清々しさがないんだ。骨だけの方が風が拭いた時の体を吹き抜けるそよ風が心地いいんだ」
目を閉じてその心地良さを思い描かないでほしい。ひょっとすると、年中鎧姿の私に対する挑戦か……。ちょっちイラっとするぞ。そもそも、スケルトンは目を閉じられるのか?
「――だが! このまま満腹が続けば、必ずグールに戻ってしまう。俺達はスケルトンなんだ、グールに戻るのなんてコリゴリだ」
「俺達だってそうさ。グールなんだ。人間に戻るなんて、コリゴリだ」
……。グールはお腹いっぱいになっても人間に戻る心配は不要だとは思うが……。
「分かった。魔王様に伝えよう」
「あーざす!」
あーざすって言うな! ぜんぜん感謝しているように聞こえないから――!
畑を離れる時、グールが呟いていた。
「なんか、さっきから……腐りが悪いんだよなあ」
「そうそう」
……どうでもいいぞ、そんなこと。
お前達は腐ったみかんじゃない。……冷や汗が出る。古過ぎて……。
とんだ道草を食ってしまったが、ようやく目当ての虹色の井戸へと辿り着いた。
ここへ飛び込むと人間界の城近くに隠された井戸へ瞬間移動できるのはいいが、グルグル回るから……嫌いだ。目が回ってしまうのもあるが、なんか……洋式トイレに吸い込まれる疑似体験をするようで……辛い。
だが仕方ない。これも魔王様のためだ。大きく息を吸い込んで虹色の井戸へと飛び込んだ。
――んごごごキューン!
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