満腹の魔会議
魔王城内のスライム達は、みな昼寝をしていた。
スライムの心地よさそうな寝顔に腹が立つ。人間共が攻めてきたときにもこれでは、魔王様をお守りすることなど到底できない。いつもいつも日々努力せよと言い聞かせているのに……。
廊下の隅や階段の端っこで眠っているスライムを踏まないように避けて歩くのは割と難しかった。
そもそも、スライムごときを起こさないようにとなぜ魔王軍四天王であるこの私が気を使わなければならないのか――。
「もう食べられないよう……ムニャムニャ」
「……」
典型的な寝言を言うのには、腹一杯なのが条件なのかもしれない。お腹が極限まで空いていれば、寝言で「もう食べられない」などという「幸せ寝言」は出ないだろう。
「デュラハンのアホ……ムニャムニャ」
「――!」
聞き捨てならないぞ――今のは本当に寝言なのか! ……狸寝入りしているのではないか。隣のスライムがクスクス笑っているような気がする……。
はあー。頭が痛い。
未だかつて魔王城内に人間共が攻めてきたことはない。それ故にすべてのモンスターが警戒心に欠け、堕落した日常生活を送っている。
最弱のスライムはともかく、その堕落の頂点とも言えるのが、私を除いた四天王の三人だろう。魔王城内にある魔会議室の扉を開けると、四天王の三人が集まり、一生懸命ス魔ホで通信対戦ゲームをしていた。
「あー、赤ガメ来ないでくれ!」
「よっしゃキノコよ!」
「画面が小さくてやりにくいなあ……」
「……」
入って来た私に見向きもせずにゲームを続けないでくれと言いたい。赤ガメって……何のゲームだ。冷や汗が出る、古過ぎて。
「ゴッホン。いい加減にやめないか。昼休みはとっくに終わっているのだぞ」
と言っても急に止められないのが通信ゲームの悪いところだ。時計の針は十三時を過ぎている。
「分かっている」
「分かっているわ」
「画面が小さくて、上手く操作できないんだ」
「……」
我ら四天王に上下関係はない。ただ、常日頃から魔王様の側近で姿勢を正して待機している私に比べ、他の三人は自室で好き勝手しているから……不公平感がハンパない。
会議が始まるまで、おおよそ五分を要した……。
「早速だが、魔王様が新たな禁呪文を作られた」
「ああ、知っているぞ」
禁呪文の説明をする前にソーサラモナーが答えた。魔王軍一の魔法使いなだけに禁呪文などにも敏感のようだ。「聡明のソーサラモナー」の異名もあながち外れてはいない。
「……聡明もなにも、急に腹がパンパンに膨れれば誰だって気が付くさ。俺様にこんな魔法をかけられるのは魔王様以外には存在しないからなあ。ゲップ」
会議室のパイプ椅子の背もたれに背中をそらしてドテっと座っている。他の二人も同じような座り方だ。姿勢がよろしくない。
「そうよ。せっかくわたしも冬太りを解消しなくちゃって思ってダイエットに励んでいたのに。魔王様のせいで台無しよ。見て、このお腹」
露出の多いサッキュバス。黒とワインレッドのコルセットの下から少しヘソが見えている。見ただけでは冬太りなのかお腹が張っているのか普段通りなのか見分けがつかない。コルセットのジグザグの紐をいつも以上に後ろで引っ張り縛っているのかもしれない。
妖惑の異名で男を虜にする「妖惑のサッキュバス」。普段の会議にそんな姿で来る必要はないと思うぞ。仲間を妖惑してどうるすのかと問いただしたい。胸元も大きく開いていて……けしからんくらいに淫らだ。目のやり場に困る。
「あ、デュラハン、またわたしの胸元見てるの?」
「見ていない」
黒い尻尾をクネンクネンさせるでない――。
「チラ見ってやつ? いやらしい~」
「見ていないと言っているだろ」
どうして顔がない私の目線が分かるのかと逆に問いただしたいぞ。
「禁呪文だったのか……気付かなかった」
「「……」」
巨漢サイクロプトロールが言うと、禁呪文に気付かなかったのか、満腹中枢がうまく機能していなくて満腹に気付かなかったのか、どちらか分からない。が、どちらでもいい。会議中に寝なければいい。
休憩時間にス魔ホで遊んでいて、会議中に寝ることが度々あるのが腹立たしいから――。
「魔王様のおっしゃる空腹が争いの権化は……あながち外れていない」
白色の大理石、通称ホワイトボードに専用の黒ペンで書く。キュッキュと心地よい音がするのが好きだ。
この会議は四天王の意見を聞くというより、どうやって魔王様を説得するかを相談する場なのだ。
――魔王様対策会議なのだ――。
「あながち外れていないから質が悪いなあ……ゲップ」
「まあ、飯屋はつぶれるだろうなあ。腹が減らないんだから食う必要は無くなゲップる」
「……」
ゲップは我慢して最後まで喋ってくれ。あとちょっとだったら飲み込んでくれ。
「魔王城の食堂も潰れるわね。あーあ、あそこの月見蕎麦が美味しかったんだけど、こんなに満腹じゃ食べたくもなくなるわ。見たくもない。想像したくもない」
「いや、可哀想だぞ月見蕎麦が。大好物なら見たり想像したりしてやれよ」
ホワイトボードに月見そばの絵を書いてやった。
「ちょっとやめてよ。お腹一杯だって言ってるでしょ!」
サッキュバスが急に怒り出すから慌てて落書きを消した。そこまでお腹一杯だとは思わなかった。
「しかし、いつまで続くんだ、この満腹感は」
「魔王様は禁呪文で直接お腹にバランスの取れた栄養食を送り続けるとおっしゃっていた。魔王様の魔力は尽きることがない」
――つまり、永遠に満腹だ――。
「「――永遠に満腹だって!」」
ひょっとすると怖ろしい言葉なのかもしれない。永遠に満腹……。皆の顔色が青くなるのが羨ましい。首から上がないから青くなる顔が欲しい。
「えー、それじゃお酒も飲めないじゃない。飲む気がしないじゃない!」
たしかに満腹で飲む酒は……旨くない。空きっ腹に飲んだ方が少しで酔える。――エコだ。
「ゲップ―! ゲゲゲップ、ゲゲゲップ!」
サイクロプトロールよ、無理にゲップで喋ろうとすな。
「……まあ、それもいいんじゃねえか。飯食うのも面倒といえば面倒だし。ゲッ」
「本気か、ソーサラモナーよ」
ポジティブシンキングと称賛するべきか。これもエコといえばエコだ。だが、ゲッ――で会話を終わるのはやめてほしいぞ。一度ゲップするならちゃんと最後まで出してほしい。……残りが気になる。
「わたしは嫌よ。甘いスイーツや、辛い酒盗や、色んな物を味わってお腹一杯にするから食事が楽しいんでしょ。平和のためだからといって楽しい食事を奪うなんて……平和じゃないわ。ゲップ」
いや、恥ずかしそうに口を抑えないで。仕草だけは可愛いから。
「魔王様のことだ。急に「やめる」とか言い出した時、すべての生き物はまた自分で食事を手に入れなければならなくなる。その時に食べ物を作っていなかったり食堂がなかったりすれば、絶対に争いが起こる」
想像を絶する食べ物を奪い合う争いが起こる――。大きくなり過ぎたタケノコもアク抜きして食べなくてはならない食料危機が訪れる――。ゴリゴリの筍……いったい上から何段目まで食べられるのだろうか。実は竹になってもなんとか食べられるのではないだろうか……。
「じゃあ、なんとかやめされてくれ、デュラハンゲップ」
「そうよ。わたしたちはもう、お腹一杯で……動けないから……あなただけが頼りよデュラハンゲップ」
「だんだん……眠くなってきた。少し眠るからあとは……ヨロシクな……、デュラハンゲップ」
「……お前達……」
目頭が熱くなる……。
「分かった、あとは俺に任せておけ!」
「がんばってね」
「気を付けて」
「お土産はいらないからな。本当に、いらないからな」
「……」
私に顔があれば、眉間にシワを寄せて額の血管がピクピクしているだろう。
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