魔王様、禁呪文でお腹いっぱいにしないでください
「なぜだ――もう一度、申してみよ」
魔王様の声が玉座の間に響き渡る。
金銀亜鉛の絢爛豪華な装飾がされた玉座に深く腰掛けた魔王様の前で、片膝をついて説明をする。
「はっ! 魔王様、禁呪文でお腹を一杯になどしてはなりませぬ」
何度でも申します。
「魔力を使って目の前にたくさんの食べ物を出すのであれば……まだマシかもしれませぬが、魔王様が考案された禁呪文は、直接お腹が満腹になる呪文――。故に食べる労力すら必要ありませぬ」
玉座に座ったまま労力なしに満腹になれば、ただですら少ない運動量が皆無になる恐れがあり――お手洗いが唯一の運動になってしまいます。
普段からインドア派な魔王様のことだ。絶対に太る。太るに決まっている。次話のタイトルが「魔王様、過度なダイエットはおやめください」になること疑いなしだ――。リアル過ぎて冷や汗が出る。
「魔王様が無限に溢れる魔力を使い、それで自らのお腹を一杯にし続けるのは、なにか反則な感じがします。……あ、チートです! チート。魔王様がお嫌いな『ズル』ではございませぬか」
「ゲップ―!」
「……」
ゲップで返事しないでほしいぞ……。ゲップが出るくらいにまでお腹を一杯にしないでほしいぞ……。たぶん「黙れ」「シャラップ―!」、もしくはそれに類することをおっしゃっりたかったのだろう。
本来、魔法を使えば魔力や精神力、体力なども使い少なからず疲れるはず。当然だがお腹も空かなくてはならない。なのに。
「質量保存の法則やエネルギー保存の法則などを完全に無視されているではありませんか」
禁呪文とはいえ、常識を逸脱し過ぎてはいけません。いや、逸脱するから禁呪文なのだろうか? とにかく、使えば使うほど魔力が回復するような魔法もあってはならない。私は魔法がまったく使えないモンスターだから、そこんところはよく分からないのだが。
「よいのだ。そもそも魔法と剣の世界に質量やエネルギー保存法則など、片腹痛いわ――」
悪い顔を見せる……。魔王様は本来、こうあるべきなのだが……。
「ゲップ―!」
……腹立つわあ……。食べ過ぎて片腹どころか違う腹が痛くなるのではないか。
「食べ過ぎもよくありません。腹八分目と古文書にはこぞって書かれております」
「食べ過ぎてなどおらぬ。この禁呪文はバランスの取れた栄養食を適量だけ消化に良い状態で直接お腹に充填できるのだ」
ひじ掛けに手をつき、ようやく立ち上がると玉座の間をコツコツと木靴で音を立てて歩き回る。食後の運動のおつもりか。
広く殺風景な玉座の間には、魔王様の玉座と女神の石像しか置かれていない。見上げるくらい大きな窓からの日差しで大理石の床が温められる。夏は遮光カーテンを閉めっ放しにするが、今の季節はまだ少し肌寒く、日差しが温かく心地いい。
「植物は……この日差しで成長する。これこそが真の天の恵みなのだ」
窓際に立つと、魔王様は私に背を向けたままそう呟かれた。
「よいか、デュラハンよ。魔族であれ人間であれ、空腹は戦いを生む。言い換えれば、戦いは空腹によって生まれたのだ」
「戦いは空腹によって生まれた?」
……ありそうで……あるのだろうか微妙だ。
お腹がすくとイライラしてしまうのは事実だ。食料欲しさの争いも絶えない。たしかに空腹は戦いを生む。争いごとの種は他にも色々あるだろうが……生きるためには何よりも第一に食べなくてはならない。ならば戦いは空腹から生まれたと言っても……過言ではないのか。
「人間同士の小競り合い。魔族同士の争い。権力の奪い合いやお菓子の奪い合い。それらは全て空腹がもたらせる醜き争い――。予はその争いの権化である空腹を取り除き、争い無き永遠の平和の支配者として君臨するのだゲップ!」
語尾にゲップをしないでほしい。ゲップの匂いが漂ってきそうで冷や汗が出る。首から上はないのだが……。
「……御意」
しかし? 魔王様は常日頃から穏便なお方。人間と魔族との争いすら嫌っている。その魔王様が普段からお腹一杯になっていても……あんまり変わらないと思うのだが。
「宵闇のデュラハンよ」
「はっ!」
より一層背筋を伸ばし、魔王様に絶対の忠誠心を示す。
「卿は予の代わりに、この禁呪文の効果を確かめてくるのだ」
また玉座へと座り直す。もう食後の運動に飽きたのだろう。
「御意。――んん? なんと申されました」
先に御意と言ってしまった。悪い癖だテヘペロ。
「だ~か~ら。魔王城内全体と人間共の様子を見てこいと言っておるのだ」
右の手をピラピラさせて、さっさと行けとアピールなされる。
「――ま、まさか魔王様!」
お腹が一杯になっているのは――魔王様お一人ではない……?
「そのまさかだ。予の禁呪文のおかげで、すべての生き物は争いの気持ちを忘れておることじゃろう。フッフッフ、ゲップ―! フッフッフッ」
笑いながらゲップしないで欲しいぞ……。いやそれよりも、魔王様は無限の魔力を用いて禁呪文ですべての魔族と……人間共のお腹をも一杯にしたというのか――。
……お腹いっぱいになるだけで、本当に真の平和など訪れるのだろうか……。
ありがた迷惑甚だしいのではないだろうか――。
「ゲップ!」
「……」
はよ行けと……聞こえた。
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